第12話 ギルド誘致



 スーリオンたちを病院に受け入れてから三日が経った。


 入院した翌日に、スーリオンの腕の傷が治りが遅くて痛みに苦しんでいることを知った。腕を失ってすぐに、中級治癒水を飲んだはずなのにだ。


 それならと定期的に購入している上級治癒水を飲ませようとしたんだけど、スーリオンの激しい抵抗に遭い諦めた。これ以上俺に負担をかけるわけにはいかないとさ。


 そんなの気にしなくてもいいと言ったが、あの頑固者は口を閉じて抵抗してきやがった。クロースに説得させても駄目で俺は諦めた。その代わり救急セットの痛み止め薬をクロースに山程渡して、毎日必ず飲ませるように言った。


 クロースは弱りきった顔で感謝の言葉を口にしていた。あのクロースにあそこまで心配掛けるなんてスーリオンのやつめ……


 マグルたちはそんなスーリオンにため息を吐きながら狩りに出掛けていった。せめて滞在費だけでも稼いでくると言ってね。まあそんな彼らの行動は予想通りだったけど、治す傷を増やしたら迷惑だから怪我をしないように釘を差しておいた。


 この三日間は早めに帰ってきているし、持って帰ってくる素材や魔石の量から無理はしていないようで安心している。


 スーリオンも痛みに苦しむことが減ったようで、クロースも少し元気が戻ってきたように見える。彼女はシュンランの仕事の手伝いをしたりして、忙しく過ごしているようだ。


 クロースが病院にいない間は、西門を警備に来ているカルラが魔国の情報を聞くためにスーリオンの話し相手になっているみたいだ。カルラのおかげでスーリオンも退屈せず済んでいると思う。


 そんな感じで三日が経ち、四日目の早朝に受付で狩りに出かけるハンターたちの見送りを終えた俺に、ライオットが話があると言って声を掛けてきた。


 何の話だ? と思いながら話を聞いてみると、それはギルドと商人をこのマンションに誘致しないかというものだった。


「ギルドと商人をここにですか……」


「ああ、ギルドを誘致することができれば、ハンターたちも帰りの荷物を心配することなく狩りができる。二ヶ月とか三ヶ月長期滞在する者も出てくるだろう。そうなればリョウの収入も上がるだろ? ハンターたちも大喜びするだろうしで良いことずくめだ」


「まあそれはそうなんですけど……しかしギルドにここを知られれば王国や帝国にも知られることになります。それはさすがにリスクが高いですね」


 ギルドや商人の誘致は、以前からハンターたちに言われていたこともあり考えてはいた。


 しかしギルドは王国本土の本店を中心に、帝国と魔国と獣王国。そして西街と南街と東街に支店がある。そのギルドを誘致したらあっという間にここのことが王国や帝国に知られるだろう。ギルドと繋がっている商人もしかりだ。


 だからギルドや商人を誘致することは諦めていた。その代わり荷車で運びやすいように道の整備に力を入れることにしたんだ。


 南街に繋がる道だけじゃなく、東街に繋がる道も作ったりしてな。まあ夜にシュンランたちと狩りをしながらなのでまだ半分もできていないが。


「それなら心配はねえ。誘致するのは獣王国のギルドだからな」


「ん? どういうことです? ギルドは王国に本店があって全部繋がっているのでは? 」


「勇者がいた大昔はな。だが今じゃ横の繋がりはそれほどねえんだ。西街のギルドの職員は魔族しかいねえし、南街も人族だけだ。当然俺が利用している東街も獣人だけだ」


「そういうことか……」


 ギルドはどうしても本店や支店のある国の影響を受けることから、完全な中立組織ではないことを以前にハンターたちから聞いた。滅びの森の入口にある南街や東街も、各国が作った街にギルドが設置されているわけだしな。


 それでも本店を通して各支店が繋がっていると思っていたが、どうやらそうでもないようだ。


「長い年月をかけて徐々にギルドは各国に取り込まれていった。今じゃ各支店のギルドマスターの人事にも口を挟める。まっ、国が運営するギルドみてえなもんだな」


「こう……もっと独立していて権力がある組織だと思ってたんですけどね」


「独立を維持するにはそれだけの力が必要だからな」


「それもそうですね」


 ちょっとイメージが崩れたけど、まあ支店のある国のハンターはその国の人間だしこうなるのが普通か。やっぱレベルアップとかない世界だから、ずば抜けた力を持つ人間がいないのが原因かもな。そういった存在がいないと、小説やアニメの世界のギルドみたいに中立を維持するのは難しいのかもしれない。


