第6話 敗戦の報




「では行ってくるでの」


「ああ、難しいかもしれないがなるべく早めに頼む」


「現皇帝のアルバートの小僧とは何度か会っておるからの。まあ大丈夫じゃろ。では行ってくる」


 そう言って竜王は籠に乗り込み、リキョウ将軍を先頭に4人の護衛が籠から伸びるロープを掴み、ダークエルフ街区の北門から森の奥地へ向け低空で飛び立った。


 やっぱ重そうだな。籠の中に酒を載せすぎだと思うんだよな。


 俺は、バランスをうまく取れないのか、フラつきながら飛んでいく竜人たちを見送りながらそんなことを考えていた。



 ルシオン率いる帝国軍との戦いの翌日。


 俺はかねてからの計画通り竜王に帝国との仲介を頼み、竜王は酒を対価にこれを快諾。そして今しがた魔国へと戻っていった。


 竜王にはまず帝国へこの街が王国の所有物ではないこと、ルシオンとシュバイン公爵の身柄と引き換えに停戦条約を結ぶ仲介をする旨を伝えてもらう。


 停戦交渉の場さえ整えることができれば、そこで俺はフジワラの街を独立勢力として帝国に認めさせるつもりだ。


 そのためにまず先に捕虜となっている親衛隊の一人を帝国に向かわるようシュバイン公爵に伝え、今朝早くに出発させた。親衛隊からは皇帝に今回の戦いの顛末と、ルシオンが捕虜になっている事。そして俺が停戦交渉をする意思があることを皇帝に伝えてもらう。その後に竜王からも皇帝へ仲介の話が行く予定だ。


 独立勢力であることを、サーシャとリーゼロットを通して王国は既に了承済みだ。魔国は竜王を通して、獣王国には獣王に以前話して承諾してもらっている。


 力が全てという帝国へ俺たちはその力を示した。そして魔国と王国と獣王国もこちら側に引き込んである。ここまですればいくら帝国でもこの街が独立勢力であることを認めないわけにはいかないだろう。


 ラギオス帝国皇帝は愚帝ではないと聞く。王国や魔国との戦争は過去に何度もあったようだが、深追いすることなく竜王や教会の仲裁には応じてきているようだ。ならば今回もこれ以上余計な血を流すことはせずに応じてくれるはずだ。こっちには後継者であるルシオンと高位の貴族の捕虜がいるしな。


 そう今後の事を考えていると、背後から聴き慣れた声が聞こえて来た。


「あっ! いたっ! リョウスケ! 私はもう我慢できないぞ! あの馬鹿皇子殺していいよな!?」


「おいおい、いきなり物騒だな。何があった?」


 俺は怒り心頭といった感じで駆け寄ってくるクロースの言葉に、驚きながらそう問い返した。


「男に食事の介護をしてもらうのは嫌だっていうから、テネルに頼んだんだ。そしたらいきなり脱げとか言い出して、断ったら罵詈雑言を浴びせた上に暴れ出した。もう殺そう!」


「あの馬鹿皇子……」


 俺は額に手を当てながらため息を吐いた。


 あの馬鹿は自分が捕虜だとわかってないのか? 


「あれはきっと影武者だ。うん、そうしよう。だから殺そう!」


「待て待て、あれは影武者じゃくて本物だ。それよりテネルさんに怪我は無いのか?」


 テネルさんは見た目30代くらいのダークエルフの女性だ。クロースとは別の里の人間だから、嫌な役目を買って出てくれたんだろう。怪我がないといいんだが。


「最初に蹴り飛ばされて軽い打身を負ったが、その後は精霊魔法で防御している間に警備をしていた竜人と里の者たちが騒ぎに気づいて制圧した。今は近くにいた親衛隊も馬鹿皇子もボコボコにされて気を失っているぞ」


