第12話 聖光教会


 ——アルメラ王国首都 聖光教会本部 教皇 ストロネーク・コニッシュ——




「以上が今回の帝国と王国の停戦協定の内容と、帝国が手に入れようとしたフジワラの街と呼ばれる砦の詳細です」


「ふむ……アルメラ王国のヨハン王が教会に黙ってそのような巨大な砦を建てていたとは、とてもじゃないですが信じられませんね。しかしミッテルト枢機卿がおっしゃるなら本当のことなのでしょうね」


 先日帝国の第一皇子が率いる1万の軍が、滅びの森内の係争地に王国が建築した砦を奪うべく進軍したと、教会の南街支部のベインズ大司教からもたらされました。


 そして命からがら逃げ出してきた帝国の雑兵により、その第一皇子率いる軍がたった1日で敗れたことが南街で広まりました。南街の帝国の駐留軍はその事に関して箝口令を敷いてはいましたが、何人ものハンターが逃げ帰って来る兵を目撃しており噂が広まるのを抑えることはできませんでした。


 それから数日あらゆる噂が飛び交う中、竜王が仲介に入り帝国と王国の間で停戦協定が南街で結ばれるという情報が信徒である王国貴族よりもたらされました。しかもそこにはなんと帝国皇帝自らが出席するというではないですか。


 たかだか係争地での争いの停戦協定に、皇帝自ら出席するなどあり得ません。そう思った私は急ぎ目の前にいるミッテルト枢機卿と、本部にいる司祭クラスを総動員し南街に向かわせ、皇帝の真意と協定の内容。そして原因となった係争地に建てられたという、王国の砦の調査に向かわせました。


 その結果、帝国と王国間で3年間の停戦条約が結ばれたこと。そして皇帝が出向いたのは、学生時代の学友であり親友でもあるシュバイン公爵と、第一皇子であるルシオン殿下が捕虜となったからだということもわかりました。我が子と親友を取り戻す交渉を文官に任せたくなかったのでしょう。


 皇帝が出向くということもあり、王国の王妃と獣人の国の王も出席したようですが、お互いに国境での揉めごとの話し合いと貿易の話に終始したようです。


 そして問題の王国が建築した砦ですが、これはとてつもなく巨大であること。表向きはハンターの宿泊施設ということになっていること。そのため砦にはハンターのみが入ることが許されていること。魔族と人族のハーフの男が宿泊施設の主として君臨していること。女神様の敵であり魔族であるダークエルフが数百人ほど住み着いていること。不思議な魔道具が山ほどあるということがわかりました。


 もっと詳しい事を知りたかったのですが、ハンターから仕入れることのできる情報はこれだけのようです。王国や帝国の文官とも接触したようですが、砦のことに関してはよくわからないと言われたそうです。


 もう少し詳しい情報が欲しいと考えたミッテルト枢機卿は、司祭たちを聖騎士とともに砦に向かわせたようです。しかし彼らは教会の名を告げても入場を断られ、なんとか中に入ろうとしましたが数十人のダークエルフに囲まれて逃げ帰ってくるしかなかったようです。


 王国の砦になぜ魔族とのハーフが責任者としているのか? 魔国のダークエルフがなぜ大量に住み着いているのか? その詳細はわからないままです。ですが現実に教会の司祭が追い返されていることから、魔国の人間がその砦を仕切っていると考えた方が良さそうです。


「これは……間違いなく魔国が関わってますね」


 あの皇帝に匹敵するほどのギフトの使い手である第一皇子率いる1万もの軍が、王国に敗れ捕虜となったことも信じられませんが、あの平和主義の王が係争地に砦を建てた事。そして一体どうやってそのような巨大な砦を建築したのか、また何故魔国の者に管理を任せているのか。答えは一つしかありません。


「はい。恐らくですが、第一皇子率いる1万もの軍が全滅に近い損害を受けたこと、南街に駐屯する帝国軍や教会の支部に気づかれることなく砦を建築したことから魔国が王国に背後にいるのではないかと」


