第9話 南街



「あれが南街か」


 森を抜け視界が開けると、高さ10メートルほどの壁に囲まれている街が見えてきた。


 壁は東西にどこまでも広がっており、フジワラの街の何倍もありそうだ。


 さすがは滅びの森の入口に一番最初に建てられた街だ。最初はギルドが滅びの森への前線基地的に建てた砦だったらしいが、それから王国と帝国の助力を得て何百年もかけて少しずつ拡張してきただけあり大きい。


 そんな都市とも呼べるほどの街の規模とその歴史に、俺は感嘆しながら街の入口へ向け歩いた。



 帝国との停戦交渉が行われる予定日の前日。俺は恋人たちと共に南街へ来ていた。


 フジワラの街を昨日の早朝に出発し走り続け、途中シュンランたちとの出会いの場所である滝のある河原でゆっくり昼食を食べながら、兇賊との戦いの時のことなんかをクロースに話したりして思い出話に花を咲かせた。


 その後、再び南街まで走り、夜になると街道外れの岩をくり抜いて間取り図のギフトで大型のワンルームを造り一晩過ごした。そして朝早くにワンルームを引きあげ、午前中のうちに南街へと辿り着いた。



「すごいな! 聞いてはいたが西街が二つくらい余裕で入りそうだぞ!」


「そうだな。俺は東街しか見たことがないが、確かにあの街も二つ、いや三つは入りそうだ」


 隣を歩いていたクロースも、南街の広さを前に目を見開いて驚いている。


「そういえば涼介もクロースも南街は初めてだったな。と言っても私もミレイアも、数回ほどしか来たことがないのだがな」


「ああ、そういえば昔カルラと一緒に依頼をこなしていた時に、ギルドへの報告のために何度か来ただけなんだったっけ?」


「そうだ。私とミレイアのハーフの二人だけだと色々と面倒だが、カルラたちといれば絡まれることもないからな」


「ははは、確かにな」


 南街は2つの人族の国の軍が駐留していることから、魔族やハーフはほとんどいない。それは娼館でもだ。だからハーフや魔族の娼婦などは東街に集まっている。南街の西側。帝国の軍やハンターが集まる区域にハーフがうっかり足を踏み入れれば、そのまま攫われて奴隷にされる危険性があると前にお客さんが話していたのを聞いた。まあ南街に魔族やハーフが住みにくいのは、ほぼ間違いなく帝国が原因だ。


 そんな危険な領域で、軍やハンターを相手に暴れまわっていたローラという女性もいるけど。ほんと、よく今まで無事でいたと思うよ。


 今回は強行軍ということもあり、ローラとサーシャやリーゼロットは連れてきていない。ローラとリーゼロットは一緒に来たがっていたけど、俺たちの走る速度に着いて来れるのは空を飛べるリーゼロットだけだ。だが彼女はサーシャの護衛だから離れるわけにはいかない。


 そのサーシャも最初は一緒に来たがっていたが、王妃が来ると決まった瞬間に留守は任せなさいって張り切りだした。どうも王妃に俺との仲を色々と聞かれるのが嫌みたいだ。リーゼロットがそう笑いながら教えてくれた。


 あれで奥手なのよね、私は違うけどと腕を絡ませ胸を押し付けてくる彼女に、俺はどう答えていいかわからなくて困惑したもんだ。すぐにクロースがリーゼロットを引き剥がしにきたけど。


 あの二人は喧嘩ばかりしてるけど、なんだかんだいって仲がいいんじゃないかと最近思うようになった。だってお互いに精霊を使って相手の居場所を常に把握してるんだぜ? 別にリーゼロットが俺の側にいなくてもクロースは絡みに行くし、リーゼロットも面倒くさがりながらもちゃんと相手をしてる。嫌いな相手にそんなことしないと思うんだよな。俺なら無視するしな。


 そうして置いて行くことになったサーシャとリーゼロットだが、今頃はダークエルフの子供たちを雇ってかき氷を大量に作ってるだろう。そしてハンターたちに売って大儲けしてるんじゃないかな。


 出発前に夏は稼ぎ時よ! って、使っていない倉庫に設置した大量の冷蔵庫で氷を作りまくっていたし。毎朝販売しているお弁当も最近はハズレが減ってきて、売れ筋の商品が着々と増えてきている。設備投資の費用を差し引いてもかなり稼いでいるはずだ。ダークエルフの子供たちの扱いも上手いし、元お姫様だってのに何気に商才があるんだよなあの子。