「そうか、軽い打身で済んでよかった。ったく、あの馬鹿皇子はロクなことしないな。そういえばシュバイン公爵はどうなったんだ?」


「ん? ああ、馬鹿皇子を止めようとして蹴られたのか顎が砕けたらしいぞ」


「あの人も苦労人だな」


 そういえば戦争中も殴られてたな。


「じゃあ許可は取ったから殺してくる!」


「だああ! 許可なんかしてない! あんなんでも大事な交渉材料だ。今後捕虜収容所には女性は近づけさせないように言っておくから、竜王から連絡が来るまで放置しておいてくれ」


 俺は短剣を抜いて踵を返そうとするクロースの腕を取り、そう言い聞かせた。


 両腕がないのでギフトを使えないからと、監視をしている者たちに特に指示をしていなかった俺の落ち度だ。野郎に食事を食べさせてもらうのが嫌なのは、まあ百歩譲って理解しよう。捕虜とはいえ大国の皇族だしな。だがまさか食事の介護をする女性に脱げとか言い出すとは、筋金入りの馬鹿だなあの男。


「なぜだ! 奴は次期皇帝なんだろ? あんなのを生きたまま帝国に返せば、いずれ皇帝になった時に必ずまた攻めてくるぞ! 今のうちに殺しておいた方がこの街のためだ!」


「まあまあ落ち着け。その辺は多分大丈夫だ。帝国では第二皇子を推す貴族が多いらしいからな。今回の失態で皇位継承レースから外れる可能性は高いらしい」


 リーゼロットが精霊を使って急いで集めてくれた情報では、帝国の主だった貴族としては無駄な戦争ばかり起こすうえに性格も傲慢で横暴なルシオンよりも、武力こそ低いが温厚で内政面で優秀な第二皇子の方を次期皇帝にしたいようだ。しかし帝国皇帝は代々武力の高い者が継承するのが習わしであることから、そこまで強く皇帝に進言できないらしい。


 皇帝としてもルシオンが貴族たちから不信感を得ていることは承知しているらしく、今回のフジワラの街への侵攻は、問題ばかり起こすルシオンの実績作りの側面が大きいと王国では分析しているそうだ。


 しかしその実績を作る戦いで1万もの軍を壊滅させられたうえに、ルシオン本人も虜囚の身となった。こうなっては皇帝もルシオンを庇い切ることはできず、皇位継承レースから脱落するのは確実だろうとの見方が強い。


「そうなのか? なら殺しても問題ないでは無いか」


「仲間が傷つけられて怒るのは解るが思考が飛躍しすぎだ。何よりも皇帝だって人の親だ。自分の息子を殺されたら敵討ちをしようとするかもしれないだろ。それを避けるために、戦いの最中も殺さないように苦労して捕らえることにしたんだ。ルシオンは何日か隔離して、食事はハンターたちが使役した魔獣に与える容器に入れて出すだけにしてくれ。暴れれば犬食い生活になると思えばおとなしくなるだろう。シュバイン公爵には俺から言っておくから」


「むうう……仕方ない。我ら誇り高きダークエルフを、魔獣とエルフの混血だと馬鹿にしたあの男に魔獣の餌を食わせるのもいい気味か。わかった、私は夫に従順ないい女だからな。リョウスケのいう通りにする。ではさっそくみんなに伝えてくる!」


「あ、おいっ! クロース! って行っちゃったよ。魔獣と同じ餌を与えるなんて言ってないんだけどな」


 まあ少しくらいはいいか。軽いとはいえテネルさんに怪我を負わせた訳だし。


 その後、俺は収容所に行って空いている個室の部屋の備品をトイレ以外全て撤去した後、内壁の前に分厚い石壁を作り隔離部屋とした。そしてシュバイン公爵に親衛隊などが一切近づく事を許さないと伝えたあと、警備の人間にルシオンを隔離部屋に移す事。女性を一切近づかせない事を指示して収容所を出た。


 苦労人のシュバイン公爵は終始恐縮していたよ。ああ、砕けた顎はクリスに治療を受けて治してもらったらしく完治しておりちゃんと話せていた。


 その後ルシオンを隔離部屋に移してから最初はうるさかったらしいが、親衛隊もシュバインも助けてくれないことに気づいたのか、はたまた犬食いする自分が惨めに思えてきたのか、しばらくすると静かになったようだ。数日はそのままにしようと思う。


