第17話 長老




 スーリオンたちが里に帰り三週間が経った。


 スーリオンたちを見送ってからは、昼は壁と側溝と外堀作りに励み、夜は二日に一度のペースでシュンランとミレイアと一緒に狩りに出掛けレベルアップに勤しんだ。


 そうそう、十日ほど前くらいだったかな。王国から客人が来たんだ。その客人はサーシャのパーティにいたルーミルという男のエルフで、彼は重そうな包みを持って南街方面から飛んでやってきた。


 どうやらサーシャから届けるように言われたらしく、何が入っているのかと中を開けたらかき氷機が入っていた。王都の鍛冶師が製造に成功したようだ。それで約束通り届けてきてくれたんだろう。


 ルーミルにサーシャは来ないのかと聞いたら、体調が悪くて今は動けないらしい。そのせいでサーシャの世話係でもあるリーゼロットも忙しいそうだ。


 かき氷機ができたことで、色々な味のかき氷を作ったんだろうなと納得したよ。あれだけ忠告したのに懲りないお姫様だよ。


 俺は暑い中重い荷物を持ってきたルーミルに感謝の言葉を述べ、正門の守衛所で冷たい飲み物を振る舞った。するとルーミルがおもむろに作りたてのハンター証を取り出し泊めてほしいと言ってきたので、サーシャを泊めておいて断るのもなんだしなと部屋を貸すことにした。


 どうも王都に戻るとサーシャの実験台にされそうで怖いそうだ。あとあの二人が絶賛し自慢していたうちの部屋に興味が湧いたらしい。


 それから一週間。ルーミルは上機嫌で過ごしていたよ。俺も壁作りが終わった後にちょくちょく彼と雑談をしたりした。


 ルーミルは気位が高く上から目線で話すのが玉にきずだが、基本的に礼儀正しくてイイ奴だ。というのも俺がエルフだけが作れる夜の秘薬のことを聞いたら、今度ここを利用している王国のハンターに届けさせると約束してくれた。


 もう飛び上がって喜んだよ。これで二人を同時に相手しても満足させられるってね。淡白なエルフが数を増やすことに成功したほどの秘薬だ。相当な効果があるはず。


 その後ルーミルが満足した顔でここを去り、数日ほどしてちょうど里の予定地の壁が完成した頃。飛竜の素材を売った代金が東街から届いた。


 もちろん代金は魔石で支払ってもらった。メーレン商会のカミールは白金貨じゃなくていいのですかと首を傾げていたけど、その辺は適当に誤魔化した。カミールも大量の飛竜の素材を手に入れることができ、兄たちを出し抜けるって上機嫌だったからそれ以上突っ込んでこなかった。単純な男で良かったよ。


 BランクからDランクの大量の魔石を手に入れた俺は、さっそく完成した壁に囲まれた里の予定地に建物と部屋を配置していった。余った魔石で食料保存用の部屋も作り、そこに冷蔵庫をできるだけ設置した。


 シュンランやカルラたちにも、長老の家兼集会所の物置部屋へ予備の寝具など消耗品を運んでもらった。そのほか敷地森の花を植えてもらったり、各部屋に木札を設置してもらったりしてもらた。


 建物の配置だけど、一辺が100メートルほどの正方形の里の中央に長老の家兼集会所。そしてマンションのある東の壁ぎわに2LDKクラスの部屋を30部屋と、病院と隣接している南側に大部屋を10部屋に倉庫用の部屋を並べた。


 里の出入口は森のある北側だ。門はマンションの正門と同じく倉庫を設置してその扉を門代わりにしてある。魔石はギリギリでなんとか足りた感じだ。


 ああ、それと病院側の壁にも病院と行き来できるよう小さな入口を作った。スーリオンが怪我人を連れてくるからな。


 里の建物を建てたあとは、維持管理をダリアとエレナにお願いした。


 そうそう、例のかき氷機なんだけど、ギルドのバーカウンターに設置することにした。暑いこともあり連日大人気で、夕方のハンターたちが戻ってくる時間帯なんてカルラが警備隊から人員を呼び寄せてひたすらかき氷を作っていた。


 食べすぎて翌日狩りに出掛けられないハンターが続出したのは言うまでもないだろう。


 おかげでいつの間にかギルドの軽食店と化したカルラの店も、結構な売上を上げている。これに関しては全部カルラたちの収入となる。彼女は警備業務の片手間だからいらないって言っていたけど、その警備業務も給料が高すぎるって減額させられたからな。せめて軽食屋の売上くらいはって無理やり受け取らせた。


 そんなこんなで里が完成し8月も終わろうとしている今日。


 土牛にひかれた牛車ともいうべきか、人が6人は乗れそうな荷車を3台ほど引き連れたスーリオンたちの姿が南の街道に現れた。


「来たな」


 もうそろそろ来る頃だろうと正門の上で燻製作りをして待っていた俺は、壁から正門の前へと降り立った。そして警備をしてる女の子にシュンランとミレイアを呼んでくるように頼んだ。



