第16話 営業再開とサーシャたちの告白



「いらっしゃいませ! お部屋はどちらですか?」


 新築の第二フジワラマンションのエントランスに、長老のお孫さんであるララノアの元気な声が響き渡る。


 まだ11歳なのにしっかりした応対だ。さすが長老の一族なだけはあるな。


「あ、ああ。409と410と411号室なんだが……」


 そんなララのあの呼びかけに、自動で扉が開いたことにビックリして固まっていた中年のハンターの1人が答えた。


「しょうちしました! ではあちらのエレベーターにて、お部屋までご案内しますのでついてきてください! 」


「え、えれべーた? 」


「はい! こちらです !」


 ララノアは戸惑う中年のハンターの腕を取り、奥のエレベーターへと歩き出した。そんな彼女の後を挙動不審になりながら、同行しているハンターたちもついて行く。その後彼らは突然開いたエレベーターのドアにビクつきながらも、ララノアに言われるがままエレベーターへと乗り込んだ。そして少しすると彼らの悲鳴が漏れ聞こえてきた。


 うん、今のところ全員エレベーターが動くことに驚いているようだ。確かに密室に押し込まれていきなり動き出したら焦るよな。


 そんなことを考えながらエレベーターを見ていると、隣のエレベーターが開いて先ほど別のハンターを案内に行っていた、ララノアより少し年上のダークエルフの少年と少女が現れた。彼らはニコニコしながら受付に座っている俺の元へとやってきた。


「リョウ兄ちゃん!308号室の案内終わったぜ! 獣人たちが毛を逆立ててさ! 目ん玉見開いて驚いてるのが面白かった! 」


「お兄ちゃん、わたしも405号室の案内終わりました。人族のお姉さんが悲鳴をあげて、エレベーターの中でギフトを発動しようとして大変でした」


「あはは。そうか、2人ともご苦労様。次のお客さんが来るまで管理人室で休憩していていいぞ。ああ、冷蔵庫のジュースは好きなだけ飲んでいいからな」


「「やった!」」


 少年と少女は飛び上がって喜び、俺の背後にある管理人室へと入っていった。


 そんな2人の後ろ姿を見送った俺は、受付カウンターの下に設置したモニターへと視線を戻した。このモニターには神殿マンションがある方向を撮っている防犯カメラの映像が映し出されており、そこには大勢のハンターと彼らへの受付業務に忙しくしている恋人たちやダークエルフたちの姿があった。


「そろそろ一気に忙しくなりそうだな。早めに昼飯を食べておくか」


 モニターの中でこちらをチラチラ見て受付待ちをしているハンターたちの姿を確認した俺は、カウンターの引き出しに入れておいたミレイア特製のお弁当を取り出すのだった。



 年も明け一週間ほどが過ぎて今日からマンション業務を再開し、俺は『第二フジワラマンション』へ助っ人に来てくれたダークエルフの子供たちと入居者の受け入れをしていた。


 営業再開をする前日の昨日は、一足先にカルラたち棘の警備隊が帰って来ていた。彼女たちには新しくマンションを建てると話していたんだけど、まさかこれほど大型の物ができるとは思っていなかったらしく、マンションを見て大騒ぎしてた。


 朝食の途中だってのに興奮するカルラたちに呼び出されてさ、マンションの中を案内させられたよ。もちろん彼女たちもエレベーターに驚いていた、


 カルラたちにエレベーターの使い方を教えて数部屋見せた後、ギルドの酒場と倉庫に俺のいた世界の酒を置いておいたと伝えたんだ。そしたらカルラが隊員を連れてすっ飛んで行った。その後は試飲会だとか言って誰もいないギルドで宴会を始めてたよ。


 俺とシュンランたちも途中から付き合わされて、マンションのことやビールのことを根掘り葉掘り色々と聞かれた。あとクロースのことも聞かれて、恋人になったと答えたらみんなきゃーきゃーと大騒ぎだった。


 クロースは私の魅力にリョウスケは勝てなかっただけだとか調子に乗りまくるし、カルラはあたしには見向きもしなかった癖にと拗ねるし、サラは婚約者というのは建前でメイドじゃなかったんですか? ってなぜか機嫌が悪くなるし、ほかの女の子たちは夜は大変ですねとか言ってくるわで大変だった。


 俺の膝の上に座り、たくさんのジュースに囲まれて幸せそうな顔をしているクロエだけが癒しだったよ。


 その後はカルラを筆頭に棘の警備隊の女の子たちがクロースを囲んでいたので、嫌な予感がしてシュンランとミレイアを連れてコッソリとギルドの酒場から逃げ出した。その日はクロースは帰ってこなかった。きっと夜の営みを洗いざらい喋らされたんだろうな。


