第5章 帝国動乱と聖光教会

第1話 要塞化



「ふんっ!」


 俺はペングニルを振りかぶり力一杯前方へと解き放った。


「ダブル!」


 そして手を離れたペングニルを二つにすると、二本となったペングニルは次々と森の木々の根元を貫通していった。


『奈落』


 そうして倒れた木々の中心部へと歩を進め、次に地上げ屋のギフトを発動して倒れ木々を地中へと埋めた。


「ふう、こんなもんかな」


 俺は額から流れる汗を拭いながら、100メートルほど先に見える街の外壁へと視線を向けそう呟いた。



 4月も終わりに近づきだいぶ暖かくなった頃。俺は街の周囲の伐採作業の仕上げを行なっていた。


 機関銃の訓練を優先したことで遅れていた作業だったが、今日やっと終えることができた。


 これで街の全周囲100メートルは更地となった。本当は50メートルで止めようと思っていたんだが、機関銃を砲塔に設置してみた結果。もっと更地は広い方がいいと思って拡張した。これで隠れる木が無くなったことで、機関銃をより効果的に運用することができるようになる。


 普通は滅びの森でこれだけの伐採をしたら、森の奥から魔物の大群が昼夜を問わず襲いかかってくるらしいのだが今のところその気配はない。恐らくフローディアの聖域という名のバリアのお陰だろう。となると効果範囲と思われるフジワラの街から徒歩で1時間の範囲は、伐採や開発し放題となるわけか。まあそこまで街を拡張するつもりはないから関係ないけど。この伐採も対帝国のためにやっているわけだしな。


 その帝国の動きはまだわからない。しかしこれなら大軍に包囲されたとしても機関銃で対抗できるだろう。


 その機関銃だが、買い増しを続け現在30丁ほどがある。訓練の指揮をスーリオンに任せたことで機関銃を扱えるダークエルフも50人ほどに増え、外壁の外側に建てた高さ15メートルのドーム状の砲塔も東西北とそれぞれ2塔設置した。神殿のある南は岩山なので、裏から登ってくる者がいるかもしれないことから頂上にある別荘にドームを1つだけ設置してある。


 各砲塔の出入口である後背部と外壁の上の通路は繋がっており、そこから外壁の内側に降りる階段も作った。そして階段の下には弾薬庫と待機所を設置した。弾薬庫には予備の機関銃と弾薬があり、待機所には射手が負傷した時の為の補充人員と神官を配置する予定だ。負傷した場合は待機しているクリスたち神殿の神官とシスターによって治療してもらう。


 仮想敵を帝国と設定した場合、怖いのは雷のギフトだ。対抗策を用意しているとはいえ無傷とはいかない。


 その対抗策だが砲塔の前面には鉄の盾を設置し、さらに盾の前面に自転車のタイヤのゴムを加工した物を重ねて貼り付けてある。鉄の盾には『井』の形で穴が空いており、そこから銃身を出して撃つ感じだ。さらに射手にはトイレ掃除用のゴム手袋を何重にもしてもらい、ゴム手袋を切って繋げたカッパで全身を覆ってもらうという念の入れようだ。


 効果を確かめるためにミレイアに外から砲塔へ雷撃を撃ち込んでもらい俺が実験体となったが、ゴム張りの鉄の盾はしっかりと雷を無効化してくれた。しかし銃身に雷が直撃すると機関銃が暴発した。俺だから無傷で済んだが、俺以外の人間だと大怪我をしたことだろう。そのこともあって射手と射撃補助の人間には全身鎧を着てもらうことになった。分厚い石のドームの中でゴム手袋をしたうえに全身鎧の上からカッパを着ることになる。


 それを自信満々でサーシャとリーゼロットにお披露目したんだが、二人には微妙な顔をされた。まあカッパに関しては元はトイレのゴム手袋なので紫やピンク色だからな。絵面的にセンスのカケラも無いのは自覚している。


 何はともあれこれ機関銃の訓練も順調だし、森の木々を伐採して射線も確保できたのでいつ攻め込まれても丈夫なようにはした。あとは帝国の動き次第なんだが、こればかりは南街にいるエルフからの連絡待ちとなる。



 ♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎



「あらリョウスケ」


「ようローラ。まだ昼だぞ? 今から酒場に行くのか?」


 伐採を終え昼飯を食うために街に戻ると、神殿からこちらに向かってくるローラに声を掛けられた。


「違うわよ、鍛冶場へ剣を頼みにね。リョウスケが魔鉄を渡したんでしょ?」


「耳が早いな……」


 確かにドワーフのオルドに無限袋に入っていた魔鉄を渡した。しかしそれはミレイアやクロース。そしてカルラたちやダークエルフの戦士などの武器を作ってもらうためだ。内緒だと言って渡したんだけどな……オルドの喜びようから他言しないと思ったんだが、なぜかローラには知られてしまったようだ。


