第17話 押しかけ女房



「あ〜その……言うのを忘れてたわ。わ、私ここにずっと住むことになったから。もう王国には帰れないからよろしく勇者様。でも宿代は王国が持つから心配しなくていいわ」


「は? 」


 サーシャがここにずっと住む? 王国には帰らない? いきなり何を言ってんだ?


「リョウ。私も宮廷魔導師をクビになってここに住むことになったわ。仕事も帰るところも無くなったからサーシャ共々よろしくね♪ 」


「ええ!? 」


 宮廷魔導師を辞めた? 帰るところがなくなった? どういうことだ?


 俺は突然二人が告げてきた内容に混乱した。


「なに驚いているのよ。お父様とお母様に勇者だって知られたんだから、こうなるのは当たり前でしょ。私も覚悟していたけど、さすがに王族から平民にされたのはショックだったわ。お父様は反対していたけど、お母様に気絶させられてなんの役にも立たなかったもの」


「はああっ!? 」


 俺が勇者と似たような存在だからってなんでサーシャが平民に!? それも王である父親の反対を押し切って王妃がなぜ?


「私も長老が貴族たちの件で謝罪に来た時に、リョウが私以外はエルフを受け入れないとか言ったんだからそりゃこうなるわよ。まあ私としては最良の結果だけどね」


「ちょ、ちょっと待ってくれ! 状況が理解できないんだが? 俺が勇者と同じ存在だからってなぜ王女のサーシャが平民にさせられて、リーゼロットまで宮廷魔導師を辞めさせられたあげくに帰るところが無くなるんだ? 」


「そんなこと私から言わせないでよ……私だってお母様に突然言われてやっと心の整理がついたばかりなんだから」


 俺の言葉にサーシャは顔を背け、頬を赤らめながらボソボソと答えた。


 え? なぜここで頬を染める?


「リョウは鈍いわね。いい? 私とサーシャはリョウのお嫁さんになるように言われてるのよ。でも王国の紐付きなんてリョウは嫌でしょ? だからサーシャは王籍を剥奪されて、私も職と帰るところを失ったの。まあ押しかけ女房に近いかしら? でも元王女だから宿代は王国から出るわ。それ以外は王国から出ないから私たちも狩りに連れていってね」


「はああああああ!?  」


 俺はエントランスの中央で立ち止まり絶句した。


 つまりサーシャとリーゼロットは、勇者との関係強化のために王国とエルフ族から差し出されたってことか? 政略結婚じゃねえか。しかも一方的な。


「ちょっと! 何よその反応! もう王女に戻れないんだから責任取りなさいよね! 」


「責任!? 」


 え? 俺のせいなのか!? 


「ふふふ、サーシャはこんなこと言ってるけど、ここに来るまで嬉しそうだったわよ。早く来たいからって護衛を置いて私に空から運ばせたくらいなんだから。本当、大変だったわ。でも私もリョウとずっと一緒にいれると思うと嬉しくてついつい飛ばしちゃった♪ 」


「ちょっと! 私は別に楽しみなんかしてないわよ! リーゼに運んでもらったのは森で野営をしたくなかったからよ! 」


「はいはい。そういうことにしておくわ。でもリョウ? 別に責任なんて取る必要はないからね? 王妃様や長老が勝手に決めたことだけど、サーシャが本気で嫌がれば王妃様だって無理やりはしなかったはずよ。私は喜んで受け入れてここに来たけどね。 だから気にしないで。私たちが勝手に押しかけたようなものだから」


「受け入れたって……」


 俺の嫁になることを? 嘘だろ……


 サーシャは今度はリーゼロットに反論せず、耳まで真っ赤にした顔を背けて無言だ。これは……つまりそういうこと?


「うふふ、だからリョウは気にしなくていいの。私たちの問題なんだから。リョウが私たちを受け入れなくても恨んだりしないから。ほら、それより早く私たちの仮の住まいに案内しなさいな」


「お、おい! 」


 俺はリーゼロットに引っ張られながら、サーシャへ再び視線を向けた。


 サーシャは変わらず顔を背けていたが、俺の腕を強く抱きしめながら無言のままついてきている。


 これはリーゼロットと同じ気持ちってことだよな? そういえば俺の出自を話した時からやたら一緒にいる時間が増えたし、身体的な接触も増えた。つまりはその時からいずれこうなることを覚悟してたってことか?


