第13話 念願のマンション 前編




 従業員以外誰もいなくなったフジワラの街はいつもと違い閑散としていた。


 正門は閉め切り、外壁の上の守衛は数人のみだ。


 サーシャとリーゼロットに管理人のダリアとエレナ。そしてカルラたち棘の守衛隊と竜王は、全員王国と魔国に帰省している。王女は年末年始は色々忙しいみたいだし、魔国では象徴的な存在である竜王もその健在ぶりをデーモン族や吸血鬼族など反抗的な者たちに見せないといけないらしい。


 カルラたちは半分は残ると言っていたが、スーリオンたちダークエルフの守衛隊いるからほとんど無理やり故郷に帰した。それぞれ旧友や家族たちと年末年始を過ごすだろう。


 そうしてダークエルフしかいなくなったフジワラの街の敷地の中央付近に、俺とシュンランとミレイア。そしてクロースが立っている。正門を背にして別館に向かい合う形だ。


 そんな俺たちの姿をスーリオンたち守衛隊が数人ほど外壁の上からこちらを遠巻きに見ている。


 シュンランたちと一言二言交わした俺は、皆に目を瞑るように言って募集図面の決定ボタンを押した。


 すると目の前で敷地を包み込むほどの強烈な光りが発せられた。それは部屋や倉庫を作った時の比ではないほどの光だ。俺は堪らずシュンランたちの肩を抱き、背後の正門へと身体を向け目を守った。


 そして周囲を照らす光が収まったのを見計らい、ゆっくりと目を開けながら別館のある方向へと身体を向き直すと、そこには外壁と同じくらいの高さのマンションがそびえ立っていた。


 高さこそ15メートルほどだが、幅は団地が二つ合体したほどの大きさはありそうだ。見た目は全体が白いタイル張りで、バルコニーの目隠し部分がスモークの張った強化ガラスで覆われているなかなかオシャレなマンションだ。


「これが本物のマンション……」


「すごいです……」


「…………」


 俺が日本では見慣れたマンションに懐かしさを感じていると、シュンランとミレイアの驚く声が隣から聞こえてきた。クロースはというと、大きく口を開けて呆然としている。


「自分で言うのもなんだけど本当に建っちゃったな」


「外観写真というものでは見てはいたが、これほどとは……」


「真っ白でこんなに大きくて……まるでお城みたいです」


「こ、これがマンションというやつなのか? な、中はどうなっているのだ? 」


「そうだな。中に入ってみようか」


 俺はそう言って興奮気味の3人を連れて正面玄関まで向かった。


 正面玄関はバルコニーと同じくスモークのかかった強化ガラスで覆われており、その中央に木製の大きな扉が設置されていた。クロースは強化ガラスが珍しいのか、叩いたり向こう側が見えないか扉の横で頬をべったりくっつけていた。


 そんなクロースの頭をポンポンと叩き、俺は取っ手も何もない木製の扉の前に立った。すると扉が自動で左右へと開いた。


「なっ!? 」


「「えっ!? 」」


「ははは、神殿の入口と同じで自動で開くんだよ」


 驚くシュンランたちにそう言って俺は中へと歩みを進めた。


 中に入るとそこは広いエントランスで、白い大理石風の床に人が通る部分にグレーのカーペットが敷かれていた。至る所に観葉植物が置かれており、暖房も効いていてなかなかにいい感じだ。


 入口のすぐ右側にはフロントがあり、その背後にはドアがあった。募集図面に書いた通りなら、あそこは管理室になっているはずだ。


 入口から正面奥にはエレベーターが2基と、少し間を置いてもう1基エレベータがある。入居者用が2基と、もう1基はオーナー及び2部屋あるVIPルーム利用者用だと思う。


 左側を見るとそこには左奥へと続く廊下と、それを挟むかのように1Kの部屋が5部屋づつある。このマンションは1階に10部屋。2階から4階に各20部屋の1Kがある。そして最上階の5階には3LDKの俺と恋人たちの部屋と、同じく3LDKのVIP用の部屋が2つある。


 賃貸用の部屋は全部で1Kが70部屋。3LDKが2部屋となる。


 管理室の中を確認してマスターキーを回収しつつ、そんなことを皆に説明しながらエントランスの中央まで来ると、1Kの部屋がある左側とは反対の右側の通路を見て俺は立ち止まった。


