第23話 真聖光教



 ローラたちを完全にこちらに引き込むことを決意した俺は、薄っすらと笑みを浮かべこちらを見ているローラへと顔を向けた。


「神遺物ではないが、聖水や結界を生み出している物に心当たりがある」


「神遺物ではない? どういうこと? 」


「その前に確認しておきたいことがある。シスターローラ、君は今の教会の在り方に不満を持っている。そうだな? 」


「ええ、そのせいで左遷されたのだけどね」


 ローラはそう言って肩をすくめる。


「シスタークリスを通して女神と交信したいのも、女神に教会の腐敗をなんとかして欲しいという気持ちがあるからか?」


「そうね。教会の上層部に天罰でも喰らわせて欲しいと頼むつもりよ」


 天罰ねえ。そんなことあのフローディアがやるとも思えないが、教会をどうにかしたいと思っているのならそれでいい。


「そうか。わかった。なら聖水と結界を発生させているであろう物を見せよう」


「本当ですかっ!? 」


 クリスがまたテーブルに身を乗り出して嬉しそうに言った。その横でローラは俺が質問した意味をはかりかねているのか首を傾げている。


「ああ、但し見たあとは俺の言うことを聞いてもらう」


「……どんな内容か気になるけど、囚われの身としては聞かざるを得ないわね」


「聞き分けがいいな」


「帝国に奴隷として売られるよりはマシな内容でしょ?」


「ハハハ、それは保証する」


 それから俺は準備があると言ってシュンランたちを連れて一度勾留施設を出た。そしてカルラたちと手分けして、休みで神殿地下の部屋に残っている数組のパーティに少しの時間ギルドにいてもらうよう頼んだ。その間に方々に声を掛け協力を頼んだあと、改めてローラとクリス。そして心配だからとついてきた女性聖騎士10名を連れて神殿の地下へと向かった。


 神殿の入口に向かって地下に降りるまで、クリスが『感じます! 女神様の気配をとても強く感じます』と興奮を隠せない様子だった。やはり彼女は聖女的な能力があるのかもしれない。


 神殿の地下にローラたちを連れて行くと、延長コードを使うことにより各所に設置した玄関灯に明るく照らされたフロアでサーシャとリーゼロットと竜王。そしてその護衛であるリキョウ将軍ら竜人が待ち構えていた。サーシャも竜王もいつものハンターの姿ではなく正装だ。