 そして戦いから3日ほど経った頃。


 避難していたギルド員とショッピングモールで働く者。そしてダークエルフ街区の老人と子供たちに、彼らを自主的に護衛してくれたハンターたちが、同じく護衛して送り届けてくれた千人ほどの獣王軍に連れられフジワラの街に帰還した。


 みんな犠牲なく帝国軍を壊滅させたことに驚き、そして喜んでいた。その日の夜は護衛してくれた獣王軍の兵士たちと一緒に、二度目となる祝勝会を街をあげて行った。しかし俺は宴に参加したのは最初だけで、その後はひたすら消費される酒を自販機で購入していた。


 獣王軍の兵士が初めて飲む酒だからか、美味い美味いと言って湯水の如く飲んでいたからな。指揮官の虎の獣人は申し訳なさそうにしていたけど、多分一番飲んでたと思う。まあうちの非戦闘員を守ってくれていたんだ。これくらいはね。


 さて、これで街は元通りだ。後は各街に避難したハンターたちが泊まりにくるのを待っていればいい。


 あとは帝国が素直に交渉の場に出てくれるかどうかだな。意地とか張らずに出てきてくれればいいんだが。





 ——ラギオス帝国 帝城 執務室 皇帝 アルバート・ラギオス——




「ふう……だいぶ暑くなって来たな」


 謁見が終わり執務室に戻って来た余は、上着を脱ぎ捨てながら魔道具である冷風機の風が当たるソファへと腰掛けた。


 帝城は大陸の南寄りにあるからの。毎年暑くなるのが早くて敵わぬ。その分冬はそれほど寒くはならぬが、老いたこの身には暑さの方が堪える。


「お疲れ様です父上。冷風機をもう一台持ってこさせましょうか?」


「いや、かき氷がいい。あれは身体全体が冷える」


 余は息子であり第二皇子であるメルギスへとそう答えた。


 ウルムが王国の王城に忍ばせた密偵が持ち帰った、氷を砕いて絞った果実をかけて食べるという甘味。冷たくてついつい病みつきになるわ。


「またですか……先日食べすぎて体調を崩されたと聞きます。しばらく控えられてはどうですか?」


「じゃから一日3度ほどしか食べておらぬ。よいから持ってこさせよ。甘い果実をかけたのを頼むぞ」


「まったく、また体調を崩されても知りませんよ」


 メルギスは呆れた顔を浮かべながらも、メイドを呼びかき氷を作るように指示をした。その際にしっかりと自分の分まで頼んでおった。余には文句を言っておいて納得がいかぬの。


 しばらくしてかき氷が運ばれて来て二人で食べ始めた。


「うむ。やはり美味い。この頭が痛くなるのも癖になるの」


 王国のかき氷は特殊な魔道具を使い作ることから、もっと氷が細かくさらにすぐにできると聞く。なんとかその魔導具を手に入れたいのう。


「私は痛いのは嫌ですからゆっくり食べますけどね」


「こういった刺激もたまには必要なんじゃ。しかしルシオンからの報告は遅いの。そろそろ砦の陥落の報が届いてもおかしくないのじゃがな」


 先ほどの謁見でも、軍務卿が連絡はまだ来ていないと言っておった。


 ルシオンの率いる軍が滅びの森に入ったという報告を聞いてから、既に6日が経つ。そろそろ陥落の報が来ても良い頃なんじゃが。


「兄上のことですから、どうせ捕虜にした女たちに夢中で報告を忘れているのでは?」


 メルギスが嫌そうな顔をしながら言う。相変わらず潔癖じゃの。ルシオンのように大量の側室と愛人がいるだけではなく、異種族の女を拷問しながら犯すのは確かに問題じゃし眉をひそめたくもなる気持ちもわかる。しかしメルギスのように正妻一筋なのも心配じゃ。子もルシオンは既に正妻と側室腹から男女8人の子がおるというのに、メルギスは娘一人だけじゃしの。


