第3話 会談



 俺に座るように促された竜王は、青龍戟を再び布に包んだ後ソファーへと腰掛けた。 


 竜王が座るとその後ろに将軍と護衛の屈強な竜人が立ち、やっと落ち着いて話ができる態勢になった。


「挨拶が遅れすまぬ。ワシはメルギロス。魔国にて竜王をやっておる。勇者殿には一族の者が多大なる迷惑をかけた。魔国を代表しこの通りお詫び申し上げる」


「バガンのことはもういい。俺が言ったことを実行しているなら特にこれ以上、魔国に対し思うところはない」


 深々と頭を下げる竜王に確認も込めてそう答えた。


「もちろんバガンは勇者殿の言いつけどおり治療はせず寺に送った。5年と言わず死ぬまで寺から出すつもりはない。バガンの仲間であった者も別の寺に送っておる。決闘を汚し死んだ者の一族にも、くれぐれも恥の上塗りをせぬよう魔王より厳しく言い渡させておる。勇者殿に迷惑が掛かることはないじゃろう」


 竜王はそこまで話すと後ろに控えていた竜人に目配せをした。するとその竜人は背負っていたバックから金色の布に包まれた箱を取り出しテーブルへと置き、俺へと頭を下げたあと竜王の後ろへと再び戻った。


「これは我が一族が掛けた迷惑料じゃ。収めて欲しい」


「そうか。言った通りにしてくれたならそれでいい。これはありがたく受け取っておこう」


 バガンたちの持っていた物はもらったが、くれるというなら貰っておく。実際とんでもない迷惑を掛けられたしな。これでシュンランが欲しい物を買ってあげよう。


 俺は目の前に置かれたずっしりと重い箱を受け取り、スーリオンに渡したあと竜王に向き直り再び口を開いた。


「こちらも自己紹介をしておく。俺がこのフジワラの街の管理者である涼介だ。姓は藤原だが普段は使っていないので涼介と呼んでくれ。そして隣りにいるのが共同管理者であり恋人のシュンランとミレイアだ」


「私は婚約者のクロースだ! 」


 クロースの声に後ろを振り向くと、彼女は両手を腰に当て胸を張っていた。


「……フッ、まあそういうことになっている。それとこちらの獅子獣人はよく知っていると思ので紹介は省かせてもらう」


 俺は頬を染め恥ずかしそうにしつつも胸を張るクロースにクスリと笑ったあと、ライオットのことを紹介した。


「やはりダークエルフと……うむ。その獣人のことはよく知っておる。久しいなレオ坊。大きくなったのぅ」


「ご無沙汰してるぜ竜王様」


 やはり面識があったか。しかしさすがのライオットも竜王の前ではおとなしいな。


「それと竜王。何度も言うが俺は勇者ではない。女神フローディアによってこの世界に飛ば……遣わされたのは間違いないが、それはこの世界を救うためではなく別の目的のためだ。それは滅びの森の魔物を殲滅することでも、この世界に住む人や国をどうにかしようというものではない。だから勇者と呼ばれるのは迷惑だ。むしろ目的を果たすことへの妨げとなりかねない」


 ダークエルフたちが呼ぶのとはわけが違い、勇者とともに戦ったという竜王に勇者だなんだと呼ばれたらこの世界でそれは確定になる。ここだけはしっかり否定しておかないと、あれよあれよと担ぎ出されかねない。


「ふむ……リキョウも言っておったので気になっておった。その別の目的とは何か教えてもらってもよいかの? 」


「たいしたことじゃない。俺のいた世界に遊びに来ていたフローディアが、その世界の住居を気に入ってな。その住居と同じ物をこの世界に作らせるため、俺にギフトと神器を与えここに派遣した。俺はそれを実行するためにここで宿屋をやっているだけだ」


「なんと!? 女神の住む家を建てるためにこの世界へ遣わされたというのか!? 」


 竜王が飛び跳ねるように立ち上がり驚きをあらわにした。


 そりゃそうだろう。世界を救う使命を持った勇者と共に戦ったくらいだしな。まさか女神が自分の家を建てさせるために俺を遣わしたとは思わなかっただろう。俺も驚きだ。


「こりゃあたまげた! いや、だからあんなとんでもねえ部屋を作れるのか。なるほど納得だ。しかし女神がこの世界にいねえとはな」


「ああ、俺のいた世界で悠々自適な生活をしてるよ」


 ゲームしながら発狂したりな。


 俺がこんなに苦労してるってのにな。なんだか思い出したらまた腹が立ってきた。


「悠々自適って……どうりでここ何百年もの間。人族で血縁以外に新たなギフトを得たものがいないはずだ。女神がいねえんじゃそりゃそうだろう。だがそうか、俺たちはとうに神に見放されていたか。まあ教会があんなんじゃな。見放したくもなるわな」


「つまり勇者殿は女神をこの世界に呼び戻すために、神の住まう家を作ろうとしているということか……なんと崇高な……」


「崇高かどうかは納得しかねるが、まあそう頼まれたのは間違いない。そういうわけだから俺はこの世界一般で言うところの勇者ではない。だから今後はリョウスケと呼んで欲しい」


