第14話 スーリオンの治療




『17番の番号札をお持ちの方〜査定が終了しましたのでカウンターまで来てくださ〜い! 』


『おうっ、今行く! 』


《よし、換金が終わったら次は商会だな》


《南街と変わらない価格で売れるって本当かね? 》


《本当らしいぜ。なんでもオーナーが商会から取る場所代を格安で貸しているらしい。それで輸送料と相殺できるから、街と変わらねえ価格で買い取れるってあの山羊人族の店主が言ってたそうだ》


《あんな豪華な店を格安で貸すとかさすが太っ腹だよなオーナーは。お? 噂をすればってやつだな。おーい! オーナー! ギルドと商会の誘致助かってるぜ! 》


「ははっ、お役に立てて何よりです」


 俺は遠くの席から手を振る人族のパーティへと手を上げて応えた。


 閉門後ということもあり、ギルド内は混雑している。


 中央に設置したテーブルは全て埋まっており、壁際で立って空きを待つハンターも多い。


 入口の左側のカウンターでは、カルラとクロエが半袖の薄着姿で果実水や葡萄酒を黙々とグラスに注いではカウンターに置いていっている。そうして並べられた飲み物を、テーブルに座ってるハンターたちが銅貨を手に取りに行っている。


 ハンターたちが待っている間なにか飲みたいというので、カルラに混雑する夕方の間だけ飲み物を作ってもらえるよう頼んだんだ。


 しかしギルドとショッピングモールがオープンして3日経ったが、明らかにギルドの職員不足だ。ギルドの守衛ですら警備どころではなく、裏の倉庫とギルドを行ったり来たりで忙しそうにしている。


 まあ初日と二日目に比べれば夕方だけになった分、落ち着いたというべきか。初日は滞在中の全てのハンターたちが、大喜びで貸倉庫に溜めていた素材を一気に持ち込んだからな。


 ギルドマスターのオリバーさんも、想像していた以上に持ち込まれる物が多いことに嬉しいんだか嬉しくないんだかわからない悲鳴をあげていたよ。東街から持ってきた依頼なんて、初日に全部無くなったし。


 このままじゃ現金がなくなるというから、俺が魔石を買い取ったりして対応した。とはいってもそれも一時しのぎにしかならないので、すぐにでも東街に戻って人と現金を持ってこないと回らなくなるだろう。


 それはショッピングモールに入っている商店も同じだ。加工食品や衣料品店はもうすぐ品切れになるそうで、東街の支店に追加の商品と増員を求める手紙を街に戻るハンターに渡していた。


 加工食品や衣料品がすぐに売れたのには理由がある。それはギルドとショッピングモールを設置したことで、滞在中だったハンターたちのほとんどが契約を延長したからだ。そのための買い溜めなのだろう。


 中には南街で受けた依頼を放棄して、違約金を払ってまで滞在期間を延長したパーティもいる。違約金の額と延長した際に得られる収入。そして次に来た時に部屋に空きがあるかわからない状況など、諸々を考慮した結果。違約金を払ったほうが得だと考えたのだと思う。


 そういうわけでマンションは大部屋以外は全て満室だ。このままじゃ新規の客を受け入れられなくなると思ったので、昨夜新たに別館『春蘭』と『美麗』の並びに、別館『多利庵ダリア』と『恵令奈エレナ」を建設した。ダリアとエレナは恥ずかしがっていたけどな。まあ看板はこの世界では誰も読めない漢字だから許して欲しい。


 この別館は春蘭や美麗よりも大型で、各館パーティ用の部屋を10部屋と30人用の大部屋を二部屋設置した。


 しかしバージョンアップ後の部屋ということもあり、総工費がDランク魔石換算で4000枚(4千万円)近く掛かってしまい、手元にはDランク魔石換算で1000枚しか無くなってしまった。


 でもパーティ用の部屋は一部屋につき月の収入がDランク魔石で約110枚増えるから、2棟で20部屋とさらに大部屋もあるので月の収入が2000枚以上増える。すぐに元は取れるから金欠は今だけだ。


 これで経費やなんだかんだを差し引いても、賃料に弁当代。商店のテナント料などで、月の収入はDランク魔石換算で5000枚(五千万円)。白金貨50枚になる。月の純利益が五千万。年で7億5千万だ。使う機会も環境もないけど……もっと商店を誘致して、シュンランとミレイアに贅沢をさせてあげたいな。


 そんな感じで突然深夜の内に増えた別館を見たハンターたちも、余計なツッコミをしてくること無く大喜びだった。満室で宿泊を断った事も過去に何度かあったしな。みんなこれで安心して街に帰ることができるってさ。誰も帰る素振りを見せないけど。


「フフッ、ギルドを誘致してよかったな」


「本当に良かったです。活気があって見ていて楽しいです」


 俺がこの三日間の出来事を思い返しながら、大忙しの受付カウンターと笑顔で葡萄酒をテーブルに並べているカルラ。そして無表情で黙々と果実水を注いでいるクロエを眺めていると、一緒に様子を見に来ていたシュンランとミレイアが隣で微笑みながら話している声が聞こえてきた。


