第14話 追い込まれる皇子



「ああ勇者様。我らフェルノールの里を受け入れて頂きありがとうございます」


「まさか森に戻ることが叶うとは……ノースウッドの里の代表として勇者様へ感謝を」


「過去に敵対した我らへこのようなお慈悲を頂きましたこと、ホルスの里を代表し感謝いたします勇者様」


 ダークエルフ街区の外層に新たに作った2区と呼ばれる区画にある広場で、ここ1週間のうちに集まった新たな3つの里の里長と、その背後にいる600人にも及ぶダークエルフたちが片膝をつき首を垂れていた。


 そんな彼らの前に俺と両隣にシュンランとミレイア。その隣にはクロースとダークエルフ街区の長であるハルラス。背後にはスーリオンとカルラ、ダリア、エレナが立っている。


 俺は膝をつき首を垂れている里町たちに対し口を開く。


「俺は700年前の勇者ロン・ウーではないし面識もありません。ですのでダークエルフ族に思うところは一切ありません。それどころか勇者相手でも義理を重んじ、劣勢だった当時の魔王に味方したダークエルフ族を好ましく思っています。無料とはいきませんが、いつか精霊の森を取り戻すまでの拠点としてフジワラの街をお使いいただき、有事の際はご協力いただければ幸いです」


「ありがとうございます勇者様。御恩に報いるよう精一杯働かせて頂きます。つきましては勇者様の妾として、この身をお召しいただければ幸いでございます」


「なっ!? ナルース! 抜け駆けはゆるさんぞ! 勇者様。我が孫娘がおりますゆえ、是非ともお側に置いて頂きたく」


「いや、ぜひ我が里一の美女をお召しください」


「あ〜悪いがそういうのは……」


 フェルノールの里の里長であるナルースという20代後半の見た目の妙齢の美女を皮切りに、他の二つの里の長も娘や里一番の美女を勧めてきたことに断りを入れようとした時だった。


「黙れ! ダークエルフ枠は私でいっぱいだ! 新たな土地で不安な気持ちはわかるが、リョウスケは女を差し出したからと言ってその里を特別扱いなどしない! 勇者に認められたくばこの街を守り、道を整備し、酒や燻製を作り、マンションの管理や病院の運営を手伝うことだ。わからないことがあればハルラス区長や、ダークエルフ街区管理責任者の私に相談しろ」


 ダークエルフ枠ってなんだ? とは思ったが、クロースが毅然とした態度で対応し、彼女の剣幕に里長たちだけでなく背後に控えていたダークエルフたちも萎縮し頭を下げた。


「あれ? なんであんなに萎縮してんだ?」


 俺は肩を震わせて頭を下げている里長と600人のダークエルフたちの姿を見て首を傾げていると、ミレイアが教えてくれた。


「恐らくクロースさんが意図的に魔力を放出しているからだと思います。それもかなりの量の」


「なるほど。エルフの中でも魔力量がトップクラスのリーゼロットを軽く超えてるらしいしな。そんな魔力をぶつけられたらたまったもんじゃ無いか」


 前回新規で来たダークエルフたちと率先して交流を持ち、この4ヶ月ほどちょこちょこ世話を焼いたりしていたからダークエルフ街区の管理責任者に任命したけど、この人事は正解だったな。なにかと女性を差し出そうとする元里長である長老たちの防壁にもなってたし。


 クロースがこんなに頼もしく見えたのは、シュンランたちに義足をくれた時以来かもしれん。


 そういえばローラを筆頭としたリーゼロットとサーシャによる、あの飲み会という名の熾烈な尋問も乗り越えたんだよな。その精神力は賞賛に値する。


 俺もなんとか口を割らずに済んだ……と思う。なんかローラとリーゼロットの胸を揉まされた記憶があるし、サーシャに触ってとか言われて触りまくった記憶もあるが、まさかあのサーシャがそんなことを言うはずがない。というかあり得ないだろう。となるといつものように泥酔している時に見る、エロい夢でも見たんだと思う。きっとローラたちがあんなコスプレをしたもんだから、想像力が膨らんだんだろうな。


 あ〜でもサーシャが翌日に俺の顔を見た瞬間、顔を真っ赤にしてたな。酔って何かセクハラ発言をしたか、調子に乗ってどこか触っちゃった可能性もあるか。情けないことに覚えてないんだよなぁ。


 これでもそこそこ酒には強い自信があったので、日本にいた時に泥酔するほど飲んだ記憶なんて無かった。それどころか俺がそうなる前に周りがダウンして、その世話が大変だった記憶しかない。俺より酒に強いシュンランと飲む時もだ。シュンランの場合は、俺が彼女ほど強くないのを知ると必要以上に勧めてこないし。


