第4話 発覚

 

 ——大陸南部 アルメラ王国 王宮 謁見の間 サーシャ・アルメラ——




『次。軍務卿、ミドガー伯爵。西部国境での帝国との領土紛争の状況を説明せよ』


『ハッ! 国境地帯では依然こう着状態が続いており……』



「相変わらず帝国は暇ね。うちにちょっかい掛ける戦力があるなら森に行けばいのに」


「ちょっとサーシャ。聞こえるわよ。静かにしなさい」


 私の呟きに隣にいるマルグリット姉様が横目で叱った。


「は〜いお姉様」


 なによ、カリカリしちゃって。さっきまであくびしてたの知ってるんだから。


 帝国の話になった途端真剣な表情になっちゃってさ。まあ気持ちはわかるけど。



 私は今、謁見の間で貴族たちの王への定例報告を聞かされている。


 謁見の間は一番奥に王と王妃の玉座があって、そこにお父様とお母様が座っている。そしてその斜め左側に第一王位継承者である弟のエリック。その隣に第二王女のマルグリット姉様と私。その後ろに子爵以上の貴族たちが並んでいるわ。


 向かいにはエルフの族長であり宰相でもあるアムロド侯爵。次にエルフの筆頭宮廷魔導師とリーゼが続いて、その隣に人族の宮廷魔導師と武官、文官と並んでいる。


 もう二時間くらいずっと貴族たちの報告やおべんちゃらを聞いているわ。毎月この時間が苦痛なのよね。それにしてもエリックは偉いわね。まだ12歳なのに真剣な顔をして聞いてる。さすがは次期王ね。性格も優しいし頭もいい。勇者様のようになるとか言って剣術も頑張ってるから、将来は立派な王になること間違いなしね。アルメラ王国も安泰だわ。


 あ〜あ、本当ならとっくに滅びの森にいる頃だったのにな。謹慎になっちゃって森に行けなかったわ。予定では10月から1ヶ月ほど森に入った後に、年末までリョウスケのところでゆっくりするつもりだったのに。あの部屋の不思議な魔道具と美味しいパンが懐かしいわ。


 特にトイレと有線放送は凄かった。王宮に戻って便座と洗浄トイレを魔導技師たちに作らせたけど、便座はともかく洗浄機能は苦労したわ。結局用を足す便座と、洗浄用の便座とで二つ用意することになった。それでも水の勢いというか位置というか、そういうのが調整できなくて色々と不満はある。用を足した後に隣の便座に移動しないといけないのもなんだか嫌だわ。それに水で流せないし、今まで気にしていなかった臭いも気になるようになった。


 それでも以前よりは快適になったし、リーゼもお父様もお母様もお姉様たちだってみんな喜んでくれたわ。かき氷でお腹を壊させてしまって受けた謹慎も解いてくれた。


 あの時は大変だった。側近の者たちに王女が毒を盛ったのではとか騒がれて、危なく反逆者になるところだったわ。リーゼが医者と一緒に説明してくれなかったら危なかった。美味しい美味しいって食べすぎたお父様たちが悪いのに酷い話よね。それなのに国王と王妃に第二王女であるお姉様。さらには次期王である弟まで巻き込んでしまったことから謹慎させられた。理不尽だわ。


 その謹慎もやっと解けたんだけど、もう遠征の準備はできないから森に行くのは来年ね。年末年始は王宮にいないといけないし。マジでツイてないわ。


 ぷっ! 『マジ』とかまた考えちゃた。前にうっかり口にしたらお父様もお母様も目を丸くしてたっけ。宰相なんて睨んでいたし。それもこれもリョウスケが悪いのよ。彼の口癖が移っちゃったんだから。


 ふふっ、本当に面白い男だったわ。飛竜を一撃で倒すほど強いうえに、誰も思いつかないことを思いつくし。ほんと一緒にいて飽きない男だったわ。それに顔もそこそこ良いし、滅多に怒らないしすごく優しかった。よくリーゼのパンツや私の胸や太ももを見ていたけど、まあ男だからその辺は仕方ないわ。私が気づくと目を逸らすんだけど、その顔がまた可愛いのよね。リーゼなんかその顔が見たくてわざと下着を見せてたフシもあるし。


 でもリョウスケってやっぱり勇者様なのかしら? 王国に戻ってきてから調べ回ったけど、リョウスケの見た目も持っている武器も調べれば調べるほど勇者様が持っていた神器の特徴に似ている。なによりあの不思議な知識。でもイマイチ確信が持てないのは、その勇者様が宿屋をやっているということ。それどころか宿屋を繁盛させることに心血を注いでいる。


