第5話 捕縛


 ——滅びの森 ラギオス帝国公爵 ウルム・シュバイン——




「がああぁぁぁ! クソクソクソ! 半魔野郎が俺の腕をよくも! なんで俺のギフトが通じねえんだ! 許さねえ! どんな手を使ってでもぜってえにぶっ殺してやる!」


 鬼馬に乗って南街へと森の中を疾走中。ルシオン様は黒鬼馬の上で、親衛隊の騎士に支えられながらずっと呪詛の言葉を口にしながら暴れている。


 相当悔しかったのであろう。今まで一度として負けたことが無かったお方だからな。好戦的で負けず嫌いな性格も相まってその悔しさもひときわであろう。


 そういえば陛下も若かりし頃は、ルシオン様のように好戦的で負けず嫌いな方であったな。


 しかし陛下には今は亡き近衛隊長というライバルがいたうえに、当時は先代皇帝と魔国との小競り合いなどもあり敗北を知っていた。それゆえルシオン様のように傲慢にはならず、ギフトだけではなく剣の腕も磨いた。そして配下の者たちの進言をよく聞き味方を増やした。その結果、多くの兄弟を押し退け皇帝となることができた。


 ルシオン様は今回の敗戦を糧に、陛下のように成長することができるであろうか? 


 難しいかもしれないな。初めて敗北を知った頃の陛下は10代であったが、ルシオン様は既に30を超えている。それに幼い頃から付き従っていた親衛隊長と副隊長も、今回の戦いでルシオン様を守り倒れた。こうなってはルシオン様を止める者は皆無だ。このまま戻れば皇帝陛下からお叱りを受けた時に、素直に失敗を認めず反発するだろう。そうなれば貴族たちからも反発が出て、陛下は第二皇子であるメルギス様を次期皇帝にせざるをえなくなるかもしれない。当然私も責任を問われ、ただでは済まないだろうな。


 ルシオン様の実績を作るための戦いが、ルシオン様を皇帝の座から遠ざけることになってしまうとはな。


 確かに私は見誤った。魔槍を奪わせに行かせた手の者が全滅した時に、もっと時間を掛け情報を集めるべきであった。


 あれほどにも恐ろしい武器であったとはな。火球を放つ魔剣か魔槍だと思ってみれば、まさかミスリルをも貫通する強力な鉄の礫を放つ魔槍だったとは想像もしていなかった。


 私は自分が身に纏っている魔鉄の鎧へと視線を落とし、あちこちが凹んでいる鎧を見て冷や汗を流した。


 Aランクの魔物の一撃をも防ぐこの鎧でさえ、ここまで傷を負うとは。なんという威力。そしてなんという手数。見立てが甘かった。今回の敗戦は帝国の情報を司る我が公爵家の汚点となろう。


 だがここまではいい。たとえ強力な武器があろうと2万、いや3万の兵で犠牲覚悟で一斉に攻めかかればあの砦を落とすことはできるだろう。


 しかしだ。


 あのリョウスケという男が未知数だ。


 たった一人で外壁の上に立ち、弓やギフトの攻撃が一切通用しなかった。陛下に匹敵するほど強力なルシオン様の雷のギフトでさえもだ。


 確かにあの男の体に当たったはずだ。しかし身体に触れる直前で矢は弾かれ雷は消滅した。そして彼の放つ青白く輝く槍はなぜか途中で2本に増え、一撃で親衛隊の鎧を貫き命を奪っていった。多くの親衛隊に守られ、射線を封じられていたルシオン様の両腕でさえもだ。私の知る限りあれほどの能力を持つ魔槍は存在しない。


 投げた槍の進路を途中で変えることならば現在の帝国の技術でも可能だ。手元に戻って来るようにするのも、相当なコストは掛かるがいずれは作ることは可能であろう。だが2本に増やすことは不可能だし、何よりもルシオン様の魔鉄の鎧を貫いたあの威力を出すことはもっと不可能だ。