「ふふふ、どうやって手に入れたかは知らないけど大量にあるらしいじゃない。私の武器に使ってもいいでしょ? 帝国が攻めてきたらちゃんと戦うから」


「あー、そうだな。わかった、ローラなら支給品扱いにしておく。確かに防衛の際は色々頼みたいこともあるしな。その代わりハンターたちに知られないようにしてくれよ?」


 もうすぐオルドの紹介で革の加工職人もやってくるしな。そうなったら古代龍の皮で鎧も作ってもらうつもりだ。魔鉄もそうだが龍の皮まであることをハンターたちに知られたら面倒なことになる。


「ええもちろん。助かったわリョウスケ」


「ちなみに魔鉄のことはクロースからか?」


 魔鉄製の武器ができたのはまだミレイアとクロースだけだ。クロースは昨日短剣ができたって喜んでたし、ローラに自慢して誘導尋問に引っかかった可能性が高い。


「ふふっ、どうかしら?」


「その反応で十分だよ」


 やっぱりか。クロースは夜に洗濯バサミでお仕置きだな。いや、最近悦んでる感じがするからお仕置きにならないか。もともとその気があったとはいえ、すっかりドMになってしまったしな。放置にするか? うーん、なんかそれも喜びそうだ。縛ってシュンランとの行為を見せつけるか。それならお仕置きになりそうだな。恥ずかしがるシュンランの顔も見えるし一石二鳥だな。


「ふふふ、仲がいいのね。少し妬けるわ」


「またそうやってからかうなって。それよりクリスはどうなんだ? 相変わらず聞こえるのはフローディアの叫び声だけか?」


「ええ、女神様がクールタイムとか邪神がどうのとか叫んでいるだだけで、こちらの声は一切届かないみたい」


「邪神ねえ……しかし毎回叫んでいる声だけか……」


 邪神とのレイド戦は確か月に1回だったな。


 最初にフローディの声が聞こえたあの日以降も、何度かフローディアの声が聞こえたらしい。しかしそのどれもが一方通行で、クリスの声がフローディアに届くことはなかった。


 恐らくフローディアが口にする単語から推測するに、レイド戦の時だけクリスに繋がるのでは無いかと考えている。きっと興奮が最高潮に達した時に神力か何かが解放されて、こっちの世界と繋がるんじゃ無いだろうか? それなら一方通行なのも納得できる。


「そういえば昨日の夜に祈っていた時は『だんやく』とか『ぱわーどすーつ』とか叫んでいたと言ってたわ」


「FPSもやってるのかよ……」


 MMORPGだけじゃなくてそっちのゲームも手を出してんのかよ。


「えふぴーえす?」


「いや、なんでもない。こっちの話だ」


 さすがに不良シスターとはいえ、神殿に在籍しているローラにフローディアがゲームをしてるなんて言えないよな。


 恋人たちにはフローディアが地球でゲームをしていて、クリスが口にしたのはそのゲームに出てくる魔神の名前だと説明した。信仰心のあったミレイアはショックを受けていたけど、シュンランとクロースは呆れた顔をしてたよ。ノートパソコンで彼女たちもゲームをしているからな。フローディアの駄女神ぶりがバレてしまったようだ。そんな駄女神に遣わされた俺の評価も相対的に下がりそうだから恋人以外には言えないけど。


「なんだか疲れた顔をしてるわね。そうね、今夜空いてる? 剣のお礼にお酒を奢るわ」


「ん? 今夜は特に用事はないけど、別にお礼とか気にしなくていい。ローラにはいざという時に働いてもらうつもりだし」


「魔鉄なんて希少金属を使った剣をもらうのだからこれくらいはするわ。じゃあ個室を予約しておくから閉門したら酒場に来て」 


「まあローラがそう言うなら」


「ふふっ、それじゃあ楽しみにしてるわ」


 ローラはフッと笑みを浮かべたあと、そう言って鍛冶場へと歩いていった。


「個室かぁ、酔い潰れないようにしないとな」


 ローラと個室で飲むのは初めてだ。今までは酒場にいる顔見知りも誘ってみんなで飲んでいたからな。ローラはアホみたいに酒に強いから酔い潰れる前に帰ろう。


 そしてその日の夜、飲みに行ってくると言って部屋を出て酒場の個室に向かいローラと二人で飲んだ。なぜか向かい合ってではなく隣同士で飲むことになったが、案の定とも言うべきか俺は酔い潰れたらしく気がついたらシュンランの部屋のベッドで寝ていた。


