第19話 ドライブ
『あっははははは! 無駄無駄無駄ぁぁぁなのだぁぁぁ!』
後方から機関銃の音とクロースの興奮した声ががひっきりなしに聞こえてくる。
サイドミラーへと視線を送ると、追ってきていた黒狼の群れが次々と機関銃の弾丸をその身に受け倒れて行く姿が見えた。
「涼介、前方からハーピーの群れが向かってくるぞ」
助手席で魔物探知機を見ていたシュンランが魔物の位置を教えてくれた。
俺は運転をしながら後部座席へと声を掛ける。
「ミレイア、ローラ。前方にハーピーだ、正面にいるやつだけでいい。牽制してくれ」
「わかりました!」
「ええ、わかったわ」
俺の言葉に後部座席の両サイドに座っていた二人は、それぞれがパワーウィンドーのスイッチを押して窓を全開にし半身を乗り出した。
少しして雷の矢と氷の矢がそれぞれ十本づつ進行方向の上空を飛んでいたハーピーへと飛んで行き、数匹を撃ち落とした。
突然の遠距離からの攻撃にハーピーの群れが混乱している間にその下をグラディエーターが走り抜ける。
態勢を立て直した残りのハーピーが追ってくるが、黒狼と同じくクロースの機関銃の餌食となっていた。
募集図面のバージョンにより10階建てマンションを建てた翌日。
俺はシュンラン、ミレイア、クロース、サーシャ、リーゼロット、ローラのいつものメンバーを連れ滅びの森をドライブしていた。
そう、ワインレッドのグラディエーターに乗ってだ。
昨日の昼。引っ越しの準備を終えた俺たちは、住んでいた5階建てのマンションを10階建てに建て替えた。
周囲を囲んでいた壁を取り払って現れたマンションの姿は壮観だった。デザインは以前の5階建てとそこまで変わっていない。ただ色が真っ白ということもあり、周囲で見物していたハンターたちはまるで王城のようだと口ずさんでいたのが印象的だった。
白亜の城に憧れを持っているミレイアは上機嫌で、早く中に入りましょうと俺の腕を引っ張って行った。
エントランスは広く、自販機コーナーもジュースとアイスの自販機だけだがちゃんとあった。エレベータも増設した分を含め4基あり、その隣に最上階直通用のエレベーターもしっかりとあった。
管理人室から鍵を回収しサーシャと竜王たちに渡しエレベーターで一緒に最上階に向かったあと、サーシャと竜王の部屋に預かっていた荷物を無限袋から取り出して置いた。そして自分の部屋に行き内装と間取りを確認した。
間取りは俺の部屋に物置用として増やした一部屋以外は、以前とまったく同じだ。設備もヘヤツクがバージョンアップしたわけじゃないのでこれも以前と同じとなる。ただ眺めだけは違っており、外壁より高い位置から見える眺望は最高だった。
俺の部屋の窓は玄関を向いてるので外は見えないが、恋人たちの部屋はバルコニーに向いてるので真っ青な空と森が一望できてみんな喜んでいた。
岩山の別荘からの眺望の方がそりゃいいんだけど、あそこは行くのが面倒だからな。毎日リビングや部屋などから外壁の向こう側まで見れる方が良いに決まってる。
一通り部屋の内装と眺望を確認したあと、恋人たちと自分の荷物を無限袋から取り出して地下駐車場を見てくるといって部屋を出た。
1階に降りてエントランス奥にある階段から地下駐車場へ降りドアを開けると、そこには黒のハマーとワインレッドのグラディエーターが鎮座していた。その姿を見た時は感動でしばらく動けなかったよ。
それから内装を確認したりエンジンをかけて駐車場内を少し走ったりしていると、いつまで経っても荷物をほっぽり出したまま戻ってこない俺の様子を見に恋人たちがやってきた。
みんな鉄の塊が馬なしで走っている姿を見てビックリしてた。事前に聞いていたとはいえ、まさかここまで速いとは思っていなかったみたいだ。駐車場だから時速30キロくらいしか出していなかったんだが、馬車の速度が時速10キロ程度だ。それに比べたらものすごい速さに見えたんだろう。
そんな驚いている彼女たちの前で俺は車を停め、運転席から降りてこれが自動車だと紹介した。そして車の乗り方やシートベルトの締め方やパワーウィンドーの操作方法などの様々な機能を説明していると、恋人たちの視線がだんだんと生温かいものへと変わっていっていることに気がついた。俺が『な、なんだよ』と聞いたらシュンランが『欲しかったおもちゃを買ってもらった時の子供のように見えて可愛いと思ってな』とかと言い出して、急に恥ずかしくなったので無理やり彼女たちを座席に座らせて試験走行だと言って駐車場の外へと走り出した。