「サーシャ姫に竜人族? 」


 サーシャと竜王たちを見たローラたちの歩みが止まり、皆が驚きの目を向けていた。そんな彼女たちにサーシャは両腕を腰に当て、尊大な態度で口を開いた。


「貴女がシスターローラね。初めまして、元アルメラ王国の第三王女のサーシャよ」


「……元? 」


「ええそうよ。そこにいるリョウスケのせいで王家を追い出されちゃったの。隣にいる宮廷魔術師のリーゼと一緒にね」


「よろしくシスターローラ。リョウの婚約者候補のリーゼロットよ」


 サーシャに振られてリーゼロットが笑顔で自己紹介をする。


「婚約者……候補? リョウスケのせいで追い出された?」


「あ〜まあその話はまた後で。そしてそこにいる竜人の爺さんが竜王だ」


 俺は話がややこしくなる前に竜王を紹介した。


「はあっ!? 竜王様!?」


「え? このお方が竜王様?」


 するとローラとクリス。そして聖騎士の皆が目を見開かんばかりに驚愕していた。


 まあそりゃ驚くか。


「カカカッ! ワシがシャオロン魔王国の竜王メルギロスじゃ。よろしくのシスターローラ殿」


「……ねえリョウスケ、本物なの?」


「ああ、本物だ。まあ立会人になってもらおうと思ってな」


「どういうこと?」


「すぐにわかるさ。とりあえず奥に向かおう」


 俺はわけがわからないといった感じのローラにそう告げたあと、皆を連れて地下の一番奥。2つの大部屋の間にある柱へと向かった。


「なんじゃリョウスケ殿。面白いものを見せると言っておきながらただの柱ではないか」


 竜王が頭を傾げてつまらなそうに言う。


「な、何かあります。この柱の向こうからものすごい力を感じます」


「さすがだな」


 柱を見上げながら身体を震わせているクリスに俺は感心しながらそう答えた。


「そういえばここだけ大きな柱があって不自然だと思っていたのよね。何かを隠していたの?」


「リョウスケ、この壁の向こうに神遺物があるというの?」


「まあ似たようなもんだ」


 俺はサーシャとローラにそう答えたあと、地上げ屋のギフトを発動し目の前の柱。女神像を囲っている壁を地面へと沈ませた。


 するとそこには真っ白で巨大な女神像が現れた。


「「「!?」」」


「め、女神様の像!?」


「な、なぜここにこんなものが?」


 現れた女神像に、シュンランとミレイア以外が驚きの声を上げている。まあ宿屋を始める前に壁で隠したからな。俺たち3人以外は知らなかったのは当然だ。


「め、女神様の像が……これが聖水と結界を?」


「ああ、まあそういうことになるかな」


 女神像を前に跪き両手を合わせ祈り始めようとするクリスへ曖昧にそう答えると、聖騎士たちもクリスに続くように跪いた。


「そういうことだったのね。でもなぜここに女神像が……ハッ!? これはまさか聖石せいせき!?」


「聖石?」


 俺はローラが口にした聞き慣れない石の名前に首を傾げた。


「……女神像にだけしか使われていない白い聖なる石のことよ。王国の教会本部にもどの教会の像にも使われていないわ。女神しか生み出せない聖なる石で、聖域の女神像も同じ聖石でできているのよ」


「そ、そうなのか」


 ローラの言葉にサーシャも竜王たちも驚いていていたが、少ししてそれらはどこか納得した顔に変わっていった。


 しかしこれは隠しておいて正解だったな。フローディアめ、聖水といいあちこちにブービートラップを用意してやがるな。なんか教会に俺の存在をわざと知らせ、タワーマンションを建てるついでに滅びの森をなんとかさせようとしてたんじゃないかと思えてきたぞ。


 アイツならやりそうだな……


「そうなのかじゃないわよ。なぜ聖域の女神像がここに? まさか掘り返して持ってきたの?」


「そんなことはしてないさ。これは元からここにあった物だ」


「元から? この岩山といい、ここにこんな物があることに教会が今まで気づかなかったなんて……そんなのありえないわ」


「あり得なかろうがなんだろうがここに女神像があるんだ。それが答えだろう。それより少なくともこれが結界の答えだ。この結界の中では弱い魔物しか入ることができない。というよりは強い魔物は忌避するという感じかな。挑発したりすれば飛竜とかもやってくる程度のものだ」


 結界というかチュートリアル用のエリアを構築する物といった感じだけどな。聖地の結界は知らん。勇者が現れる前からあったみたいだから完全な結界なのかもしれない。


「確かにリョウスケの言う通りね……この像が聖水と結界を創り出していることはわかったわ。それで? 貴方のいうことを聞くのだったわね。私たちに何をさせたいの?」


「ここで聖女クリスをトップに新しい宗教。そうだな。『真聖光教』とでも名付けようか。それを設立して欲しい」


 そう、俺はクリスを生贄に新しい宗教を立ち上げることにした。それにより俺の原状回復のギフトを使いやすくし、さらに王国や獣王国。そして魔国に新教を認めさせる。そうすることによって聖光教会の影響力を弱め、この街を教会から守る。


 そもそも崇める神は同じだ。腐敗した聖光教会より、こっちの方が民たちには認められやすいだろう。なんといってもここには聖地にあるのと同じ女神像があるんだからな。


「え、ええぇぇぇっ!? 私が聖女にですか!?」


 そんな思惑を持った俺の提案に、祈りを捧げていたクリスが叫んだ。


「クリスを聖女に新たな宗教を? そんなことをしたら異端者認定されて教会と敵対することになるわよ?」


「そ、そうです! 新教なんて作ったら教会が全力で潰しにきます! 」


「構わないさ。異端者認定されても攻めてくるのは聖騎士と各国の軍だろ? そのうち王国と獣王国。そして魔国はこちら側につく。帝国とはいずれ敵対することは覚悟していたし、一国だけならなんとかなる」


 帝国はどうやったって攻めてくるだろう。その覚悟はもうとっくにできている。


「……ごめんなさい。理解が追いつかないわ。魔国はわかるわ。竜王様がここにいるわけだし。でも王国と獣王国がなぜリョウスケの味方になるの? 」


「その理由を教えてもいいが、最後に一つだけ俺の質問に答えてくれ。もしも帝国以外の国が真聖光教を認めたとしたら、シスターローラは聖光教会と戦う意志はあるか? 教会に天罰を与えたいんだろ?」


「……ええ、もしも各国が味方についてくれるならクリスを聖女に祭りあげて教会と戦うわ」


「ええええ!? ローラさん! 私が聖女だなんて無理です!」


「そうか。それを聞いて安心した。なら教えよう。王国と獣王国。そして魔国が俺に味方する理由を」


 俺は抵抗するクリスをスルーしてシュンランに目配せをした。すると彼女はミレイアとクロースと一緒に、地下を明るく照らしている玄関灯につながる延長コードからコンセントを次々と外していった。


