第14話 念願のマンション 後編



 マンションの最上階の5階に着き、エレベーターを出て右側の突き当たりにある部屋の前へと皆で向かった。


 部屋の前には腰の高さほどの門扉があり、その横にはTVモニター付きのインターホンが設置されていた。正直マンション内の部屋の前に門扉とかいるか? などと思ったが、そういえば日本でオーナーが住む階の部屋だけこういうのがあったなと思い出してそういうものかと納得した。邪魔なら門を開けっぱなしにしておけばいいわけだし。


 そんな風に勝手に納得した俺は、門を開け中に入り部屋の鍵を回し木製のドアを開けて中へと入った。


 俺たちの部屋の間取りだが、神殿の部屋と同じ4LDKで作成した。ただ、200平米あるので神殿の部屋よりも広い。ちなみに神殿の部屋は150平米の4LDKだ。元々は120平米の3LDKだったが、クロースが同居するようになってからは4LDKに改装していた。それに比べても新築のこの部屋は広くなっている。ちなみに標準的な3LDKだいたい80平米くらいだ。


 玄関で靴を脱ぎシュンランたちを連れて中に入り電気を点けると、右側に白いフローリングの長い廊下があり、その先にはリビングへ繋がっているのであろう。半透明のスライド式の扉が見える。


 廊下の途中にはトイレが二つとバスルームがあり、トイレは神殿の部屋と同じで広かった。バスルームも脱衣所が広く、そして浴室もかなり広めだ。浴槽はもちろんジャグジーバスだ。シュンランのお気に入りだしな。


 シュンランたちと一緒に作った間取り図通りだと満足しつつ、リビングに繋がる引き戸を開けた。


 リビングはかなり広く、左側に窓。正面奥にはバルコニーがあってそれらから入り込む外からの光で明るく照らされていた。このリビングは図面通りなら40帖はあるはずだ。


 リビングに入ってすぐ左側にカウンターキッチンがあり、神殿マンションの部屋にるのと同じ調理器具や電化製品が設置されていた。そしてカウンターキチンの前には6人ほど座れる白いダイニングテーブルと椅子があった。それらを見てミレイアが満足そうに頷いていた。


 リビングの中央には黒のラグの上に同じく黒の長方形のテーブルが置かれており、そのテーブルを挟むようにベージュ色の3人掛けのソファーが向かい合わせに2つ置かれていた。そしてリビングの奥。バルコニーがある左隅には神殿マンションの部屋と同じく4帖ほど畳が敷かれていた。もちろん畳の中央は掘り炬燵こたつになっている。



「思っていたよりも明るくて広いな」


「すごく綺麗なリビングです。それに窓がたくさんあって日当たりがとても良さそうです」


「確かに明るくて綺麗な部屋だな。床も真っ白だしこれは掃除のし甲斐があるな! 」


「確かに白だと汚れが目立って掃除が大変だが、原状回復のギフトがあるからな。そこまで気合を入れなくていいさ」


 ミレイアがお城みたいな部屋がいいと言っていたから部屋の床は全て真っ白にしたが、原状回復がなかったら掃除が大変だったな。しかし壁も床も白すぎて目がチカチカするな。


 ミレイアが喜んでいるからいいけどさ。


「さあ、次はバルコニーを見てみよう」


 リビングを見渡しているシュンランたちにそう声をかけ、奥のバルコニーに繋がる強化ガラス製の掃き出し窓へと向かい白いレースのカーテンを開けた。


 すると目の前にダークエルフ街区とその奥の森。そして冬の青空が俺の視界を埋め尽くした。


 俺は掃き出し窓を開けて、置いてあったサンダルを履きバルコニーへと足を踏み入れた。


 バルコニーは横に長い長方形でかなり広い。恐らく20帖程はあると思う。右側にはシュンランたちの部屋となる予定の部屋の掃き出し窓が3つある。そう、このバルコニーへは、3つの部屋からも出ることができるんだ。