 それにだ。あの魔槍が放つ青白い光。あれはなんなのだ? いったいどんな材質の鉱石を使えばあのような光を放つというのだ? あれではまるで話に聞く竜王の持っている神器のようではな……いや待て。黒髪で見た目が人族と変わらぬ男に、あらゆる攻撃を無効化する結界のような存在……青白い光を放ち狙った場所に確実に当たる槍。


 まさか! いや、そんなはずは……教会は何も……だがあの槍と結界はまさしく伝承に聞く勇者……


「もういい止まれ! 上級治癒水で俺の腕をくっつけろ!」


 私が想像だにしていなかった結論を導き出し、全身から血の気が引いていくのを感じ始めた時だった。ルシオン様が黒鬼馬を止め、この場で回収していた両腕を付けろと生き残った親衛隊へ命じた。


「いけませんルシオン様! 追手が迫っているやもしれません! 今は少しでもあの砦から離れなければ!」


「だったら尚更だろうが!腕があれば俺が追手なんかぶっ殺してやる!」


「あの鉄の礫を放つ魔槍を持っているやもしれませんよ!?」


「グッ……クソクソクソッ! なんなんだあの黒い魔槍はよ! 俺の魔鉄の鎧をボコボコにしやがってクソが!」


「とにかく急ぎ南街へ向かいましょう。鬼馬で全力で走り続ければ1日で着きます。治療はその時に」


「クッ……シュバイン! 南街に着いたら駐屯している兵を掌握し、ワーノルドとイングスに伝令を出して兵を用意させる! テメエは俺と一緒に南街にいろ! 親父にチクんじゃねえぞ!」


「陛下に黙って南街の兵を掌握し、ワーノルド侯爵とイングス伯爵に増援を求めるのですか?」


 ワーノルド侯爵とイングス伯爵は、私と同じルシオン様の後ろ盾だ。ルシオン様に貸しを作れるとなれば、喜んで兵を出すだろう。しかし今回の敗戦を陛下に黙っているなどできるはずがない。


「そうだ。シュバイン、妙な動きをすれば殺すぞ」


「……承知いたしました」


 私はルシオン様の冷たく響く声に頷くことしかできなかった。


 ここで反対すれば間違いなく殺される。私の配下の者は全滅し、ここにはルシオン様の親衛隊しかいない。今はとにかく南街に向かうのが先決だ。我らの姿を見れば街に潜ませている私の配下の者が敗北したことを知り、陛下に伝えてくれるはずだ。陛下の命が届くまで大人しくしているしかないな。


 それからしばらく森の中をルシオン様の乗る黒鬼馬を中心に、立ち塞がる魔物を薙ぎ払いながらできるだけ隊列を整え進んでいた時だった。


『ぐあああ!』


『ぎゃああ!』


 進行方向と後方に頭上から突然火が降り注ぎ、先頭と最後尾にいた親衛隊の数人の身が赤い炎に包まれた。


『て、敵襲! 上空からです! あ、あれは竜人!』


「なっ!? 追手か!」


 隣にいた親衛隊位の言葉に上空を見上げると、焼け焦げてぽっかりと空いた木の枝の間から翼を広げ滞空している2人の竜人の姿が見えた。


 そしてそれと同時に隊列の前と後ろを塞ぐように、黒い仮面をした5人の竜人が舞い降りた。全員がそれぞれ魔鉄とミスリル製と思われる戟を構えている。


 不味い! 既に全員が竜化している! 