「ミッテルト枢機卿もそう思いますか。西街から滅びの森を横断し帝国と王国の係争地に砦を建て、帝国軍を撃退できる力があるのは魔国以外には考えられませんね」


 すべては魔王もしくは竜王が仕組んだこと。そう考えれば納得できます。


 いえ、竜王が仲裁に入ったことから、魔王の策略やもしれませんね。代々竜王によって頭を押さえられてきた魔国の魔王が、とうとう竜王に反旗を翻したのやもしれません。魔王は魔国で暗躍しているデーモン族や吸血鬼族にでもそそのかされたのかもしれませんね。まあ、魔族などそんなものです。


 いざとなれば王国に味方すると言って帝国と王国の係争地に砦を築くことに協力し、魔族と人族のハーフを責任者として置くことで両国から反発が出ないようにした。そして砦の存在をギリギリまで隠すためにハンターへ宿泊施設を貸与し、ハンターたちに箝口令を強いた。あんな便利な場所に壁に囲まれた宿泊施設があるのです。ハンターたちは喜んで協力したでしょう。


 そうして時間を稼ぎ砦の防衛戦力を整え、いざ帝国が攻めてきた時は魔国と王国軍により防衛に努めた。その結果、魔国に度々ちょっかいをかけてくる第一皇子を捕らえる事に成功し、次期皇帝の座から引き下ろそうとした。ルシオン第一皇子が皇位継承から外れれば、魔国に敵対する国は無くなりますからね。王国も国境を荒らされて困っていましたし、ちょうど良い機会だったのでしょう。


 結果は成功といったところですか。今回の帝国にとって屈辱的な停戦により、帝国と王国との間には今まで以上の亀裂が入るでしょう。第一皇子に後を継がせるつもりだった皇帝の怒りはどれほどのものか。


 魔国の策略により人族の二大国は不仲になり、その間に魔国は力を蓄える。そして武力も覇気もない第二皇子が次期皇帝となった後、帝国に攻め寄せるつもりなのでしょう。平和ボケしているアルメラ王は、次は自国が狙われるとも知らずに魔国の諫言に乗り人族連合を組むことなく帝国を見捨てる。そんなところですかね。


「いかがいたしましょうか教皇様」


「魔族は人類の敵です。勇者様によって存在を認められた恩を忘れ、治療を拒否したという理由だけで大司教や司祭たちを虐殺するような者たちです。彼らの好きにはさせません」


 数百年前とはいえ、勇者様がこの世界を去られた事を良い事に魔族たちは教会へ反旗を翻しました。理由はギフトによる治療を拒否した事。


 確かに勇者様がおられる時は人族も魔族も分け隔てなく教会で治療をしていました。ですがそれは勇者様のお慈悲によるものです。そもそも女神フローディア様に敵対する存在である魔族に、なぜ女神様から与えられた治癒のギフトを使わねばならないのか。勇者様が使うようにと言われなければ、誰も魔族の治療などしたくはなかったのです。


 その勇者様が女神様の元に戻られた。きっと魔族を生かしたことで女神様にお叱りを受けていることでしょうね。


 勇者様がいなくなった以上、魔族などに治療を行う理由などなくなりました。ですが慈悲深き我らは治癒水の提供だけはしました。これは魔族も滅びの森の魔物を討伐していたからです。私たちからすれば同士討ちなのですが、敵の敵は味方という考え方もあります。この大陸が滅びの森に呑み込まれぬよう、魔族を利用するため治癒水の提供だけはしたのです。


 治療をしなくなったことに竜王から反感を受けはしましたが、たまたま勇者様と親しくなり棚ぼたで魔王の座に就いた竜人の王の言う言葉。そして竜人族ももともとは女神様に仇なす存在です。聞く耳など持つ必要がありませんでした。


