第19話 募集図面



 長老から精霊のノームによって連絡があった翌日の深夜。


 俺はシュンランとミレイア。そして棘の警備隊を連れ、フジワラの里の入口の門代わりの倉庫の中でスーリオンらがやってくるのを待っていた。


 この門代わりにした入口は蛍光灯の光によりかなり明るい。里の中も各部屋の電気や玄関灯と点けてあるので、移動する際に足元を気にする必要がない程度には明るく照らされている。まあ誘蛾灯のようになってしまい、かなりの数の虫が飛び回ってはいるが……


 そんな時折俺の顔目がけて飛んでくる虫を手で払いながら、俺は倉庫内に設置してあるテーブルに腰掛けシュンランやカルラたちと雑談していた。


 1時間ほどそうしていただろうか? 手元に置いていた魔物探知機に大勢の人の反応が映し出された。


「みんな。来たみたいだ。もうすぐ東の正門の前にやってくる」


「来たか! みんな出迎えようぜ! サラ! 病院にいる女たちを呼んできてくれ! 」


「わかったわ」


 席から立ち上がったカルラに指示をされたサラが、患者の世話をしている女性たちを呼びに向かった。


「俺たちも行こうか」


 警備隊を引き連れ門の外に向かうカルラの後ろ姿を見て、俺も席から立ち上がり恋人たちへとそう声を掛けた。


「ああ。フフッ、またマンションがにぎやかになるな」


「ふふふ、クロースさんとこれからずっと一緒ですね」


「まあな。おとなしくしていてくれればいいんだけどな」


 そうなんだよな。クロースとはこの先ずっとお隣さんなんだよな。まあしばらくは里のことで忙しいだろうからこっちには来ないだろう。それに里の人たちの前ではさすがにあの変態発言も自重するだろう。そうであって欲しい。


 そんな事を考えながら外灯に照らされた里の門の前で、スーリオンらがやってくるのを待ち構えた。


 すると外壁の角からクロースの姿が見えた。彼女は俺たちの姿を確認するなりパアッと明るい表情を浮かべ、全速力で橋を渡り俺へ向かって突進してきた。


「リョウスケ! 」


「うおっと! ははは、無事にデーモン族の領地を抜け出せたようだな。ご苦労さん」


 俺は飛び掛かってきたクーロスを抱き止め、彼女の背を軽く叩きながら労った。


「山や森の中を抜けてきたからな。土の精霊を使う私たちにとっては簡単なことだ」


 クロースは唇が触れそうなほどの距離で得意げにそう話した。


「そ、そうか。人数が多いから心配したよ。ほら、みんな来たぞ。里のみんなにこんな姿を見られていいのか? 」


 クロースとのキスを思い出した俺は、動揺を隠すように彼女の背に視線を向けスーリオンたちの姿が見えたことを伝えた。


「あっ! か、勘違いするな! こ、これはそのお礼の続きだ。私に抱きつかれて嬉しかっただろ? 」


「ははは、そうだな。悪い気はしなかったよ」


 押し付けられる胸の感触は相変わらず最高だったな。


「ふんっ! そうだろうそうだろう。リョウスケには借りがあるからな。こうして少しずつ返しているのだ。またして欲しかったらしてやっても……」


「クロース! 皆を置いて一人で先に行くとは何事だ! まずは長老が挨拶をすると言っただろう! 」


「あっ! 兄上! も、申し訳ありません! 」


 クロースは橋の向こう側にたどり着いたスーリオンに怒鳴られ、慌てて俺から離れ戻っていった。


「あはは、相変わらずだな」


 俺はスーリオンにゲンコツを喰らい、涙目で頭を押さえているクロースを見て笑いながら隣りにいるシュンランたちにそう呟いた。


「ククク。ああ、さっそくにぎやかになったな」


「ふふっ、クロースさんが帰ってきたという感じがしました」


 シュンランとミレイアも怒られるクロースを見て笑みを浮かべている。


 本当に見ていて飽きない子だよな。



 ☆☆☆☆☆☆



「勇……リョウスケ殿。しばらくぶりです。この通り里の者をたちを説得し連れてきてまいりました。これからお世話になります」


 門の前にやって来たハルラス長老は後ろで控える里の人たちに腕を伸ばし、そして深々と頭を下げた。


 長老のあとに続き、スーリオンやマグルや前回ここに来た者たちも頭を下げている。その後ろでは数百人のボロボロの装備や服をまとった男女と、百を超える土牛が見える。その土牛の背には十数人ほどの子供たちと荷物が乗せられていた。