 すると地下から人工の明かりが消え、周囲の壁が放っていた青白い光がフロアを照らし始めた。


「これは青光石? それもこんなに……まるで聖地の崩壊した神殿のよう」


「凄い……全部の壁が青光石だなんて」


「シスターローラ。そしてシスタークリス。俺は今から一年と数ヶ月前に、この地に神殿と共に現れたんだ」


 俺は青白い光を発する壁を見渡し呆然としている二人へ静かに話しかけた。


「神殿と共に現れた? ま、まさか貴方は……」


「ご想像の通りだ」


 信じられないといった表情を向けるローラに対し、俺は女神像を背にスーツの胸もとのポケットに差してあるペンを取り出してペングニルへと変形させた。それと同時にスーツの前ボタンも外し、首からぶら下げていた魔物探知機をさらけ出した。そしてペングニルと魔物探知機と腰のベルトに固定していたアンドロメダスケールに一気に大量の精神力を流し込んだ。


 それによりペングニルは眩いばかりの青白い光を放ち、アンドロメダスケールは幾本もの帯を俺の背後に展開して魔物探知機と共に黄金の光を放った。


 その姿はまるで俺の背に後光がさしたかの如く、ここにいる者たちの目に映っていることだろう。


「「「なっ!?」」」


 そんな俺の姿にローラを始め聖騎士たちは今日何度目かの驚きの声をあげた。


「さ、三種の神器……」


 そして少ししてクリスがボソリと呟いた。その言葉にローラと聖騎士たちはハッとした表情となり俺を見つめた。


「ククククク! そうだ! 私の婚約者は勇者だ! 凄いだろう!」


 そんな緊迫していた雰囲気を、今までおとなしくしていたクロースが打ち破った。


「「「ゆ、勇者様!? 」」」


「……リ、リョウスケは勇者だというの? 末裔ではなく本物の」


「まあな。確かに俺は女神と会い神器とギフトを与えられ、別の世界からこの世界へと飛ば……派遣された。だが700年前に遣わされた勇者とは少し違う。俺はこの世界を救うとかそういう使命は受けていないからな」


 俺は絞り出したような声のローラへとそう答えた。


「世界を救わない? ではなんのために女神に?」


「女神の住む家を建てるためさ」


 俺はなぜ世界を救わないのに女神に遣わされたのか疑問に思っているローラたちへ、俺が与えられた使命を説明した。



「そんな……私たちは女神様に見放されていたなんて」


「やっぱりこの世界に女神はいなかったのね。それでリョウスケは、女神が住むための『たわーまんしょん』という高い建物を建てるために遣わされたというわけね。そして与えられたギフトはそれに特化した物で、神器はそれを遂行するための武器だというのね?」


「そういうことだ。だから便利な魔道具がある部屋を簡単に作れているというわけだ」


 俺はショックで両手を床に突いているクリスを尻目にローラへと答えた。


 聖騎士たちの表情も暗い。予想していたローラと違い、よほどフローディアが別の世界に行ってしまったことがショックのようだ。


「シスターローラ。王国や獣王国がリョウスケに味方するって理由がこれでわかったでしょ? 勇者様に敵対するなんて帝国ぐらいなものよ。だからリョウスケが真聖光教を支持しろと言ったら帝国以外は支持するの。女神様に遣わされた勇者様が言うんだもん。当然よね」


「そうね、サーシャ姫のいう通りね。フ、フフフ……まさかリョウスケが勇者だったなんてね。女神と交信できたら勇者でも派遣してもらおうと頼むつもりだったけど、既にいたなんて驚いたわ。でも……これならいけるわね。クリス、聖女になりなさい。いいわね?」


「は、はいっ! 私などが聖女になるなど烏滸おこがましいですが、女神様に再びこの世界へ戻ってもらうため。そして勇者様のお力になるために誠心誠意、聖女の役を努めさせていただきます!」


「ほ、ほどほどでいいから」


 それまでの態度とは一変してやる気になり、両手を大きな胸の前で組み頬を染めて熱っぽい視線を俺へと向けてきたクリスに困惑しながらそう答えた。


 なんだ? 急に好感度が爆上がりしたぞ?