 やっぱり違うのかしら? でも獣王は確信している様子だったし……


『……でありまして、仲裁に入っていただいた教会の枢機卿曰く、領土のことを一時棚上げとする条件として、今後の友好の証としてマルグリット様を嫁がせれば帝国も大人しくなるとのことでして……』


「げっ! 」


 私がリョウスケのことを考えていると、軍務卿が姉様を帝国に嫁に出す提案をした。それを聞いた姉様は隣で思いっきり嫌そうな顔をしていた。


 やっぱり姉様目当てだったのね。国境の領土問題なんて何百年も前からあるのに、突然軍を動かしたのは姉様を嫁に欲しかったからだったんだわ。帝国の第一皇子がやりそうなことだわ。


 教会も教会ね。相変わらず魔国に対抗させるために、王国と帝国をくっ付けようとする仲裁ばかりして。ほんと使えないし懲りないわね。


「ご愁傷様ですお姉様」


「ぶっ飛ばすわよサーシャ」


「睨まないでよ。同情はしているわ」


 私は本当に殴りかかってきそうな雰囲気を醸し出している姉様に肩をすくめてそう答えた。


 好きな人がいるのにあんな傲慢で乱暴な男に見染められればね。姉様は中身はともかく外面は良いものね。でもあの皇子に見染められたことは同情はするわ。一度会ったことがあるけど、もしも私が姉様の立場なら家族も王女の地位も捨てて森に逃げ込んで死んだことにしてもらうもの。そしてリョウスケのところででハンターになって第二の人生を歩むわ。それくらい帝国の次期皇帝である第一皇子は嫌な男なの。


『マルグリットをか……うーむ』


 あら? お父様は悩んでるみたいね。第一皇子の噂は知っているはずなのに、これはもしかするともしかするかも。でもそれはさすがに色々とマズイわね……


 お父様は優しくて民のための政治を行うことから賢王と呼ばれてはいるけど、争い事を好まない性格なの。でもそういうところが帝国に見透かされてしまい、両国間に揉め事が起こるといつも譲歩させられてしまう。そのため軍関係の貴族たちの不満は大きい。


 だって戦争をちらつかせれば譲歩するんですもの。帝国は当然強硬手段に出てくる。最近は特にそれが顕著だ。そりゃあ戦争を起こす王より争い事を好まない王の方がいいけど、いざとなったら帝国に攻め込むことも辞さないという態度を見せないと国を守ることはできないわ。竜王様だって本格的な戦争にならないと仲裁に入ってくれないんだし。その間に多くの死者が出る。国民を守るためには強気な態度も必要だと思うのよね。でもまあお父様には無理よね。


『あなた? 帝国の第一皇子の素行の悪さはご存知のはずです。あのような男に可愛い娘を嫁がせることは反対です。それに皇子には正妃が既に婚約者として存在しています。さらに既に多くの側室もいます。数年もすればマルグリットへ辛く当たるやもしれません。なにより帝国は我が王国を下に見ているような国です。むしろ裏切り者とさえ思っています。嫁いだとしても、正妃やその周囲にいる者との関係もうまくはいかないでしょう』


「お母様……」


 王妃であるお母様の進言に、姉様は目を潤ませている。


 まあお母様の言う通りよね。人魔戦争時に王国は勇者様に獣人を奴隷から解放することを受け入れたけど、帝国は拒否をして皇帝とその後継者を殺された。その後、王国は王女を勇者様に差し出し、勇者様と魔王との戦いに全面的に協力した。魔王を倒した後は滅びの森に攻め入り、帝国より多くの領地を回復することができた。そのことを帝国は未だに子供へ教育し、王国への敵対心を密かに育てている。


 帝国からしてみれば王国は同盟を裏切り、勇者に付いて一緒になって帝国を攻めて皇帝を討ったように見えるものね。結果的に勇者様のおかげで人魔戦争は終結し、帝国もそのおこぼれで滅びの森に呑み込まれた領土を回復できたのにね。まあ肝心な部分を隠して民を扇動するのは為政者の常套手段よね。何百年も前の歴史なんて弄りたい放題だろうし。


 王国の人間と頻繁に接するハンターたちはそんなこと気にしていないけど、帝国本土の民は違う。これら帝国のプロパガンダは、全て竜王様が没した時に王国を滅ぼすための下準備だもの。といってももう何百年も前からしてるみたいだけど、竜王様は竜人族の寿命を遥かに超えてもご存命だわ。竜王様って不老不死とかなのかしら?