 でも稼いだお金を自分のためにあまり使ってないんだよな。自販機のジュースとアイスを買うくらいじゃないか? この間なんて病院に治療に来た両足と翼を失ったサキュバスの娼婦をしていた子が、治療費が足りないからと翼を諦めたんだ。そしたらせっかく来たんだから全部治していきなさいって、サキュバスが飛べなくてどうすんのよって言ってさ。足りない分の治療費を無利息無期限で貸していた。サキュバスの子は感激して泣いてたよ。


 なんというか元王女なのに漢気溢れてるんだよな。ハンターたちからも豪快で気前の良いお姫様だって人気があるし。一応サーシャもお客さんなんだけど、人気者の彼女は今では街に欠かせない人材になりつつある。


 そんなことを考えながら恋人たちとも雑談しつつ、南街に2つある滅びの森側の入口のうち王国専用の入口へと着いた。


 入口には槍を手に持つ王国軍の兵士が4人ほどいて、外壁の上にも同じ数の兵士が弓を手に街に出入りするハンターや森を警戒していた。そんな入口に立つ兵士の後ろから一人の竜人が現れた。カコウだ。


「あ、カコウ殿!」


 シュンランは嬉しそうに彼に駆け寄っていった。黒竜種の一員となってからというもの、彼女はカコウをまるで祖父のように慕っている。まあ後見人は親族がするものだから、二人はもう家族みたいなものだ。シュンランと結婚する時には、カコウに親族として立ち会ってもらおうと思っている。


「シュンラン、それに勇……リョウスケ様。お待ちしておりました」


 カコウは駆け寄ってきたシュンランへ薄っすらと笑みを浮かべて出迎え、俺へと頭を下げた。ここでは勇者と呼ばないように言ってあったが、危なく口にしそうになってたな。


「出迎えてもらって悪いな。ルシオンたちはどうだった?」


 俺はそんなカコウに笑みを浮かべ感謝の言葉と、護送してくれたルシオンのことを確認した。


「特に問題なくここまで護送できました。よほど獣王軍が怖かったのでしょう。途中兵たちにからかわれたりしていましたが、おとなしいものでした。街に入る時は安全のために馬車に乗り移らせ、現在は王国軍の駐屯所にて軟禁しております。監視として竜人族の精鋭も100ほど配置しておりますのでご安心ください」


「あはは、さすがのルシオンも人族に良い感情を持っていない獣人が近くに大量にいればおとなしかったか」


 あの獣王のことだから、ルシオンが兵士と揉めたら殺さなきゃ何してもいいとか言いそうだしな。


「ざまあないな! あんなやつ馬や馬車なんかに乗せずに歩かせれば良かったんだ」


「フフッ、クロース。私も同感だがあれでも一応王族だ。おとなしくしているなら、それ相応の待遇で遇さねば帝国との交渉に差し支えるというものだ」


「帝国なんか私は怖くないけどな! でも夫が困るなら妻の私は我慢しよう。それが良妻というものらしいからな!」


「クロース、みんなが見てる。恥ずかしいからもう少し小さな声で頼むよ」


 俺は街の入口の前で胸を張り大声で叫ぶクロースに頭を抱えた。


 門番の兵士や街から出てきたハンターたちが、何事かと注目してるじゃないか。


「フッ、クロース殿は相変わらず元気だな。ですがリョウスケ様、ここでは目立ってしまいます。教会の目もございますので街の中へ」


「そうだな。やはり結構来ているのか?」


「はい。今回は対外的には王国が森に小規模の砦を築き、それを奪おうと帝国が攻め寄せたことに対しての2国間の停戦交渉となっております。ですがその停戦交渉に皇帝自ら出席するということで、帝国と王国内の教会から関係者が多くやってきております。ここでリョウスケ様の存在が知られれば、少々面倒なことになるかと」


「そうだな。教会にはもう少し静かにしていてもらわないとな」


 教会と対立することはもう確定している。そのために貴族の病人を受け入れたりしているわけだしな。けどまだ受け入れを始めたばかりだ。もう少し教会にはおとなしくしていてもらわないと。