 しかし魔族たちは教会の治療を受けるのを当然の権利だと勘違いしており、一部の竜人族とデーモン族の戦士が当時西街と南街と東街にいた司祭と大司教を大量虐殺しました。


 教会は王国と帝国の信者に動員をかけ、あわや第二次人魔戦争が起こる所でした。しかしさすがに当時の帝国皇帝と竜王がこのままではまた女神様が勇者様を遣わし、元凶となった国の王たちを処罰すると思ったのでしょう。竜王により聖光教会に謝罪があり、各国の王と当時の教皇によって話し合いが行われました。


 その結果、騒動の主犯となった者たちの処刑。そして魔国の貴族のみ治療をするということで話がつきました。教会としては屈辱の結果です。しかし当時の教皇は勇者様がいなくなった途端に、教会が原因で人魔戦争を再発させることだけは避けたかったのでしょう。勇者様は女神様の剣として、教皇相手でも断罪いたしますから。


 そこまでして魔族に気を遣っているというのに、やはり魔族は魔族。こうして人族を滅ぼそうとあらゆる策略を練っているということですね。


 人魔戦争が終わり数百年。平和な時を過ごしていく上で、それまで魔族との戦いに必要であり多くの人族が得ていたギフトも、魔族を生かしてしまった人族への罰なのか親子の間で継承して得る事しかできなくなりました。そのため治癒のギフトを得る者も少なくなり、教会もギフト所有者の確保に多大な労力が必要となりました。


 そんな状態なのにシュリット枢機卿の娘。シスターローラの件で、さらに確保が厳しくなり、このままでは聖光教会は苦しむ人々を治癒することができなくなってしまいます。


 こうしてこれまでおとなしかった魔族が、再び人類に反旗を翻そうとしているのは良い機会なのやもしれません。


 今回の件は形を変えた女神様の御神託なのやもしれません。今度こそ神の敵である魔族を滅ぼせと、その意思を見せよと。さすれば新たなギフトを与えると。私たち女神フローディア様によって創造された人族と獣人のみが、この大陸に存在が許されるのだと。そうおっしゃっているのでしょう。


 であるならば女神様に仕える私たち聖光教会はこの世界から魔族を追い出し、人族だけの世界を築く必要があるのです。そして人族を繁栄させるための労働力として創られた獣人たちには、再び人族が主人であることを理解させる必要があるのです。


「ミッテルト枢機卿。魔族の好きにはさせません。王国と帝国に聖光教会の名で、聖地奪還の前線基地としてそのフジワラの街と名乗っている砦を接収させなさい。魔国が口を挟んできても無視をするように言いなさい。以後、聖光教会が王国と魔国の仲を取り持ち、魔国の策略の原因となっているその砦を管理いたします」


 私は狐のような狡賢い顔をしたミッテルト枢機卿へそう命じました。


「おお、ご決断されましたか! ではあの土地一帯の開発は教会が差配をするということで?」


「ええ、王国と帝国に任せては、また魔国が裏で暗躍をして紛争が起こるでしょう。創造主である女神フローディア様の名のもとに、土地は聖光教会が信仰心に応じて振り分けるのが最善でしょう」


 聖地の奪還は方便で、全ては魔族の企みを潰すためです。あの地を教会が管理すれば魔国は何もできないはずです。


「おっしゃる通りでございます。ですが魔国が開き直って兵を挙げた場合はいかがいたしますか? 魔国の管理する西街には左遷されたシュリット枢機卿もおります」


「聖光教会が動いた事を知れば魔国は動かないでしょう。砦を建て王国と帝国の離間工作をするくらいですから、まだその準備はできていないはずです。魔族も一枚岩ではないですからね。そうですね、念の為獣人の王にも魔国が人族に仇なした時は、王国と帝国を守るように依頼しておきましょう。彼らの独立を認め、教会まで置いて優遇してきたのです。嫌とは言わないでしょう。それとシュミット枢機卿ですか……彼のことは心配ないでしょう。あのシスターローラの父親なのですから」


 数年前。この教会本部でシスターローラが不意打ちとはいえ聖騎士たちを全滅させ、この私に氷の剣を突きつけ脅した。その結果、若いギフト持ちのシスターたちを全て連れて行かれてしまいました。父親であるシュミット枢機卿は娘の助命を条件に次期教皇選挙から身を引き、魔国の街である西街の教会へと自ら赴任しました。


