第2話 MPK


 ——滅びの森 ラギオス帝国第一皇子 ルシオン・ラギオス——



「何してんだ! 早く進め!」


 南街から滅びの森に入ってから二日目。俺は時折進軍が止まり、遅々として進まないことに苛立っていた。


「ルシオン様、ここは滅びの森です。狭い道ゆえ軍が間延びしているところを横合いから魔物からの襲撃がありますので、帝城から南街までのようにはいきません。怪我人も出ておりますので行軍が止まるのも致し方ないかと」


「うるせえ! 何が滅びの森だ! こんな浅い場所じゃゴブリンか緑狼程度だろうが! そんなもん相手に怪我するような兵なんか放っておけ!」


 シュバインのジジイは何言ってんだ? Eランクの魔物程度に傷を負う兵など足手纏い以外何者でもねえだろうが。


「そうはいきません。そのようなことをすれば兵の士気に関わります。ただでさえ強行軍によりここまで来る間に千近くの兵を置き去りにしております。このままでは目的の砦に着くまでに3割の兵が脱落することになります」


「だからなんだ! 7千も残れば砦程度容易く落とせるだろうが! だいたい負傷してんのはシュバインの連れてきた領民兵だけだろうが! 軟弱な兵を引き連れてきたお前がなんとかしろ! もういいっ! 俺は先に進む!」


 もともと俺の連れてきた精鋭の3千の兵だけでも十分だった。それを親父が無理やりシュバインを参軍させたからこれだけ進軍が遅れてんだ。領民兵なんか連れてきやがって! もう付き合ってられるか! 俺の兵だけで先を進む!


「……承知いたしました。ですがルシオン様を先頭に立たせるわけには行きません。負傷した者はその場に置いていき先を急がせます」


「最初からそうしてりゃあいいんだ。これより日が沈むまでの間は止まることを許さん。いいな?」


「はっ。ですが負傷した兵を南街まで戻すため、護衛をつけることをお許しください。我が領の民ですので」


「好きにしろ。お前の軍全てがいなくなろうが俺には関係ねえ」


「ありがとうございます」


「フンッ! 全軍進め!」


 俺はまたがっている黒鬼馬の腹を軽く蹴り、前に進むように指示をした。黒鬼馬は無言でその漆黒の巨体を前に進めると、周囲にいる俺の親衛隊がまたがる鬼馬がその圧力に押されるかのように歩を進めた。


 やはりこの黒鬼馬はいいな。鬼馬のような茶色ではなく黒い肌とたてがみ。そして一回り以上大きな巨体。まさに皇族である俺が乗るに相応しい馬だ。


 Cランク魔物だけあって、Dランクの鬼馬では使えない風の魔法が使えるのもいい。そのぶん帝国にも数人しかいない高位のテイムのギフト持ちが必要だがな。奴らには飛竜をテイムするよう命令しているんだが、未だに成功した者はいない。だがいずれ必ず成功させてみせる。空から飛竜の火球と俺の雷のギフトを食らわせれば、どんな城でも落とせるはずだ。



 それから倒れ込む軟弱な兵を横目に俺は進軍を続け、日が落ちる前に砦へと続く道へと出ることができた。


「これは……」


 俺の目の前にはこれまで通ってきた道の何倍も広く、さらには石で固められた真っ直ぐな道が広がっていた。


「報告では聞いておりましたが、本当に荷車がすれ違えるほど広い道とは……」


「王国は馬鹿なのか? 砦に続く道を舗装するだけじゃなく、こんなに広くするとか攻めてくれと言ってるようなもんじゃねえか」


「おっしゃる通りです。しかもこの先には木々が伐採され、軍が野営をできるほど広い場所が複数あるとか。もともとは砦を利用するハンターのために用意されたらしいのですが……」


「ハンターのために野営地まで作ったか。やっぱり馬鹿なんだろうな。まあいい、もうすぐ日が暮れる。せっかくだからその野営地を利用させてもらおうじゃねえか」


 間抜けな王国め。砦を落とした後にお前たちが用意した道と野営地を使い、王国へ向けて進軍してやろう。



 その後は広く舗装された道ということもあって進軍速度が上がり、夜になる前に木々が伐採された広場にたどり着いた。


 広場は道の左右にあり、それぞれ天幕を張って数百ほどの兵が休めるほどの広さがあった。早速俺は天幕を張らせ、道の片側の広場に俺と親衛隊。反対側にシュバインとその側近。そしてその周囲の森の中に8千と少しほどまでに減った兵を配置し休んだ。


 その日の深夜。


 熟睡していた俺の耳に遠くから人の叫び声が聞こえてきた。


 なんだ? 夜の魔物の襲撃か? だが俺のいる場所を中心にかなりの広範囲で兵たちは野営しているはずだ。それがここまで声が聞こえてくるとはどういうことだ?


 眠りから覚め身を起こしそんなことを考えていると、俺のいる天幕に親衛隊長であるアルバードが飛び込んできた。


「ルシオン様! 魔物の群れの襲撃です! 急ぎ武具を!」


「なっ!? 群れだと!? 」


「ハッ! ゴブリンに緑狼、魔猿、魔鷹、デススネークと様々な魔物の群れがこの野営地を襲撃してきております! 恐らくですが300を超える数はいるかと。既に警戒に当たっていた者たちは倒れ、野営地の奥深くまで侵入を許しております。全てEランクの魔物ですが、ゴブリンキングなど上位種の姿も確認されております。万が一のことがありますゆえ、ルシオン様には武具を身につけていただきたく!」


「なんだそりゃあ!? なぜ普段は食い合ってる魔物同士がまとめて襲いかかってくんだ!」


「陛下が即位後に滅びの森に建築した砦も、様々な魔物が一斉に襲いかかってきたと聞いております。恐らく多くの人間がいることで魔物を呼び寄せたのかと」


「ここまで来る間はゴブリンや魔猿が別々にやってきただろうが! なんだって今になってまるで協力しているかのように襲いかかってくるんだよ!」


 滅びの森に入った初日の夜にも襲撃があったと聞いた。しかしそれらはせいぜいが十数匹程度のゴブリンと、魔猿や緑狼がそれぞれ別に襲ってきただけだ。それが今になって上位種付きの300匹だあ? いきなり増えすぎだろうが!


「わかりません。ですが実際に襲いかかってきていることだけは間違いありません。急ぎ武具を身に付けていただけるようお願い申し上げます」


「チッ! わかった。俺がまとめてぶっ殺してやる!」


 たかだかEランク程度の魔物風情がふざけやがって!


 その後俺は側付きの者を呼び、魔鉄のフルプレイトメイルを身に付け天幕の外に出た。すると四方から兵たちの断末魔の声や兵を指揮する者の叫び声が聞こえてきた。


 そんな混乱している兵たちの中を隊列を組んだ親衛隊を引き連れ、魔物が多くいるであろう場所へと向かった。そして緑狼や魔物猿を見つけ次第斬り伏せ、上空から生意気にも襲いかかってきた魔鷹へ雷撃を撃ち込み倒していった。


 そうしてしばらくの後にやっと全ての魔物を討伐し終え、後処理を配下の者に言いつけて天幕に戻り再び眠りについた。


 しかしそれからしばらくした時。またもや魔物の群れが野営地へと襲い掛かってきた。


「くそがっ! なんだってこんなに何度も大量の魔物がやってきやがるんだ!」


 俺は再び武具を見にまとい、剣を手に天幕を出て戦うのだった。



 ♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎



「シュンラン! クロース!」


 もうすぐ夜が開けようとしている頃。俺は街道の外れにある大岩の上で、ものすごい速度でこちらに向かってくる二人の名を呼んだ。


「戻ったぞ涼介」


「リョウスケやったぞ! 帝国軍は大慌てだったぞ!」


 二人は俺とミレイアのいる大岩に一足飛びに駆け上がり、笑顔でそう答えた。


「二人ともお疲れ様」


 シュンランを軽く抱きしめた後、興奮気味のクロースの頭を撫でて二人をねぎらった。



 三日前に帝国軍が南街に向かってくると聞いた俺は、翌日ハンターたちとショッピングモールで働く非戦闘員たちを街から退去させた。その際にレフとベラなどのマンション創業時から利用しているハンターたちは、共に戦うと言ってなかなか出て行ってくれなかった。それでも彼らが残るとスパイである帝国のハンターも残ると言い出すだろうから、非戦闘員を東街まで警護する人間が必要だと言って無理やり納得してもらった。


 彼らには鍛冶屋やショッピングモールで働く人たちだけではなく、ダークエルフの非戦闘員を一緒に連れて行ってもらっている。


 と言ってもダークエルフに関しては子供とその保護者として数人の老人だけだ。その他は女性でさえもフジワラの街に残って戦うと言って聞かなかった。もしこの街を落とされも、別の場所に新たに建築するからと言って説得したんだがダメだった。