 でも棘の警備隊の皆がそういうことに興味を持てるようになったってことは、彼女たちの心の傷も少しは良くなったのかもしれないと思っておこう。やっぱり身体の傷だけじゃなく、処女に戻れたことが大きかったのかもしれない。現状回復のギフト様様だな。


 そして今日。営業開始の日となり、今朝開門をするとギルドやショッピングモールの従業員やハンターたちが待っていた。


 みんな正門を潜ったあとは、カルラたち同様このマンションを見上げて固まっていた。そしてマンション前に設置した、『ここは新しく建てた第二フジワラマンションです。入居希望の方はフジワラマンションの受付でお申し出ください』と書かれた複数の案内板を見て、ハンターたちはすぐに神殿フジワラマンションの受付に駆け出して行った。


 それからポツポツと鍵を手にしたハンターたちがやって来て、アルバイトとして雇ったダークエルフの子供たちに部屋まで案内してもらったわけだ。


 子供たちには入居者のハンターへ、エレベーターの操作の仕方と部屋までの案内だけを頼んである。新規のお客さんはこのマンションは借りないだろうから、設備の使い方は教える必要はないので子供たちだけで十分だ。


 というのも、このマンションだけ神殿マンションや別館とは契約形態と賃料が違うからだ。


 どう違うかというと、通常神殿の地下と別館は1週間から契約ができ、1Kは一泊銀貨1枚。日本円にするとおよそ1万円で、2人入居の場合はプラス小銀貨5枚で銀貨1枚と小銀貨5枚。1万5千円となる。


 1ヶ月が27日なので、1人入居の場合は月に金貨2枚と銀貨7枚。27万円となり、二人だと金貨4枚と小銀貨5枚。45万円だ。


 それに対しこの第二フジワラマンションは、最低1ヶ月からの契約となる。そして賃料は1Kは1階は日当たりが悪いので月に金貨3枚。2階以上の部屋は月に金貨4枚とした。別館などと比べると高いが、1Kは2人入居でも追加料金はなく同じ賃料にするつもりだ。1人で住むと若干高めだが、二人で住むとお得になる。


 新築の見た目がかっこよく、そして頑丈で日当たりの良いマンションがこの価格だ。1ヶ月は住まないといけないという縛りはあるが、常連ならこの街が稼げることを知ってるから借りてくれると思う。逆に初めてこの街に来たハンターは、どれくらい稼げるかわからないから長期契約は敬遠するだろう。


 そうそう。VIPルームも同じく月契約だ。こちらは神殿マンションにあったVIP用の部屋の倍近い価格で白金貨2枚だ。200万円だな。一泊7万円以上になるが定員の6名までなら同じ賃料だし、高級マンスリーマンションならこれくらいの部屋もあるしどうせ住むのは王族だ。文句は出ないと思う。


 そのぶん部屋の眺めは良いし、お風呂も大きいし西向きと東向きの部屋がるから日当たりも問題ないだろう。神殿の1階の奥にあったVIPルームはまったく日が当たらない部屋だったから、それにに比べれば最高だと思う。自動販売機も置くし、サーシャなら喜んで住むだろう。


 ところでなぜこの第二フジワラマンションだけこうした賃料設定にしたかというと、退去日をある程度同じタイミングにするためだ。一週間毎の契約だとほぼ毎日退去者がいて、立ち合いやら原状回復やらで結構大変なんだ。神殿の地下と別館合わせて総戸数90部屋でこれだ。


 そこに72部屋ある新しく建てたこのマンションが加われば、その分また退去立会いや精算などの作業が増える。せっかく昼に狩りに行けるようになったのに、これじゃあまた外に出れなくなる。


 それならこの新築マンションは1週間単位で貸すのはやめて、本来のマンスリーマンションらしく1ヶ月単位にしようとしたわけだ。今後もしもマンションを追加で建てる場合は、全てこのマンションと同じ賃貸条件にしようと思う。


 魔物の少ない冬の滞在ということもあり、今のところ金銭的な余裕のあるCランク《シルバー》のハンターしか契約していないが、既に72部屋中13部屋埋まった。初日の午前中にしては上々だろう。


 そんなことを考えながらお弁当を食べているとララノアが戻ってきたので、他の子と同じように管理人室で休憩をするように言った。その際に全員分のお弁当を渡し、早めに食べるように伝えた。