「魔国のハンターか! クソが! 殺せ!」


「お待ちくださいルシオン様! 聞け! 親衛隊の者たちよ! 竜化済みの竜人相手にたとえ親衛隊といえどもこの数では勝てぬ! 主を救いたければ残った12人の内5人を残し盾となり、残りは全力で南に突き進め! 止まることは許さん! その命をかけルシオン様をお守りせよ!」


 私の言葉に親衛隊の者たちは一瞬迷ったようだがすぐに頷き剣に雷を纏わせて構え、後方にいる2人の竜人へ3人が、前方へ4人が雷の矢を放ちつつ鬼馬に乗って突撃していった。


「離せ! 俺の命令が聞けねえのか!」


 命令を無視する形になった親衛隊へと怒りをぶつけるルシオン様を無視し、残った私と5人の親衛隊は、上空にいる竜人へと雷の矢を放って牽制しつつ斜め前方へと全力で駆け出した。


 が、しかし


『ぐふっ!』


『があっ!』


 先に足止めのために向かった親衛隊が放った雷の矢は、前方に立ち塞がっていた赤い鱗と黒い鱗を持つ竜人たちにあっさりと避けられ、それどころか彼らが手に持った戟を一振りしただけで4人が瞬く間に叩き斬られた。


 それと同時に背後からも親衛隊が斬り伏せられる声が聞こえ、さらに上空にいた竜人の男女が我々の進行方向へと着地した。


「馬鹿な! 俺の親衛隊が一撃だと!?」


「ギフトに頼っているせいか、剣の腕がいまいちのようだな」


 ルシオン様の驚愕の声に、親衛隊を斬った老齢に達していると思われる赤い鱗の男がつまらなそうに答えた。


「ただのハンターではないようだな」


 このままでは逃げることは難しいと判断した私は、この場から逃れる手立てを考える時間を稼ぐべく男に声をかけた。


 昔、小競り合いで竜人族の戦いを見たことはあるが、これほどの腕。ただのハンターとは思えない。仮面で顔を隠していることから、恐らく正規軍。いや、あれは魔鉄製の戟か? ならば精鋭部隊の可能性があるな。


 なるほど。つまりは魔国もあの砦を狙っていたということか? 違うな、王国と魔国が繋がっていると考えた方が無難か。


 砦に精鋭部隊を派遣することで、砦から西の魔国までの土地。旧帝国領の開発を約束したか?


 いきなりルシオン様を攻撃しないことから、私たちを捕らえてそれを帝国に認めさせるのが目的なのかもしれぬな。


「我々はフジワラの街を利用しているただのハンターだ。ゆう……リョウスケ殿の依頼により、ルシオン殿とシュバイン殿を捕らえに来た。抵抗しなければ無駄な血を流さずに済む。降伏せよ」


「やはり捕らえるのが目的か」


 どうする? ルシオン様だけでもなんとか逃したいが、相手は空を飛べるうえに相当に腕が立つ。逃げるのは難しいだろう。


 チラリとルシオン様を見る。ルシオン様は両腕がなくギフトを使えないことと、圧倒的な強さを前に今は竜人たちを睨みつけているだけでおとなしい。さすがに残った5人の親衛隊では太刀打ちできないことは理解しているようだ。


 であるならばここは恥を忍んでも降り、ルシオン様の命を守るべきだろう。


「わかった。大人しく降ろう。だがルシオン様の両腕の治療と、帝国の第一皇子として相応の待遇を求める」


「居住する部屋と酒は最高の物を用意することを約束しよう。だが皇子の治療は認めぬ。どうやら往生際が悪そうな御仁のようなのでな」


「……承知しました。ルシオン様よろしいですな?」


 やむを得ぬか。確かに両腕を治療すれば暴れるかもしれないな。


「……チッ、クソが」


 私の問いかけに悪態をつきつつもルシオン様は了承した。まずは生きて帝国に戻ることを考えてくれたようだ。


「そうか、ならば我々におとなしくついてきてもらおう」



 ♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎



「もうすぐ日が暮れる! 作業を急いでくれ!」


 俺は外壁の外に倒れている数千人もの兵士の中から息のある者の治療と、遺体から武器や防具を剥ぎ取っている皆に急ぐように指示をした。


 視線の先ではローラとクリスたちと一緒に、サーシャとリーゼロットが傷ついた兵士へ治癒水を飲ませている姿が見える。


 陽が長くなっているとはいえ、あと2時間もすれば夜になる。そうなると遺体を漁りに低ランクとはいえ魔物が大量にやってくる。今も現在進行形でゴブリンと緑狼が血の匂いに惹かれ集まってきている。クロースたちが追い返しているが、早く怪我人を運び入れ、遺体から戦利品を回収して俺のギフトで埋めなければ。