「うむ。そう望むのであればそうしよう。おお、そうじゃリョウスケ殿。一つ聞きたいことがある。ニホンで勇者ロン・ウーの名と、セドラという竜人の名を聞いたことは無いかの? 」


「セドラ……確か竜戦妃の名だったな。あいにくロン・ウーもセドラという名も日本では聞いたことがない。勇者が元の世界に戻って500年は経っているからな。俺の知る限りだが、明の歴史に出てくる偉人の中にも登場していない」


「そうか……」


「だがセドラという名は明では目立つ名だ。もしかしたら改名している可能性もある。あの大陸には美しい竜人が出てくる物語が多くある。もしかしたらその物語に出てくる竜人がセドラさんだったのかもしれないな」


 中国には龍にまつわる話が山ほどある。作り話だと思っていたが、もしかしたら本当に実在していたのかもしれない。


「おお……そのような話が。勇者と姉上が向こうでも元気にやっていたのか心配だったんじゃ。是非その話をお聞かせ願いたい」


「そんなに詳しくは知らないからあまり期待しないでくれ。しかし勇者の嫁って竜王の姉だったのか」


「まさか竜戦妃の弟君が竜王だったとは……」


 隣で話を聞いていたシュンランが、俺と同様に驚いている。


「そうじゃ。滅びの森で姉上が勇者に助けられての。その後恋人となり、旧魔王から竜人族を解放して欲しいという姉上の願いを叶えるため、勇者は魔王を討ったんじゃ。そして人魔戦争を終戦させ国土を回復した後に、余生を故郷の地で過ごしたいと言って元の世界に帰った。その際に人族とエルフの嫁と一緒に姉上もついていったんじゃ」


「なるほどな」


 そりゃダークエルフが俺に頼んで魔国を滅ぼすかもしれないと、そう警戒したのも頷ける。勇者がそれをやるのを目の前で見てきたわけだからな。


「そこに立っておるダークエルフ。確かクロース殿じゃったな。彼女がリョウスケ殿に近づいたと聞いての。ワシは恐ろしかった。リョウスケ殿に敵として見られることがな。それにクロース殿もじゃ。勇者の嫁となったおなごは特別な……」


「竜王。勇者の話はここではいい」


 俺は竜王がとんでもないことを口にしようとしたので、話を遮り睨みながらそう告げた。


 やっぱりレベルアップのことを知っていた。そりゃそうだよな。自分の姉がどんどん強くなっていくのを目の当たりにしてたんだしな。


 だがここでそれをバラされては困る。ここにはライオットもクロースいる。俺とエッチをしたら強くなれるなんて知られたら大変なことになる。


「ふむ……これは失礼した。確かに勇者の能力をひけらかすのは良くないのう」


「同じではないと思うが念のためだ」


 チラリと隣に座るライオットを見ると、何やら考え込んでいる様子だった。


 戦妃の存在もある。何かに勘付いたか? チッ、参ったな。厄介な人間が生き残っていてくれたもんだ。


 俺は内心舌打ちしつつも言葉を繋げた。


「とりあえず竜王が心配するようなことは起こらない。俺はダークエルフ族を救いたかったのではなく、友人のスーリオンとクロースを救いたかった。だから重税に苦しむ彼らを里ごと招き入れた。それだけだ」


「友人を救うためじゃったか……ワシの考え過ぎだったというわけかの」


「そうだ。だが確かにダークエルフ全体を救うために魔国と敵対するつもりはないが、一つだけ気に入らないことがある。それは勇者が禁止した奴隷を、勇者によって魔国の王となった貴方が許容していることだ。していないなんて言うなよ? ダークエルフがデーモン族に受けている仕打ちは奴隷そのものだ。違うか? 」


 重税を課したうえに労役までさせ、払えなかったり抵抗すれば腕を切り落とし見せしめとする。それも長い苦しみを与える闇魔法というものを使ってだ。


 長い時が流れれば勇者の意志は風化していくものだ。奴隷制度を復活させた帝国なんかはその代表だろう。だが魔国には勇者がいた時代に生きていた者が生き残っており、その者は勇者の後ろ盾によって王となった。その王が勇者の意志を無視して奴隷を許容していることが俺は気に入らない。


 竜王は勇者がいなくなったらその意志などもう関係ないと。だから国内でダークエルフを奴隷として扱っている者がいても見て見ぬふりをしているのか? 