 そして弁当を食べ終わったタイミングでマンションの入り口の自動ドアが開くと、そににはレフとベラたちが立っていた。


「うおっ! 触れてもいねえのに開きやがった! あっ! いたっ! リョウスケ! なんだよこれなんだよこれ! 」


「リョウスケ、とんでもない物を建てたちゃったわね。まるでお城みたい」


「あっ! リョウスケにゃ! この大きな建物にいっぱい部屋があるって本当にゃっ!? やっぱり私はリョウスケに嫁入りするにゃっ! そして一生豪華な部屋で優雅に暮らすにゃ! 」


「ええっ!? ミリー……」


 レフが虎耳をツンと立たせながらすごい剣幕で俺がいる受付まで詰め寄ると、その後ろでがベラがエントランスを見渡しながら呆けていた。そしてそんなベラの後ろからミリーも駆け寄ってきて相変わらず玉の輿発言を繰り返し、それを聞いたコニーが犬耳をペタリと伏せガックリと肩を落としていた。


 相変わらずだな。コニーには原状回復のギフトの効果を気付かせてもらったお礼に、ミリーが好きな乾パンを大量にあげたんだけどな。ただの貢君で終わっているようだ。


「いらっしゃいレフにベラ。ミリーも相変わらず元気そうだな。コニーにハッサンにロイにララもみんな今年もよろしくな」


 俺は詰め寄ってくるレフたちと、入口の外で口を開けて固まっている熊人族のハッサン。その後ろでマンションの外観を見上げ、同じように固まっている荷物持ちのロイやラミに新年の挨拶をした。


「おう、今年も世話になるぜ……ってそうじゃねえよ! なんだよこの建物! どうやってこんなのを建てたんだよ! 」


「あはは、それは今さらだろ? 魔導技術ってやつさ。それより泊まるんだろ? 」


「魔導技術ってお前……はぁ、まあいいや。ああ、もちろん泊まらせてもらうけどよ。シュンランから料金体系が変わったって聞いて、二人入居なら安いし全員分借りることにしたぜ。でもなんか一部屋おまけでつけてくれたけどいいのか? しかも全部眺めと日当たりが良い部屋みたいなんだが」


「レフたちには色々世話になってるしな。これくらいさせてくれ」


 もう半額割引サービスはしていないが、レフたちは最古参の住人として新しくやってくるハンターたちに、ここのルールや部屋の設備の使い方なんかを細かく教えてくれている。ハンター同士の揉め事なんかも間に入って収めてくれているし、そのおかげで俺やダリアたち管理人の仕事が減って助かっている。Cランクになって稼ぎが増えたレフたちを優遇するとうるさく言う者もいるかもしれないが、そんなのは一部のハンターだけだろうし無視すればいい。大多数のハンターはレフたちに好意的だ。


「悪いねリョウスケ。そうそう、これ故郷の村で手に入れた帝国の葡萄酒。珍しいでしょ? あとでシュンランと一緒に飲んでよ」


「ありがとうベラ。こっちも新しい酒があるんだ。今日は夕方からギルドの酒場が開くから行ってみてよ。きっと気に入ってもらえると思うよ」


 俺はベラから小樽を受け取り、ウインクしながらそう答えた。


 すると酒と聞いたレフがカウンターに身を乗り出して食い付いてきた。


「おっ! 新しい蒸留酒か!? 」


「違う違う。麦から作った酒だ。少し高価だし酒精は弱いけど、きっと気にいると思うよ。カルラのお墨付きだ」


「なんだよ高いうえに酒精が弱いのかよ。蒸留酒を飲んじまうととなぁ。しかし麦から造った酒なんて聞いたことねえぞ? 」


「私も聞いたことないわ。でもカルラが勧めるなら美味しそうね。カクテルというのも飲みやすかったし、夕方になったらレフと行ってみるわ」


「お酒に弱い人でも美味しい果実水があるからみんなで行ってみてくれ。後悔はさせないから」


「凄い自信にゃ! リョウスケがここまで言うなら絶対いい物にゃっ! 絶対に行くにゃっ! 」


「まあね。コニーもミリーと一緒に行くといいよ。コニーが来たらカルラに一杯サービスするように言っておくから」


「わ、わかった! リョウスケ兄ちゃんありがとう! 」


 俺の援護射撃はここまでだ。がんばれよコニー。


 それからララノアたちを呼び、エントランスで待機するように言ってからレフたちを俺が案内した。もうさ、全員エレベーターが動き出したら耳と尻尾をピーンってして、オロオロしていて面白かったよ。


 そんな彼らを4階の東と西の角部屋にそれぞれ案内したら、みんながバルコニーから見える景色に感動していた。ミリーなんてバルコニーの手すりに乗ってスキップしてたよ。危なかったから飛竜が来たら逃げられないぞって言うと、『にゃーっ!? 』って言って部屋に猛ダッシュで逃げていった。その時にコニーの背中を叩いて今だっ! って合図をしたんだけど、首を傾げていた。お前そこは僕が命を懸けて守るから大丈夫とか言いに行けよと、俺はため息を吐いた。まだまだコニーがミリーを落とすのは先になりそうだ。


