第18話 受け入れ準備と秘薬



「オーナー、里へ食料の運び込みが終わりました」


 家の玄関で大量の緊急避難セットから、レトルト白飯やおかゆに乾パンなどの非常食を取り出しては外の荷車に積んでを繰り返していると、里へ食料を運ぶよう頼んでいたダリアが半開きのドアから顔を覗かせながら報告してきた。


「ありがとうダリア。付添いの女性たちから何か要望とか無かった? 」


「特にありませんでした。皆さん魔国の里より怪我人の看病が楽だと喜んでいました」


「そうか。それならいいんだけどな」


 飛竜に顔を焼かれ目が見えない人や、両足を失い歩けない者に両腕がない者などスーリオンたちより遥かに重症な人ばかりだからな。そんな人たちが12人もいるんだ。里にいる時は里の女性全員で持ち回りで世話をしていたらしいが、ここでは5人だけだし毎日世話をするのは大変だろう。


 一昨日に俺が作った里。一応仮の名前で藤原の里という名称にしたんだが、そこで二日ほど過ごしたスーリオンと長老たちは、怪我人とその世話をする女性たちを残して魔国の里に戻っていった。


 その際にクロースは残りたかったようだが、魔国から出る時に万が一のことがあるかもしれないと悩んだ末にスーリオンと一緒に戻ることにしたみたいだ。


 寂しそうな表情を浮かべ去っていくクロースの姿に、俺は少し残念だったりホッとしたりと複雑な気持ちだった。


 というのも藤原の里に長老たちを泊めた初日の夜。棘の警備隊の皆と一緒に歓迎会を里の中央で開いたんだ。そしてその時に、酔ったクロースが約束のお礼だと言ってみんなの前で俺に抱きついてキスをしてきた。それはもう濃厚なキスで、あまりの舌使いのうまさに腰の力が抜けるほどだった。


 長いキスのあとクロースは顔を真赤にしながら『わ、私の初めてのキスだ。どうだ? 』と聞いてきて、俺があれで初めてのキスとか嘘だろと混乱していると『そ、そうだろう。これだけでは礼としてはまだ不足だな。ならば続きはベッドで』といって俺の腕を取り、振り分けられた新しい里の部屋へと連れて行こうとした。


 俺は慌てて十分だと言って腕を引くクロースを引き留めた。そしてとっさにシュンランとミレイアの顔を見たら、笑っていたのでホッとしつつ席へと戻った。


 クロースは若干残念そうな顔をしていたが、その後カルラやダリアたちにキスをしたことをからかわれて顔を真っ赤にして反論していたよ。


 そんなことがあってクロースを意識してしまい、残られてもどう接していいかわからなくなっていた。


 しかし初めてのキスであの舌技。いったいどうやって身につけたんだ? あの舌で俺のペニグルを責められたらどれだけ……いやっ、惑わされるな! あの時は可愛かったけど、彼女はあのクロースだ。あの変態発言と行動を思い出せ!


 うん、やっぱ無いな。


 まあそんなこんなでクロースと長老たちは里に帰った。彼らは三週間後の深夜に里の住人を連れて戻ってくることになっている。


 どうやって子供や老人を含む三百人も連れてデーモン族の領地を抜けるかだが、スーリオンと長老。そして護衛の人間たちと話し合った結果、夜逃げすることにした。


 家財道具は一切持たず、最低限の衣服と食料を持って移動する。そうすれば夜の内に領地を抜けることが可能なようだ。


 抜けたあとはいくつかのグループに分散し、西街で補給した後に森に入り合流。そしてこの藤原の里にやって来ることになっている。移動時の最大の障害となる怪我人はすでにここにいるし、子供は戦えないが女性や老人も精霊魔法が使える。低ランクの魔物がいるエリアを抜けることはわけないそうだ。


 それで俺は彼らが来た時に当面の食料に困らないよう非常食を用意し、ダリアたちには入院している人たちへ食料を届けるように頼んでいたわけだ。



「患者さんに私もオーナーに失った腕を治してもらったと話したら、私の腕をとって目を輝かせて見ていましたよ」


「あの人たちは……うちで働く女性たちに触れるなと言っておいたのに。あとで言い聞かせておくよ。今後は俺かシュンランで食料を運ぶことにするから」


 ダークエルフの男だからとキツく言わなかったのがマズかったな。次やったら治療しないくらいのことを言っておかないとな。


「ふふふ、いいんです。ダークエルフの男性からはいやらしさというか、そういったのを感じないのでそこまで抵抗はありませんでした。カルラさんがスーリオンさんと仲が良い理由が少しわかった気がします」