 俺がクリスの態度に困惑していると、竜王が近づいて来て小声で囁いた。


「リョウスケ殿。700年前の聖女は勇者と好き合っていたんじゃ。じゃがその勇者を人魔戦争に利用して、魔族に差し向けようとした教会の上層部に聖女は毒殺されてしまっての。女神様から人魔戦争を止めるように神託を受けたことを信者に知られたくなかったんじゃろな。それに怒った勇者が教会の上層部を皆殺しにしての。そういった悲恋の話が教会の古い書物に残っていたんじゃろ。クリス殿はその聖女と自分を重ねているのかもしれんの」


「そんなことが……」


 人魔戦争を主導していた教会上層部だ。邪魔になった聖女の毒殺くらいはするか。現れたばかりの勇者より発言力があっただろうしな。ということはクリスの熱っぽい視線は悲恋の物語に憧れる少女みたいなもんか。


 そんなことを考えているとローラが再び口を開いた。


「でも新しい宗教を立ち上げるのはいいけど、クリスや南街に置いていった子たちでは中級治癒水までしか作れないのよね。当然彼女たちの治癒のギフトも四肢の欠損を治すことはできないわ。それで信者たちの支持を得られるかしら?」


「大丈夫だ。そこは俺を信じてくれ」


 俺には原状回復のギフトがある。これは四肢の欠損どころか病気も治る。重病が治るかどうかはまだわからないが、もしも治すことができたなら教会よりも信者は間違いなく増える。もちろん全て聖女クリスの力だということにする。


 とはいってもまだ外に真聖光教のことは公表しない。ギリギリまで隠し、いよいよとなったら公表するつもりだ。


 公表すればあっという間に現状ある教会の信者は減るだろう。そうなれば現教会に所属する治癒のギフト持ちが数多くここにやって来れるようになるはずだ。その中から上級治癒水を作れるようになる者も出てくるはず。


 病気だけは俺が治さないといけないが、それ以外は時間が解決してくれるだろう。


「そう……勇者様がそういうなら信じるわ。でも一つだけお願いがあるの」


「ん? なんだ? 住むところはこの地下神殿にある部屋にしてもらうつもりだぞ?」


「ありがとう。でもそのことじゃないの。南街に残している子たちを迎えに行きたいのよ」


「ああ、それならシスターローラとシスタークリスがここに残るならいいよ」


 特にローラは聖騎士たちに慕われているしな。彼女さえここから出さなければ裏切られたりはしないだろう。クリスは聖女として残ってもらわないと計画が狂うから出せない。


「ありがとう。数人の聖騎士たちに迎えに行かせるわ。というよりも夜逃げになるのかしら? 大司教以外いなくなっちゃうわね」


「すぐに補充されるんじゃないか?」


「そうね。教会には全員で聖地に住むと手紙を書いておくわ」


「嘘ではないな」


 南街から15日掛かるうえにBランクの魔物に囲まれているのが本来の聖地だが、3日の距離の。しかもEランクの魔物しか周囲にいない場所にもできたわけだし。


「フフフ、そうね。思ったより近かったけどね。教会もまさかこんな場所に聖地があるなんて思わないでしょうね」


 そう言って笑ったローラに、俺は確かになと答え笑い返した。



 それから止めるクリスをなだめつつ再び女神像を壁で囲んだ俺は、ローラたちにとりあえず2、3日は勾留場で過ごしてもらうように伝え地下神殿から外へと出るのだった。


 今夜にでも別館を2棟建て、地下の部屋に住んでいるハンターたちを移動させるつもりだ。そして神殿の地下は真聖光教会専用のフロアにする。


 これで教会に目をつけられた時の対抗手段も手に入れることができた。そして原状回復を使っての治療を聖女の力だと言っておおっぴらにできるようにもなるし、彼女たちが作った治癒水を神殿使用料として格安でしかも大量に手に入れることもできる。その治癒水をうちからハンターたちに教会より安い価格で販売すれば満足度も上がる。


 ローラたちがやってきた時はどうなることかと思ったが、我ながら良い着地点を見つけることができたと思う。どうせいつかは教会にバレるんだ。なら教会の力を削げるだけ削いだ方がいいだろう。


 しかしこの街が新たな宗教の聖地か。そのうち巡礼者とかもやってくるようになるのかな。そうなったら街の造りを変えないとな。まあそれはまだ先の話だ。とりあえず今はハンターを対象に治療をしていくことにしよう。


 恐らく魔国の四肢を失ったハンターたちが大量にやってくるだろうな。真聖光教会は魔族でも分け隔てなく治療をする。そうすれば現状の教会より信者が増えるのは目に見えている。


 フローディアへの信者が増えるのは業腹だが、ここは街の安全のために我慢するしかないか。


 とりあえずはハンターたちに教会ができることを説明しないとな。また忙しくなりそうだ。



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