 だがローラは違う。あのウワバミの権化とも言うべき底無しの大酒飲みは、どんどん俺に勧めてくる。しかも胸を押し付けたり挟んだりしながらだ。その色香と流れるようなお酌に俺もついついペースに飲まれ、結局毎回泥酔するハメになってる。前回もリーゼロットにおぶられて、家に送られたという情けなさだ。翌朝にシュンランにほどほどにするのだぞって笑われたっけ。毎回心配かけて申し訳ない。今度からは強い意志で持って流されないようにしようと思う。


 それとサーシャには今度それとなく謝っておかないとな。


 サーシャのことはさておきあの夜から1週間経つが、ローラとリーゼロットの態度から俺がレベルアップのことをバラしてしまった気配はまったく感じられない。という事は俺はあの尋問に耐え切ったんだろう。普通あの秘密を知ったなら、個人的に俺に話をしにくるはずだ。個人的に話をしに来られて、無いとは思うがもしも強くなりたいから抱いてとか言われても困るけど。


 ローラたちのような、あんな美女たちに抱いてとか言われたら断わる男なんてまずいないだろう。ただ、その理由がレベルアップしたいからとなると話は別だ。一度すればずっと俺の側で魔物を狩る限りレベルアップをし続けるのか、定期的にセックスしないといけないのかはわからない。でもレベルアップのために抱いてと言われるのは、さすがに傷つく。


 まあローラもあれで箱入り娘だし、リーゼロットもよく誘惑してくるが基本的にエルフの女性は身持ちが固い。サーシャなんて元王女なんだから言わずもがなだ。


 とはいえレベルアップの条件が俺とのセックスだと知らない彼女たちからの尋問は、今後も続くと思った方がいいだろう。しばらくは彼女たちと飲みに行くのはやめたほうが良いかもしれない。もしどうしても飲む時はクロースを連れて行こう。あの三人の尋問を耐えた子だ。きっと強力な防壁となってくれるはずだ。


 そんなことをシュンランに注意され魔力の放出をやめたクロースを眺めながら考えていると、魔力の圧力から解放されてホッとした表情のナルースさんが目に入った。


 ナルースさんは確かに美人だ。褐色の肌にうっすらと汗が浮かび、妖艶の美女と呼べるほど色気がムンムンと伝わって来る。そういえば両親がデーモン族に刃向かって殺され、まだ若い時から里を率いていた苦労人だとハルラス区長が言ってたな。何か困っていることがあったら力になってあげるようクロースに言っておくか。



 その後、明日から行う仕事の説明をハルラス区長がするということなので、区長とクロース以外の街の執行部である俺たちはその場を後にしてダークエルフ街2区を視察するのだった。


 2区とは今回街の外側に作った区画のことだ。壁の外から100メートルほど先に新たな壁を作り、できたこの空間を2区と名付けた。もともとあった中央部は1区となる。今後フジワラの街1区や2区、ダークエルフ街1区や2区と呼ぶことになる。


 この2区を作るにあたっての周囲の森の整地は、南街での帝国との交渉から帰って来てから始めた。ただ、もともと神殿のある南側以外周囲100メートルの範囲は、帝国軍を撃退するために伐採を行なっていた箇所だ。なので壁と堀を作るだけで済み時間はかなり短縮できた。と言っても壁の長さが長さなので大変ではあったが。


 それでも全ての2区を二週間で作り上げ、昼に皆で狩りに出掛けつつ、夜には西のダークエルフ街2区に別館のような倉庫型住居を十日ほど掛けて建てれるだけ建てた。


 フジワラの街2区の北と東側には、入居者の数を見ながら順次増やしていくつもりだ。この街の存在は病院の存在と共に各国に広まりつつあり、ブロンズランク《Dランク》以上のハンターの利用者がどんどん増えてきているしな。ちなみに帝国兵を埋葬した石碑のある場所だが、地上げ屋のギフトでその一角ごと地中を移動させ2区の外へと移動させた。


 そうそう、南街の商人からも出店依頼があった。これは全て1区に誘致していくつもりだ。


 街が一気に1.5倍近く大きくなり建物も利用者も今後さらに増えていくのは間違い無いので、これを機に今まで曖昧だった各仕事の責任者を以下の通り明確にすることにした。


【フジワラの街】


 町長兼防衛司令官及びマンション管理責任者 藤原涼介


 副町長兼警備統括責任者 シュンラン


 副町長兼会計管理責任者 ミレイア


 ダークエルフ街区管理責任者 クロース


 入居受付業務責任者 ダリア 副責任者 エレナ


【フジワラの街 警備部】


 棘の警備隊 隊長兼酒場運営責任者 カルラ  ※棘の警備隊は女性ダークエルフ含む


 ダークエルフ警備隊 隊長 スーリオン


【ダークエルフ街区】


 区長ハルラス

 長老会 元里長


【ハンター管理部】


 管理責任者 レフ

 副責任者 ベラ

 従業員 ハッサン、ミリー、コニー、ロイ、ラミ


【フジワラの街ギルド】


 ギルド長 オリバー


【商業区】


 商業区長 カミール(メーレン商会)