 ☆☆☆☆☆



「リョウスケ! 」


「やあクロース。ちゃんと連れてきてくれたみたいだな」


 正門の前でシュンランとミレイアと一緒に待っていると、スーリオンのパーティとともに牛車の先頭を歩いていたクロースが満面の笑みを浮かべながら駆け寄ってきた。


「ああ、兄上たちの腕や足が元に戻ったのを見た時の長老の驚きようといったら凄かったぞ。リョウスケのことと里のほかの者も治してもらえると伝えたら、長老が是非直接会って礼を言いたいとなってさ。それで予定通り連れてくることができたのだ」


「そうか、これでもうデーモン族に搾取されることはなくなるな」


 長老が来たならもう成功したも同然だ。


「すごい自信だな……いったいどうやって私たちを助けてくれるのだ? 」


「すぐにわかる。それよりここじゃあ目立つ。誘導するからスーリオンたちについてくるように伝えてくれ」


 昼とはいえハンターの出入りがないわけじゃないしな。


「病院に行くのだなわかった! 」


 クロースはそう言ってこちらへと向かってきているスーリオンたちの元へと戻った。


 それから彼女とともに近づいてくるスーリオンたちに手を振り、彼らと距離を置きながら俺たちは外壁をぐるりと回った。そして里の北門に架けた跳ね橋を渡り門の前で立ち止まった。


「これは……リョウスケ。敷地を拡張したのか? 」


 跳ね橋の上で立ち止まったスーリオンが北門を見上げそう呟いた。隣ではクロースも同じように見上げている。


「まあそんなところだ。それより一緒に来た人たちを紹介してくれ」


 俺は牛車の後方でキョロキョロと壁を見回している10人ほどのダークエルフたちと、牛車へと視線を向けてスーリオンに紹介してもらえるように言った。


「あ、ああ……長老! 」


 スーリオンが牛車に向かってそう叫ぶと、荷車の中から長い髭を生やした白髪の老人が二人の女性のダークエルフに支えられながら現れた。


 長老と思わしきその老人は杖を突き、周囲を見渡しながらゆっくりと俺の前までやってきてそして立ち止まった。


「貴方がリョウスケ殿ですかな? 私は里の長老をしておりますハルラスと申します。この度はスーリオンやマグルたちの治療をしていただきありがとうございます。さらにはほかの里の者まで治療をしていただけるとか。そのお言葉に甘え、できる限りの対価を持参し連れて参りました。どうか今回連れてきた者たちの治療もしていただけるようお願い致します」


 長老はそう言うと深々と頭を下げた。その姿を見た付き添いの女性や牛車から顔を出していた女性たち。そして後方にいる護衛の者たちも揃って頭を下げた。


「頭を上げてください。治療はします。対価のことは気にしないでください。教会のように吹っかけたりしませんので」


「おお……そう言っていただけると助かります。今回連れてきた者たちが戦えるようになれば、足らない分に関しましては後日必ずやお支払い致しましょう」


「そこまで気にしなくていいですよ。治療はついでみたいなもんですから」


「ついで……ですか? それはどういうことでしょうか? 」


「本当の目的はハルラス長老。貴方をここに連れてきてもらうことだったんです。デーモン族の圧政からスーリオンの里を救うためにね」


 首をかしげる長老に本当の目的を告げた。


「我らをデーモン族から……スーリオン、部外者に里のことを話したのか? 」


 長老は後ろで控えるスーリオンに鋭い目を向けそう問いただした。


「はい。申し訳ありません」


「長老! 兄上ではない! 私が話したのだ! リョウスケなら! 私を救うために現れた勇者であるリョウスケなら私たちを救ってくれると! だから! 」


 頭を下げるスーリオンを庇うようにクロースが前に出て長老へ叫ぶように告げた。


「なっ!? 勇者じゃと!? 」


「あ〜勇者じゃないです。ただ、女神より使わされた存在であるのは本当です」


 目を見開き驚いた顔で俺を凝視する長老に、勇者の部分だけはきっちり訂正した。クロースの物言いにはいちいち反応しない。疲れるからな。


「……勇者ではないが、女神より遣わされた存在ではあると? 」


「ええ、世界を救うのが目的ではないので。信じられないのも無理はないと思いますし、別に信じてくれなくてもいいです。俺はただ友人であるスーリオンとクロースが困っているから助けようとしているだけなので」


「友のために我らが里を救うと……しかしいったいどうやって我らをお救いくださるというのですかな? 」


「それはこうしてです」


 俺はそう言ってシュンランとミレイアに目配せをし、北門の扉を開けた。


「む? リョウスケ? この敷地は……病院とは別のようだが……」


 スーリオンが門越しに敷地内に並ぶ建物を見て俺にそう聞いてくる。


「ま、まさかリョウスケ! 」


 クロースは長老との一連流れから察したようで、俺の両腕を掴み詰め寄ってきた。


「ああ、里の人たちにここへ移住してもらう。そうすればデーモン族に税を払う必要がなくなるだろ? 賃料は現金ではなく、警備やマンション運営の手伝いの人間を出してもらうことで相殺させてもらう」