 右側の通路にはトイレと倉庫と談話室。そして自販機ルームと書かれている表示板があったからだ。


「ん? どうした涼介? 」


「じ、自販機があるんだ」


 俺は不思議そうに見るシュンランたちを置いて自販機ルームへと早足で向かった。


 そして自販機ルームと書かれている表示板の部屋の前に立ち自動ドアが開くと、そこにはいくつもの自動販売機とそれらに囲まれた複数の椅子とテーブルがあった。室内は暖房が効いていて暖かく、ちょっとした休憩室としても使えそうな造りだった。


 全部で10台ほどある自動販売機は、様々なジュースと酒。そしてアイスクリームが売られていた。


 マジか……本当に自販機が設置されたのかよ。もうなんでもアリだな。


 だがこれで炭酸が飲める! ビールだって飲み放題だ!


 俺は募集図面にダメ元で書いた物が実装されたことに一瞬驚いたが、内心で喜びが満ち溢れていくのを感じていた。


 自販機はジュース用が5台と酒用が3台。そしてアイスクリーム用が2台設置されているようだ。


「な、なんだここは? 」


「なんだか不思議な魔道具? みたいなのがあります」


「リョウスケ、これはいったい何なんだ? 」


「自動販売機だ。俺のいた世界のジュースや酒。それにアイスクリームなんかがここで買えるんだ」


 俺の後を付いてきたんだろう。後ろで驚いているシュンランたちに俺はそう答えた。


「りょ、涼介のいた世界の酒が売っているのか!? 」


「『じゅーす』と『あいすくりーむ』って涼介さんが前に言っていたあの? 」


「ああ、そうだ。酒もジュースもアイスクリームも全部あの自動販売機で買えるよ」


 俺がそう答えると二人は興奮したような表情で各自販機の前まで駆けていった。


 すると一人残ったクロースが不思議そうな表情を俺に向けた。


「なあリョウスケ? 酒はわかるが『じゅーす』と『あいすくりーむ』だったか? なんなのだそれは? 」


「俺の世界にある甘い飲み物と、かき氷のような冷たくて甘い食べ物のことだよ。すごく美味しいんだ。たまにハズレもあるけどな」


 俺はは正面の自動販売機に展示されているドクター○ッパーや、ソルトカフェオレの容器を見ながらそう答えた。


「かき氷のように甘い物があるのか!? どれだどれだ!? 」


「ははは、買ってやるから落ち着け」


 俺はそう言って腕を引っ張るクロースをなだめた。


 シュンランとクロースは、目当ての自販機の前で展示されている様々な酒やジュースを食い入るように見つめている。


 俺はクロースを連れてシュンランとミレイアの元へと向かった。


 彼女たちが食い入るように見ている自販機に視線を移すと、どうやら自販機自体に書かれている文字はこの世界の文字で書かれているが、展示されているジュースや酒は日本語と英語のままのようだ。さすがの女神も缶に書かれている文字を変換するのはめんどくさくなったんだろう。


 それよりも展示された酒やジュースの下に書かれている値段だ。


 酒には『F魔石×2』と書かれており、ジュースとアイスには『F魔石×1』と書かれている。Fランク魔石は銅貨5枚。日本円で言うと500円くらいで換金されることから、つまりはジュース一本500円。酒は千円となる。


 ジュースに関してはペットボトルやロング缶が多いとはいえ、正直言って高い。が、異世界で飲めるなら富士山の頂上価格より高くても納得できる値段ではある。


 自販機の投入口を見ると赤ん坊の拳くらいの大きさの穴が空いている。ここに魔石を入れろということか。だが釣り銭口はない。つまりお釣りは出ないということだろう。


 俺はクロースを連れてアイスクリームの自販機の前に立ち、腰に巻いていたポーチから光熱費用のFランク魔石を取り出して投入した。そしてチョコチップアイスの写真が表示されているボタンを押した。


「な、なにか出てきたぞ! あっ、冷たいぞ! 」


「それがアイスクリームだよ。ほら貸して。こうやって袋から開けて食べるんだ」


 俺は取り出し口から出てきたアイスクリームの長細い箱を手に取り、不思議そうに眺めているクロースから取り上げると、箱を開けてビニールの包装紙を破り棒状のアイスを彼女に差し出した。


 すると彼女は不思議そうな顔をしながら受け取り小首をかしげた。


 俺はそんな彼女の仕草が可愛く思えてしまい、フッと表情が緩んだ。


「これが『あいすくりーむ』なのか? 」


「ああそうだ。いきなりかぶりつくとかき氷のように頭が痛くなるから、周りを舐めながら少しずつ食べるんだぞ? 」


「舐めればいいんだな! わかった! 」


 クロースはそういうと舌を出し、アイスをペロリと舐めた。


「甘いぞ! それに冷たい! 」


「ははっ、そうか。ゆっくり食べるんだぞ? 」


 俺はまるで無邪気な子供のように喜ぶクロースの頭を撫でながら、笑顔でそう告げた。


「ああ、ゆっくりだな」


 クロースはそう答えると熱っぽい目を俺に向けながらアイスの先端をチロチロと舐め、その後はアイスの下から上へと舌を這わせた。そしてアイスの先端に舌がたどり着くと、パクリと口に含み上下運動を始めた。


 やると思ったよ。


 俺は予想通りの行動を取ったクロースに深いため息を吐き、テーブルの椅子に座っていろと尻を叩いた。その際に『興奮したか? 』と口にしたクロースに『ハイハイ』と答えながらシュンランとミレイアの元へと向かった。


 これさえなければなぁ……まったく。


 シュンランのもとに行くと、彼女はどうも悩んでいるようだった。


「あっ、涼介。ちょうどいい時に来た。読めない文字があるのだが……これはキリンだと思うが、隣の銀色のこれはなんと書いてあるんだ? スーパーしか読めないのだが」


「それはAKAHIスーパーDRYだな。割と辛口……といってもわからないか。まあ色々飲み比べてみるといいさ」


 俺はそう言って彼女にEランクの魔石を多めに渡した。Eランクの魔石は日本円にすると5千円だが、彼女なら全種類の酒を買うと思ったからだ。


 お? ワンカップもチューハイもあるな。これは毎日が楽しくなりそうだ。


 俺が風呂に浸かりながら日本酒を飲むことを考えていると、今度はミレイアから声が掛かった。


「涼介さん涼介さん! 炭酸飲料があります! これが以前涼介さんが言っていたお口の中がシュワーってする飲み物ですよね!? 」


「ああそうだ。でもキツいのと軽いのがあるから初心者にはそうだな……このオレンジーアなんかがいいんじゃないか? 」


 俺は炭酸があまりキツくないオレンジ味の炭酸ジュースを勧めてミレイアへと魔石を渡した。


「この黄色いやつですね? 買ってみます」


 俺から魔石を受け取ったミレイアは、投入口に魔石を入れて早速ジュースを購入した。


 それからミレイアが気になるジュースや俺のおすすめのジュースを買ってテーブルへと移動すると、すでにそこには数十本のビールを並べて飲み始めているシュンランとクロースがいた。


「涼介。このビールというものは不思議な味だな。酒精はそれほどでもないが、美味くて飲みやすい」


「リョウスケ! これは売れるぞ! 『あいすくりーむ』も『びーる』もハンターの皆が大喜びするのは間違い無いぞ! 満足度だったか? それが上がるんじゃないか? 」


「ん……美味しいです。ちょっとビックリしましたがお口の中がシュワシュワってして、クロースさんの言う通りお客さんに人気が出ると思います。バージョンアップもすぐにできるようになるのではないでしょうか? 」


「そうだな。しかし恐らくこれは、俺以外に外に持ち出せないだろうからなぁ」


 マンション内の備品は俺以外には外に持ち出せない。そうなるとこのマンションに別館や神殿の地下に住んでいる入居者が押し寄せてくるだろう。それも入口。いや、マンションの外にまで列ができるほどに……そうなるとこのマンションに住んでいる者たちからクレームが来るだろうし、かといって住んでいる者だけしか買えないとなると不公平だとクレームが来る。