 とりあえずこんな感じだ。


 ハンター管理部のレフとベラ率いるシルバーランク《Cランク》パーティ『金貨を求める者』は、俺がスカウトして従業員になってもらった。


 当初レフは一攫千金を狙うのを諦めきれない様子だった。しかし横で給金の額と住居費用が無料という条件を聞いていた黒豹族のベラと猫人族のミリーが、悩んでいたレフのみぞおちと後頭部を剣で殴り気絶させ雇用契約書にサインした。


 その光景を見ていた熊人族の無口男のハッサンは冷や汗を流し、ミリーに惚れている犬人族のコニーは何も言わず、荷物持ちの鹿人族のロイと兎人族のラミは低収入から一気に高給取りになれるだけではなく、貴族が住むような部屋を与えられることに飛び跳ねて喜んでいた。気絶したレフを嬉々として縛っていたのはラミだったし。


 そんな彼らの仕事はハンターたちの世話役だ。受付で新規入居者の案内及びクレーム処理を担当してもらう。今まで彼らが滞在中に手伝ってもらっていた業務内容なので即戦力というわけだ。警備隊と協力して荒くれ者のハンターたちを管理して行って欲しい。


 まあ最近は帝国のハンターもおとなしいけどな。それは今までハンター間のクチコミから除外され、今回初めてこの街の存在を知ることになったあまり素行のよろしくないハンターたちもだ。


 まさかこの街が1万もの帝国の軍勢を壊滅させるとは思わなかったんだろう。受付時に奴隷に部屋を与えることに文句を言ったあげく、聞かなければ剣を抜くような馬鹿はいなくなった。そのほか退去時の精算でゴネる奴も減ったな。なによりこっちが言ったことを素直に聞くようになった。


 商業区に関しては南街や王国の商人が出店を希望してきたことで、メーレン商会のカミールを区長にして一括管理させることにした。商業区は新たにショッピングモールを1区にもう一棟建て、その一角を商業区にする予定だ。


 ああそうそう、1区には5階建てマンションをもう1棟建てる予定だ。今はその設計を恋人たちと考えながら、各国からの魔石の買い付けが終わるのを待っている。必要な魔石が集まり次第建てようと思う。


 これら2区への別館の増築と商人の誘致など全てが上手く運べば、月の収入は経費を引いても銀貨8千〜1万枚。日本円で8千万〜1億円になるだろう。このほか別途病院の売り上げが、真聖光教会へのお布施を差し引いても今のところ全部で金貨4千枚。4億円になる予定だ。


 これは難病の治療費が一人最低1億と高額だからだ。それに毎日のように部位の欠損の治療に各国から入院希望の患者がやって来て、200床ある5階建ての病院が8割近くまで埋まっている。欠損の治療だけでも月に純利益で2億円近くはいくだろう。まさにボロ儲けだ。病院区画に食料店や雑貨屋を出したショッピングモールの商人たちもホクホク顔だったよ。


 そんなことを皆に話しながら視察を終え、俺たちは各自の仕事場へと戻るのだった。






 ——ラギオス帝国 帝都 帝城 南の塔 ルシオン・ラギオス——



「あっ、んっ、んっ」


「オラっ! もっと締めろ! ユルいんだよ魔族が!」


 突き出された魔人の女の尻に激しく腰を打ちつけながら、俺は手に持っている鞭でその尻を思いっきり何度も叩いた。


「痛っ、や、やめっ!」


「痛がってねえで締めろって言ってんだろうが! クソッ! もういい! 『雷撃』!」


「ヒッ、あ、や、やめ、ギャアアァァァァァ!」


「おおおおおおおお! し、締まる! うぐっ……ハァハァハァ」


 俺は強烈な締まりに果て、全てを出し切った後にベッドに横たわった。ふと横を見ると目から煙を出している魔人の女の姿が映った。


 あ〜チッ、また殺っちまった。最後の一人だったんだがな……


 クソがっ! あの日以来力の加減ができなくなっちまった。


 あの日、リョウスケというあの魔人のハーフに俺は鍛え上げた親衛隊と直轄部隊を見たこともない強力な魔槍により壊滅させられた挙句、両腕まで切り落とされ敗北した。そして復讐を誓い撤退した矢先に、竜人族の戦士により捕らえられた。