「確かに東街のギルドより活気があるね」


「毎日精算に来るからだろうな。街では森から戻った日や、出発する時くらいしか寄らないからな」


「それもそうか」


 俺はシュンランの言葉に納得した。街とは違いここは毎日ハンターが森から戻ってくる。そりゃ混雑するのも当然か。


 しかしそうなると毎日こんな状態になるってことか。そのうち皆も時間をズラすだろうし、そうなると夜遅くまでギルドに人がやって来ることになるな。こりゃギルドの職員の増員は急務だろう。


 まあその辺はマスターがよくわかっているだろうから、手配しているとは思うけど。


「それよりも涼介。酒の消費が早くてこのままだとすぐに無くなってしまいそうだ。商店に大量に発注をしたいのだがいいか? 」


「その辺はシュンランに任せるよ。好きなだけ発注していいよ」


 俺は毎日の楽しみの酒がなくなることに若干不安そうなシュンランに、在庫の心配がなくなる量を発注していいと伝えた。


「結構な額になるから涼介の了承を得ようと思ってな。ではさっそく発注してくるとしよう」


 シュンランはそう言って嬉しそうにギルドを出て、隣のショッピングモールへと向かった。


「うふふ、安心したみたいですね」


「あはは、シュンランは結構飲むからな」


 彼女は毎晩お風呂上がりに結構飲む。彼女というか竜人族がお酒に強い体質というのもあるが、そもそもこの世界の酒は酒精がそれほど強くない。だからそのぶん量を飲むことになる。


 確かバージョンアップしたキッチン器具に圧力鍋があったな……大量に注文するなら蒸留酒作りに挑戦してみるかな。


 俺は圧力鍋があるなら作るのは簡単だしと、そろそろ蒸留酒作りを始めてみようと思うのだった。



 ♢♢♢♢♢♢♢



「スーリオン。それじゃあやるぞ。今から何が起こっても、とりあえずは黙って見ていてくれ。あとで説明するから」


 俺は病院の部屋のリビングでソファーに腰掛けているスーリオンと、その隣で心配そうに見守っているクロースに向けそう説明した。


 スーリオンたちが入院してちょうど1ヶ月が経った今日。俺は恋人たちを連れて彼の治療に来ていた。


 俺の両隣にはシュンランとミレイアが、背後にはカルラとスーリオンのパーティの仲間たちが見守っている。カルラがいるのは、入院中にスーリオンとよく話していたからだろう。


「わかった。頼む」


 俺の説明にスーリオンはそう言って頭を軽く下げた。


「なにがあってもって……いったい何があるというのだ? 治癒のギフトを発動するだけじゃないのか? 」


 しかしクロースは俺の言葉に引っかかりを覚えたようで、首を傾げながら質問してきた。


「それは……こういうことだ」


 そんなクロースの前で俺は間取り図のギフトを発動した。


「!? 」


「なっ! 何だそれは!? 」


 目の前に突然現れた金色に輝くパソコンに、スーリオンもクロースも目を見開いて驚いている。背後にいるマグルたちからも息を呑む声が聞こえる。


「黙って見ていろと言ったろ? クロース、かなり眩しいから自分とスーリオンの目を塞いでくれ」


「眩しい? わ、わかった。いうとおりにする。だから兄上を頼む」


「任せろ」


 俺はスーリオンの両目を手で塞いだあと、目をキツく瞑ったクロースへ自信満々でそう答えた。


 そしてパソコンを操作してマンカンのアイコンをクリックし、原状回復のタブを開いた。するとそこにはこの病室の間取り図と、スーリオンの座る位置に両腕を赤く点滅させた人形が映し出されてた。スーリオンを表す人形は両腕の他にも身体のいたる所が点滅している。


 俺はこの際だから全部治そうと思い、赤く点滅する全ての部位をクリックした。すると右上にD×290と表示された。欠損部位一つに付き100枚で、古傷が20枚だからこんなもんだろう。


 そして隣にいるミレイアに視線を送ると、彼女はあらかじめ用意しておいた魔石を入れた袋から必要魔石を取り出しパソコンの画面へと投入してくれた。


 魔石の投入が終わると、スーリオンの足元に魔法陣が現れた。俺はそのタイミングで目を瞑り、さらに腕で覆った。隣りにいるシュンランとミレイアも同様に手で目を覆っている。


 その瞬間。魔法陣は部屋全体を照らすほどの眩い光を放った。


 後ろからマグルたちのうめき声が聞こえる。まさかここまで眩しいとは思っていなかったのだろう。


 しばらくして光が収まった頃。俺は目を開けてスーリオンへと視線を向けた。


 するとそこには両腕の生えたスーリオンの姿があった。


「成功だ。クロース、目を開けいてもいいぞ。スーリオンに腕を見せてやってくれ」


「わ、わかった……あ……ああ……腕が……兄上の……兄上! 」


 俺の言葉にゆっくりと目を開けたクロースは、スーリオンの目を塞いでいた手を離しながら視線を彼の腕へと向けた。そしてそこに存在している腕を見て、目に涙を浮かべながらスーリオンへと抱きついた。