 それにしたって王妃にエルフの長老め、俺に相談なく勝手に決めやがって。王国に行って文句を言って……いや、それは危ないな。ここを離れるのもだけど、王国に行って王妃なんかに面会したら目立つ。そうなったら教会の興味を引く可能性がある。

 くっ……俺は一体どうすれば……


 それから俺は今後どうしたいいのか悩みつつ、サーシャとリーゼロットを案内した。


 二人とも俺の気を知らずにエレベーターでは大騒ぎし、5階の廊下に設置した自動販売機を見ては頭を傾げ、どういった物なのか説明したら大はしゃぎして全種類の酒とジュース。そしてアイスクリームを買っていた。そしてそのまま二人で宴会を始め、美味しい美味しいと飲みながら大喜びの二人を置いて部屋を出てエントランスへと戻った。


 なんだか無邪気に喜ぶ二人の姿を見たら悩むのが馬鹿らしくなってしまった。王女から平民になったサーシャにしても、無職になってエルフの里を追い出されたリーゼロットもなんであんなに元気なんだ?


 いずれなんとか王国と渡りをつけて王妃や長老とは話す必要があるが、今は悩んでも俺にはどうしようもない。別に結婚しなきゃいけないわけじゃないし、しばらくは今まで通りに接すればいいだろう。また変な貴族とか来ないだろうな? それだけが心配だ。


 それから閉門まで入居者の受け入れをし、数部屋ほどを残して第二フジワラマンションは埋まった。その後ダークエルフの子供たちに報酬を渡し、夕食はサーシャたちと共に俺たちの部屋で共にすることになった。


 夕食を用意している時にレフのところの荷物持ちのロイとラミが来たので二人に炭酸ジュースを飲ませ、水筒に移し替えたジュースを渡したら大喜びしてくれた。


 そして夕食の用意ができ、サーシャたちを呼んでそこでサーシャとリーゼロットのことを皆に説明た。だが王妃と長老と話して結婚云々の話は俺がなんとかすると言ったところで、当の二人が2番目と3番目の側室になるからよろしくとか言い出した。


 俺が何を言い出すんだと二人に言おうとしたら、それを聞いたクロースが『2番目の側室は私だ! 既に子作りも始めているのだからな! それよりエルフが側室になるなど反対だ! お前はめかけで十分だ! 』とかリーゼロットに言うもんだから、クロースに手を出したの!? ってサーシャとリーゼロットに睨まれるわ、誰が妾よってリーゼロットとクロースが喧嘩を始めるわで大変だった。


 最終的にはシュンランがクロースにゲンコツを落とし、俺がリーゼロットをなだめて収まったが、ほんと先が思いやられる。


 そんな騒がしい夕食を終え、その日は夜遅くまで皆で自動販売機の酒を飲んでサーシャが酔い潰れるまで過ごした。リーゼロットに抱きかかえながら帰るサーシャを見送った俺は、気疲れして恋人たちと一緒にバルコニーの風呂に入ったあとミレイアにベッドで慰めてもらった。10回ほど……いや、最近どうもミレイアとする時は以前より回数が増えるんだよ。彼女の近くにいるとやたらムラムラするんだ。エルフの繁栄の秘薬が無かったらと思うとゾッとする。ルーミルに手紙を出して多めにもらっておかないと。



 翌朝。カルラからギルドの酒場は大盛況だったと聞かされた。酒場ではアルミやスチール缶から、コップやジョッキに移し替えて客に渡すんだけど、みんなにその鉄の容器はなんなんだと質問攻めにあったらしい。事前に打ち合わせした通り、カルラが炭酸が抜けないようにするための魔道具の一種だと説明したら納得したみたいだ。ここには不思議魔道具がいっぱいだからな。そんなのもあるんだろうと思ってもらえたようだ。でも全員に酒を容器ごと売って欲しいって言われて大変だったらしい。


 酒場で出た空き缶は、自動販売機と一体化しているゴミ箱にカルラが捨てるようになってる。面白いことに50缶ほど入れると、ゴミ箱の下にある小さな穴からFランク魔石が払い出されるんだ。多分リサイクル料かなにかなんだろう。Fランク魔石が500円くらいだから1缶10円になるな。


 リサイクル料はカルラにの好きにしていいと言ったら、クロエにアイスを買ってあげていた。彼女は『pio』という一口サイズのチョコとバニラのアイスが6個入っていて、それを付属のプラスチックの爪楊枝で食べるやつがお気に入りらしい。小さな口にアイスを運んで幸せそうに食べている姿が可愛くて癒される。


 クロエは相変わらず無口だが、酒場でカルラの手伝いをしていることもあって少しずつ話すようになった。よくカルラの指示で酔っ払った客を燃やしているみたいだけど、まあそこは店員が女ばかりの酒場だ。それくらいは仕方ない。ほかに毎晩のように飲みにくるスーリオンというボディガードもいるしな。アイツそんなに酒が好きじゃないのにな。ほんと不器用な男だ。