「うわぁ、こんなに広いベランダは南街でも見たことがありません」


「これはかなり広いな。剣の練習もできそうだ」


「あっ! 長老の家が見えるぞ! 」


 シュンランたちもバルコニーへと出てきてその広さに驚いているようだ。クロースはバルコニー奥の手すりまで行き、ダークエルフ街区の中心部にある長老の家を指差して喜んでいる。


 そんなクロースの隣まで行き周囲を見渡すと、左側に神殿のある岩山が見え、下を見下ろすと別館の屋根が見えた。ここは最上階南西の角部屋だからな。南西向きは、日当たりが良くて人気の向きだ。ただ、冬は暖かくていいのだが、夏はその日当たりの良さと屋上からの熱によりエアコン無しでは生活ができないほど暑い。当然電気代もかなり高くなる。まあ魔石払いだからいいんだけど。


 しかしこのバルコニーは広いな。図面に書いている時はこの半分くらいの広さだと思っていたけど、まさかここまで広いとは思わなかった。これだけ広いならジャグジーバスを置けるんじゃないか? 星空の下で日本酒やワインを飲みながら恋人たちと入る露天風呂。いいな……後でシュンランとミレイアにちょっと相談してみるか。


 それから俺たちはリビングへと戻り、各部屋を見て回った。


 部屋は全部で4部屋あり、バルコニーに繋がっている3部屋はウォークインクロゼット付きの15帖の部屋だ。その向かいに厚めのドアが設置された20帖の部屋がある。これが俺の部屋になる予定だ。


 この部屋は窓もなくバルコニーにも出れないが、収納も多く奥には扉で仕切られた5帖の書斎がある。別に本とか読まないけど、書斎とか憧れていたので作った。本とか買ってそれっぽくしようと思う。


 この部屋だけ図面に防音室と書いておいたので、外に音は漏れないと思う。シュンランは普段はクールだけど、夜は声が大きいからな。これで彼女も気を遣わなくて済むだろう。


 俺やシュンランたちの部屋の中には、2000バージョンのヘヤツクで最高級のベッドやタンスや棚などが全て設置してある。俺の部屋だけキングサイズのベッドだが、ほかはセミダブルだ。


 俺の部屋は黒でシュンランの部屋はベージュを基調とした家具が並んでいるが、ミレイアは髪の毛と同じくピンク一色だ。神殿の部屋と同じくタンスやカーテンにベッドなど全部ピンクだった。クロースはクロースで家具は白だけど、赤いカーテンとベッドは赤いシーツに赤い掛け布団カバーだった。いつも興奮しているのはこの色のせいなんじゃないかと思う。


 そんな部屋をみんな満足そうに見て周り、その後は3LDKのVIP用の部屋へと移動した。


 VIP用の部屋は120平米ほどで、20帖のリビングと15帖の部屋が3つある。基本的に部屋の作りは俺たちの部屋と同じで浴室も広いが、トイレは一つだしバルコニーもそこまで広くはない。まあそれでも奥行きはあるので、2人用のテーブルと椅子を置いてお茶くらいはできるとは思う。


 一通り最上階の部屋を見渡した俺たちは、今度は非常階段から4階の1Kの部屋を見て回った。こっちは床はブラウンで木目調のフローリングだ。広さも神殿や別館と同じく12帖となっている。形は正方形に近く、1階を含めて全ての部屋にバルコニーが付いている。


 部屋は正門のある東向きと、別館のある西向きがあってどちらも日当たりは良い。何より見た目が倉庫の別館よりも高級感がある。きっと喜んでくれるはずだ。


 1Kの部屋をいくつか見た後は、1階に降りて自動販売機コーナーに戻りシュンランが買ったビールと、ワンカップを大量に買ってマンションの外に出た。その際にダメ元でシュンランにビールを持ってエントランスから出てもらったが、やはり俺以外には外には持ち出せなかった。緊急避難セットと違って入居者が魔石で購入したとしてもやはり設備扱いのようだ。アルミやスチール缶くらいこの世界の外に出しても問題ないと思うんだけどな。女神的には俺のいた世界の素材が大量に流出するのはまずいのかもしれない。自然に還らない素材だからか? まあ確かにハンターたちなら森に空き缶を捨てそうだ。