「じゃがそれならばウルムから連絡が来るはずじゃ。その為に一緒に行かせたんじゃからの」


 シュバイン家の手の者ならばすぐに報告に来れるはずなんじゃがの。


「確かに。あの兄上が苦戦するとは思えませんが……」


「かなり規模の大きな砦らしいが、守るのは300人程度じゃからの。いくらダークエルフが相手でも、ルシオンと親衛隊がおれば苦戦することはなかろう。竜人もおるらしいが、数人程度らしいしの」


 あやつはギフトだけは余を超える能力があるからの。


 しかしあやつは昔から余の承諾も得ず、魔国や王国と勝敗のつかない小競り合いばかり起こしよる。余も若い時は似たような事をしていたからの。強くは言えなんだ。


 じゃがルシオンには余と違い好敵手はおらんかった。幸い余には父の近衛隊長という好敵手がいた。魔国のデーモン族や吸血鬼族との戦争でも敗北をしたことがある。しかしルシオンにはそのような経験がない。余自らの敗北の経験から早期に割って入り、本格的な戦争にならないようにしたというのも原因ではある。じゃがその結果、敗北を知らぬ傲慢で苛烈で残虐な性格の子に育ってしまった。


 それでもルシオンは強い。それだけで皇帝となる資格がある。ギフトの強さでは余の全盛期を超えておるじゃろう。皇帝の座は代々強い者が継ぐのが習わしじゃ。それは過去に勇者によって皇帝が討たれ、帝国が崩壊寸前までいったことが原因じゃ。当時は皇帝に武力を求めていなかったようじゃしの。


 ルシオンは確かに性格に難がある。じゃが滅びの森に呑み込まれた旧領を取り戻し、邪魔をする王国を滅ぼす為にはルシオンほどの苛烈さがなければ実現できはせぬ。国内の混乱を恐れるがゆえに、欲にまみれた有力貴族たちの進言を受け入れ、過去の手痛い敗戦から魔国に消極的な余では、いつまで経っても先祖伝来の土地を取り戻すことはできぬのじゃ。


 じゃから王国が帝国の旧領に無断で建築した砦という、降って沸いたような幸運に余は歓喜した。ルシオンにその砦を奪わせ、メルギスを擁立しようとする有力貴族たちを黙らせる。そして砦と二方面から王国を挟み撃ちにし王国を滅ぼし神器を奪う。


 これほどの実績を前にすれば、貴族どももルシオンに皇位を継がせることに文句を言えまい。あとはルシオンに皇位を継がせ、獣王国も滅ぼし魔物の国である魔国との決戦に挑む。そして大陸を統一し、後方の憂いをなくした後は滅びの森へ侵攻しこの大陸を救う。


 途中で再び女神より勇者が遣わされようと、王国から奪った神器を持つルシオンと、奴の鍛えた親衛隊がおれば負けはせぬであろう。


 メルギスは確かに皇帝となれば賢帝と言われる器はあろう。性格も良く人望がある。平和な時代であれば良い皇帝となろう。じゃがラギオス帝国はこの大陸を統一し、滅びの森に呑み込まれた土地を取り戻さねばならん。ルシオンのヒラの親衛隊程度のギフトの強さしか持たぬメルギスでは、勇者や魔国との戦いに勝てるとは思えぬ。


 余の後継はルシオンでなければならぬのじゃ。


 その為にも早く戦勝の報告が欲しいところじゃ。


「竜人族ですか……手を出して大丈夫なのでしょうか? 竜王が出てくることはないですか?」


「フンッ! 今回は王国が我が国の領地に無断で砦を建て、しかもそれをハンターが建てたと偽装したのが原因じゃ。非は王国にある。そのまま滅ぼしても竜王は口出ししてこぬ」