 彼ら彼女らは長老やスーリオンたちの行動に気づかず、皆が外壁を見上げ唖然とした顔をしている。


「頭を上げてください長老。ダークエルフの皆様。ようこそおいでくださいました。『藤原の里』は、皆様の来訪を心より歓迎いたします。第三の故郷として末永くご利用いただけるようお願い申し上げます」


 俺は長老に頭を上げるようお願いしたあと、両腕を広げ長老の後ろで外壁を見上げている人たちに向けそう告げた。


 するとやっと長老たちの行動に気がついたのか、皆が慌てて頭を下げた。


「森の中の第三の故郷……ありがとうございますリョウスケ殿」


 俺の言葉に長老が感慨深げに呟いた。


「いつか本当の故郷に帰れるといいですね。さて、皆さん長旅でお疲れでしょう。中に入って休んでください。カルラ、門を開けて皆さんを案内してやってくれ」


「わかった! スーリオン、部屋割りは決めてんだろ? 一緒に来て皆を割り振ってくれ」


 カルラが門を開けながら長老の後ろにいたスーリオンについてくるように言う。


「うむ、皆の者! 彼女たちが里の案内をしてくれる。中に入ったなら彼女たちの指示に従い迅速に行動をしろ! 」


「みんな! 今日からここが私たちの故郷だ! 早く中に入るのだ! 」 


 開かれた門をの先を指差し、スーリオンとクロースは里の者たちに中に入るように告げた。


《すごい……敷地全てが高い壁で囲まれているぞ》


《石造りの丈夫そうな家もあるわ》


《長老の言っていたことは本当だったんだ……これなら滅びの森の中でも生活ができそうだ》


《だが本当に人を貸し出すだけでここに住めるのか? 》


《ああ、長老がそう言っていたのだから本当なのだろう》


《信じられないわ……これもクロースのおかげね。まさかあのクロースを手に入れるためにここまでしてくれる人がいるなんて……》


《クロースには感謝せねばな。しかし物好きがいたものだな》


《すごい! いしのおうちだよおかあさん! 》


《森もちかいしここなら精霊さんと早くけいやくできるかも》


《え、ええそうね。さあ、サリオンもインディスもとにかく中に入りましょう》



 俺とシュンランたちは、藤原の里の中を見て驚きながら進む里の人たちを門の横で見送った。


 なんか誤解している女性がいたがまあいい。クロースとスーリオンたちのためにしたということは本当だからな。


 その後、全員が里の中に入ったことを確認した俺は門を閉め、待っていた長老とその家族に自己紹介をした後に彼らと中央の建物へと向かった。


 長老の家族は優しそうな顔をした長老の奥さんであるリネスさん。30歳くらいの見た目の義理の娘であるエレミアさん。そして10歳くらいの孫娘のララノアちゃんの4人だ。ちなみに長老の息子さんは10年近く前に狩りで命を失ったと前回長老が来た時に聞いている。


 中央の集会所兼長老の家に入ると、奥さんも娘さんもそしてお孫さんも皆が家具や設備を見て目を見開いていた。娘さんのエレミアさんなんて、こんなお貴族様が住むようなところに本当に住んでいいのかと不安そうな顔で確認してきたよ。長老やクロースたちから聞いてはいたけど半信半疑だったらしい。ララノアちゃんはベットの上で飛び跳ねて喜んでいたけどね。


 外からもあちこちから驚きの声が聞こえてくる。


「ねえねえ勇者さま。ここがララノアのおへや? ほんとうにこんなにかわいいおへやにすんでいいの? 」


 ひと通り説明が終わるとピンクのカーテンやベッドに包まれた部屋で、ララノアちゃんが期待満面と言った表情で俺の腕を掴みながらそう確認してきた。


「ああ、ララノアちゃんのことを聞いていたからね。ララノアちゃんのために、このお姉ちゃんが部屋を作ってくれたんだ」


「わあ! ありがとうりゅうじんのおねえちゃん! こんなにかわいいおへやにすめるなんてララノアすごくうれしい! 」


 俺の説明にララノアちゃんはシュンランに飛びつき、彼女の顔を見上げながらお礼を言った。


「フフフ、気に入ってくれて良かった」


 シュンランはお礼を言われて嬉しそうだ。


 子供にこんなに優しい眼差しを向けれる女性っていいよな。シュンランにここはレースのベットシーツにしてくれとか何度も作り直させられたけど、この表情が見られるなら作った甲斐があったというものだ。


 その後、家の物置と冷蔵庫にある食料の説明をしたあと、俺たちは長老の家を後にした。


 そしてカルラたちの案内が終わるのを待ち、あとはスーリオンたちに任せマンションへと戻ったのだった。


 ふう、なんとかダークエルフの受け入れは成功した。あとはデーモン族の動きを警戒しつつ、マンションのハンターたちにダークエルフ専用の施設を作ったことを知らせないとな。えこひいきだなんだと反発は受けそうだけど、そのぶん高額な賃料を受け取っているとでも言っておけばいいだろう。ダークエルフの戦士はB(ゴールド)ランクだから説得力があるはずだ。