リモコンによって開いた駐車場のシャッターから地上に出て1区内を軽く走っていると、カルラとスーリオンたち警備隊が飛んできて大騒ぎとなった。狩りを休んでいたハンターたちもわらわらと集まってきて、試験走行どころじゃなくなってしまった。みんな馬無しで走る鉄の固まりに興味津々で、カルラなんて中で
それからはサーシャや竜王にローラも集まってきて、サーシャを始めカルラや警備隊の女性たちが乗ってみたいと言い出した。俺は彼女たちとスーリオンを始め警備隊の人たちも順番に乗せて、1区の中を日が暮れるまで走り回ることになった。一度に5人しか乗れないから、希望者全員を乗せ終わるのに時間がかかったよ。
その日の夜はサーシャや竜王。そしてローラとクリスを新居に呼び、新築の独特の匂いを楽しみながらみんなで引っ越し祝いをした。みんなが帰ったあとは恋人たちと屋上に行き、露天風呂に漬かりながら身内だけでこの世界に来て2年目のお祝いをした。
満天の星空を眺めながら入る風呂は格別だった。そのままお風呂の中や、屋上に作った休憩所のベットで恋人たちと愛し合ったのは言うまでもないだろう。
そして翌日。
朝から恋人たちとサーシャ、リーゼロット、ローラを連れてフジワラの街の外へドライブ兼狩りに行くことになった。ハマーは5人乗りなので、グラディエーターで行くことにした。車内に5人しか乗れないのは同じだが、後部のむき出しの荷台に二人乗ることができる。そこに機関銃を設置してクロースを立たせることにして、残り一人は運転ができる俺以外の女性たちで交代で乗ることになった。
それで北へ向かって走り始めたんだが、時速60キロくらい出したところで後部座席の中央に座っていたサーシャが悲鳴を上げ始めた。どうやらあまりの速さに怖くなったらしい。ふと隣を見ると、魔物探知機を持たせて索敵係として助手席に座っていたシュンランも座席の端を強く握りしめ緊張しているようだった。
バックミラーを見ると後部座席の中央でサーシャがミレイアに抱きついており、ミレイアは後部座席の手すりを両手で握り怖がっているようだった。ローラは平然としているように見えたが、その手は強く握りしめられていた。
荷台からはクロースの速い速いって喜んでいる声が聞こえて来るが、外と逃げ場の無い中じゃ感じ方が違うのかもしれない。クロースと一緒に荷台にいるリーゼロットは空を飛べるしな。
そんなに飛ばしているつもりはなかったが、慣れる時間は必要かと考え直し40キロまで速度を落とした。
そして慣れてきた頃合いを見計らって徐々に速度を上げ、最終的に80キロまで速度を上げてみた。もうクロースが荷台で喜んじゃってさ、車内のシュンランたちも話す余裕が出てきたみたいで本当に速いと口々に言っていた。といってもずっと80キロで走るのは俺も怖い。舗装されているからといって高速道路のように道の途中に何もないわけじゃない。魔物の死骸やオークやオーガなんかが投げた岩なんかが落ちている可能性もある。乗り心地や安全性を考えるなら、出しても60キロくらいにした方がいいと思った。
そうしてドライブを楽しんでいたんだが、ここは滅びの森だ。オークやオーガなら車で逃げきれるが、狼系の魔物だと同じくらいの速度で追いかけてくる。黒狼なんか80キロ出しても追いついてきた。だからそういった狼系の魔物は後部荷台の機関銃で始末している。道を塞ぎそうな魔物が現れた時も同じだ。後部座席の両側に座っているミレイアとローラにギフトで牽制してもらい、その間に通り抜ける。そして追いかけてきたら機関銃とリーゼロットの精霊魔法で片付ける。そんな連携を取るようになっていた。
「リョウスケ! ものすごく楽しかったぞ!」
歩いたら3日は掛かる場所まで2時間ちょっとでたどり着いた俺たちは、車を停めて休憩をすることにした。そして運転席から降りると、荷台から降りてきたクロースが満面の笑みで話しかけてきた。その後ろには一緒に荷台にいたリーゼロットの姿もある。
「クロースのおかげでスムーズに移動できたよ。お疲れさん」
「あら? 私も精霊魔法で援護したんだけど?」