「はい。そのため街の東側の貴族街にある、アルメラ王家所有の屋敷へと本日は滞在していただき、明日馬車に乗り街の中央にある帝国と王国が建設した外交用の館へと向かっていただきます」


「王家所有の屋敷? そんなところに泊まったら余計目立つんじゃないか?」


 高級宿に泊まる予定だったんだけどな。


「アルメラ王国の王妃が、王家所有の屋敷であればいくら改装してもらっても構わないと。その方がリョウスケ様も快適に泊まれるでしょうと言っておりました」


「あ〜、まあそうだな。気を使ってもらったってわけか」


 確かにいくら高級宿に泊まったとしてもトイレがなぁ。恋人たちと一緒に風呂にも入りたいし、間取り図のギフトを使ってもいい部屋があるのはありがたい。


 そんな王妃の好意に甘えることにして、俺たちはカコウが用意してくれた馬車に乗り街の東側の中央にある貴族街へと向かった。ちなみに西側は帝国の貴族街となっているらしい。


 途中馬車の窓から街の様子を眺めていたが、さすがは滅びの森に隣接する街で最大の規模を誇るだけあった。人も建物も東街とは比べものにならないほど多かった。


 そして貴族街の中央。王家所有の一際大きな屋敷に着くと、王妃が満面の笑みで俺たちを出迎えてくれた。


 俺が王妃に停戦交渉のために足を運んでくれたことに感謝の言葉を述べると、昼食に誘われた。竜王と獣王は街の中央にある迎賓館に滞在しているようだ。二人で俺がカコウたちに追加で渡し運んでもらった酒を飲み、昼間から騒いでいるらしい。挨拶に行こうかと思ったが、さすがに目立つのでやめた。


 昼食を食べながら王妃と色々と話したが、彼女は終始帝国軍を撃退しルシオンを捕らえた俺たちをベタ褒めして上機嫌だった。長年王国は帝国に虐められていたみたいだしな。そんな帝国に王国が懇意にしている俺たちが圧勝したこと。そして娘……と言っても第二王女だが、サーシャの姉を口説く時に相当失礼な態度をしていたルシオンが半殺しにされ、帝国での地位が著しく落ちたことが愉快だったらしい。


 ハンターたちはどうやって帝国を倒したのかよく聞いてきたりしていたが、王妃は特に聞いてこなかった。リーゼロットやサーシャから手紙などで戦闘の状況や機関銃のことは聞いているはずだが、機関銃が欲しいと言うどころかそのことには一切触れて来ない。恐らくだが、神器と同じくこの世界の人間が触れてはいけない物なのだと感じているのだと思う。そういうところは流石は王国で女帝と呼ばれているだけはあるなと思った。


 その後は王妃自ら屋敷の東側の一角に案内してくれて、この区画を好きなだけ改装してもいいと言われた。そして改装に掛かった費用は支払うし謝礼も払うので、できればそのままにして欲しいと懇願された。それを聞いて俺はなるほどな、だから王家所有の屋敷に案内されたのかと納得した。


 王国には今回色々と世話になるので、王妃に苦笑いを返しつつそれを了承した。そして間取り図のギフトを発動し、無限袋から魔石を出して屋敷の改装を始めた。ついでに王妃が寝る部屋も改装してあげた。


 といっても3LDKの王妃の部屋と、4LDKの俺たちの2部屋だけだ。その他は大浴場を作るに留めた。王妃は大喜びしてたよ。以前フジワラの街に泊まった時に使った魔道具が忘れられなかったらしい。もうここに住むとか言い出した。いやそれはダメだろうと俺たちは苦笑いをしていた。


 これはいずれ王城も改装してくれとか言われそうな気がするな。


 そうして慣れ親しみ、もう離れられなくなった日本の部屋で旅の疲れを癒やした翌日。俺たちは王妃の馬車に乗り、街の中央にある外交用の館へと向かった。


 ちなみに俺の武器であるペングニルはいつも通りスーツの胸ポケットに差し、竜王から借りているシュンランの武器である青龍戟は無限袋に入れてある。皇帝が来るからな。青龍戟を知っているかもしれないから、今は竜王の手元に無いと思われるのを避けるためだ。そういった理由でシュンランは双剣だけ腰に差して同行している。