 ダークエルフからの賃料代わりの人員の提供については、彼らがここに生活に慣れてからでいいだろう。入院している患者さんがあと一週間で治療できるから、そのタイミングでいいかな。


 マンションへの帰り道で、前を歩くシュンランたちとカルラが楽しそうに話している姿を眺めながら、俺はそんな事を考えていた。



 ☆☆☆☆☆☆



「涼介。藤原の里だが9月も終わりに近づいてきたとはいえまだ暑い。壁の上に扇風機を設置してやってはどうだろう? 」


 ダークエルフたちを受け入れてから三日ほどが立った頃。扇風機の風を浴びながら蒸留所で蒸留酒を作っていると、ホウキを持ったシュンランが入ってきておもむろにそう提案をしてきた。


「ん? ああ、そういえば忘れてた。そうだよな。彼らも里の警備で壁の上に登るんだったな」


 すっかり忘れていた。涼しくなってきたとはいえまだまだ残暑が続いている。扇風機くらいは置いておいてやらないとな。


「西の壁の警備はダークエルフがやるからな。あとで扇風機と延長コードを出しておいてくれ。私が里の入口の門から電源をとって設置してこよう」


「ああ、すぐ出せるから待っててくれ」


 俺は掃除に戻ろうとするシュンランを呼び止め、忘れない内に出しておこうと思い間取り図のギフトを発動した。


 そして黄金に光るマウスに手を伸ばし、同じく黄金に光るモニターに表示されたヘヤツク2000のアイコンをクリックした。そして開いた画面に視線を送ると、そこには見慣れていたが見慣れないものが表示されていた。


「ん? え? あ……で、出た! 出たぁぁぁ! 」


「ど、どうしたんだ涼介! 何があった!? 」


 俺が画面を見て思わず叫ぶと、シュンランはホウキを放り投げ捨て慌てて俺の隣へとやってきた。


「募集図面! 募集図面が使えるようになったんだ! 」


 そう、ヘヤツクの画面の右側の間取り図作成の項目の上に、募集図面作成という項目が増えていた。これは日本でヘヤツクを使っていた時に普通にあった機能だ。だがこの世界に来た時にはこの機能は表示されていなかった。


 最初はいつか使えるようになるんじゃないかと思っていたが、前回のバージョンアップで表示されなかったことで内心諦めモードだった。それが急に使えるようになるなんて!


 ダークエルフの里を作ったからからか? そこに人が住んだから? いや、それなら一昨日表示されていても良かったはずだ。でも昨日里の寝具を追加で出した時に募集図面作成の項目はなかった。ならどうして今日? 


 やはり満足度か? ギルドやショッピングモールを作って貯まっていた満足度に加え、ダークエルフたちが三日生活したことで満足度が能力開放の基準に達して開放された? でもマンカンみたいにバージョンアップした時に追加されるならわかるけど、なぜ新しい機能だけ開放されたんだ?


 考えてもわかるわけ無いか。俺はあの女神が与えた能力を使うだけだ。とにかく部屋を作って人を住まわせて、満足させれば能力が増える。もうこれはほぼ間違いないだろう。


「募集図面……確かマンションの階段や廊下など共有部分を作れる物だったか? それが使えるようになったと? 」


「ああ、階段を作れる。でもそれだけじゃない。これがあればマンション自体を建物ごと新しく作れるようになるはずだ」


 募集図面は物件を探しているお客さんに見せる物だ。そこには賃料や敷金など契約に関する情報から、そのマンションが何階建てで全部で何部屋あるとか構造がどんな素材でできているのか。そして共有部分にエレベーターや駐輪場が設置されているかなど細かい情報が書かれている。もちろんマンションの外観写真も間取り図も描かれている。


「建物ごとマンションを新しく作れる? ハッ!? タワーマンションを作れるということか!? 」


「わからない。けどその可能性はある」


 俺の肩を抱き驚くシュンランにそう答えた。


 ヘヤツクだけじゃ部屋しか作れない。いいとこ部屋を巨大化させた倉庫が限界だ。だからどうやってタワーマンションを造ればいいのかずっと考えていた。


 そこで唯一可能性があるのは、マンションの外観も共有設備も書くことができる『募集図面作成』なんじゃないかと思っていた。


 その募集図面を使えるようになった。


 俺は高鳴る胸をの鼓動を感じつつ、目の前に表示される募集図面のタブへとマウスを持っていきダブルクリックをするのだった。

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