「ああ、リーゼロットもありがとうな。クロースと喧嘩とかしなかったか?」
「ええ、大丈夫よ。風の音がすごくて何を言ってるか聞こえなかったし」
「嘘だ! リョウスケ聞いてくれ! この貧乳エルフはシルフで音を遮断してずっと私を無視してたんだ!」
「違うわよ。走る速度が速くて風の音が凄いから遮断したのよ。クロースの言葉を聞きたくないからじゃ無いわ」
「だったらなぜ最初に言わなかった! ずっと話しかけていた私が馬鹿みたいじゃないか!」
「ふふっ、忘れてたわごめんなさいね」
「あはは、まあまあクロース。風の音が凄くて外じゃ声が聞こえ難いのは確かだから。別にリーゼロットが精霊魔法を使わなくても会話はし難かったはずだ。だからそう怒るな。休憩が終わったら今度は助手席に座るか?」
「ぐぬぬ、確かに風の音は凄かったが……いや私はずっと荷台にいるぞ。リョウスケの車を守るのだ」
「そうかありがとうな。サーシャは大丈夫だったか? 最初は可愛い悲鳴を上げてたけど」
「か、可愛いって……も、もう大丈夫よ。あんまり速いからビックリしただけよ」
「そうか、慣れたようでよかったよ。さて、この辺に休憩所を作るか。今後またこの道は使うことになると思うしな」
顔を真っ赤にして恥ずかしがっているサーシャに相変わらずウブだななんて思いつつ、俺はこの場所に休憩所を作ることを提案した。するとシュンランが頷きながら口を開いた。
「そうだな、今後はこの先のBランクの魔物を狩りに来やすくなったからな。ここへは頻繁に来ることになるだろうし、この辺りに休憩所があったら助かるな」
「これくらいの場所にトイレがあると助かるかも」
シュンランを始めサーシャが賛同してくれたので、俺は車を無限袋に入れたあと道から少し離れた場所で地面に両手をつき地上げ屋のギフトを発動した。すると地面から石がせり上がってきて、あっという間に1面だけ開いている10メートル四方の石の倉庫ができ上がった。そして間取り図のギフトを発動し、その中に1Rの部屋を作った。
といってもトイレが3つとキッチンとテーブルと椅子とソファーだけの簡素な1Rだ。休憩に使うならこのくらいで十分だろう。
この休憩所は道の保全作業をしてくれているダークエルフの者たちにも、場所を教えてスペアキーも渡しておこう。道は放っておくとすぐに木が生えてくるからな。定期的に見回って伐採して行かないとすぐに森に呑み込まれてしまう。
この森の木の成長速度は異常に早い。伐採して木の根っこまで掘り返しても、1ヶ月もすれば10メートルの木が生えている。しかも大量に伐採をすると魔物の群れが襲い掛かってくる。そりゃ街から何から呑み込まれるわけだ。そんな森だからいくらダークエルフたちと言えども、Cランクの魔物がいるエリアまでしか道の敷設はできない。
ちなみに森の入口と各国の間には緩衝地帯がある。その緩衝地帯に生えた木は頻繁に各国の軍が伐採を行っている。その際にFランクやEランクの魔物が森から出てきて邪魔をしに来るが、その程度の魔物ならどれだけ大量に来ても軍で対応できる。
しかし何もしなければどんどん森は広がり、元あった土地を取り戻そうと伐採をしても邪魔をしてくる魔物のランクが高くなって行き犠牲も増える。700年前に人魔戦争なんかして伐採を怠った結果、大陸の半分以上を森に呑み込まれたのがまさにその状態だったわけだ。先代勇者の働きもあり今の状態まで土地を取り戻すことができたが、どの国も復興と森の魔物の間引きに忙しく700年間現状維持をするのがやっとのようだ。
休憩所を建てた俺は、みんなを呼び中に入り1時間ほど休憩をした。そして休憩を終えると無限袋から車を取り出し、再び乗り込み帰路についた。
帰りは希望者に運転を教えながらだったので倍くらい時間が掛かったが、真っすぐ走って曲がるだけなので一人を除いてみんなすぐに運転を覚えた。
そう、クロースだけはゆっくり踏めと言ったのに最初からアクセルをベタ踏みし、その上彼女は勢いよく走り出したことにパニックになってしまった。そうなるとどれだけブレーキを踏めと言っても耳に入らず結果、硬くて有名な滅びの森の木に何度もぶつかり、最後に正面から激突して止まった。