 本当はシスターローラを殺してしまいたかったのですが、事が事なだけにあまり大きくしたくなかったので私たちはそれを呑みました。王国の王妃からもどういうことかと説明に来るように言われていましたからね。結局シスターローラを監視付きで南街に左遷し、ギフト持ちのシスターたちを性奴隷にしていたのは一部の司祭たちだけだという事にして、司祭たちを公開処刑することで話を収めました。


 年老いてからできた娘とはいえ、甘やかし過ぎてそんな騒動を起こさせたシュミット枢機卿など、そのまま魔族によって殺されても知ったことではありません。


「ククク、そうですね。彼なら魔族ごときにやられはしないでしょう」


 政敵であったシュミット枢機卿が失脚し、ミッテルト枢機卿は嬉しそうですね。真面目だったシュミット枢機卿は本部では毛嫌いされていましたからね。小言を口にする男がいなくなり私もせいせいしています。


「ところで南街にいるシスターローラはどうしていましたか? 王国や帝国の兵士と酒場でよく揉め事を起こしていると、南街支部の大司教からは報告がありましたが」


「それが滅びの森へ向かってから戻ってきていないようです。戻らないシスターローラを心配し、探しに行った残りの聖騎士とギフト持ちのシスターたちもです。恐らくは魔物に殺されたのかと」


「あのシスターローラがですか? しかも反抗的とはいえ、腕は確かだった聖騎士たちも一緒に……」


 彼女のギフトは水の派生の氷。その威力は凄まじく、不意打ちだったとはいえ本部の戦闘系のギフトを持つ聖騎士たちが全滅するほどです。彼女についていった各地の聖騎士たちも精鋭と聞いています。そんな彼らが全滅? そしてそんな彼らが戻らないからと、滅びの森にただのシスターたちが探しに行った? どうもおかしい。おかしいですが、あの目の上のたんこぶがいなくなったのは朗報ですね。


「はい、南街の教会支部の大司教はそう言っております。至急人員の補充をお願いしたいとも」


「そうですか。いいでしょう、帝国と獣人の国から何人か引き抜いて向かわせてください」


「承知いたしました。それで砦のある地の開発の差配の件ですが、責任者には誰を指名されるご予定でしょうか?」


「ミッテルト枢機卿に任せます。先日の娘はなかなかに良い子でしたからね」


 8つになったばかりだというあの娘は良かった。やはり女性は幼い方がいい。あんな逸材を探してくるミッテルト枢機卿なら、王国と帝国をうまくまとめるでしょう。


 それにシスターローラがいない今、もう隠れてシスターたちへ女神様の慈悲を与える必要も無くなりました。今後も彼には多くの治癒のギフトを持つ、無垢な娘を連れてきてもらわねばなりませんしね。これくらいの利権を与えるくらいはいいでしょう。


「ははっ! ありがとうございます。女神フローディア様のため、そして聖光教会のために必ずや王国と帝国をまとめてかの砦を手に入れてまいります」


「お願いしますね」


 私がそう告げるとミッテルト枢機卿は、それはもう嬉しそうに部屋を出ていった。頭の中は王国と帝国の貴族から得られる貢物のことでいっぱいなのでしょう。


 さて、これで魔国の策謀は一旦は潰すことができそうです。問題は今回の失態から皇位継承から外されるであろう帝国の第一皇子ですか。魔国を滅ぼすためには彼には是非とも皇帝になって欲しいのですが……しかしこればかりは口出しができません。帝国の四公も操りやすい第二皇子を次期皇帝にしたいようですし。


 とりあえず敬虔な信者である四公の一家である、フルベルク公爵に接触を試みるとしましょうか。彼なら女神様のために動いてくれるでしょう。


 しかしまさか私の代で魔族を滅ぼす機会をいただけるとは……女神フローディア様。この私に与えて頂いた魔族討伐の使命、必ずや達成いたします。

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