 従業員寮として無償でも良かったが、それだと従業員以外の人やその家族は対象外となってしまう。なら労役という形で賃料を支払ってもらおうと思ったわけだ。50人ほどの男女を警備や雑務なんかで借りられればいいかなと思ってる。それなら里の残りの戦士が採取や狩りに行けるし、今より遥かに豊かな生活が送れるはずだ。


 うちとしてもいざという時のための戦力が欲しかったところだし、丁度よかったといえば丁度よかった。精霊を扱えるダークエルフが300人だ。これは相当な戦力になる。


「お……おお……我らが森に……森に帰れると……」


 長老は敷地内へと視線を釘付けにし身体を震わせている。


 千年以上森から離れて暮らしていたらしいからな。エルフと同様に放棄した北東にあるらしい精霊の森からは離れてはいるが、森でまた生活ができることが嬉しいのだろう。


「リョウスケ……お前というやつはどこまで……」


「私のためにこんな……リョウスケ……リョウスケー! 」


「おっと。ヨシヨシ、約束したろ? クロースたちを救うってさ」


 俺に強く抱きつき、耳元で泣き出したクロースの頭を撫でながらそう言ってなだめた。


「うん……うん……リョウスケ……グスッ……ありがとう」


「どういたしまして」


「リョ、リョウスケ殿……本当に我らをここに? 警備をするだけでこの砦のような場所に住まわせていただけるのですか? 」


 長老が敷地から視線を俺へと戻し、信じられないといった様子で確認をしてきた。


「ええ、これだけの物を建てると色々と目立ちまして……今後ダークエルフの皆さんに力を貸してもらう事もあるかもしれませんので」


 俺は遠回しにマンションの防衛のために利用するつもりであることを明かした。


「なるほど……そういうことですか。いや、森に戻れるうえにこれほど安全な場所に、ほぼ無償ともいえる待遇で住まわせていただけるのなら喜んで守らせていただきましょう」


「そういっていただけると助かります」


 俺の言葉の意を汲み、マンションの防衛に協力してくれると言ってくれた長老に頭を下げ礼を言った。


「頭を上げてくだされ。礼を言うのは我らの方です。しかし……似ておられるな」


「? 」


「祖父より聞き及んでいた勇者にです」


「まあ同じ世界から来た黒髪の人族ですからね」


「ふぉっふぉっふぉっ。それもそうですが、義理堅く底知れぬ優しさを持ちそして無欲なところがそっくりなのです。勇者ロン・ウーも最後まで我らダークエルフを救おうとしてくださっていた。しかし我らは拾ってくれた主の仇を取るため、最後まで敵対した。勇者がこの世界を去ってからもずっと……それが今、700年の時を超え再び救いの手を差し伸べてくださっておる」


「俺はその勇者とは別人ですし、ダークエルフだから助けたいと思ったわけじゃないですよ。スーリオンとクロースという友人のためです」


 さすがに3千人はいるらしいダークエルフ全員は救えない。魔石を貯めればできないことはないが、そんなことをしたらデーモン族が間違いなく攻め寄せてくる。税を収める人間がいなくなるわけだしな。でも10あるうちの一つの里が消えたくらいなら、本気で探そうとはしないと思う。それでも色々と準備が必要だけど。


「ふぉっ、ふぉっ……そうですか。良い友人を持ったなスーリオン、クロース」


「はい。私にはもったいないくらいの男です」


「グスッ……はい」


「あはは、そう褒めるなって。それより早く中に入ってください。病院にも繋がっていますので怪我人はそちらへ。シュンラン、ミレイア。案内してやってくれ」


 俺はスーリオンとクロースの熱い眼差しを間近で受け、照れくさくなり里の中へ皆に入るように言った。


「フフフ、わかった」


「はい。牛車の方はこちらへどうぞ」


 そんな俺の姿にシュンランとミレイアは笑いつつも、スーリオンと長老たちを中へと誘導した。


 みんな狭いけどここが新しい里だと聞いて目を輝かせて敷地の中を見回していたよ。


 そんな長老を始めダークエルフたちを長老を中央の倉庫型の建物へと誘導し、そこで設備の使い方を説明し鍵を渡した。


 すでにお約束だが、初めてここに来た長老や一緒にいたダークエルフの男女は皆が部屋の設備に驚いていた。トイレからはクロースに使い方を教わっていた女性たちから悲鳴が響き渡っていたよ。そこに慌てて男のダークエルフが駆けつけて、また悲鳴が聞こえたと思ったら顔を腫らして戻ってきた。


 大丈夫だって言ったんだけどな。恋人が女性陣の中にいて心配だったらしい。


 そんな寡黙だけど情の厚いダークエルフたちへ、ひと通り案内を終えた後。俺は彼らに数日ここで住心地を体験していって欲しいと告げてマンションへと戻った。


 さて、長老たちの反応を見る限りここへ移住をしてくるのは間違いないだろう。


 あとはデーモン族にバレないようにうまく抜け出してきてもらわないとな。

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