嫌な予感がしたので俺とクロースしか乗っていないかったことと、二人ともレベルアップした肉体であることから怪我は無かったが車はそうはいかなかった。左右のサイドミラーは吹っ飛び、フロントガラスは割れドアも傷だらけでボンネットの右側が大きく凹んでいた。
運良く走行に支障はなかったが、たった二日でボロボロになった5千万円の車を前に俺は崩れ落ちた。平謝りするクロースを前にやっぱ人の話を聞かない奴に運転させちゃだめだなと反省し、二度とクロースには運転をさせないと心に決めたのだった。
そんなボロボロになった車に乗って街に戻り、駐車場に車を停めてギフトを発動して車を廃棄して新たに買った。廃棄した際に戻ってきた魔石はCランク魔石700個だった。修理に1千5百万円かかったというわけだ。その数字を見てゲンナリしたよ。火災保険のギフトが進化したら、是非車両保険とか現れて欲しい。
翌日。
車の運転をした話を聞いたカルラが、スーリオンと一緒に自分も運転したいとやってきた。カルラはともかくスーリオンたち外回りもしている警備隊にはいずれ車で警備してもらう予定だったので、俺は二人に運転を教えることにした。今度は反省を元にアクセルを一定のところまでしか踏めないよう細工を施した。といってもアクセルの下に物を挟み固定して、少ししか踏み込めなくしただけなんだけどな。それによって時速30キロ位しか出なくなったので、安全に1区の訓練所で教習をすることができた。
俺が二人に運転を教えている間、シュンランとローラは街の外をグラディエーターに乗って走り回っていた。どうも二人とも車の運転が気に入ったらしく、昨夜二人が車を借りたいといってきたのでOKしたんだ。あの二人なら無茶な運転はしないだろうし、魔物が現れても余裕で対処できるしな。今度からは二人に運転をしてもらって狩りに行けそうだ。
レベルが全然上がらなくなってきたから、そろそろ本気でBランクの魔物が現れるエリアで狩りをしようと思う。王国や獣王国だけではなく魔国からも難病の患者が続々とやってきているし、四肢の欠損をしている元ハンターもいるからそう長くは滞在できないけど。でも1週間位なら街から離れても大丈夫だとは思う。
となると目指すは聖地かな。そこを拠点にBランクの魔物狩りをしまくるか。ついでに教会の跡地に埋まっているという、フローディアの像を掘り出してもいい。もしかしたらフジワラの街のように結界とか張られるかもしれない。それなら聖地跡に第二の街を作ってもいいかもな。
B《ゴールド》ランク以上のハンターは、人族以外はうちの街には来ない。東街や西街から森の奥に進むには、うちの街を通るとかなりの遠回りになるからだ。南街からならそれほど遠回りにはならないので、人族のBランクのハンターも1週間だけだが泊まってはくれている。だが長期滞在はしてくれない。彼らにとってフジワラの街は拠点ではなく通過点でしかないからだ。全員が鬼馬に乗ってはいるが、拠点にするにはBランク以上の魔物が出るエリアからは遠く離れ過ぎている。
今後ヘヤツクがバージョンアップしたら確実にBランクの魔石が必要となる。だがそこまでのランクの魔石となると市場には出回り難い。そもそもBランク以上となると魔石の全体数が少ない。そのうえ国がインフラや魔導武器の製作や研究用に必要としているので優先的に買い取っていく。頼めばいくらかは融通してくれるとは思うが、Cランクの魔石ほどは集まらないだろう。
なら自分で集めるか、高ランクのハンターから直接買い取るしかない。そのためには彼らが滞在できる宿が必要だ。そうすれば高ランクのハンターが集まって来るし、そこでギルドが買い取るより高い値段でBランク以上の魔石を買い取ればいい。
となると次のバージョンアップ前になんとか街を作らないとな。バージョンアップして、建物を建てるのにBランクの魔石が必要になってからじゃ遅い。Cランクの魔石で建てれるうちに街を作らないと駄目だ。
車がない時にはバージョンアップしてBランクの魔石が必要になっても仕方ないと諦めていたが、せっかく車が手に入り聖地までの距離が短くなったんだ。安く街を作れるならそれに越したことはない。なら病院の治療計画を確認して早めに動いておくか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます