第8話 ミレイアの覚醒



 ルシオンの率いる軍との戦いから1ヶ月と少しが経った。


 その間に真聖光病院は、噂を聞きつけた魔族の患者で既に50床ほどが埋まった。日々やって来る数は増えているので、王国や帝国の街にまで噂が広がればあっという間に満室になるかもしれない。今はとにかく聖光教から見放されている魔族を優先していこうと思う。


 入院客はほぼ全員が魔族だが、先日獣王が3千の兵と共に獣王国の貴族を数組ほど連れて来た。いずれも難病の当主や高位貴族の親族のようだ。


 獣王国を長年支えて来たかなり地位の貴族もいるらしいが、獣王から色々と聞いているのか当人もお付きの騎士たちもみんな腰が低かった。王国の貴族もこれだけ腰が低ければやりやすいんだが、実際はどうなるかね。


 そうそう、ラティだけど元気すぎるほどに元気らしい。毎日のように滅びの森と獣王国の間にある緩衝地帯で、母親と兄や騎士たちと共に森から獣王国に侵入しようとする魔物を狩っているそうだ。そして毎日よく食べてよく寝て、早く母親のような魅力的な体型になるんだとがんばっているそうだ。


 あのお転婆のラティが女らしくなろうとしてるのもリョウスケのおかげだと獣王は言っていたが、実年齢は17歳なのに見た目が14歳だからな。そりゃ早く成長したいだろうよと思った。


 ちなみに獣王自らが3千もの兵を率いてやって来たのは、当然病気の貴族を送り届けるだけが目的ではない。帝国との停戦交渉が7月の下旬に南街で行われることに決まったからだ。それに出席するために護衛の兵を率い、ついでに治療を希望する貴族たちを連れて来たという訳だ。


 当初は俺がルシオンたち捕虜を連れて獣王と共に南街に向かおうとした。しかし恋人たちが付いていくと言って聞なかった。どうも皇帝が帝国の北に1万の兵を配置していることと、南街に近衛も含め3千の兵を連れてくることをリーゼロットから聞いたらしい。それで帝国が悪あがきをするんじゃないかと心配しているようだ。獣王もアルメラ王妃もそれぞれ兵を連れてくるから大丈夫だと言ったんだけどな。万が一があると言って聞かなかった。


 そうなると獣王の率いる兵やルシオンと一緒に、恋人たちを連れていくのは問題が色々とある。なので獣王の率いる軍に、フジワラの街に残っていた竜人のカコウとメイファン。そしてダークエルフの護衛を30人ほど付けて、ルシオンたち捕虜と一緒に南街へと送り出すことにした。



「じゃあカコウにメイファさん、ルシオンをよろしく」


 俺は正門の前で竜人族のカコウとメイファさん。そしてその後ろで軍を率いている獣王へ視線を向け声を掛けた。


「間違いなくルシオン殿を送り届けましょう」


 カコウが力強くそう答えた。メイファさんは黙って頭を下げている。


「カコウ、今回も世話になる。それと先日は本当にありがとう。感謝しかない」


 俺はそんなカコウに感謝の気持ちを込めてそう告げ頭を下げた。


「頭を上げてください。私は当然のことをしたまでです」


 そう言うとカコウはその彫深く皺の多い顔に薄っすらと笑みを浮かべた。


 先日カコウは黒竜種の一族としてシュンランを認めてくれた。実はカコウは元竜王の近衛隊長だっただけあって、黒竜種の一族では結構高い地位にいるらしい。そのカコウが後見人となり彼女を黒竜種の一族であることを認めたことで、シュンランは正式に竜人族となったことになる。今後は竜人族の黒竜種というのがシュンランの種族名となるそうだ。


 こればかりは竜王がいくらシュンランは竜人族だと言っても、他の竜人族は認めない。というのも竜人族は地水火風の4竜種に黒竜種があり、当然竜人はいずれかの種族に属している。そしてそれがそのまま自分のアンデンティティとなり、竜人社会で生きていく上での後ろ盾ともなる。


 しかし竜王も魔王も火竜種だ。黒竜種とは、黒髪と黒い鱗に白い角がその証であり、そのうちシュンランは髪と角が当てはまっているし父親も黒竜種だ。だから彼女を竜人族として認め、後ろ盾となれるのは黒竜種だけだ。そのことを知った俺は、カコウに内密にシュンランを黒竜種として認めることができないかと相談した。