 まあそういう反王国感情もあって、過去に両国の婚姻は一部の貴族以外は行われなかった。でも今回は帝国の第一皇子が強く望んでいることから、皇帝から話が来ていた。それを検討するって伸ばし伸ばしにした結果。皇子が暴発したってところかしらね。


『ヴァレリーの言うことは最もだ。私もマルグリットを嫁がせたくはない。しかしこのままでは戦争になりかねん。そうなれば多くの者が犠牲になろう』


 お父様はやっぱり及び腰みたいね。


 姉様を見ると顔が青ざめている。


 なんとかしてあげたいけど、私には何もできない。


 そう思っているとお母様がお父様へと正対し、真剣な表情で口を開いた。


『あなた。私に神器をお貸しくださいませ』


『じ、神器をか!? いったい何をするつもりなのだ』


 神器を!? 


 私はお父様同様、お母様の言葉に驚愕した。


 王国には勇者様が残していった『玄武鎧』という神器がある。それは宝物庫の奥深くに厳重に保管されており、王と王妃以外は中に入ることができない。もちろん私は見たことがない。


 なんでもあらゆる物理攻撃を無効化し、ギフトによる攻撃まで反射し打ち返す無敵の鎧だとか。勇者様はその鎧を纏い、青龍戟を振るい一騎当万の力を発揮したらしい。


 勇者様が故郷のミンに帰った後も一部の能力が残り、この数百年の間に何度も起こった獣王国や帝国との戦争から王国を守ったと聞いているわ。


 お母様がその神器を貸すように言ったのだもの。驚かないわけがない。


『王家の血を引く私が神器を纏い国境に赴きましょう。そうすれば竜王様もお気づきになりましょうし、帝国も退かざるを得なくなりましょう』


『ヴァレリーがか!? 』


『はい。あなたが行くのが最善ですが、万一のことがあってはなりません。私が帝国を蹴散ら……んんっ、退かせましょう』


 お母様……戦いたいのね。


 さすがは二代目戦妃と呼ばれていた元公爵令嬢ね。漢だわ。確かにお父様のギフトは私同様に直接的な戦闘には向いてないものね。万が一があっては困るわ。


 でもこれはチャンスね。私もずっと見てみたかった神器を見たい。ここは私も参戦を進言すべきね。みなぎってきたわ!


『ヴァレリー……わかった。そこまで言うのであれば私も腹を決めよう。確かに最近の帝国の行いは度が過ぎている。これ以上の譲歩は王国の為にはならなかろう。だがヴァレリー、私をみくびるでない。最愛の妻を戦場に立たせるくらいならば私が立つ。争いは好まぬが、戦わねばならぬ時は王国を守るためにいつでもこの命を懸ける覚悟はできている』


 あら? お父様の目が変わった。こんなお父様初めて見たかも。なんだ、やる時はやるのね。結構かっこいいじゃない。お母様が惚れたのも頷けるわ。


『あなた……ですがあなたには王都でどっしりと構えていただきたく。今回は私が神器を纏い行った方が……』


 そんなお父様に一瞬見惚れていたお母様が、それでもなんとか戦場に行けるように食い下がる。


 お母様……どんだけ戦いたいのよ。


『お前はまったく……神器を纏って戦いたいだけだろう』


『…………』


 あっ、お母様が目を逸らしたわ。宰相も頭を抱えている。


 でも困ったわね。これじゃあ私も参戦したいとか言い難くなったじゃない。


『軍務卿。帝国と魔国に噂を流すのだ。アルメラ王が神器を纏い国境に赴くとな。それと同時に王軍の軍備を整えさせよ。それで退かねば私が行こう。神器を纏ってな』


 なるほど。いきなり軍を率いて行くんじゃなくて、噂を流して王国の本気を見せつけるのね。確かに効果的ね。王自ら動き、神器まで出すと言えば帝国も流石に二の足を踏むに違いないわ。さすがお父様ね。


『おお〜さすがは我が王。前線の兵たちの士気も上がりましょう。至急仰せの通り噂を流し、軍備を整えさせましょう』


 軍務卿はそう言って胸に手を当て頭を下げ、小走りで謁見の間から出て行った。その顔は報告前とは違い自信に満ちていた。


 ふと横を見ると姉様がホッとした顔をしていた。


 よかったわね姉様。でも姉様が好きな人は伯爵家の次男。結ばれるにはまだまだ身分差やら越えないといけない壁は多いわ。それに皇子だって諦めていないだろうし。もし竜王様に何かあれば帝国は攻めてくる。その時に講和の条件として姉様が差し出される可能性だってある。そう考えたらミランダ姉様は幸運よね。第一王女としてとっくに公爵家に嫁いだし。