 外交館はそれほど大きな建物ではなかったが、周囲には明らかに装備の良い2千ほどの兵が展開し警戒していた。竜人は見たところ200ほどだが、帝国と王国と獣王国の兵がそれぞれ500ずつはいるように見えた。その中で帝国の近衛兵だと思われる者たちは館の外側だけではなく、王国と獣王国の兵も警戒しているようだった。帝国は普段から四方に喧嘩を売って歩いているからな。色々と身に覚えがあるんだろう。


 そんな緊迫した雰囲気の中。俺たちの乗る王妃の馬車は外交館の門を潜り、建物の入口へと到着した。その瞬間、警備をしていた王国と獣王国の兵士が馬車を取り囲み、馬車を降りる俺たちの姿が門の外から見えないように壁になってくれた。遠くから祭服を着た教会関係者の姿があったから気を遣ってくれたようだ。


 王妃に皇帝が俺の存在を教会に話していれば、隠しても無駄になるんじゃないかと聞いたら、あの皇帝が個人に負けたなどと絶対に口外はしないと笑っていた。恐らくルシオンが捕らえられたことも本国では箝口令かんこうれいを敷いているはずだと。


 確かに大国である帝国が、一個人が運営する街に1万の軍勢で攻め入って撃退され、挙句に次期皇帝となる皇子を捕らえられたなんて言えるわけないかと納得した。


 そして俺たちは出迎えてくれた王国の外交官らしき人に連れられ、館の奥の部屋へと案内された。


 扉が開き最初に王妃様が中に入り、少しして俺たちも中へと入るように促された。


「おお、リョウスケ殿! 待っておったぞ!」


「来たか。リョウスケ4日振りだな」


「竜王に獣王、面倒なことに付き合わせて悪かったな」


 中に入ると広い部屋の中央にある円卓に座っていた竜王と獣王が笑顔で出迎えてくれた。俺はそんな二人に手をあげて答えた。


 二人が座る円卓の後ろには、各国の官服を来た文官らしき者と、護衛の兵が30人ほど壁沿いに立っていた。


 ここにいる人間には俺がフジワラの街の責任者であることが伝わっているのだろう。帝国人以外はにこやかにな笑顔を浮かべ俺たちの方を見ていたが、帝国の文官と兵だけは俺のことを睨んでいた。


 まあ自分のところの軍がコテンパンにやられた挙句、皇子を捕らえられたんだ。屈辱だろう。王国や獣王国の文官と兵たちの笑顔から察するに、そのことで彼らに嫌味の一つでも言われ、恥ずかしい思いをしたのかもしれない。


 今回俺の代わりに魔国の外交官が、事前に帝国の外交官と停戦条件のすり合わせをしてくれていた。ルシオンとシュバイン公爵を返す代わりに、帝国は今回の戦争の停戦を承諾し、身代金を支払うことになったと昨夜魔国の外交官が知らせに来てくれた。


 停戦が最重要なので身代金は安めだ。というか今回のルシオンの失態で、帝国の複数の大貴族が第二皇子を次期皇帝にしようと動いているらしい。そのためあまり吹っ掛けても払わないかもしれないんだ。


 本来なら王族でしかも第一皇子ということもあり、最低でも白金貨1万枚から2万枚。日本円だと100億から200億くらいか。それくらいは取れてもおかしくないそうだが、今回は白金貨2千枚の要求しかできないだろうということだった。この辺が帝国に停戦を受け入れさせ、払ってもいい身代金のボーダーラインだそうだ。ちなみにシュバイン公爵に関しては公爵家から別途白金貨3千枚が支払われる。次期皇帝の血筋なのに公爵家の当主より安い身代金とか、ルシオンは本当にいらない子なんだなと少し同情したよ。


 まあこれで白金貨5千枚は入る。50億円だ。Cランク魔石への換金は大変だが、今後は南街や西街のギルドからも魔石を大々的に購入しようと思っているので、金に困ることは当分ないだろう。バージョンアップを見据えてBランク魔石も購入しておこうと思うのであんまり無駄遣いはできないけど。Bランク以上の魔石は市場になかなか出回らないから、出回っても高いんだよな。


 それでも今回の戦争の報奨として、ダークエルフ街区にファミリー用のマンションを建ててあげようと思ってる。ダークエルフ街区も拡張し、うちに来れるのを待っているダークエルフの他の里の者たちも受け入れようかなと。ダークエルフあってのフジワラの街だしな。