 自動販売機の酒が大好評なことから、今後酒場を拡張してカルラとクロエだけではなくダークエルフの女性たちも雇うように言おうかと思う。売り上げも激増するだろうし問題ないだろう。カルラも警備隊の隊長と酒場の経営で大変だろうしな。まあ彼女はほとんど酒場にいて実質サラが隊長みたいなもんだけど。


 ダークエルフの女性たちは接客態度に難があるが、美女ばかりだし問題ないだろう。


 そんなことを考えながら早朝から第二フジワラマンションの受付に座っていると、ダークエルフの男がやって来て竜王が到着したという連絡を受けた。


 竜王には魔国での新年の行事を終えてここに来る際は、竜王城からそのまま森の奥地を通り、途中で森の木々に隠れながら飛んで来るように言ってある。


 その竜王は来賓館に荷物を置いてから急いで来たのか、エントランスに入るなり『ワシもここに住むぞ! 』とか言い出した。


 竜王はよくダークエルフ街区からこっちに遊びにくることから、竜人の元気な酒好きのハンターとしてほかのハンターに認識されている。だからこっち側に住んでも別に構わないが、見たところ護衛が10人はいた。4LDKの定員6名を軽くオーバーしているからダメだと言ったら、リキョウと女性の竜人2人と住むと言い出した。残りは来賓館にそのまま住まわせるそうだ。


 そういうことなら自動販売機もあるし、酒場に昼間から入り浸れるよりはいいかと思いVIP用の残りの部屋を貸すことにした。サーシャが向かいの部屋に竜王が住むと聞いたら顔を青ざめさせそうだなと思ったが、よく考えたら竜王以外に借りてくれるアテもない。ここはサーシャには我慢してもらおうと思う。マンションで隣人は選べないのだよサーシャ君。


 予想通り竜王は自動販売機に大喜びだったよ。『これが勇者がいた世界の酒か! うまい! うますぎるぞ! 』ってね。もう部屋から出ないんじゃないかな。良かったなサーシャ。


 それから昼にはショッピングモールのテナントである商会の人たちが続々とやって来て、皆から新年の挨拶を受けた。やはりみんな新たに建てたマンションに驚いていたよ。


 そうそう、鍛冶屋のオルドとソドに関しては奥さんも連れて来ていた。王国や獣王国が後ろ盾になっていることと、貴族たちとの一方的な戦闘を見て奥さんを連れて来ても大丈夫だと思ったらしい。あと奥さんに蒸留酒のことがバレてしまい、連れていけといわれたそうだ。うん。新しい酒があると聞いて、荷物の荷解きをせず全員酒場に駆けて行ったよ。結構高い酒なのに破産しないか心配になって来た。


 そんなこんなで第二フジワラマンションは昼には満室になった。


 翌日。神殿マンションの受付を手伝っていると、獣王もやって来た。荷車いっぱいのお土産をくれたよ。新築のマンションを見て口をあんぐり開けて驚いていたが、すぐに森へと狩りに行ってしまったようだ。獣王には話があったんだけど、夜に部屋に行ったらいなかったんだ。さすがに街に来てすぐに森に行くとは思っていなかった。夜には話せると思ったんだけどな。


 これは年末にサーシャから聞いた話なんだが、どうも獣王は娘さんの病気を治すために幻獣を探しているようだ。娘は全身の筋肉が徐々に弱っていき、最終的には死に至る病気らしい。教会も匙を投げ、残された治療方法はどんな病気も治ると言われている霊薬しかないそうだ。


 そしてその霊薬を作るにはユニコーンという幻獣の角が必要らしい。そのユニコーンは、過去に森の東側のBランクの魔物が多くいる場所に現れたことがあるそうだ。だが、そんな場所に行けるハンターや兵士は少ない。ギルドに依頼を出しているそうだが、ここ数年間、誰も見つけることができなかったようだ。それで痺れを切らした獣王が政務を投げ捨て、自ら身分を隠し森の奥地に探しに行っているそうだ。


 それを知った俺はシュンランたちと相談し、次に獣王が来た時に娘さんを連れて来てもらうよう伝えることにした。


 実は原状回復のギフトなんだが病気も治ることがわかったんだ。去年の秋から冬にかけてクロエと数人の棘の警備隊の女性たちが風邪を引いてさ。シュンランも風邪気味だったから、もしかしたら効果があるかもと思って現状回復のギフトを彼女たちの部屋で試したんだ。そしたらあっという間に風邪が治ってしまった。そのことから原状回復のギフトは、怪我だけではなく病気にも効果があることがわかったんだ。