 その後は皇族として狭いが見たこともない魔道具と、最高級の寝具のある部屋をあてがわれはしたが、ダークエルフの女を犯そうとした時は警備兵ごときに痛めつけられた。クソッ、今思い出しても腹が立つ! 両腕さえあれば、ギフトさえ使えればダークエルフと竜人程度に好きに殴られはしなかったってのによ。テイムのギフトを持つ親衛隊を使い脱出を謀った時もそうだが、護送中に獣人ごときに馬鹿にされた時もだ!


 その両腕は帝都に戻ってから治ったが、敗戦の報告を行った謁見の間では親父には冷たい目で失望したと。皇位継承権に関しては考え直す必要があると言われた。その場に居合わせ俺を侮蔑の眼差しで見ていた四公どもは、隠してはいたが間違いなく嬉しそうな顔をしていやがった。


 どいつもこいつも俺を馬鹿にしやがって!


 その苛立ちを囲っていたメスどもにぶつけてきたが、たったいま俺の雷撃に耐えることのできる最後の魔人の女が死んだ。


 新しい魔人の女を捕らえに行かせてえが親衛隊はもう残り数人しかいねえし、あいつらを俺が軟禁されているこの塔から離すわけにはいかねえ。四公どもが念のためにと失脚した俺の暗殺を企ている可能性が高いからな。


 どうする? このままじゃ弟のメルギスが次期皇帝に指名されちまう。親父は一度俺を指名したことを帝国内に布告したことから、すぐにはメルギスを指名はしねえだろう。だがそれも時間の問題だ。帝国内に今回の俺の失態と、親父が言った継承権の見直しをするという発言を四公の奴らが嬉々として広めるのは明白だ。奴らは帝国民に俺が次期皇帝の器でないと知れ渡るのを待ってから、メルギスを次期皇帝に指名するよう親父に進言するだろう。そのあと俺はどうなるか……考えるまでもねえな、間違いなく反乱の芽を摘むために親父か四公に殺されるだろうな。


 メルギスはそんなことはしねえだろう。それだけは確信が持てる。あの軟弱で甘ちゃんな弟に実の兄を殺すことなんかできるわけがねえ。


 しかしメルギスはそうでも、あの親父と四公どもは違う。弟が皇帝になった時の不穏分子となる俺を生かしておくはずがねえ。間違いなく殺される。


 クソッ! どうしてこうなった! 


 余裕で勝てると思っていた。だが結果として俺は大敗し、手駒の親衛隊や精鋭部隊を失った。挙句に捕虜となり、王国との係争地を諦めさせることになり帝国の顔に泥を塗っちまった。それもこれも全てあのリョウスケとかいう半魔のせいだ。


 許さねえ。なんとかして奴をぶっ殺して、あの街とか称している砦を手に入れて皆殺しにしなきゃ気が済まねえ。


 だが俺にはもう再び奴と戦えるほどの戦力がもうねえ。


 こうなったら俺が皇位継承から正式に外される前に、親父には死んでもらうしかねえな。それも俺がやったと思われない方法でだ。俺がやったと四公に知られれば、間違いなく四公はメルギスを擁立して内戦になるだろうしな。次期皇帝として指名されているうちに、俺以外の者の仕業という形で親父には死んでもらう必要がある。


 それでもメルギスを擁立して四公が反乱を起こす可能性は捨て切れないが……それならば親父と一緒にメルギスも殺すか? 


 それもあんま意味はねえか。皇家の血を引く者はメルギスだけじゃねえ。側室腹のほかの弟たちもいるし、公爵家にも多くいる。なんなら四公自身だってそうだ。そいつらを擁立されるだけだな。奴らは傀儡が欲しいだけだ。メルギスじゃなくとも誰でもいいはずだ。


 いずれにしろ内戦なんかになりゃ王国や魔国が黙って見てるわけがねえ。それはマズイ。戦力が少ない上に、もし勝ったとしても王国と魔国に攻められたら終わりだ。


 どうする? 内乱を起こさず俺が皇帝になる何か良い方法はねえか? 俺がやったと思われずに親父を殺す良い手が何かねえか? 考えろ。俺に屈辱を与え追い詰めた、あのリョウスケという半魔に地獄を見せるまで俺は死ぬわけにはいかねえ。奴の目の前で砦の奴らを一人ずつなぶり殺さなきゃ、死んでも死にきれねえ。だから考えろ、考えるんだ……

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