 竜王は確かに発言力がある。700年以上生きておるのじゃ。どの国も借りの一つや二つはある。帝国としては、竜王が先祖を葬った勇者に付き従い魔国を手に入れたことに思うところはあるがの。それでもあの人魔戦争を生き抜き、帝国領も含めた大陸の半分近くの土地を滅びの森から奪い返し、勇者から受け継いだ強力な神器を持つ竜王には余も一定の敬意を抱いておる。


 じゃが竜王だからと無条件でその言を聞き入れる訳ではない。そもそも竜王自体も大義名分なき行いを嫌う。今回は王国の侵略じゃ、竜王は口を出すことはできぬ。


「それであるならば良いので……む? どうした? 入れ!」


 メルギスの話の最中に突然執務室の扉がノックされた。


 メルギスの呼びかけに扉が開くと、そこにはルシオンの親衛隊にいた騎士の姿があった。


 噂をすればか。やっと戦勝の報告が来たか。む? なんじゃ? ミスリルの鎧が随分とボロボロじゃの。なぜルシオンの側にいた者の鎧が、ここまでボロボロになっておるのじゃ?


 余が騎士の男の姿を見て嫌な予感を感じていると、騎士はその場でひざまづき口を開いた。


「し、失礼します! 親愛なる陛下へ急ぎご報告することがありまかりこしました!」


「……申してみよ」


「ハッ! ル、ルシオン様率いる帝国軍1万。砦の勢力との戦闘により……ぜ、全滅いたしました」


「なんじゃと!?」


「そ、そんな……」


 余とメルギスは騎士のあまりにも非現実的な言葉に愕然とした。


 全滅? 1万の軍が? ルシオンには雷のギフトを使える300もの親衛隊がおったのだぞ? 


「ル、ルシオンはどうした! ウルムもじゃ! 貴様がここにいるということは無事撤退てきたのじゃろうな!?」


「も、申し訳ございません! 我らの力及ばずルシオン様及びシュバイン公爵様は虜囚の身となりました。私も囚われていたのですが逃がされました」


「なっ!? 逃がされたじゃと? 逃げて来たのではなくか?」


 なんのために捕らえた者を逃がした?


「ハッ! 砦の主であるリョウスケという黒髪の男に、帝国の敗北とルシオン様が捕らえられたこと。そして先方が停戦交渉をする意思があることを陛下に伝えるために解放されました」


「王国の傀儡である男が、ルシオンの身柄と引き換えに停戦の交渉をしたいということか……」


 そうか。ルシオンは生きてはおるようじゃの。しかしルシオンめ、とんでもないことをしてくれたの。このことを知れば貴族どもが騒ぐじゃろうな。たった数百の兵に1万の軍が負け、大将が捕らえられたなどとはの。これはもう庇いきれぬか……


「私には兄上が負けたなど信じられません! 1万の軍が全滅するなど、いったい何があったというのだ!」


「敵は強力な魔槍を複数持っておりました。その魔槍はミスリルの鎧をも貫く鉄の礫を連続で放ち、包囲して攻め寄せる兵を次から次へと撃ち殺していきました。さらにルシオン様のギフトはリョウスケという男には一切通用せず、両腕を青白い光を放つ別の魔槍にて切断されてしまいました。ルシオン様だけでも逃がそうと鬼馬に乗り砦から離れたのですが、追っ手として現れた竜人の集団を相手に成す術もなく……」


「ミスリルを貫く鉄の礫を連続して放つ魔槍に、ルシオンのギフトが通用しないだと?」


 なんじゃそれは? 