 結果は二つ返事だった。技量ではまだカコウには劣るし竜化もできないが、身体能力の高さはそれを補って余りあるそうだ。飛ぶことを禁止させられたら、竜化したカコウでもシュンランには勝てないと言っていた。そんな竜人族の中でもトップクラスの強さを持つ彼女を、なによりも弟子であった父親の娘を一族にできるなら喜んですると。そう言ってくれた。


 日課の訓練のあとにカコウから黒竜種の一族として認めると告げられたシュンランは、家に帰るなり俺に抱きついて子供のように大泣きしていたよ。黒竜種の父親を亡くし、竜人族として認めてもらおうと魔国に行ったらバガンによって角を折られ、それでも強くなって認めてもらおうと東街で頑張っていた。でもそんな彼女の努力を嘲笑うかのようにオーガキングがその両足を奪った。


 一度だけではなく二度もどん底を味わったその先に、これほどの希望があった。生きていて良かった。俺と出会えて本当によかったと泣いていた。そんな彼女の言葉にミレイアとクロースも一緒に泣いてさ、その日の夜はみんなでお祝いをした。


 そんなことを思い出しつつカコウに笑みを返した俺は、次に獣王へと視線を向けた。


「獣王も頼んだ。俺も後から追うから」


「おうっ、任せとけ! 小僧が逃げようとしたら両足もちょん切っておくからよ! ガハハハ!」


 獣王は笑いながらルシオンの乗る馬の尻をバシバシと叩く。馬の上でシュバイン公爵に支えられているルシオンの顔は青ざめている。俺の顔を見れば睨みつけていたくせにな。獣王と彼が率いる兵は怖いらしい。獣人は過去に先祖を奴隷にしていた人族には容赦がないことを知っているからだろう。


 そうそう、ルシオンがなぜ愛馬であるCランク魔獣の黒鬼馬ではなく普通の馬に乗っているのかというと、コイツは軟禁中にテイムのギフト持ちの親衛隊を使い、獣魔小屋に繋いでいた黒鬼馬や鬼馬を暴れさせ脱出を図ろうとしたからだ。


 夜な夜なテイム持ちの親衛隊を部屋に入れていたのは、どうやら同性愛に目覚めたわけではなくこのためだったらしい。同性愛に目覚めたと思わせたのは、シュバインに計画を知られないためなのだろう。シュバインはこっちに協力的だからな。それだってルシオンの命を守るためだ。


 だがそんなシュバインの気持ちも知らず、ルシオンの馬鹿は騒ぎを起こしやがった。しかも鬼馬が暴れて混乱している中、酒場帰りの酔った女性ハンターを人質にして正門を開けさせようとした。


 当然騒ぎを聞きつけた俺が5階のバルコニーからペングニルを投擲し、人質の女性の首に紫電を纏わせた手を向けている親衛隊の腕を吹き飛ばした。その瞬間、警備についていたダークエルフと竜人によりルシオンと親衛隊は制圧された。従魔の鬼馬たちはCランクのハンターやシュンランとミレイアによって処分され、テイムの加護持ちの親衛隊は酒場で飲んでいたローラによって全身を氷漬けにされて死んだ。


 その後は謝り倒してくるシュバインに免じて、捕らえたルシオンと親衛隊には5日間の飯抜きと、その後は1日一食しか与えなかった。この程度で済んだのは警備をしていたダークエルフとハンターに怪我人は出たが軽症だったことと、被害者にシュバインが持っていた宝石を渡し詫びたからだ。もし死人が出ていたら親衛隊はひとり残らず殺していたし、ルシオンは間違いなく達磨になり両目も耳も失っていただろう。


 本当にロクなことをしない男だ。


 そのルシオンも空腹と血気盛んな獣王軍を前にやっと観念したのだろう。獣王の号令のもと軍は出発し、彼はおとなしく南街へと連行されていった。


 少し心配ではあるが、ミレイアを同行させるわけにはいかないからなぁ。


 そう、俺が恋人たちを連れて獣王たちに同行しなかったのは、ミレイアのことがあるからだ。


 というのも、ここのところ今まで以上に彼女の近くにいると性的興奮を覚えるようになったんだ。ミレイア自身にも身体的な変化があり、薄いピンク色だった目がいつの間にか赤くなっていた。


 あとたまに夜になるとものすごく積極的になったというか、襲われたりする。その時は正直エルフの秘薬なしでは耐えきれないほど吸い取られる。まあそれはいいんだ。普段おとなしいミレイアが積極的になって、俺の上で大きな胸をぶるんぶるんと振るわせながら腰を振り朝まで乱れ続ける姿は興奮する。そして朝になって自分の行動を思い出し、赤面する彼女の顔はもうさ、可愛くて可愛くて。だからそれは問題じゃない。


 問題なのは興奮するのは俺だけではなく、客のハンターたちもだからだ。それもあってこれまでミレイアを受付業務から外し、フジワラ第二マンションの清掃やパソコンを使っての経理業務に従事させていた。


 しかしそれでも5百人以上のハンターが出入りするこの街で誰とも会わないというわけにはいかず、ミレイアとすれ違ったハンターたちは皆が股間を押さえ、新規客なんかはミレイアとすれ違っただけで抱きつこうとする者もいた。当然ミレイアから常に離れないように言ってあるシュンランに瞬殺されてたけど。


 恋人にそんなことをしようとした奴がいれば、普通なら怒るべきなんだろう。だがミレイアの抗えないほどの魅力を体験している俺としては、そのハンターの気持ちがわかってしまうため謝り倒す彼とその仲間を怒れなかった。精神力の高い俺でさえムラムラを我慢するのが大変なんだ。普通のハンターじゃ厳しいだろうということは理解できた。


 そんなミレイアを男だらけの軍。しかも女好きのルシオンに同行させるなんてできなかった。だから別行動を取ることにしたわけだ。


 俺たちなら走れば1日ちょっとで南街に着くしな。それに恋人たちと一緒なら、途中でワンルームの部屋を作って寝ることもできる。獣王たちと一緒に野営するよりはよほど快適だ。


 しかしミレイアのあの匂いはなんなんだろうな。確か去年辺りから嗅ぐと興奮するようになった気がする。最初はサキュバスの血が半分入っているからだと思っていたが、今の状態はどう考えても異常だ。サキュバスだってすれ違っただけで男を虜にするなんてことはない。発情期のサキュバスならとは思うが、以前サキュバスのハンターに聞いた限りでは、サキュバスの発情期は数ヶ月に一度だ。それも男と二、三日くらいすることをすれば収まるらしい。でもミレイアの場合は収まることはない。なら原因はなんだ?


 そんなことを考えながら正門を離れ第二フジワラマンションのエントランスに着くと、そこには見覚えのある女性の後ろ姿があった。


 ん? あのピンクの長い髪とショートカットの組み合わせはまさか。


「あれ? もしかしてアンジェラとイザベラか?」


「あっ! リョウスケ! 会いたかった!」


「リョウスケ! 寂しかったわ! ねえ今夜久しぶりにどう?」


 俺が声を掛けると受付のダークエルフの女性から鍵を受け取っていた二人が勢いよく振り向き、目を赤く光らせながら抱きついてきた。


「くっ……いきなり魅了を掛けてくるのはやめろと言っただろう。それに何が久しぶりなんだ何が」


 危ねえ! 気付くのが遅かったらレジストが間に合わなかったかもしれない。くっ、それでもこの匂い……俺の股間よ鎮まれ!


 俺は黒のボディスーツのような革製の服の前をヘソの位置まで下げ、そこからはみ出し過ぎている二人の大きなおっぱいから視線を逸らしつつ彼女たちを引き剥がそうとした。


「相変わらず私たち二人がかりの魅了でも効かないのね。サキュバスを性的対象として見ていないデーモン族でさえレジストできなかったのに」


「リョウスケは異常よ。精神力だけでレジストするとか信じられないわ」


 二人は引き剥がそうとする俺など無視し、胸をこれでもかと押し付け左右から上目遣いでそう口にした。


「そんなこと言われてもな。それよりいつの間に街に入って来たんだ? 俺は正門にいたけど入ってくるのを見かけなかったぞ?」


「ああ、ちょっと紛争で傷ついた仲間をね。真聖光病院に送り届けていたのよ。そしたらクロースに会って、こっちへと繋ぐ通路から入れてもらったの。そしてついでにだからって、この新築の予備で押さえてある部屋も用意してくれたのよ」


「仲間の分までは無理だったけどね。でも夜に呼べば一緒だし。クロースには感謝だわ」


「クロースが? アイツはまた勝手な……ん? 紛争だって? 年が明けてからしばらくしてこっちに来なくなったのはそのためなのか?」


 他のサキュバスやインキュバスのハンターは来ているが、アンジェラとイザベラ姉妹とそのパーティメンバーのインキュバスと魔人たちだけは見かけなかった。俺は狩場が変わったのかと思う程度だったが、二人を姉のように慕っているミレイアは寂しそうにしていた。


「ええ、デーモン族とちょっとね。私の実家の領地がアイツらの領地と接してるのよ。ほら、ダークエルフが逃げちゃったでしょ? それで経済的に厳しくなったのか、あっちこっちに攻め込んだりしてるのよね。まあ魔王様が仲裁に入ってくれるんだけど、それまでは近くの領地のサキュバスたちと協力して戦わないといけなかったのよ。そうしないと略奪されちゃうの」


「実家の領地って、もしかしてアンジェラって良いとこのお嬢様だったのか?」


「お嬢様じゃないわよ。うちは小領だから貧乏だし。だからこうして出稼ぎに来てるんじゃない」


「そうそう、領地から出れば色んな男ともできるしね」


「ブレないなイザベラは。しかしそうか、だからしばらく顔を見せなかったのか。まあ無事でよかったよ」


 デーモン族は結構厄介な魔法を使うらしいからな。顔見知りの二人に怪我がなくてよかった。


「あら? 心配してくれるの? やっとデレたわね。なら部屋に行きましょう! 発情期はまだだけど、リョウスケとならいくらでもできるわ!」


「やっとその気になったのね! エルフの繁栄の秘薬を持ってるんでしょ? クロースから聞いてるんだから。それなら朝まで私たち二人を相手にできるわね。ほら、早く行きましょ!」


「いかねえよ! なんでそうなるんだよ!」


 俺はグイグイとエレベーターまで引っ張る二人の腕を強引に振り解いた。この二人と話すと魅了をレジストしなきゃならないし、やたらと部屋に引き込もうとするしで本当に疲れるわ。受付のダークエルフのお姉さんたちは、そんな俺たちを見て笑ってる。でも俺は知ってるんだからな? あんたたちダークエルフの女性も、同族の男には大差ないことをしてるって。


「んもうっ! このいけず!」


「相変わらず手強いわね。さすがは帝国軍1万を撃退した男よね」


「あっ! そうよそれ! いったいどうやって帝国のギフト持ちがたくさんいる軍を全滅させたのよ?」


「ははっ、秘密兵器があるんだよ」


「秘密兵器って……まあこれだけの建物や便利な魔道具を作れるんだしね。強力な魔導兵器とか作れてもおかしくはないか」


「きっと巨大な火球を生み出すような魔剣よ! そうに違いないわ!」


「あはは、まあそんな所だ」


 ほかのハンターたちもみんな同じことを言ってたな。魔導技師という肩書きはなかなかに便利だ。


「うーん、どんなのか知りたいけど、病院には助かったからこれ以上は聞かないでおくわ」


「そうね。おかげで紛争で四肢を失った子たちが普通の生活を送れるようになるわ。それにしても真聖光教だったかしら? 私たち魔族をしかも格安で治してくれるなんてね。領地に戻って来た仲間から聞いた時は信じられなかったわ」


「ここには聖女様がいるからな」


 そうか、紛争が終わって領地に戻って来た仲間から病院のことを聞いてやって来たのか。


「聖女様ねえ。でも大丈夫なの? 聖光教会が黙ってないわよ?」


「大丈夫よ姉さん。だってリョウスケは帝国に勝っちゃうくらい強いんだから」


「そうだったわね。ああ、こんな強い男の子供を産みたいわ。なんでサキュバスは他種族と子供ができないのかしら?」


「本当よね。リョウスケとの子供がたくさんいれば、デーモン族や吸血鬼族だって敵じゃないのにね。でもリョウスケはなんだか特殊だし、もしかしたら子供ができるかも」


「そうね。試してみる価値はありそうね。じゃあそういうことだからリョウスケ、ベッドに行きましょ」


「何がそういうことだ! 俺の意思はどこにあるんだよ!」


 懲りずにあの手この手で誘ってくる二人にそうツッコミを入れた時だった。


 エレベーターが開く音がして視線を向けると、そこにはモップを持ったミレイアとシュンランがエレベーターから降りてくる姿が見えた。


「あっ! アンジェラさんにイザベラさん!」


 アンジェラとイザベラの姿に気づいたミレイアは一瞬驚いた表情を浮かべた後、満面の笑みで二人へと駆け寄った。


「ミレイア!」


「ミレイアちゃん! 元気にしてた? お姉さん会いたかったわ!」


 アンジェラとイザベラもミレイアの姿を見て駆け寄り、エントランスの中央でミレイアを抱きしめた。


「私もです。最近泊まりに来なかったので心配してました」


「色々忙しかったのよ。でももう大丈夫よ。これから毎日一緒にいるから」


「そうそう、私たちがいない間に困った事とかなかった? 何かあったらお姉さんたちに……ん? あれ?」


「ん? どうかしたのかイザベラ?」


 ミレイアの顔を見てイザベラが困惑した表情を浮かべたのが気になったので聞いたが、イザベラはミレイアの目を真っ直ぐ見つめたまま離さなかった。


「……姉さんこの子の目」


「目がどうしたの? え? ええ!? ハーフなのになんで!?」


「私にもわからないわ。この子はギフトを授かってるはずなのに……」


「それにものすごい量の魔力があるわ。前に会った時はここまでは無かったのに」


「もともとハーフなのに魔力が高い子だとは思っていたけど、既に私たちを超えてるわね」


「お、おいアンジェラ、イザベラも。いったいどうしたってんだ? 魔力がどうかしたのか? ミレイアの身体に何かおかしなことでも起こってるのか?」


 俺はミレイアの顔を見ながら困惑している二人に再び問いかけた。


 ミレイアもアンジェラたち同様に困惑しているし、シュンランは俺と同じく不安そうに見ている。


「あ、ごめんなさいリョウスケ。あまりにも驚いたから動揺していたわ。ふぅ……あのね、ミレイアは常時魅了の魔法を発動しているのよ」


「はぁ!? 魅了だって!?」


 ミレイアが魅了の魔法を? でも彼女はハーフだぞ? いや、確かにそれならこれまで俺や他の男たちに起こったことは説明できるけどさ。でもそうなるとギフト持ちが魔法まで使えるってことか?


「ええ、目が赤いでしょ? 光らずにずっと赤いままのこの状態は、サキュバスが子供から大人になる時の症状なの。この状態になると常に魅了を発動してしまうのよ」


「本当に驚いたわ。ハーフなのにこの症状が出るなんて聞いたことがないもの。それに魔力。たった数ヶ月会わなかっただけで、なんでこんなに増えてるの?」


「そういうことか……」


 やっと理解できた。恐らくレベルアップによってミレイアの魔力が魔法を使えるほど増えたんだろう。そしてサキュバスの血の影響もあって魅了の魔法を使えるようになり、それが発動したままになっているということか。過去にハーフでこういったことがなかったのは、レベルアップをしなかったからだろうな。それなら魔力も少ないままだから、魅了を発動するようなこともなかったというわけか。


「私たちはサキュバスの中では魔力に敏感なの。まあそのおかげでデーモン族と戦えてるんだけど」


「だからミレイアちゃんが急に魔力が増えたことがわかるの。こんなに急激に増えるなんて、一体何があったの?」


「……それはわからない。それよりもミレイアのこの常時魅了を発動している状態は治るのか?」


「ええ、通常はまだ子供だから自分では制御できなくて、大人たちの手助けを受けることで制御できるようになるの。だから私たちで正常の状態に戻せるわ」


「それは本当ですかアンジェラさん!」


 アンジェラの答えにミレイアが食いつくように確認している。


 ミレイアも男たちにエロい目で見られたり、急に襲い掛かれたりするのが嫌だったのだろう。当然だ、俺だって嫌だ。だから最近は街の中でほぼ隔離するようなことをしたりしたんだが、それも窮屈だったのかもな。


「ええ、ちょっと待ってね……どう? 魔力の流れがわかる?」


 ミレイアの言葉にアンジェラは真剣な表情となり、ミレイアのこめかみに両手を当てた。


「あ……はい。これが魔力?」


「そうよ、今は目に流れてるでしょ? それを止めてお腹の下辺りで循環させるの。できる?」


「止めてお腹の下辺りで……」


「あら? 筋がいいわね。そうそう、そのままの状態を維持して……いい子ね、これで大丈夫よ」


 アンジェラはそう言ってミレイアのこめかみから手を離した、すると赤かったミレイアの目は元の薄いピンク色へと戻っていた。


「あ、最近感じていた喪失感が無くなりました。あれは魔力を失っていた感覚だったんですね」


「そうよ、ギフトを使う人は魔力が減ったとか分からないものね。でも……ふふっ、これでミレイアも正式にサキュバスの仲間入りね。おめでとうミレイア」


「え? わ、私がサキュバス族……私が……」


「良かったなミレイア。これからは竜人族の私とサキュバス族のミレイアだな」


「シュンランさん……はいっ!」


 シュンランが竜人族として認められた時に、我が事のように喜んでいたミレイアだったが、どこかで羨ましいと言う気持ちがあったのかもしれない。自分がサキュバス族として認められたことが嬉しかったんだろう。目に涙を浮かべながらシュンランへと抱きついている。


「ふふっ、やっぱりミレイアは純粋で可愛いわね」


「本当よね。まさかこんな滅びの森の中で仲間が増えるとは思わなかったわ。それも可愛いいミレイアちゃんだなんて、お姉さん嬉しい!」


「なんというかアンジェラにイザベラ。色々とありがとう」


 俺はミレイアの魅了を制御してくれたことと、彼女をサキュバスとして認めてくれたことに感謝し頭を下げた。


「あら、お礼なら身体で欲しいわね」


「そうそう、今夜相手してくれたらそれでいいわよ? ちょっと魅了に抵抗しないでいてくれたらいいから、ね? 」


「いや、身体で礼をしろってお前ら……」


「だ、駄目です! 好きでも無いのにリョウスケさんを誘惑しないでください!」


 俺が断ろうとしているとシュンランに抱きついていたミレイアが、アンジェラたちと俺の間に入り両手を広げながらそう叫んだ。


「あらあら、ふふふ、ミレイアがいたのを忘れていたわ。そうね、確かに好きとかそういうのではないわね。あーもうっ! ミレイアは本当に可愛いわね。じゃあこうしましょう。今夜ミレイアだけ私たちの部屋に来なさい。ちょっとリョウスケ、そんなに睨まないでよ。大丈夫よ、インキュバスたちは呼ばないから。だからミレイア、お姉さんたちと三人だけで、ね?」


「そうね、ミレイアちゃんには色々と教えてあげないと。手取り足取りね。ふふふ」


「え? そ、それは……あの……もしかして……でも」


「あら? なんで顔を赤くしているのかしら? まさか私たちがクロースに教えているようなことを想像しているの?」


「ええ!? 魔力の使い方を教えてあげようとしているだけなのに? ミレイアちゃんはエッチなことを期待しちゃったのかなぁ?」


「え? あ、そ、そんなことは……」


「こらこら、ミレイアをからかうな。でも魔力の使い方や魔法の使い方は教えてやって欲しい。授業料として滞在中の賃料は無料でいいからさ」


「ほんと!? 別にタダで教えたってよかったんだけど、これはラッキーね!」


「やったわね姉さん! 戦費だ治療費だで出費が多かったから助かるわ」


「はは、そういうことなら仲間の治療費も安くしてもらえるように教会に口添えしておくよ。だからミレイアのことを頼む。立派なサキュバスにしてやってくれ」


「きゃー! 太っ腹のリョウスケ大好き!」


「いつか必ず姉さんと魅了にかけてお礼をするから!」


「なんで魅了にかけることが前提なんだよ……」


 やっぱサキュバスの思考はおかしいわ。


「リョウスケが理性を失うほど、私たちを求めるのを見たいからに決まってるじゃない。秘薬を飲んで獣みたいになったリョウスケを一度くらい体験したいわ」


「そうそう。でも賃料をタダにしてくれた上に、仲間の治療費まで安くしてくれるなんてなんだかもらい過ぎね。そうだ! 今日はミレイアちゃんにサキュバス式の成人の祝いをしてあげようよ姉さん」


「あら、いいわねそれ」


「そういうことなら家で用意するから必要な物を言ってくれ。今夜はみんなでパーティをしよう」


 ミレイアの成人式か。確か今年で20歳になるしちょうどいいかもな。


 それからショッピングモールにいるカミール商会など各商会の協力のもと、成人の祝いに必要な物を揃えた。そしてサーシャやリーゼロットにローラにクリスも呼び、家でミレイアの成人の祝いを行った。


 ところがだ。さすがはサキュバス族の成人の祝いと言ったところか。なんと祝いの後は祝いに参加した者たちの見てる前で、成人したサキュバスと男がエッチをしないといけないらしい。興奮した表情でそう告げるアンジェラとイザベラに俺はチョップをして黙らせ、その日の夜は皆で楽しく飲み明かした。


 まあ変わった成人の祝いではあったが、ミレイアは心から楽しそうにしていたよ。ありがとなアンジェラにイザベラ。


 しかしまさか顔を合わせるたびに魅了の魔法を掛けてくる二人に助けられ、こうして感謝する日が来るとはな。人の縁って分からないものだよな。


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