 そんなことをエントランスの前でシュンランたちと話したあと、マンションの周囲を時計回りにぐるりと一周することにした。するとマンションの左側。神殿に向いている側の場所に100台くらい置ける二段式の自転車置き場を見つけた。それだけならマンションにあって当たり前の設備だが、そこにはなんと自転車が20台ほど置かれていた。見た所ママチャリが10台にサイクリング用が5台。マウンテンバイクが5台あるようだ。


 そしてその自転車の置かれている場所には、『レンタサイクル置き場』と書かれていた。


「ダメもとで書いたのにこれも設置してくれていたのか。サービスいいな女神」


「涼介、これが前に言っていた『じてんしゃ』というやつなのか? 思っていたのとだいぶ違うな」


「確かに二つの車輪で走ると聞いていましたが、もっと車輪が太いのかと思っていました。これで本当に走れるのでしょうか? 」


「リョウスケ、これはなんなのだ? 私はこんな物があるとは聞いてないぞ? 」


「ああ、募集図面を作っている時にクロースはいなかったからな。これは自転車といって移動に使う物なんだ。どれ、久しぶりに乗ってみるか」


 クロースに答えた後、俺は自転車置き場からマウンテンバイクを取り出しその場でまたがって神殿へ向かって走り出した。


 背後からシュンランたちの驚く声が聞こえてくる。


 いやぁ久し振りに乗るな。寒いけど気持ちいい。


 俺は久しぶりに乗った自転車が爽快でついついマンションの周りを一周し、外壁の上から驚いた表情でこちらを見るダークエルフへ手を振りながらシュンランたちの前に戻った。


「リョウスケ! なんだそれは! なんなのだそれは! 」


 俺が自転車から降りるとクロースが興奮した様子で聞いてくる。


「驚いた。なぜあんなに早く走れるんだ? 足を回していたようだが、車輪がなぜ動くのかさっぱりわからなかった」


「私も誰も引いていないのに、どうして前に進んでいるのかまったくわかりませんでした。それに前後にしか車輪がないのになぜ倒れないのですか? 」


「このペダルを踏むとチェーンを伝って車輪が回るんだよ。まあそういうもんだと思ってくれ。倒れないのはまあ、走り出すと安定するからだ。最初はバランス感覚を掴むまでうまく走れないが、慣れれば簡単だ。クロース、乗ってみるか? 」


「乗る! 乗ってみたいぞ! 」


 俺が興味津々で見つめているクロースににマウンテンバイクに乗ってみるかと言うと、彼女は目をキラキラさせてマウンテンバイクにまたがった。


「ここに足をかけるんだったな」


「そうだ。ハンドルを持つ手にはあまり力を入れにようにな。支えるような感じで。それでこれがブレーキだ。倒れそうになったらこれをこう。そうだ。そうすれば止まるから。いきなり強く踏み込むなよ? 最初はゆっくりだぞ? 」


「わかった! それじゃあ行くぞ! お? 進んだっ! て、わああぁぁ! 」


「危ない! いきなり踏み込みすぎだ! ブレーキだ! ブレーキ! 」


「と、止まらな……アイタッ! 」 


 いきなり全力でペダルを踏み込み突っ走っていたクロースへブレーキを掛けるように叫んだが、彼女はフラフラと走りながら横転して自転車の下敷きになった。


「大丈夫かクロース。だからいきなり強く踏み込むなと言っただろ……」


 俺は呆れながらクロースの上に乗っかってるマウンテンバイクをどかし、彼女を抱き起こした。


「うう……加減がわからなかったのだ。ひどい目にあったぞ。でも少し進めたぞ? 」


「まあそれはそうだけど。乗りこなすには時間が掛かるから練習しないとな」


「悔しいから乗りこなして見せる。そして里の皆を驚かせてやるのだ」


「ははは、まあ時間はある。ゆっくりな。シュンランとミレイアも乗ってみるか? 」


「フフフ、そうだな。涼介が気持ちよさそうだったしな。クロースのように転ばないように気をつけよう」


「私は少し怖いので今度でいいです……」


 シュンランは興味があるようだが、ミレイアは及び腰だ。


 まあ目の前で派手に転んだのを見ればそうなるよな。


 それからシュンランをマウンテンバイクに乗せ、今度はマウンテンバイクを俺が支えながら乗り方を教えた。さすが運動神経抜群のシュンランというべきか、30分ほどで支えなしで乗ることができるようになった。


