第18話 シスターと帝国公爵



 ——南街 教会 シスター ローラ——



「ローラさん。どこに行くつもりですか? 」


 私が教会の裏手から出ようとすると、背後から聞き慣れた声が聞こえて来た。


 足を止め振り向くと、その小柄な体型に似合わず大きな胸をした少女が立っていた。


 私はため息を吐きながら彼女に身体を向けた。


「ちょっと街を散歩するだけよ」


「夕刻の祈りの時間ですよ。またサボる気ですか? 」


「いない神に祈りを捧げてどうするというの? 私は無駄なことをしない主義なの」


 私は彼女の穢れを知らない真っ直ぐな瞳を見ながらそう答える。


「フローディア様はいらっしゃいます。今も遠くから私たちを見守ってくれています」


「じゃあなぜ何百年も血の繋がり以外で新たにギフトを得る人間が現れないの? 」


 治癒のギフトも世代を重ねるごとにより、親子でさえ多くの子供を作らないと受け継がれなくなって来ている。そのせいで教会内の治癒のギフト持ちの女性たちは、まるで男たちの共同財産のように扱われている。クリスだってそうなる所だった。


「それは……き、きっとフローディア様はお休みになられているだけなんです。私にはわかるんです。聖地のある方向からフローディア様の気配を感じるのです」


「気配ねえ……私にはわからないけど、クリスが言うならそうなのかもしれないわね。それにしてもずいぶんと長いお休みだこと。職務怠慢もいいところね」


 神としての仕事をしないなら、神なんて必要ないわ。私がまともな司祭や聖騎士を集めて聖地を取り戻そうとしているのは、クリスから女神フローディアに働けと伝えてもらうため。


 この子には治癒のギフト以外にも不思議な力がある。この子なら女神と話せるかもしれない。そしてこの腐りきった聖光教会を潰してくれる。そう信じているから。


「職務怠慢はローラさんの方です。いつもいつも王国や帝国の駐屯軍の酒場に行ってお酒を飲んでばかりではないですか」


「失礼ね、私は滅びの森へ遠征に行くための情報収集をしているのよ。私の聖騎士団は精鋭だけど人数が少ないから、効率的に聖地を取り戻すためには情報が必要なの」


「それで何か良い方法が思いついたのですか? 」


「まったく」


 私は肩をすくめてそう答えた。


 聖地にたどり着くことがなんとかできても、地下にあるフローディア像を掘り起こして高ランクの魔物から守り続けるなんて私たちだけでは不可能。教会は口では聖地奪還とは言うけど、実際のところは王国や帝国軍にやらせる気満々。その王国や帝国だってその気は無いわ。聖地を奪還できるほどの兵がいるなら、その途中の失われた土地を奪還して維持する事に兵を使うでしょうね。それだって王や皇帝が変わる時だけしかやろうとしないわ。そしてそのことごとくが失敗している。


「でしたら週に一度とかにしてください。ほぼ毎日行く必要なんてないはずです。それと王国や帝国の兵と揉めるのもやめてください。司教様が困っています」


「私は降りかかる火の粉を払っただけよ。クリス、もう私のことは放っておいて」


 私はそう言って引き止めるクリスを無視して教会を後にした。


「うまく抜け出したと思ったのに、あの子はどうやって私を見つけたのかしら? 」


 治癒のギフト以外にも探知のギフトでも持っているんじゃないでしょうね?


「まあいいわ。それより今日はどこの酒場に行こうかしら? 」


 いつもなら駐屯軍の酒場に行くんだけど、クリスがやって来そうな気がする。軍ほど情報は得られないけど、久しぶりにハンターのいる区画の酒場にでも行ってみようかしら? 


 南街は東街に比べて3倍ほどの広さがある。最初この街はまだ連合を組んでいた頃の王国と帝国。そしてギルドが共同で建築した小さな街だった。それが月日を重ねるごとに王国と帝国の中が悪化し、それにつれて街の東と西にそれぞれ個別の軍の駐屯所を作り始めた。


 街はその都度増築されていき、今では街の東に王国軍。西に帝国軍という具合に分かれている。そしてそれぞれに軍専用の酒場と娼館がり、森への入口に繋がる門もある。そんな彼らの間に入るかのように街の中央に教会とハンターギルドがあり、そこにもハンター専用の酒場や娼館や商店がある。