 俺はそう問いかけるように竜王の目をジッと見つめた。


「グッ……リョウスケ殿の言うとおりじゃ。何も言い返せぬ」


「過去に色々といさかいがあったのは知っている。デーモン族とダークエルフ族との戦いで、竜人族に多くの犠牲者が出たことも。だがダークエルフは前魔王への恩義のため、信義のために敵対していたことを汲んでやって欲しい。そして今の彼らはその信義を向けた相手に裏切られ、奴隷のように搾取されている。勇者がどんな人間かは知らないが、恐らく義の心を大事にしていた人間のはずだ。彼ならかつて敵だったダークエルフでも手を差し伸べたんじゃないか? 」


 古代中国は儒教の『仁義礼智心』という教えに忠実で、今の中国からは想像もできないほど義や礼に厚かったと聞く。その時代から来た勇者が義を重んじなかったとは思えない。そしてそれは竜王も知っていたはずだ。


「……確かに。勇者なら手を差し伸べたじゃろう。あの男はそういう男じゃった。それに比べワシは……勇者の意志を継ぐと約束したワシは……」


「竜王。貴方は今の時代しか知らない人たちとは違う。ダークエルフと戦い力尽きた同胞を目の当たりにしてきたんだ。割り切れないこともあるだろう。だがそれでも今苦しんでいるダークエルフを救ってやって欲しい。それができるのは部外者の俺じゃない。勇者の意志を継ぐ貴方だけなんだ。頼む」


 俺はそう言って頭を下げた。


 魔国に残っているダークエルフに知り合いはいない。そもそもこれは魔国の内政問題であり、俺が口出しできることではない。だが俺は故郷の森を呑み込まれ行く先々で人族やエルフの迫害を受け、行くあてもない彼らを拾ってくれた前魔王に信義を貫いたにも関わらずそれを裏切られ苦境に陥っている。そんなどうしようもなく不器用なダークエルフたちには救われて欲しいと思っている。だからといって俺一人で3千人近くいて、それぞれが離れた場所に暮らす彼らを救うことは無理だ。だが竜王ならそれができるはずだ。


「リョウスケ……同胞のために……すまぬ」


「リョウスケ……」


 背後からスーリオンとクロースの湿った声が聞こえる。


「リョウスケ殿。頭を上げてくだされ。恥じるべきはワシの方じゃ。勇者をあれほど間近で見ておったというのにのぅ。ダークエルフ族のことはワシがなんとかしよう。竜人族の領地に迎え入れれば問題はなかろう。デーモン族が反発するなら一戦を交えてもよい。これはワシの管理責任でもあるからの。ワシが責任を持って魔王に実行させよう」


「そうか。ありがとう。竜王」


「礼を言うのはワシのほうじゃ。長い時を過ごすことにより薄れかけていた、あの信義に厚かった勇者の事を思い出させてくれたのじゃからな。ククク、懐かしいのぅ。ほんにあの男は義に厚く優しい男じゃった。そう、今のリョウスケ殿のようにな」


「俺は勇者のように世界を救おうなんて思ってないさ。手の届く範囲の人だけだ」


「カカカ! そういうところも本当に似ておる。そうやって勇者も戦争を主導した教会の人間を粛清し、人族の奴隷であった獣人と魔王の先兵として酷使されておったワシらを救い人魔戦争を収めた。そして最後は滅びの森からこの世界を救ったのじゃ」


「やめろ。変な予言をするな。俺はここで女神の家を建てる。それだけだ」


 冗談じゃない。俺はそんな血みどろの人生を歩むつもりはない。別にこの大陸が滅びの森に呑み込まれる寸前でも、その状態で人魔戦争をしているってわけじゃないんだ。滅びの森の侵食を防ぐのはこの世界の人間でやってくれ。


「ククク、そうじゃったな。じゃがリョウスケ殿。これだけは忘れないで欲しい。ワシらはリョウスケ殿の味方であり、何があっても敵対することはないということを。そして有事の際は必ず竜人族の総力をあげ味方するということを。それはそこにおる獣王も同じ気持ちのはずじゃ」


「ああ、俺たち獣人族は勇者に多大な恩がある。その勇者と同じ存在であるリョウスケの力になれるならなんだってする。もう俺たちはあの時の救われるだけの存在じゃねえ。勇者とともに戦い、世界を救うことができる存在だってことを女神に見せてやる」


「世界は救わないからな? 二人とも思考が物騒すぎるんだよ」


 なんで俺が荒事に巻き込まれることを前提に話してんだよ。


「フフッ、これは涼介がよくいうフラグというやつなのではないか? 」


「あっ! こういう時にフラグが立つと言うんですね」


「立ってないから! マジでやめてくれ! 」


 隣で勝手にフラグを成立させようとするシュンランとミレイアに思いっきり反論した。


 ほんとやめてくれ。俺はここで平和にマンション経営をしたいだけなんだ。そしてタワーマンションを建てたら女神に文句言って、いつでも元の世界にシュンランとミレイアを連れて帰れるようにしたいだけなんだよ。



 その後、和やかな雰囲気で和解のための会談を終えると、竜王がダークエルフの長老とも話したいというので居住区に案内した。俺は同席しなかったから何が話し合われたのかは知らない。だが竜王が長老のところに泊まっていくことになったことから、彼らの間にもうシコリはなくなったんだと思う。


 俺は竜王が来たことが人族の国に知られませんようにと願いつつ、家に帰ってからやたら甘えてくるクロースに戸惑いながらその日の夜を過ごしたのだった。


 

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