「ハハハ、これはいいな。楽に移動できる」


「リョウスケ! 私も支えてくれ! あれ? 動かないぞ? 」


 シュンランが少しふらつきながらも乗りこなしている様子を見て、クロースがもう一台のマウンテンバイクを自転車置き場から持って来ようとしたが動かすことができなかった。


 ああ、屋外でもここも一応マンションの敷地内だからか。しかしレンタサイクルなのに俺しか出せないとか面倒過ぎるだろ。まあ最初から外に並べておけばいいだけなんだが。


 その後クロースも支えてやり、彼女もなんとか乗れるようになった。


 やっぱり運動神経がいいと覚えるのも早いなと考えていると、クロースはそのまま内門からダークエルフ街区まで走って行った。どんだけ見せつけたかったんだよアイツ。


 しかし森の舗装した道を移動するのに自転車があれば楽だと思って募集図面に書いてはみたが、ぶっちゃけ身体能力が上がった今なら走ったほうが何倍も速いんだよな。本当に貸し出して街に行かれても困るし。敷地内での走行限定の遊戯道具にするか? それか守衛隊の街道の巡回時の乗り物にしてみるか。カルラ辺りは嬉々として乗りそうだな。でもスーリオンがママチャリに乗って街道を警備する姿を見たら笑ってしまいそうだ。せめてマウンテンバイクにしてやるか。


 そんなことを考えているとさんざん同胞を驚かせたのだろう。満足げな表情のクロースが戻ってきたので、シュンランに声を掛け俺たちは神殿マンションの部屋へと帰った。


 そして前日にまとめていた荷物を荷車へと乗せた。荷物といっても家具や家電はすでに揃っているので、新居に持って行くのは武具と靴と着替えに愛用していた食器。それと小物くらいだ。


 それでも俺の一番荷物が多い。小物や着替えの服なんかは少ないが、夜用の衣装がたくさんあったからだ。衣料品店の兎人族のマーサさんが良い仕事をしてくれてさ。貴族用の下着を揃えてくれたり、特殊なメイド服やナースの衣装を作ってくれたりで、彼女は何でも用意してくれるんだ。今は王国の女騎士の制服と、シスターの服を作ってもらっている。マーサさんはオーナーも好きねぇと笑っていたけど気にしない。シュンランに女騎士の衣装と、ミレイアにシスターの衣装を是非着せてみたい。


 そんな感じで荷車に山盛りになった荷物をガタゴトとマンションへ運んだ。


 その時にふと思いついたんだが、荷車の車輪を自転車のタイヤにしたらどうだろうか? 


 マウンテンバイクのタイヤはノーパンクタイヤだったし、車輪だけ付け替えて売ればいいんじゃなかろうか? いや、それだと南街で目立つか。なら狩りに行くハンターたちに貸し出すのはどうだろう? 木製の車輪の荷車は森の中では壊れやすいからな。ゴムタイヤにするだけでも耐久力や移動性が向上するはずだ。そうすればお客様満足度も上がるんじゃないか? 


 いいな。非売品として手先が器用なダークエルフたちに作らせてみるか。車輪以外は荷車なんて簡単な造りだしできるだろう。大きさはリヤカーくらいでいいかもしれない。ここから森に行く程度なら、日帰りか一泊くらいの魔物の素材を積むくらいだし、荷車より小さくても問題ないだろう。


 これはマウンテンバイクを量産しないといけないな。募集図面にレンタサイクルは全てマウンテンバイクと書くか。リヤカーができたらハンターたちも喜んでくれそうだ。


 明日あたりに長老のところに頼みに行ってみるか。


 そんなことを考えながらマンションの前まで荷車をひいて来た俺は、クロースのゴーレムに手伝ってもらってみんなでエレベータに荷物を乗せ替え新居へと運ぶのだった。

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