 そうして各部屋の案内を終えてエレベーターでエントランスに戻ってきたら、ハンターで溢れかえっていた。ララノアたちはテンテコ舞いで、俺も慌ててハンターたちを案内したよ。


 そんなこんなで夕方までに60部屋近くが埋まり、1Kの部屋は残すところあと10部屋となった。


 やっと落ち着いたので、ララノアたちと忙しかったねと炭酸ジュースを飲みながらエントランスに設置したソファーで休憩していたら、再び自動ドアが開いてお客さんがやってきた。


 なかなか途切れないなとララノアたちと立ち上がると、そこには目を丸くして立っているサーシャとリーゼロットがいた。


「よう、サーシャにリーゼロット。年末年始はゆっくりできたか? 今年もよろしくな」


 俺は固まって動かないサーシャたちに笑顔で挨拶をした。


「よ、よろしくなじゃないわよ! なによこれ! こんなのができるなんて聞いてないわよ! 」


「なんだよ、ちゃんと新しいマンションを建てるって言ったろ? 」


「聞いたけど別館よりちょっと良い建物くらいを想像してたのよ! 」


「甘いな。そんなレベルで入居者を全員追い出すわけないだろ。別館レベルなら深夜に建てていたさ」


「そ、それはそうだけど、まさかこんな大きな物ができるなんて……しかも手をかざしてもいないのに扉が勝手に開いたわよ? なんなのよこれ」


「自動ドアって言うんだ。人が前に立つと勝手に開く仕組みだ」


 確か王城にも手をかざすと開く扉があるとは聞いている。神殿マンションの扉と同じ仕組みだろう。それがセンサーによって開くだけの違いだ。


「いったいどうやって人がいることがわかるのよ。謎だわ」


 サーシャが自動ドアの前に再び立ち、ドアが開くのを見ながら不思議そうに呟く。すると今度はリーゼロットが口を開いた。


「リョウ、これも全部貴方のギフトで建てたのよね? 」


「ああ、一瞬でね。でもさすがにこのクラスの建物を建てるのは流石に目立つから、年末年始は休業していたってわけだ」


「それはいきなりこんなのが一晩で建てば大騒ぎになるでしょうけど、たった三週間なら休業してもしなくても同じじゃないかしら? 」


「あはは。確かに。でもやらないよりやったほうがマシだろ? それより部屋を案内するよ。きっと喜んでくれると思うよ」


「リョウスケってばずいぶん自信ありげね? 確か最上階だっけ? 外観も良いし眺めと日当たりも良さそうだけど、部屋の設備は変わらないって言ってたと思うけど、そこまで良い部屋なの? 」


「私は日当たりが良くなって森が見えるだけでも嬉しいわ。でもリョウがそこまで自信たっぷりに言うなら期待しちゃうわね」


「期待していいよ。このマンションの良さは部屋だけじゃ無いからね」


 俺は薄っすらと笑みを浮かべてハードルを上げて大丈夫なのかと問うサーシャと、純粋に楽しそうにしているリーゼロットへそう答えた。


 ククク、確かに部屋の広さや家具のグレードや設備は前の部屋とそう変わらないさ。だがここにはアイスやジュースの自動販売機があるのだよサーシャ君。


「あはは、本当にすごい自信ね。いいわ。案内して」


「あらあら、本当に楽しみになってきたわ」


「じゃあ付いてきてくれ」


 楽しそうに俺の両腕に腕を絡ませてくる二人を連れ、直通エレベーターまで歩き出した。


「サーシャ? 」


 するとリーゼロットがなんだか意味ありげにサーシャの名を呼ぶと、サーシャが少し緊張した表情でためらいつつも横から俺を見上げ口を開いた。


「あ〜その……言うのを忘れてたわ。わ、私ここにずっと住むことになったから。もう王国には帰れないからよろしく勇者様。でも宿代は王国が持つから心配しなくていいわ」


「は? 」


 サーシャがここにずっと住む? 王国には帰らない? いきなり何を言ってんだ?


「リョウ。私も宮廷魔導師をクビになってここに住むことになったわ。仕事も帰るところも無くなったからサーシャ共々よろしくね♪ 」


「ええ!? 」


 宮廷魔導師を辞めた? 帰るところがなくなった? どういうことだ?


 俺は突然二人が告げてきた内容に、混乱することしかできないでいた。

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