 私はその中央にあるハンターたちが集まる酒場へと入った。


 酒場に入ると多くのハンターから視線を浴びたが、それに構わず私はカウンターに腰掛けた。


 するとテーブル席に座っていたハンターたちの話し声が耳に入ってきた。


《お、おいシスターだ。しかも凄えべっぴんだぞ? 》


《うひょー! なんだよあの修道服。スリットから太ももが丸見えじゃねえか! しかも胸もデカいぞ! 尻もたまんねえな! 》


《なんちゅう色っぽいシスターだ。ちょっと声を掛けてこようぜ。うまくすりゃ夜の相手をしてくれるかもしれねえ。どうせ教会の大司教たちの相手を毎晩させられてるんだ。すぐに股を開くさ》


《馬鹿やめろ! あれはシスターローラだ! 》


《ん? ナザットはあのシスターを知ってるのか? 》


《知ってる。あんまり教会で見かけねえからお前らが知らねえのも無理はねえが、あのシスターローラは聖光教会の枢機卿の娘だ。しかも水とその派生の氷のギフト持ちで、剣の腕も一流なうえに自分の騎士団まで持ってる。最近じゃあ半年前だったかな。それを知らなかった奴らが、この酒場で彼女に絡んで半殺しにあったって話だ。噂じゃ王国や帝国軍の駐屯所近くにある酒場でも似たようなことがあったらしい。まあ軍の奴らはそんなことを言わねえがな。メンツがあるし、相手は枢機卿の娘だしな》


《マジか、そんな強いのかよあの女。でもなんで枢機卿の娘がこんな前線にある南街にいるんだ? 東街やここは左遷場所じゃねえのか? 》


《俺もそこは気になって調べたんだが、1年前に本拠地の教会で大司教や司教たちの性奴隷にされているシスターたちを力ずくで救ったらしい。その後に性被害にあっていたシスターたちと、マトモな司祭や聖騎士を集めていた所、教会に危険視されて監視役の大司教と一緒にまとめてここに左遷されたって話だ》


《オイオイ、そりゃすげえ話だな》


《腐り切っていると思っていたが、教会にもマトモな奴がいるんだな》


《まあここの大司教は金の亡者だからな。唯一四肢の欠損を治せるのが大司教だけだから、シスターローラも教会じゃおとなしくしてるって話だ。自分の聖騎士団が大怪我をした時に協力してもらわねえといけねえからな。ただ大司教は大司教で、シスターローラがいるせいで他のシスターたちに手を出せなくて不満を漏らしているらしいがな》


《てことは俺たちの聖女であるクリスちゃんは、大司教の毒牙にかかってないってことか? 》


《あの子は確か17歳だったな。本拠地でどうだっかは知らないが、あのけがれを知らない純粋な目からしてまだ司教たちの毒牙にかかってねえんじゃねえか? 》


《よっしゃ! なんだか俺希望が見えて来た! 明日から毎日教会に行くわ! そしてクリスちゃんと仲良くなるんだ》


《アホ! 穢れまくってるお前なんか相手にされねえよ! 》



 あら? 私のことにずいぶんと詳しいハンターがいるのね。まあいいわ。これで面倒な男も寄ってこないでしょうし。


「シスターローラ。久しぶりじゃないか」


 私がハンターたちの会話に耳を傾けていると目の前に葡萄酒が置かれ、マスターが声を掛けて来た。


「ええ、久しぶりね。この間は迷惑かけたわね」


「あれはアイツらの自業自得だ。まあ店中に張られた氷を溶かすのは大変だったけどな」


「酔ってたのよ」


 酔うと力の制御が効かないのは悪い癖ね。


「おっかねえなおい」


「それで最近滅びの森はどう? 」


「どうもこうも変わりはねえさ。軍は森から出て来る低ランクの魔物の掃討で忙しく、高ランクのハンターたちはBランクの魔物を狩って帰って来る。たまに貴族たちが箔付けのために騎士団を引き連れて滅びの森に入っていくが、大した成果も出さずに戻って来る。いつも通りだ」


「そう……」


 王国や帝国の駐屯所の酒場で聞いたのと変わらないわね。


「ああ、そういえば最近D《ブロンズ》やE《アイアン》ランクのハンターたちの羽振りがいいな。装備も良くなったし、中には飛竜の革鎧を身につけている奴らもいた。娼館にも毎日通っているらしいな」


「ブロンズとアイアンランクのハンターが? どういうこと? 」


 ブロンズランク以下のハンターなんて、装備の修理や治癒水の補充でそこまで余裕はないはず。それが高価な飛竜の革鎧を身につけて娼館に毎日通っている? C《シルバー》ランクのハンターの間違いじゃないかしら?