 ズキズキと痛む頭で酔い潰れる前の記憶を思い出そうとするが、なぜかローラとキスをしたり、彼女の太ももや胸を揉んだ記憶があってビックリした。しかしもしそんなことをしたら五体満足なはずがないと思い、恐らく夢と現実がごちゃ混ぜになったのだろうと。あのグラマーな身体を前にしたらそんな夢も見るよなと考えながら再び眠りについた。


 そして翌日。ローラに『昨夜は楽しかったわ。また一緒に飲みましょうね』と笑顔で言われ、俺はやっぱり夢だったんだなと安心して酔い潰れてしまったことを詫び、今度埋め合わせをすると約束するとローラが『今度は最後までね』と口にしたので、酔い潰れるなよということだと思って努力すると答えた。なぜか笑われたけど。ローラが酒に強すぎるんだよなあ……


 そうしてローラと別れた後は病院に向かった。


 病院に着くとちょうど中庭にリヤカーを運んでいるキリルさんたちと、その前を楽しげに歩いている獣王とラティとメレサさんの姿が見えた。全員革鎧姿で、リヤカーの上にはオークが数体ほど山積みになっている。


 まさかと思いつつ中庭へと歩を進めると、ラティが俺の姿に気付いて満面の笑顔で声を掛けてきた。


「あっ! 勇者様! 見てください! このオークは私が倒したんですよ!」


「やっぱり狩りに行ったのか……」


 病み上がりになにしてんだよ……


「ガハハハ! ラティが行きたいって言うからよ、家族水入らずでちょっとな」


「オーケー、もう退院していいぞ」


 俺は呆れたように退院を告げた。


 病気が難病だったから今後のためにも数週間は様子を見ようと思ったけど、狩りに行ってオークを倒せるならもう大丈夫だろう。国にいる残りの家族には治ったことを伝えてあるらしいけど、元気になったラティと早く会いたいだろうしな。


「ええっ!?」


「お? 良かったなラティ、国に帰れるぞ」


「良かったわねラティ、義兄たちも今のラティの姿を見たら驚きますよ」


「「「ラティ様、おめでとうございます」」」


「ま、待ってください勇者様! 私はまだ回復しきっていません!」


 ん? なんでラティは焦っているんだ? 


「いやいや、オークを倒しておいて回復してないはないだろ」


「あっ、いえその……そうです! このオークは実は親衛隊の皆さんが倒してくれたんです!」


「え!? あ、は、はい」


「なんだぁラティ? 一撃で首を刎ねたじゃねえか。なんでキリルたちがしたことにしてんだ?」


「お、お父様!」


「もうレオったら。娘の気持ちを少しは察しなさい。ラティはまだここに……いえ、勇者様の側にいたいのですよ」


「お、お母様! そ、そんなことは!」


「おお!? そうなのか!? こりゃあいい!」


「お、お父様! 違……いま……す」


「ガハハハ! だが一度国には帰らねえとな。兄や国民に元気な姿を見せてやってからだな」


「そ、それは……はい」


「そういうわけだリョスウケ、明日にでも一度国に帰ることにするわ」


「ああ、わかった」


 俺は獣王の国に戻ると言う言葉に引っかかりを覚えつつ返事をした。


 しかし思っていた以上にラティ気に入ってもらえていたんだな。別れるのは少し寂しいけど、ラティの元気になった姿を見たい人もたくさんいるだろうしな。ラティの好きなジュースを定期的に送ってあげよう。


「それとリョウスケ。東街に2千の兵を駐屯させた。いざとなればハンターたちも召集して助けに来るからよ」


「助かる。もしもの時は非戦闘員の受け入れを頼む」


万が一の時のために獣王に頼んでおいたんだが、まさか2千人も配置してくれるとはな。


「ったくよ。一緒に戦えって言ってくれりゃ2万の兵を用意するってのに。竜王も残念がってたぞ」


「それじゃあ戦争になるだろ。俺のせいで戦争が起きるとか冗談じゃない」


 特にこの土地は帝国と王国の係争地らしいからな。獣王国が介入なんてしたら、帝国に王国と獣王国がグルになってこの土地を手に入れようとしていると思われる。


 そうならないためにも帝国にはこの街単独で相対し、一度は撃退する必要がある。その後は係争地に進軍した帝国に王国から抗議を入れてもらい、竜王の仲介によってうちと王国と帝国で和解してこの街の存在を認めてもらえれば最高だ。まあ竜王はそのためには圧倒的な勝利が必要だと言っていたけど。機関銃という未知の武器があれば大丈夫だろうとは思っている。