「…………」


 スーリオンは自分の腕を見て固まっている。


『スーリオンの腕が一瞬で元に……これが治癒のギフトの力……』


『なんというギフトだ……あの黄金に輝く光といい、神の御業としか思えん』


 後ろからマグルたちの感嘆の声が聞こえる。


「ニヒヒヒ! 凄いだろ? これがリョウスケのギフトだ! 良かったなスーリオン。って、いつまで呆けてんだよ。もっと嬉しそうにしやがれ! 」


 カルラはスーリオンの座るソファーの後ろに向かい、背後から首を羽交い締めにして彼のグレーの頭をペシペシと叩いた。


「ぬっ!? あ、ああ……これほど完全な状態で元に戻るとは予想していなくてな。ありがとうリョウスケ。この恩は一生掛けてでも必ず返す」


 スーリオンはそんなカルラの行動にハッとなり、少しだけ笑を浮かべ感謝の言葉を口にした。


「だからそういうのはやめろって言ったろ。これは精霊のブーツをくれた礼だ。恩に着る必要はないんだ」


 まったく、義理堅いというかなんというか。いちいち堅っ苦しい男だ。まあそんな実直なところが気に入ってるんだけどな。


「リョウスケ……ありが……とう……ぐすっ……本当に……ありがとう」


「クロース。お前も気にするなって」


 俺は泣きながら頭を下げるクロースの肩に手を回し、その白銀の長い髪を撫でながらそう伝えた。


 泣いているクロースはしおらしくて本当に可愛いな。でも中身はアレなんだよなぁ。


「フフフ、よかったなスーリオン、クロース。さあ、涼介。マグル殿たちの部屋に行って彼らも治療してやらねば」


「ああそうだな。マグルさん。まずは貴方から治療しますので部屋に移動しましょう」


 シュンランの言葉に俺は後ろを振り向き、未だに驚いた表情のままのマグルたちに向かってそう告げた。


「ほ、本当に我らも良いのか? 私の目も仲間の足も……」


「ええ、皆さん治しますよ。そのためにここに泊まってもらっていたんですから」


 俺の声がけに遠慮がちなマグルへと、当然でしょと言わんばかりに答えた。


「だ、だが先ほどかなりの数の魔石を光の中に投入していたようだが……」


「だからそういうのは気にしないでくださいと言ってるじゃないですか。俺は中途半端が嫌いなんです。治す時は全員治したいんです。さあ、早く移動しましょう! 」


 俺は話していても埒が明かないと思い、マグルたちの背を強引に押して部屋の外へと出した。


 まったく、目の前で腕が生えたスーリオンを見てまだ遠慮するとか。本当は目や足を治したいだろうにこのダークエルフの男たちは……だから女性がクロースみたいに積極的になるんだろうな。これほど相手の気持を考えすぎて控えめじゃな。


 その後。マグルの部屋へと移動した俺は、彼の目と指を治し、ほかの仲間の部屋にも行って欠損した部位の治療をした。


 失った目や足が治った彼らは皆しばらくは放心状態だったが、最後には深々と頭を下げて感謝してくれた。


 そしてマグルたちを連れてスーリオンの部屋に戻ると、目や足が治った仲間の姿を見たスーリオンが笑顔で、本当に嬉しそうに彼らを出迎え両腕で彼らを一人づつ抱きしめていった。


 その姿は明らかに自分の時よりも嬉しそうだった。


「フッ、いい男だな」


「はい。自分よりも仲間の回復を心から喜んでいて、とても良い人です」


「そうだな。ああいう人間が人の上に立つのに相応しいよな」


 喜び合うスーリオンたちの姿を見た恋人たちの言葉に、俺は頷きながら賛同した。


「何を言っているのだ。人の上に立つという点なら、涼介以上の男はいないぞ」


「そうです。涼介さんが一番人の上に立つのに相応しい人です」


「俺が!? いやいや、俺はそういうのは向いてないよ」


 女性に激甘だしな。男のハンターが多いから目立ってないが、女性が増えたら優遇しすぎて文句が出るだろう。ただでさえ女性専用の宴会場とか用意しちゃってるし。


「これほどのマンションのオーナーとして君臨しているというのに自覚がないとはな」


「ふふふ、ハンターの皆さんにあんなに慕われているのに不思議です」


「それはシュンランやミレイア。そしてダリアにエレナとカルラたち棘の守衛隊の皆が助けてくれているからだよ。俺だけの力じゃない」


 俺一人でこのマンションを経営してうまくいくはずがない。全部シュンランやミレイアたちのおかげだ。


「フフフ、そういう所を言っているというのに、本当に自覚がないのだからな」


「ふふっ、本当にそうですよね」


「え? なに? どういう意味だ? 」


 俺の両腕に腕を絡めながら笑う二人に、俺はなぜ笑われているのか理解できないでいた。


 まあなにはともあれスーリオンたちの治療は終わった。


 あとは俺の事を話して、スーリオンがなぜ腕を失ったのかを聞き出さないとな。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る