 そうシュンランたちに説明をすると、彼女たちも確かにと頷いてくれた。


「確かに涼介の言う通りだな。しかもこれほど美味い飲み物だ。買えないとなると暴動が起こりそうだ」


「うーん……あっ! でしたらギルドの酒場で販売してはいかがでしょう? 涼介さんが買って外に出せば持っていくことも可能ですし」


「『あいすくりーむ』も冷凍庫に入れておけばいいしな。リョウスケは大変だが私はミレイアの案に賛成だぞ」


「あ〜、それしか無いか。まあ賞味期限も長いしな。この休みの間に買い溜めしておくか」


 面倒だが仕方ない。ここには鍵をかけて俺以外は入れないようにして、夜な夜なジュースや酒を買うしかないか。そしてギルドの酒場の裏に倉庫を増設してそこに貯め込んでおくか。


 うち用とギルド用に買い込んで……いや、うち用なら最上階に自販機を設置すればいいんじゃないか?


「最上階にも自販機をいくつか設置しておこうか? そうすれば俺たちはいつでも買うことができる。俺もその方が楽だし」


「それはいいな! 是非そうして欲しい」


 俺の提案にシュンランがそれはもう嬉しそうに賛同した。


「私も設置して欲しいです。サーシャさんたちも喜ぶと思いますし」


 あ〜そうか。最上階にはVIP用の部屋があるからな。一部屋はサーシャが既に借りることは確定している。彼女が王国に戻る際に、一番良い部屋にしなさいよねって念を押されていた。設置したらサーシャがアイスを買いまくるだろうな。真冬にまた腹を壊さなきゃいいけど。


「なら募集図面に書き足すか。っと、その前に俺たちの部屋を見に行こう」


 ついつい自販機に興奮して寄り道をしてしまった。


 俺はとりあえず買った酒やジュースはその場に置いたままにして、シュンランたちを連れてエントランスまで戻ってきた。そして最上階直通用のエレベーターの前に立ち、上に行くボタンを押した。


 するとエレベーターの扉が開き、驚くシュンランたちの背を押してその中へと入った。


 エレベーターは大型ということもありかなり広い。装備も何もつけていない状態なら10人は入れるだろう。まあ装備をつけていると6人くらいしか入れないから、夕方はかなり待つことになると思う。これはもっとエレベーターの数を増やした方がいいかもな。


 そんなことを考えながらエレベータに表示されている5階のボタンを押そうとしたのだが反応が無い。おかしいなと思いボタンの下の方を見るとそこにはこの世界の文字で『エレベーター操作板』と書かれており、そこを開けると鍵を差す穴があった。鍵穴の上にはONとOFFと書かれていて、OFFのところに鍵穴が向いていた。


 ああ、なるほど。このエレベーターは最上階直通用だから、勝手に他の階の入居者が行けないように鍵が必要ということか。通常はそれ用の鍵が必要なんだが……鍵穴の大きさや形からいって部屋の鍵でできそうだな。


 そう思い持っていたマスターキーを差し込むと、やはり部屋の鍵で操作できるようでOFFからONへと鍵を回した。そして改めて5階と書かれているのボタンを押すと、ボタンが光りエレベーターが作動した。


「キャッ! 」


「う、動いてるぞ! 」


「上へと向かっているんだ。大丈夫だから。ほら、上を見てみ? 今は2階から3階に移動しているところだ」


 突然動き出したエレベーターに驚き、俺の腕にしがみつくミレイアとクロースに笑いながらドアの上の表示盤を見るように伝えると、二人は恐る恐る表示板を見上げていた。


 そうこうしている内にあっという間に5階へと到着し、エレベーターのドアが開いた。


 エレベーターから出るとそこにはグレーの絨毯が敷き詰められた通路があった。左側の通路に視線を向けると5メートルほど行った場所に向かい合うように門扉付きの部屋が2つあり、右側の通路に視線を向けると突き当たりに同じく門扉がある部屋が1つあった。


 俺たちの部屋は今住んでいる部屋と間取りは同じだが、かなり広いのを作っている。それに対してVIP用の2つの部屋は少し小さめだ。といっても今俺たちが住んでいる部屋と同じ広さなんだが。


 配置的に突き当たりの部屋が俺たちの部屋だと思った俺は、シュンランたちを連れて新居となる部屋へと向かうのだった。

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