「父上、私はそんな魔槍など聞いたことがありませんし、兄上のギフトがアルメラ王国にある神器の玄武の鎧以外に通用しないなど信じられません」


「余もそのような魔槍のことは聞いたことがない。ふむ……確かウルムが注意するよう言っていた魔剣は、小規模な火球を連続して生み出すというものじゃった。それが実は鉄の礫を放つ物だったということか?」


「ハッ! シュバイン公爵様はそのように言っておりました」


「なるほどの……確かにそんな魔槍が大量にあれば砦攻めは厳しいの。じゃがルシオンのギフトが効かなかったのはなぜじゃ? まさか王でも無い者が玄武の鎧を着ておったわけではあるまい。確かそのリョウスケという男は土のギフト持ちであったろう? 分厚い石の壁でも作り防いだのでは無いのか?」


「いえ、鎧などは着ておらず、黒い変わった布製の服を身につけているだけでした。土のギフトを発動した様子もありません。それなのに雷や矢が当たる瞬間に雷は消滅し、矢は弾かれておりました。恐らくなんらかのギフトではないかと」


「なんじゃそれは……それではまるで伝承に聞く、勇者が使っていた結界のギフトのようではないか」


 む? 確かリョウスケという男は黒髪の魔人とのハーフだったはず。まさか本当は人族で、勇者の血を引いている者ではあるまいな? その存在を王国は隠していた? そして時を得てギフトが覚醒するのを待っていたということか? いや、だが勇者には子がいなかったはずじゃ。王国の戦妃である王女との間にも子はできておらぬ。もしいたとしても勇者がいた元の世界に連れて行っているはず。ありえぬ。そんなことはありえぬ。


 何よりシュバイン家が何百年もその存在に気付かぬはずがない。


「父上、悔しいですがここは停戦を受け入れ、兄上を取り戻すことを優先するべきかと」


「それはできぬ」


「なぜですか!? 兄上を見捨てられるのですか!?」


「ルシオンも皇族じゃ、大敗して捕らえられた以上は覚悟しておろう。メルギスよ、王国が背後にいるとはいえ、たかが砦一つに帝国が負けるわけにはいかぬのじゃ。皇族の率いる軍が敗退したのであれば、余が自ら兵を率いて攻め落とし、勝って終わらせる必要があるのじゃ」


 ルシオンよ、すまぬな。帝国の面子のためにはこのまま停戦交渉などできぬ。そのようなことをすれば、貴族どもが騒ぐであろう。野心に溢れる公爵家あたりが皇帝は弱気だと、強い帝国を取り戻すなどと言い反乱を起こす可能性もある。帝国内に騒乱を起こすわけにはいかぬのじゃ。


 鉄の礫を放つ魔槍は確かに強力じゃ。結界のギフトを持つリョウスケという男もな。


 じゃがそれでもたかが数百の兵が籠る砦。1万で駄目ならば3万の兵で一気に攻めればよい。包囲などせず一点集中で押し寄せれば、例えどれほど強力な魔槍であろうとも殺しきれまい。


 そう考えた余は急ぎ兵を集めるよう指示をした。


 じゃが余が兵を率いて砦に行くことは無かった。


 竜王から停戦の仲介をする旨の使者がやって来たからじゃ。


 使者はまず最初に、あの砦にアルメラ王国は一切関与していないことを竜王の名で保証した。


 信じられなかった。だがこれまで数々の争いを仲介し収めてきた竜王がその名をもって保証するとなれば、信じないわけにはいくまい。しかしだ。竜王の言うとおり王国が関与していないのであるならば、本当にあの砦は一個人がハンターのために建てたただの宿屋だというのか? 


 そう混乱している余に、使者はさらに驚くべき事を告げた。


 なんと停戦交渉の場に、アルメラ王国と獣王国が立会人として同席する予定だというのだ。


 どういうことだ? たかが砦一つのために竜王が出てくることもそうだが、王国と獣王国までなぜ加担する? まさか砦の主であるあのリョウスケという男は、本当に勇者の末裔だとでもいうのか?


 わからぬ。わからぬが無視はできぬ。この3カ国を連帯させてはならぬ。


 余は竜王からの申し出を受け入れるほかなかった。





 ————————————————————


 作者より


 応援メッセージと誤字報告ありがとうございます。忙しくて返信できず申し訳ありません。メッセージは全て読んで楽しませてもらってます。


 ※誤字脱字及び5章4話に出てくる第一皇子の年齢の矛盾は修正しました。ルシオンは既婚で30代でお願いします。


 

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