「今代の勇者様はなんつうか大人しいよな。先代勇者なんか帝国に乗り込んだってのによ」


「俺のギフトは家を作るギフトだからな。一国を相手に無双なんかできねえよ」


 先代勇者は俺と違ってギフトは結界の一つだけだったみたいだけど、神器の玄武の鎧とかいうのも結界付きだ。精神力が尽きても結界張りまくりとか、そりゃ帝国に乗り込んで無双もできるだろうよ。俺が同じことをやったとしても、もし戦闘中に火災保険が棍棒や素手には効果ないとかバレたら撲殺されて終わりだ。どう考えても同じことができるとは思えない。


「そういうもんか? まあその方が俺たちの出番があっていいけどな」


「だから獣王国を巻き込むつもりはないって。万が一の時も間違っても帝国に攻め込むなよ?」


「ガハハハ! わかってるって! なあラティ?」


「はいっ! 私が勇者様をお守りいたします!」


「本当にわかってるのかなあ……」


 俺は獣王の交戦的な瞳と、ラティのやる気に満ちた目を見て不安になるのだった。


 そして翌日。獣王とラティたち一行は国へと帰っていった。


 ラティと仲が良かったサーシャは泣くかと思ったら、またねと言って笑顔で見送っていて意外だった。ラティも別れ際に必ずまた来ますと言っていたが、ラティは第一王女だ。きっともうここ来ることはないだろう。そう思い寂しくなる気持ちを抑えつつ、俺は笑顔でラティを見送った。


 そしてその日の夜。夕食を終えてみんなでバルコニーにあるジャグジーバスに入ろうとした時だった。


 ガチャリと玄関の鍵が開く音がしたと思ったら、サーシャとリーゼロットがリビングへと駆け込んできた。


 鍵は閉めたはずなんだけど、どうやって開けたのかと聞こうと思ったが、ただならぬ二人の表情を見てそれどころではないことに気付かされた。


「どうした? 何かあったのか?」


 俺はリーゼロットの手に握られている鍵を視界に収めつつ、一体何があったのか確認した。


「リョウ、1万の帝国軍が南街に向かっているわ」


「……そうか。だとしたら目的地はここか」


「ええ、間違いないわ」


 チッ、やっぱりこの街を狙っていたか。しかも1万とかやる気あり過ぎだろ。


「しかもその軍を率いているのは第一皇子のルシオンよ」


 俺が内心で舌打ちをしていると、リーゼロットに続いてサーシャが敵の大将を教えてくれた。


「ルシオンって確かサーシャの姉さんを手に入れるために国境に進軍したっていう?」


 以前サーシャの姉を側室にするために、王国の国境に進軍して脅迫したって聞いた。結局アルメラ王が神器を見にまとって追い返したって聞いたが、女好きでかなり好戦的な皇子だとサーシャが言っていた。


「そうよ。雷帝と呼ばれる現皇帝に匹敵するほどの雷のギフトの使い手と言われているわ」


「ふーん、まあ第一皇子が大将というのは運がいいな」


 捕らえることができれば帝国と交渉しやすくなる。


「運がいいって1万よ? いくら機関銃があっても厳しいんじゃないの?」


「ここに辿り着くまでに減らすさ」


「ここに来るまでに減らす? 夜襲でもするの?」


「ああ、俺とシュンランたちだけでな」


「ちょっ! いくら寝込みを襲うとしても1万よ!? 見張りだってたくさんいるのよ!? そこをリョウスケたちだけで襲撃するとか自殺行為よ!」


「ああ、別に俺たちが直接襲撃するわけじゃない。襲撃するのは魔物だ」


 そういえばサーシャたちには教えてなかったっけ。


「リョ、リョウ……まさか」


「ああ、魔物を誘導して襲わせる」


 俺が何をするのか気づいたリーゼロットに、口角を上げながら答えた。


 このために南街に続く街道の途中に、軍が駐留できるほどの更地を用意したんだ。一つは街道に入って1日目の場所。そしてもう一つは2日目の場所。その中でも2日目の場所はDランクの魔物が生息するエリアだ。貴族軍が来た時には発見が遅れて使えなかったが、今回は使える。


 しかし1万か。予想の倍だな。こりゃ気合入れてMPK《モンスタープレイヤーキル》しなきゃな。


 さて、ここに辿り着くまでにどれだけ残っているかな?

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