 仕方ないのでダークエルフ街区の族長の家の物置に掘った外へ繋がる穴から、いざとなったら逃げることを条件に残ることを許可した。ちなみに第二フジワラマンションの1階倉庫にも外に繋がる穴が掘ってある。いよいよとなった時は、そこからクリスや聖騎士を連れて俺たちも逃げるつもりだ。


 東街の獣王国軍には知らせを走らせているので、フジワラの街から1日の距離まで迎えに来てくれるはずだ。街の外に出ることさえできれば保護をしてもらうことになるだろう。


 そうして今日の早朝。街に残ったサーシャとリーゼロット、竜王とリキョウ元将軍を始め側付きの竜人たちとダークエルフに街の留守を頼み、俺は恋人たちを連れて帝国軍が野営するであろう場所に向かった。


 半日ほど全力で走り続け野営地近くまで着くと俺とミレイア、シュンランとクロースの2組に分かれて周囲の魔物を挑発しながら集めた。当初はこの魔物集めをスーリオンたちダークエルフも協力したいと言ってきたが、こればかりは危険なので断った。俺たちのようにレベルアップして身体能力が常人離れした者じゃなきゃ、いくらEランクの魔物相手とはいえ、途中で自分で集めた魔物の群れに呑み込まれるかもしれないからな。


 結果は大成功だ。


 足の速い緑狼や魔猿でも俺たちの速度にはついて来れなかった。魔鷹に関しては空から何度か攻撃してきたが、所詮はEランクの魔物だ。攻撃をかわしながら走り回るくらい余裕だった。


 そうして2度によるMPKを終え、一足先に待ち合わせ場所に着いた俺はシュンランたちを待っていたというわけだ。


「リョウスケ、一度目は200近く集めたが、二度目は100かそこらしか集められなかったのだがそっちはどうだったのだ?」


「こっちも似たようなものかな。一度目はそっちとほぼ同時に当てることができたから、400体は向かったんじゃないか?」


 二度目はシュンランたちとは別々に帝国軍に向けて魔物を誘導したから、一度目ほどの被害を出させることはできなかったかもな。それでも終わったと思った後の時間差の襲撃だ。また次があるかもと眠ることはできなかったはずだ。


「400か、この2回の襲撃で千人くらいは減ったかな?」


「Eランクの魔物だからどうだろうな。まあ死なないまでも怪我を負って動けなくすればいいから、それくらいは戦闘不能にできたんじゃないか? それより誘導中に姿は見られてないよな?」


「当然だ! 私がそんなヘマをするわけがないだろう!」


 クロースはそう言って胸を張って自信満々に答える。


「よく言う。勢い余って帝国の野営地に突っ込もうとしていただろう。とっさに私が止めたからいいものを」


「クロースさん? あれほど出発前に言ったのにもうっ!」


「ま、待て! 私はちゃんと引き返すつもりだったんだぞ!」


 シュンランの呆れたような視線と、ミレイアの怒った姿にクロースは慌てて弁明をしているが、まあその辺も予想通りだ。だからシュンランと組ませたわけだしな。


 最初は俺とクロースで組もうかとも思ったんだけど、どうしてもシュンランとミレイアの二人にするのだけはできなかった。オーガに捕まった二人のことを思い出してしまってさ。今の彼女たちならたとえオーガの群れと出会い、そこにオーガキングがいたとしても負けるはずがないんだけどな。トラウマというやつなのかもしれない。


「さて、この周囲にはもうほとんど魔物がいないだろうし、明日の夜のためにも今日はもう休もうか」


「そうだな。明日は今日ほど楽には集めることはできないだろうからな」


「オークに灰狼に森熊かぁ、あっ! 夜だから麻痺蜘蛛の巣に気をつけて走らないといけないな。あいつら夜になるとウジャウジャ出てくるしな」


「そうですね。麻痺蜘蛛の巣は厄介ですね。誘導している時に触れたら危険です」


「確かにな。でも明日はさすがに4人で行動するから大丈夫だろう」


 最初から二日目は二手に分かれず全員で誘導するつもりだった。いくら身体能力が高くても、二人でDランクの。しかも夜の魔物を誘導させるのは危険だ。


 そう、明日がこのMPKの本番だ。次の野営地はDランクの魔物のエリアになる。


 今回の夜襲で寝不足になった軍に、より高ランクの魔物を当てる。警戒していたとしても相当な被害が出るだろう。これで少しでも街に来る兵の数を減らすことができれば僥倖だ。


 それから走ればレベルアップした身体能力なら2時間ほどの距離だが、歩けば1日ほど掛かる場所まで後退し、街道の外れにあった洞窟に1LDKの部屋を間取り図のギフトで造り明日に備えて休むのだった。


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