 原状回復のギフトは怪我だけではなく破損した物品の修復もできる。そして原状回復のギフトで再生した足はすぐに歩けるようになることから、教会で受ける治癒のギフトとは違って時間を戻す感じに近いんじゃないかと思う。


 それならば再生後に筋肉が落ちているということもなく、すぐ歩けるようになったのも頷けるし物が修復されることの理由にもなる。病気も病気に罹る前の状態に時間が戻るのなら治って当たり前だろう。ということは難病だって治せるはずだ。


 もしも本当に治せたりしたら、教会でも治せない病気を治せることになる。でもこのことが知られたら教会に敵視されるかもしれない。


 それでも獣王には色々と世話になったし、王国の貴族が攻めて来たと聞いてからは東街にかなりの数の軍を配備してくれている。もしもの時があれば軍を動かし、街の人たちを保護してくれると約束してくれた。そんな人の娘が死の淵に立たされているんだ。黙っていることなんかできない。


 獣王が狩りから戻って来たら、原状回復のギフトとその効果のことを話そうと思う。


 忙しかった3日目も夕方頃には落ち着き、ハンターたちもポツポツと来る程度になった。新築マンションが満室だと知ったハンターたちは悔しそうにしてたな。今後空室が出た際の予約もたくさんあり、今後第二フジワラマンションで空室が出ることは無さそうだ。


 予算的には魔石を買えばもう1棟建てられるが、ダークエルフたちを動員してもさすがに人員が足らなくなると思うし、バージョンアップした時に各部屋の改装に必要な資金も残しておかないといけない。街の防衛設備を作るのにも必要だしな。


 そうそう、リヤカーは好評だ。軽くて運びやすいということで、売ってくれというハンターが続出している。あと自動販売機産の酒も。メーレン商会のカミールも同じで、連日俺を説得しに来ている。


 ハンターたちにもカミールにもここだけでしか飲めないし使えない物だと言って断っているが、なかなか諦めないんだよな。でもお客様満足度を上げるためには、『ここだけ』という物は必要だ。それに車輪はともかくこの世界にアルミやスチールを流していいのか俺には判断がつかない。下手をしたらその資源を狙ってここを攻めてくるなんてことにもならないとも言い切れない。使い勝手がいいからなアルミって。


 そういうわけでハンターやカミールには悪いが売ることはないだろう。その代わりカミールから娼館を建てたいという要望は承認した。東街にもあるし、ハンターたちからの要望も多くあったからだ。まあ命をかけて狩りをした後にシュンランやミレイア。そしてダークエルフの美女たちを毎日見ていれば色々辛いだろう。同じ男として気持ちはわかる。


 なので娼館を建てたいという要望は受け入れたが、さすがに東街ほど広くはないこの街に建てたら目立つ。棘の警備隊たちの目や恋人たちの目も怖い。だからカミールに派遣型娼婦という営業形態を提案した。まあ本番アリのデリヘルだな。これなら街の景観を損ねないし、女性陣も黙認してくれると思う。


 営業形態だが基本的に娼婦たちは商会の従業員として中部屋に住んでもらい、夜に予約があったハンターの部屋に行ってもらう。大部屋や中部屋に住んでるハンターには、別料金で商会が貸し切った部屋を使ってもらう。これなら商会が用意する部屋も少なくて済むので利益が大きくなり、うちへ払う税も増えるからウィンウィンだ。当然お客様満足度も爆上がりだろう。何人の娼婦が来てくれるかはわからないが、滅びの森の中ということもあってハンターが払う金額は東街より割高にはなるだろうから稼げると思う。多分ゼロということはないだろう。ここなら東街で人気のない子でも引く手数多になるのは間違いないからな。その辺はカミールが上手くやるはずだ。


 それよりも酒場の増設だ。現状ギルドの前に焚き火を複数焚いてその周囲にテーブルを置いているが、屋外ということもあってうるさくて仕方ない。マンションの住人からもクレームが出ている。早めに増築しないとゆっくり眠れなくなりそうだ。


 それにしても高い酒だってのに毎日すごい勢いで在庫が減っている。こりゃシュンランたちにも自動販売機から買うのを手伝ってもらわないとな。一人でひたすら買い続けることが苦痛になってきた。あ、リーゼロットが稼ぎたいとか言ってたな。彼女もアルバイトしないかって言って誘おう。みんなでやれば早く終わるはずだ。まあリヤカーで倉庫まで運ぶのは俺なんだが。


 まったく、お客様満足度を上げるのも大変だよ。ここまでしたんだから早めにバージョンアップしてくれよ? 期待してるからな。



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