 今後はハンター同士のクチコミだけではなく、大々的に各街にフジワラの街の宣伝をするつもりだから街の拡張もしないとな。あ、そうだ! ダークエルフが増えたらもっと森の奥地に街を作ってもいいかもしれない。そうなれば高ランクハンターを取り込めるし、ギルドの代わりに魔石を直接ハンターから買うこともできる。そうすればBランク以上のの魔石を安く確実に手に入れられる。お金があるっていいな。これでタワーマンションを建てやすくなる。


 まあタワーといっても15階までだけど。それ以上だとAランクの魔石が必要になりそうだからな。さすがにAランクの魔石をマンションを建てれるほど集めるのは無理だ。Bランク魔石を代替えにできるなら別だけど。今のところできないしなぁ。


 そんなことを考えながら指定された竜王の隣りに座り、緊張した様子の竜人族のメイドさんから魔国製の冷たいお茶をもらい口に含んだ。


 俺の座る円卓の両隣には竜王と王妃様が、王妃様の隣に獣王が座っている。シュンランたちは俺の後ろの壁際に立っている。チラリとクロースへと視線を向けると、腰のナイフに手を添えて俺を睨んでいる帝国の兵士たちへ挑発するような笑みを浮かべていた。そんな彼女の腕をミレイアがそれとなく抱き寄せ、シュンランはクロースの腰のベルトを掴んでいた。


 さすがはシュンランとミレイアだ。クロースのことをよくわかっている。頼むから交渉が終わるまではおとなしくしていてくれよ?


 それから5分ほど竜王たちと談笑をしていると、入口にいた衛兵からラギオス帝国皇帝陛下のご入場ですという声が部屋中に響いた。


 その声に入口に視線を向けると、青い豪奢な服に身を包み、肩まで伸びた燻んだ金髪の初老の男性の姿があった。両隣に近衛兵らしき者たちを従えていることから、この男が帝国皇帝のアルバート・ラギオスだろう。


 皇帝は円卓へ視線を向け、竜王に軽く黙礼をした後に俺へと視線を固定させた。その視線は鋭かったが、特に俺に対しての怒りは感じなかった。どちらかというと俺が何者なのか見透かそうとしているように感じる。俺は交渉はもう始まっていると思い、そんな皇帝の視線を黙って受け止めた。


 この男がラギオス帝国の皇帝か。確かにルシオンに似てはいるが、眼力があの馬鹿とは天と地ほどの差がある。ルシオンはギフトの威力こそ皇帝に匹敵するほどあるらしいが、為政者としては父親の足もとにも及ばないんじゃないか? そりゃ貴族たちもルシオンがこの皇帝の後継者になるのを不安がるのもわかるわ。


 しばらく皇帝と視線を合わせていると、隣にいた竜王がいきなり笑い出した。


「カカカッ! アルバート殿。リョウスケ殿が気になるはわかるが、突っ立ておらんで早く座られよ」


「……うむ」


 皇帝は竜王の言葉に素直に従い、俺と竜王の向かい側に腰掛けた。


 さすがは竜王と言ったところか。帝国の皇帝からも一定の敬意を持たれているようだ。王国も獣王国も竜王には先祖代々いくつもの借りがあると言っていた。特に獣王国は、勇者と共に竜王が獣人を奴隷から解放してくれた恩があるので頭が上がらないとも言っていたな。帝国も一時は勇者と竜王と敵対し当時の皇帝を討たれはしたが、長い歴史の中で少なからず竜王に世話になったこともあるんだろう。


 普段は酒ばかり飲んで、側付きの竜人女性の尻を撫でて頭を叩かれてる酔っ払いのエロジジイなんだけどな。


「ではラギオス帝国とフジワラの街の開拓者であり責任者である、リョウスケ・フジワラとの先日の戦いにおける停戦交渉を行うとするかの」


 円卓に腰掛けてからも探るような視線で俺を見つめてくる皇帝に対し、竜王が停戦交渉の開始の合図をした。


 さて、停戦は事前交渉でまとまっている。土壇場で皇帝が嫌だと言わない限り今回の戦争は終わりだ。あとはこの場を利用して、帝国にフジワラの街を独立勢力として認めさせたい。ヘタをすれば停戦自体がご破算になりかねないが、王国と獣王国には根回しはしてある。


 さて、どうなるかな。素直に認めてくれればいいんだが。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る