「あ〜まあ確かにいやらしさとかは無いかな」


 紳士というか淡白というか。ダークエルフの女性は積極的なのにな。いや、男がああだからそうならざるを得ないというわけか。


 それに比べダークエルフより子供ができにくいエルフは一定の年令になったら結婚を必ずし、勇者が作らせたという秘薬を飲むことを義務化されている。そのおかげで今ではダークエルフと同じくらいの数にまでなったらしい。


 いくらデーモン族に酷使され数を減らされたとはいえ、寿命が倍近く違うエルフと同じ人口ってまずくないか?


「はい。そういった事もあってあまり抵抗は感じませんでした。ですのでご心配には及びませんよ」


「ならいいんだけど」


「ふふふ、いつも私たちのことを気にかけてくださってありがとうございます。この荷車に積まれている非常食はもう運んでもいいですか? 」


「ああ、頼むよ。いつもありがとう」


 玄関の外に置いておいた荷車を指差すダリアにそう礼を言うと、彼女は微笑みながら荷車を引いていった。


「さて、続きをやるか」


 俺はそうつぶやきながら、再びマンカンの画面を開いて非常食の取り出しを続けた。


 300人が一日3食で900食。それを二週間分は用意しないといけない。先が長いなぁ。


 単調な作業に心が折れそうになりつつも、有線から流れる昔の曲を聞きながらひたすら非常食を取り出すのだった。



 ☆☆☆☆☆☆



 長老たちが里に戻り二週間ほどした日の夜。


 俺はシュンランとミレイアを連れて夜の狩りにやって来ていた。


「アラクネだ! 前方から5体! 」


 暗闇の中。素早い動きでこちらへと向かってくる魔物が魔物探知機に表示され、俺はその動きからアラクネだと断定した。


 アラクネは俺たちの姿を確認するやいなや、包囲するために素早く左右に展開した。


「左右に1体づつ散ったぞ! ミレイアは左! 俺は右を仕留める! シュンランはその場で待機! 」


 そう二人に指示をした俺はペングニルを右からくるアラクネに向け投擲し仕留めた。


「はいっ! 『雷球』! 」


 隣ではミレイアが両手を上げ、バスケットボールほどの大きさの雷の玉を発生させた。そしてそれを左側から来るアラクネに向け打ち出した。


 雷球の速度はそこまで速くない。それゆえアラクネは迫りくる雷球の軌道からその身をずらし避けようとした。


《ギギッ!? 》


 しかし雷球は突然軌道を変え、アラクネの胸に命中した。


 よく見ると雷球からは一本の雷の帯が出ており、その根本をたどるとミレイアの手に繋がっている。


 そう、雷球を放ちはしたが完全に手から離したわけではなく、一部がミレイアと繋がっていたのだ。それにより途中で軌道を変えることが可能になっている。


 これは最初完全離脱型の雷球を練習していたミレイアに、俺のペングニルのように投擲したあとに軌道を変えられないかと持ちかけ練習していた技だ。速度こそ遅いが魔物も初見では避けられないだろう。


 今後は雷球の数を増やし自由自在に操れるようにしていくつもりだ。そのうちミレイアがファン◯ルとか言いだすのも時間の問題だと思う。それは無いか。


 その追尾型雷球を受けたアラクネは、全身を痙攣させその場に倒れ伏した。


 それを確認した俺は、前方から向かってくる3体のアラクネに向けギフトを放った。


「千本槍! 今だ! シュンラン! 」


 俺がアラクネの進路上に放った300本の千本槍により1体のアラクネは避けることができたが、残り2体のアラクネは1体が串刺しになり、もう1体は足を石槍に貫通され動きを止めた。