 でも私も人のことを心配してられないわね。お父様と同じギフトを持っているから帝国に嫁ぐことはないし、わがままを聞いてもらえている。けど王国の貴族との婚姻を拒否できるのはあと5〜6年が限界かしら? 嫁ぐならリョスケみたいに強くて、私がやりたいと思うことを好きにさせてくれる男のところがいいんだけど、うちの国の貴族の子息にそんな男はいないのよね。屋敷で飾り物のようにじっとしてるなんて耐えられないわ。


 私は軍務卿に続き、報告をしていく貴族たちを眺めながら将来のことを考え憂鬱になっていた。


 そして最後の貴族の報告が終わり、お父様が椅子から立ち上がろうとした時だった。


『王よ。私からご報告したきことがございます』


 宰相がそう言ってお父様を引き留めた。


『む? アムロドがか? 』


 あら? いつもお父様の近くにいる宰相がこの場で? ほかの貴族に聞かせたいことでもあるのかしら?


『はい。実は昨日の早朝。竜王様が滅びの森へと向かう姿を精霊が発見いたしました』


『なっ!? 竜王様が竜王城から出られたというのか!? しかも滅びの森にだと!? 』


《なんと! 》


《いったいなんの為に……》


「うそ……」


 私は宰相の報告にお父様やその場にいた貴族たち同様に驚きを隠せなかった。


 戦争の仲裁以外で魔国を出ることのない竜王様が滅びの森に? いったいなんの為に? 


 まさか!


『はい。竜王様はごく少数の伴を引き連れ、滅びの森の中へと向かわれました。そして南街より北に3日ほど行った場所にある、高い壁に囲まれた砦のような場所へと降り立ちました』


『南街の北に砦だと!? そんな物があるなど聞いてないぞ!? 』


「ぶっ! 」


 な……なにしてくれてんのよ竜王様! この3ヶ月の間、私たちがどれだけ苦労してマンションの存在を揉み消したと思ってるのよ!


《なんと! 飛竜の狩場に小さな宿屋があるとは聞いてはいたが……》


《サーシャ様は否定なさっていたのにそんな大きな物が……》


《私も専属のハンターより耳にしたが、あんなところで宿屋をやる馬鹿などいないと一笑に伏していた。森に出入りしているサーシャ様もデマだと笑っておったしな。それがまさか砦と見間違えんばかりの規模の物があるとは……》


 私は列に並ぶ貴族たちからの視線に気づかないフリをしつつ、リーゼを睨んだ。


 もうっ! なんで宰相が気づいた時に止めなかったのよ!


 するとリーゼは私も知らなかったと言わんばかりに首を横に振った。


 どうやらリーゼの預かり知らないところで動いていたみたいね。となると南街周辺を警戒していたエルフが宰相に直接報告した? 確かに竜王様が動いたなんて情報は緊急性があるもの。宰相に直接報告してもおかしくないわ。それで複数のエルフたちに精霊を放たせて調べたっぽいわね。南街に駐在しているエルフと王都にいる宰相とで、精霊を使っての直接のやり取りじゃリーゼが気付かないのも無理はないか。


『王よ。それがいつの間にか存在していたのです。中で何をしていたかまでは分かりませんが、竜王様が出向くほどの何かがあることは確かです』


『むむむ……まさか魔国が砦を建てたのか? あのような水場もなく飛竜の狩場となっている場所に砦を? いや、魔国はあの場所が我が国と帝国が領土を主張していることを知らないはずがない。そんな場所に魔国が砦を建てるなど考えられぬ。獣王国もだ。動向を常に監視している帝国が建てたとも思えん。砦を建てる資材や人員を動かせばすぐにわかったはずだ。だがそれならばいったい誰が建て、竜王様はなんの為にそこへ……』


『あなた? ハンターが多くいたということから、もしかしたらギルドが秘密裏に建築した可能性もあります。そのような報告は受けてはおりませんが、各国の干渉に嫌気がさしたギルドが建てた可能性も捨てきれません。あの場所に砦を建て街を作れば、かなりの数のハンターたちが滞在するはずです。竜王様が動かれたことから、魔国のギルドが独断で行ったのかも……竜王様はそれにいち早く気づき、砦を確認しに行ったのではないでしょうか? 』