「俺もハンターたちが話しているのを遠目で聞いていただけなんだが、どうも滅びの森の中に1年ほど前からデカい宿屋があるらしい。しかも砦のように高い壁に囲まれてるって話だ。それでそこに滞在しながら集中的に魔物を狩っているそうだ」


「はあ? 滅びの森の中に宿屋? しかも砦のようなって、それは本当なの? 」


 あり得ない。過去に王国も帝国も新王や新皇帝が即位する度に、Dランクの魔物がいる地域に多大な犠牲を払って砦を作ろうとした。でもその全てが失敗に終わっている。砦を建てるところまでは行くけど、補給や周辺の魔物の掃討に砦の防衛とで疲弊してしまい維持をすることができなかった。


 小規模とはいえ砦は建てたから王や皇帝のメンツは保つことができたけど、その後のことは国民には知らせれていない。だから両国のハンター以外の国民は、滅びの森の中に多くの砦があると今でも信じている人たちが多い。人のいる砦なんて一つもないのにね。


 それだけ森は危険な場所だということ。そんな森の中に砦を建ててその中で宿屋をしている? しかもそれを1年も維持しているなんて、とてもではないけど信じられないわ。


「俺も最初は信じられなかったさ。だがそういった話をここで何度も耳にするんだ。ハンターたちは小声のつもりなんだろうが、酔うと声がデカくなることに気づいてねえんだろうな。周囲で聞いていた奴も集まって内緒だぞとか言って教え回ってたぜ。それでその話を聞いた奴が次に来た時には高価な装備を身につけてる。そういったことを何度も見せられたら信じざるを得ねえよ」


「それは……どうやら本当にありそうね」


 毎日ハンターたちの相手をしているマスターが言うのだから、本当の話なのかもしれないわね。


 滅びの森の中に砦のような建物と宿屋。


 本当に存在するならこれは聖地を取り戻す拠点として使えるわね。女神にちゃんと働くように言える日も近いかもしれない。





 ——ラギオス帝国 帝都 シュバイン公爵家 屋敷 ウルム・シュバイン——



「そうか。本当に存在していたとはな」


 密偵の報告を受けた私はため息を吐いた。


 まさか本当に滅びの森の中に砦と呼べるほどの規模の宿屋があるとは……


 昨年の秋頃。帝城での夜会の際に、下級貴族たちから森に壁に囲まれた宿屋があるらしいという話を聞いたことがあった。どうもハンターたちから得た情報のようだった。


 彼らが言うにはかなり高度な魔道具を使用した宿屋であるらしい。しかしその場所を聞いて笑ってしまった。そこは飛竜の狩場であり、水場も何もない場所だったからだ。それは話を持ってきた下級貴族たちもわかっており、彼らも信じていないようで笑っていた。


 だが昨年の夏から秋に掛けて、飛竜の素材が魔国以外から大量に市場に出るようになった。そのことからもしかして本当に存在するのではと思い始めた。


 恐らくはその宿屋は野営地に毛が生えた程度のごく小規模な宿屋で、飛竜を狩るために高ランクハンターたちが作ったのではないか? 水もハンターたちで協力して集めれば不自由はしないだろう。そうして協力し合いやってくる飛竜を狩っているのではと考えるようになった。


 2週間以上掛けて森の奥地に行って飛竜を狩るよりも、南街から3日の距離にある飛竜の狩場で待ち伏せて狩る方が効率的なのかもしれない。考えたものよと、その時はそう感心していた。


 しかし去年の暮れに、突然王国貴族の複数の家が取り潰しとなったことで事態は急変した。取り潰された貴族の中には、侯爵家や伯爵家など上級貴族もいたのだ。対外的には反乱を画策したための粛清だと公表されたが、私は密かに取り潰された家の騎士を密偵を使い調べさせた。


 そしてその結果報告を受けたのだが、その内容に驚愕せざるを得なかった。


 滅びの森の中にあるハンターが作った宿屋は想像以上に大きく、砦と言っても過言ではない規模であった。そしてその宿屋は王国で保護しており、王より手出しを禁じる勅命が発せられていた。しかし粛清された貴族たちはその勅命を無視し、嫡男たちに兵を与えその宿屋を占領しようとした。その際にたまたまその宿屋に滞在していたサーシャ姫に対し、インキュバスに魅了されたなどと侮辱したうえに宿屋側からの反撃にあい全滅したらしい。その結果、反逆罪として処罰されたようだ。