 そこに俺は待機していたシュンランを突っ込ませた。


「行くぞ! 『竜天撃』! 」


 シュンランは身動きが取れないアラクネは無視し、千本槍から逃れたアラクネに向かって駆け出しその死角から大きくジャンプした。そして双剣をその首めがけて打ち下ろした。


 しかしアラクネは横っ飛びで辛うじてその攻撃を避け、シュンランの動きを止めるべくその蜘蛛の下半身を向けた。


 糸を放つ体勢だ。


 地面に着地し膝をついたシュンランは、アラクネが糸を放つ体勢に入った事に気づいた。


 距離を取って仕切り直すかなと思って見ていたら、なんと彼女は姿勢を低くした状態でアラクネへと向かっていった。


 シュンランの頭上をアラクネが放った糸が通り過ぎる。


 糸を避けられたアラクネは一瞬ギョッとし、次の瞬間その顔は大きく歪み悲鳴を上げた。


 糸を避け間合いを詰めたシュンランの双剣がアラクネの足を切り落としたからだ。


 足を切断され体勢を崩し、前のめりになったアラクネの首にシュンランの双剣が再び襲い掛かる。


「トドメだ! 『竜双牙』! 」


 交差させた双剣がアラクネの首に触れる瞬間、シュンランは一気に剣を引きその首を切り落とした。


《ギッ! 》


 宙に舞ったアラクネの顔は、まるで何が起こったのかわからないといった表情をしていた。


「涼介さん。残りのアラクネの処理が終わりました」


「ああ、お疲れ様ミレイア。シュンランもお疲れ」


 隣で千本槍によって足を貫通させられ、身動きが取れなくなったアラクネの頭に雷弾を打ち込んだミレイアと、双剣についた血糊をはらっているシュンランを労った。


「ああ、初撃をしくじってしまったがな。一撃で仕留めようとしたのが失敗だった」


 シュンランはCランクの魔物の中でも強力なアラクネを一人で倒したにも関わらず苦い顔をしている。


「私も雷球は当てられるようになりましたが、雷弾は動けないアラクネに三回撃ってやっと当たったくらいですし……」


「シュンランはまだレベルアップした身体に慣れていないだけだと思うし、ミレイアにしても新しい技なんだから、実戦を重ねていけば精度は増していくと思う。そもそも相手はCランクのしかも夜の魔物なんだしね」


 偉そうに言ってはいるが、俺なんか神器とギフトに頼りっきりだしな。


 遠距離攻撃主体の神器とギフトだから、彼女みたいに接近戦は滅多にしないしな。そんな俺に比べてシュンランは、レベルアップして身体能力が上がる度に体の動きを修正しないといけないから大変だと思う。


「確かにまだイメージしていた動きより身体が速く動いてしまうな。強くなるのは嬉しいのだが、なかなか上手くいかないものだ」


「私ももっと実戦で使っていかないと。涼介さん。次は援護無しでお願いします」


「そうだな。ミレイアの言うとおり涼介、次は黙って見ていてくれ」


「うーん……わかったよ。でも数の調整だけはするから」


 俺は二人の提案に、数の調整をすることを条件に承諾した。


 もうシュンランはレベル17でミレイアは16だ。Cランクの魔物相手でも単独で倒せるし、俺の援護ありだけど飛竜も何頭も倒している。その結果、二人はゴールド(B)ランクハンターになった。俺もだけど。


 ギルドを誘致したあと、そのギルドの目の前で飛竜を狩ったからな。ギルドマスターがすぐさまランクアップを認めてくれたよ。ミレイアなんて私がゴールドランクになれるなんてって感激してた。今ならBランクのオーガキングが相手でも二人で勝てそうだ。


 そんな二人ならCランクの魔物が複数相手でもなんとかなるだろう。


 そしてそれから数時間。シュンランとミレイアだけで3体のアラクネや2体のジャイアントトレントと戦い、軽い怪我をする程度で仕留めることに成功した。


 俺はというと二人が戦えるギリギリの数に減らしたり、空中から攻撃してくる夜魔切鳥をペングニルや地面から射出した石槍で撃ち落としたりしていた。


 そんな感じで20体ほど狩ったあとは家に帰り、原状回復で二人の傷を完治させてから三人で仲良くお風呂に入った。お風呂ではミレイアの大きな胸で全身を洗ってもらい、その後はシュンランと二人で俺のペニグルを口で綺麗にしてもらった。もちろん俺もお返しに二人のお尻を並べ、彼女たちの身体の中を洗ってあげたよ。二人とも悦んでくれた。