『なるほど。それは考えられるな。しかしいずれにしろ我が国が主張している領土にギルドが建てた砦が存在することになる。そんな砦の存在を帝国も黙ってはいないだろう……まったく、なんという物を建ててくれたのだ』


 お父様はギルドが帝国との争いの元になる砦を建てたことに怒っている。確かにあのマンションの存在が知られれば帝国と王国の取り合いになる。


 そうなればリョウスケたちが戦争に巻き込まれる。だからずっと黙っていたのに……


《しかし陛下。これは滅びの森の領地を取り戻す最大のチャンスでは? 竜王様の動きに関しては、精霊を使えない帝国はまだ気づいていないでしょう。今のうちにその砦を我が国の物にすべきかと愚考いたします》


《私もフォートラン伯爵の意見に賛成です。黙っていても帝国はそのうち気づくでしょう。しかし気づかれてからでは遅いかと。それこそ砦を争う戦争となりましょう。ですが今なら我が王国が建てたと主張することも可能です》


《そうです陛下! 事は急を要します! すぐにでも砦を手に入れるべく動かれるべきかと! 》


《勝手に我が国の領土に砦を建てたギルドなど蹴散らしましょうぞ! 王国のギルドも文句は言えますまい! 》


 マズイわね……恐れていた通りの展開になってしまったわ。このままじゃリョウスケたちが危ない。


 リーゼを見ると私と同じように困った表情をしている。


『陛下。エルフとの約定をお忘れなきよう……』


 私がこの状況をどう打開すべきか考えていると、宰相がお父様を見つめそう口にした。


 あ〜これは決定的ね。


『忘れてはいない。わかった。まずはその砦へ使者を送る。そして砦を我が国へ引き渡すよう交渉させよう。断れば……できれば話し合いで納めたいが場所が場所だ。帝国に取られるわけにはいかない』


 エルフの森を奪還するという盟約。それを出されたら、いくら慎重なお父様でも決断しないわけにはいかない。


 エルフが王国に味方しているのは、その盟約を実現する為なのだから。


 エルフとの盟約と帝国がまだ知らないと思われる砦の存在。この二つの条件が重なれば、いくらお父様でもリョウスケのマンションを力づくで手に入れようとするでしょうね。


 その後、お父様は難しい顔をしながら謁見の間から出て行った。


 結局最後まで黙って聞いていることしかできなかった。


 せめてもの救いはギルドが建てたと思ってくれていることね。そのおかげで最初から軍を派遣するようなことはしなかった。まずは話し合いを選択してくれたのはよかったわ。でも使者を派遣している間に帝国に知られないよう密かに軍備は整えるはず。西の国境紛争に向かわせる予定の軍を派遣する可能性だってある。


 このままにはしておけない。なんとかしなきゃ。


 私はリーゼにだけわかるように、視線をお父様とお母様が出て行った王座の後ろの扉に向けたあとその扉へと向かった。そして扉を潜りすぐ横の小部屋へと入った。


 するとリーゼも後から入ってきて扉の鍵を閉め、私が座っているソファーの向かいに腰掛けた。


「参ったわね」


「まさか竜王が動くなんて予想していなかったわ」


 私の呟きにリーゼも降参とばかりに両手を上げた。


 ほんと竜王様は余計なことをしてくれたわ。でもそのおかげで確信した。


「でもリーゼ、これで確定ね」


「ええ、リョウが勇者なのは間違いないわね」


「ハァ……そうじゃないかとは思ってはいたけど、まさかリョウスケが本当に勇者様だったなんて」


 私はソファーに背を思いっきりもたれ掛けさせ天を仰いだ。


 竜王様が直々に会いに行くんだもの。リョウスケが勇者様なのはもう確定。でなきゃあの竜王様が一個人に会いに行くなんて考えられないもの。


 そっか……やっぱりリョウスケは勇者様だったのか。そっか……


「ふふふ、私はほぼ確信していたけど、生き生きと宿屋を経営している姿を見たらとてもそうは思えないわよね。昼間は楽しそうに燻製作りをしてたりもしたし。でも不思議よね。なぜ勇者が宿屋なんてやってるのかしら? 」


「知らないわよ。いずれ滅びの森の奥地に行くための拠点……にしては気合い入りすぎよね」


 ちょっと無理があるけど大量の部屋を作ったのはいずれ各国の軍を駐留させるためで、それまでの資金稼ぎと考えられなくもないわ。けどそれだったら勇者であることも、あの場所を秘密にする必要もない。


「私たちに言えない何かがあるのでしょうね」


「勇者様なのに? もしかして教会が原因とか? 」


 フローディア様に腐敗した教会に知られないように動くように言われてる? だから宿屋の店主として振る舞ってる? それにしては目立ちすぎだけど……


「そうね。教会が原因かもしれないわ。あと帝国にも用心するように言われているのかも。だからひっそり……とは思えないけど、ある程度地盤が固まるまで秘密にしておきたかったのかも」


「なるほど……でもこのままだとマズいわ。獣王国と戦争になる。そうなれば帝国も横槍を入れてくるわ。竜王様も今度は仲裁には入らないでしょうね。となるとその先にあるのは……」


 獣王はリョウスケを守ると言ったわ。そこに王国がちょっかいをかければ戦争になる。お父様だって獣王国が領土を主張している場所へ進軍してきたら退けないわ。当然帝国だってそう。その先にあるのは……


「王国は真っ先に滅ぶでしょうね」


 リーゼが真剣な顔で答える。


「帝国と獣王国の挟み撃ちか。厳しいわね」


 大陸は東から西にかけて獣王国、アルメラ王国、ラギオス帝国、シャオロン魔王国と大国が並んでいる。その中で獣王国と王国が揉めれば、帝国が背後から襲い掛かってくる。さらに本来なら紛争の仲裁に入るはずの魔国は勇者であるリョウスケに味方し、先に手を出した王国に襲い掛かるでしょうね。


 勝てるわけない。それよりも勇者様に敵対するとか冗談じゃないわ。


「リョウスケには悪いけどもう無理ね」


 私はため息を吐きながらそう呟いた。


 マンションのことはお父様には話さないって約束だったけど、それを守っていたら王国もリョウスケも危ない。


「そうね。リョウのことも獣王のことも、陛下に全て話すしかないわね」


 リーゼも仕方ないと言った顔で頷いてくれた。


「嫌われないかな」


 あんなに王国に知られるのを嫌がってたもんね。


「リョウならわかってくれるわよ。ふふふ、心配なの? 」


「そ、そんなことないわよ! リーゼだって怖いくせに」


 私はリョウスケに嫌われたくないという想いをからかわれ、リーゼへと反撃した。


「私は大丈夫よ。リョウの性格を知ってるし」


「あ〜そうだったわね。マンション滞在中にずっと付き纏っていたものね。リョウスケも迷惑そうだったわ」


 私のことを放っていっつもリョウスケを探しに行ってたものね。新作のバーガーをリョウスケに食べてもらおうと持って行くと、いっつもリーゼがいるんだもん。


「そんなことあり得ないわ。私は別に付き纏ってなんかないし、リョウは迷惑だなんて一言も言ってないわ。それどころか喜んでたわよ」


「確かに喜んでいたわね。鼻の下を伸ばしてだけど。胸もとを開いてズボンを履かずにチュニック姿で会いに行けばそりゃあね」


 いつもより胸もとのボタンを二つも開けて、わざわざズボンを脱いで短いチュニック姿で会いに行くんだもの。男ならそりゃ喜ぶわよ。


 あんな格好恥ずかしくて私には真似できないわ。


「そ、それは暑かったからよ! 人を露出狂みたいに言わないでくれる? 」


「そうね。確かに夏だったものね。シカタナイワヨネー」


 私は顔を真っ赤にして弁解するリーゼをそう言ってからかった。


 まったく、男なんて興味ないって言ってたくせにリョウスケと出会った途端に色気づいちゃって。


「なによその棒読み。嫌な感じね。そういうサーシャだってリョウが勇者だってことに胸が高鳴ってるんじゃないの? 幼い頃に毎晩私に勇者とアルメラの戦妃の話をねだってたものね。確か私も戦妃様のように勇者様のお嫁さんになりた……」


「ちょ、ちょっと! そんな子供の頃の話を今しないでよ! 私だけじゃなくて幼い頃なら誰だって憧れるわよ! 」


「そうよねー、ソウカモシレナイワネー」


「ぐっ……そ、そんなことよりお父様のところに行くわよ! 早くしないと使者を出発させちゃうかもしれないし、貴族たちが先走るかもしれないわ! ほら、急いでよ! 」


 思わぬ反撃を受け、このままじゃ勝ち目がないと思った私は立ち上がりながらそう言った。


「ふふふ、そうね。急ぎましょう」


 私は後ろでクスクスを笑うリーゼに耐えつつ、お父様のいる部屋へと向かうのだった。


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