 そのことを聞いた私は、今までの自分の認識が間違っていたことを認めざるを得なかった。


 まさかハンターたちが作ったと思っていた小規模な宿屋が、砦と言われるほどの大規模な物であったとは……それも千人程度とはいえ、王国の貴族連合軍を撃退するほどの防衛力を備えているとはな。


 生き残った騎士の話ではその砦にはハンターだけではなく、戦闘にはダークエルフのハンターも多数参戦していたらしい。そして街を治めるリョウスケという者には、あらゆるギフトが通用しなかったとか。


 当然そのようなことはある訳がない。恐らく砦側にも相当なギフト持ちがおり、貴族たちの攻撃を相殺されたのだろう。所詮はハンターごときに負けた騎士の言葉だ。敵を大きく見せて自分の価値を下げたくないための戯言だろう。


 しかし帝国の領土である地にそれほど大規模な砦があり、しかも王国が庇護しているとなれば放っておくことなどできるはずもない。


 私は目の前に控える密偵に視線を向け口を開いた。


「確かその宿のある砦にはハンターしか入れないのだったな?」


「はい。そのようです」


「お前たちは全員ハンター登録はしてあったな? 」


「はい、ギルドから情報を得るために登録してあります」


「ではその砦に潜入し、内部の詳しい情報を報告しろ」


 まずは陛下に報告する前に砦の全容と戦力を把握する必要がある。


「ハッ! 」


「うむ。あまり大勢を送り込むなよ? 王国も同じことをしていると思うからな。勘付かれないようにしろ」


「承知いたしました」


 密偵が部屋を出ていくのを見送った私は、執務机に両肘をつき考え込んだ。


 まさかアルメラ王国が我が国の領地に砦を建てるとはな。雇った人間を店主にして王国の兵を入れず、ハンターのための宿屋だと言えばごまかせるとでも思ったか? 我が国も舐められたものだ。王国が保護しているということは、王家が秘密裏に建設した砦であることなど明白であろうに。


 しかしそれほど大規模な物を我らに気付かれず、いったいどうやって建てたというのか。強力な土のギフト使いを複数人確保した? いや、確かダークエルフのハンターが複数いたと言っていたな。恐らくダークエルフを雇い作らせたのかもしれない。奴らは土の精霊を操るからな。


 魔族を雇ったことが教会に知られれば、面倒なことになるのは目に見えているというのにな。それほど砦の建築に力を入れていたということか。


 となればやはり砦の詳しい戦力がわかるまでは、皇帝陛下にも秘密にしておく必要があるだろう。でなければ第一皇子が先走る可能性がある。皇子の雷のギフトの威力は皇帝陛下に匹敵するほどあるが、性格が女好きなうえに好戦的だ。砦のことが知られれば、真っ先に砦へと向かうだろう。そこで皇子に万が一のことがあれば私にも責任が及びかねない。砦の事は慎重に調べた上で報告しなければならない。


 しかしアルメラ王め。平和主義者かと思っていたが、とんだ狸だったというわけか。まさか帝国の領土に偽装砦を秘密裏に建てていたとはな。場所が場所なだけに気付くのが遅くなった。よくも我が国を出し抜いたものよ。


 いや、恐らくあの王妃が裏で糸を引いていたのだろう。相変わらず頭の回る女狐だ。


 いいだろう。王国がそれほど我が国と戦争をしたいのなら受けて立ってやろう。


 今回の非は王国にある。我が国の領地に許可なく砦を建設したのだからな。竜王が横槍を入れて来ることもないだろう。それならば砦を手に入れたあと、王国を攻めても問題なかろう。西からは帝国。そして北からは手に入れた砦の二方面から攻めることができれば、王都も手中に収めることができるかもしれないな。


 アルメラの女狐には、良い口実を与えてくれたと感謝するべきかもしれないな。皇帝陛下もお喜びになるだろう。


 フフフ、密偵からの報告が待ち遠しくなってきたな。




 ※※※※※※※

 作者より補足


 自販機がマンション以外に設置できない件ですが、ヘヤツクの『募集図面』に書いた設備は基本的にその建物以外には設置できないと考えて頂ければ幸いです。


 ただ、レンタサイクルは元々マンション外で使用する物なので主人公が貸し出せば持ち出せるという感じです。それに比べてエレベーターはマンションと一体化しており、自動販売機も不思議な力で商品が補充されるので持ち出せないという設定にしました。そのうちこの設定も破壌しそうな気がしますが、その時は温かい目でスルーしてもらえると幸いです。

 自動販売機に関しては、最終的にマンションを複数建てた時に一般解放する予定です。今解放すると酒場が潰れてしまうのでw


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