 湯上がり後はバスローブ姿でリビングで音楽を聞きながら、試作の蒸留酒で作ったカクテルを三人で作って飲んだ。


 蒸留酒はキッチンにあった圧力釜と、洗面所にあったホースと洗面器と氷で作った。


 作り方はまずは圧力釜に葡萄酒を入れ沸騰させる。沸騰すると圧力釜の蓋から蒸気が出るので、その穴にストローを溶かして繋げた管を差す。その管は氷水を入れ左右に穴を開けた洗面器を通り、コップに繋がっている。


 圧力釜から出た蒸気が管を通り、洗面器で冷やされコップの中に水滴がたまる流れだ。その水滴が蒸留された酒だな。


 圧力釜にホースを固定したり、穴を開けた洗面器に密着させるのは大変だったけど、そこはこの世界にもある接着剤のようなものを使ってなんとかした。


 藤原の里の非常食を用意し終えてからここ数日の間、日中はずっと蒸留酒作りをしていた。新しく小型の倉庫を建ててさ、暑い中ひたすら鍋を沸騰させてしんどかった。


 でもそうして作った蒸留酒に氷と果汁を入れてシュンランに出したら大喜びしてくれてさ。あの笑顔を見れただけでも頑張った甲斐があったというものだ。ちなみにミレイアは一杯飲んだだけでダウンしたので、小さなコップに出してちびちび飲むようにさせている。まあ酒精が70度とかあるからな。


 そんなカクテルを数杯飲んだあと、俺は二人の肩を抱き交互にキスをしながらベッドルームへと向かった。そして二人をベッドに寝かせ、棚の引き出しから黄色い丸薬を取り出し水とともに飲み込んだ。


 この黄色い丸薬。これはエルフの秘薬。その名も『繁栄の秘薬』だ。


 まあ強力な精力剤だな。


 三日前に王国の常連のハンターが、ギルドの依頼品だと言って渡してくれたんだ。俺は約束を守ってくれたルーミルに大感謝したよ。今度来た時はサービスしてやろうと思う。


 そしてその夜に早速飲んでみたんだけど、さすがあのエルフをその気にさせるだけあって強力だった。たった一粒で名器の二人相手に果てても果ててもすぐに復活して、二人がダウンするまで何度も何度も愛することができた。


 俺も精魂尽き果ててクタクタだったけど、おかげで恋人が二人いても満足させられると自信がついたよ。え? 早いのは変わらないって? 戦いは数だからいいんだよ。まあベッドは体液で大変なことになったけど。そこは原状回復のギフトですぐにもと通りにしたから問題ない。


 さすがに毎日飲むのは無理なので、三日に一度にしようと思って今夜その秘薬を飲んだわけだ。


 秘薬を飲んだ俺はベッドの上で上気した顔で見つめる二人のもとに行き、バスローブを脱いで覆いかぶさった。


 その後、俺は二人が気を失うまで愛し合ったのだった。



 そんな幸せな生活を一週間ほど送った頃。


 夕食を食べていると、入院している患者の世話係のリーダーである中年のダークエルフの女性が俺の家へとやって来た。


「勇者様。先ほどノームから、長老たちが明日の夜には到着すると連絡がありました」


「おお〜、予定通りですね。皆さん無事ですか? 」


「はい勇者様。追手はいないようで安全に移動できたようです」


 ダークエルフの女性は嬉しそうにそう答えた。


 ダークエルフはエルフ同様に精霊を使い、遠距離にいる同胞と意思の疎通をすることができる。といってもエルフやダークエルフたちが扱う精霊は、人間でいうところの10歳くらいの子と変わらない知能らしく難しいことを伝えるのはできないそうだ。それでも長老クラスの扱う精霊なら多少複雑なことも伝えられるようで、2週間前に里の人たちの説得を終えデーモン族の領地から無事に脱出できたという連絡を受けていた。


 デーモン族からの追手だけが心配だったんだけど、どうやら全員が無事にたどり着くことができそうだ。


「わかりました。では明日の日中に倉庫から各部屋へ食料を振り分けるので手伝ってください」


「はい! ありがとうございます勇者様」


「あ〜だから勇者じゃ……まあいっか、では明日」


 俺は何度言っても勇者呼ばわりをやめない彼女に訂正するのを諦め、また明日と言ってドアを閉めた。


 いよいよ明日か。


 女性や老人に子供までいる永住者が300人か……責任は重大だな。


 受け入れることにした以上、何があっても彼らを守らないとな。

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