 しかし……俺がこれほど多くの人間を殺すように命じたんだな。


「涼介、顔色が悪いぞ大丈夫か?」


「大丈夫だ、少し疲れただけだ」


 俺は隣で兵士から鎧を脱がせていたシュンランに問題ないと手を振って答えた。


「涼介、君はこの街を守るために必要なことをやった。そうだろう?」


「ああ……そうだ」


「わかっているならいい。だが無理はするなよ?」


 そう言って俺を後ろから軽く抱きしめるシュンランにわかったと答え、俺は装備の回収を急いだ。


 それから陽がだいぶ傾き、正門の前の遺体から地中に埋めようとした時。南の空に長い赤髪の竜人の女性の姿が見えた。ルシオンの捕縛に行った竜王の側付き兼護衛のメイファンさんだ。


「勇者様、ルシオン皇子とシュバイン公爵及び親衛隊の5人を捕縛いたしました。夜のうちには連れて来れます」


「そうか、助かったよ。受け入れの用意をしておく。メイファンさんはリキョウ将軍の所に戻るのか?」


「いえ、私は竜王様の護衛に着くように命令を受けておりますので」


「わかった。竜王はもうすでに飲み始めてるから監視しておいてくれ」


 後は俺一人でできるから皆には祝勝会の準備を頼んであるんだが、竜王はダークエルフの長老たちと既に始めてるんだよな。


「勇者様を置いてですか? 竜王様には少しお説教が必要なようですね」


「ははは、ほどほどにな。俺は埋めてから行くから」


 そう言うとメイファさんは頭を下げた後、翼を広げ既に閉じている門の上を飛び越えていった。子孫であるメイファンさんがいるなら竜王は飲み過ぎることはないだろう。竜王に対しては結構ズケズケ言う女性だしな。


 さて、東街に退避させた皆には伝令を送ったし、後は埋めるだけだ。とっとと終わらせるとするか。


 俺は街道の外側に集めた遺体の前で地面に両腕をつき、地上げ屋のギフトを発動し地中へと埋めた。それを北門の前と西の外壁前。そして岩山の裏側と繰り返し、最後に正門の前の街道横に慰霊碑として石碑を建て手を合わせた。慰霊碑に刻む内容は、ドワーフのオルドが戻ってきたら彫ってもらうつもりだ。


 それらの作業が終わると街の中に入ってダークエルフ街区に行き、皆で祝勝会を行った。


 そして祝勝会が終わろうとしているタイミングでルシオン一行を引き連れたリキョウ将軍らが到着し、街の北にある捕虜収容所に入れた。ルシオン皇子は俺を終始睨みつけていたが、親衛隊の者たちはおとなしかった。300人いた親衛隊がたった5人になったんだ。力の差を理解しているのだろう。シュバイン公爵も礼儀正しく、このような立派な部屋を用意していただきありがとうございますと言って頭を下げていた。公爵は見た目は50代くらいの初老の太めの男で、なんとなくだが探るような目で俺を見ていたのが印象的だった。


 俺はそんなシュバイン公爵に帝国との交渉が終わればすぐに解放すると伝え、監視を買って出てくれた竜人のカコウとダークエルフたちに後は頼みその場を後にした。


 そして部屋に帰ると恋人たちが笑顔で出迎えてくれた。そんな彼女たちを見た俺は、我慢していたいろんな感情が一気に溢れ出てしまいそのままリビングで3人を激しく求めた。


 彼女たちはそんな俺を受け入れてくれ、さんざん出し切った後に3人で優しく抱きしめてくれた。


 この世界の人間は強いな。俺はまだまだだな。そう実感した夜だった。



 こうして俺たちは帝国軍との初めての戦いで、犠牲者を一人も出すことなく終えることができたのだった。

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