「そういうわけで獣王国のギルドを誘致すれば、知られるのは獣王国だけだ。それだって国にはなるべく秘密にさせる。まあ国に知られたとしても獣王国に領土的野心はねえし、ここの設備を知ったとしても作る技術もねえ。何より信義を大切にする種族だ。獣王国になら知られても危険はねえと思うぜ? 」


「まあ……確かに」


 ライオットの言うように獣王国に領土的野心がないのは明らかだ。


 獣人は勇者によって人族の奴隷から開放された種族だ。もちろん元々の領地なんてものはない。世界中にバラバラに生息していたみたいだしな。そこを人族に狩られ長きに渡り奴隷にされてきた。


 そして勇者によって開放され、この大陸の東南にある大昔に滅んだ人族の国の領土を与えられた。


 だから彼らに滅びの森から奪い返す領土はないし、今の領地もまだ未開拓な土地が多く残っていることから領地を広げる野心もない。


 レフや他の獣人たちからそういった話を聞いて、獣王国にならここがバレてもいいかとは思っていた。獣人は全体的に裏表のない人ばかりで信用できるしな。


「だろ? だからギルドと商人を誘致しようぜ? そうすりゃ万が一他国が攻めてきてもここを守れるしな」


「ギルドがあるとここを守れる? それはどういうことです? 」


「そりゃギルドが外部から攻撃を受けることになれば、ギルドは国に支店の存在を明かして援軍を求めるからな」


「なるほど……」


 ギルドを誘致すれば間接的に獣王国がバックに付くということか。


 シュンランとミレイア。それにダリアやカルラたちのことを考えたら魅力的な話ではある。


「リョウがいいって言ってくれりゃ、俺からギルドに話を通してやる。もちろん国にバレねえようにな。もし建物を用意してくれりゃ、すぐにでも人をよこすぜ? 」


「建物は問題ないんですが、少し時間をください。シュンランとミレイアたちと相談する必要があるので」


「シュンランたちの意見も聞くのか? お前がオーナーだろ? 」


「オーナーは俺ですけど、シュンランもレイアも共同経営者なんです。このマンションの将来に関わることは、いつも彼女たちと話し合ってから決めているんですよ。なので今回もそうするつもりです」


 ダリアとカルラたちだってもう俺たちと運命共同体だ。彼女たちの意見も聞かないとな。


「そうか。ククク、リョウは良い王になるな」


「王? 俺はただの宿屋のオーナーですよ」


「ガハハハ! そうだったな。悪い悪い。じゃあ良い返事を待ってるからよ」


 ライオットはそう言って大笑いしながら神殿地下の部屋へと戻っていった。



 そしてその日の夜。俺はシュンランとミレイアを連れて守衛隊の寮に行き、ダリアとエレナも呼んでギルドを誘致する件を相談した。


 結果から言うと慎重論も出たりはしたが、ほとんどの子が賛成してくれた。商人を誘致する話の時なんて、カルラたちは南街に買い物に行かなくて済むといって喜んでたよ。


 シュンランとミレイアも、もしここのことが知られたとしても獣王国ならここを攻め取ろうとは思わないだろうと言っていた。獣王がどんな人間かは知らないが、過去に他国を侵略しようとした王はいないから恐らく大丈夫だろうとも。


 そういった皆の意見を聞いた俺は、ギルドを誘致することを決めた。


 そして翌朝にライオットにギルドと商人の誘致をすることを伝えると、ライオットは飛び上がって喜んでいた。そして部屋はそのままにしといてくれと1ヶ月分の賃料を受付に置き、急いでパーティメンバーを連れて東街へと帰っていった。


 今まで1ヶ月近くダラダラしていたのとは対象的に、そのあまりの行動の速さに俺もシュンランたちも呆気にとられていた。


「嬉々として出ていったな」


「あんなにやる気満々のライオットさんを初めて見ました」


「普段は引きこもりみたいなもんだったしな」


 しかしあの喜びよう……やっぱりライオットはギルドからの回し者だったか。


 まあ急に獣人のハンターたちの持ち帰る素材や魔石が増えればな。東街は南街ほど大量のハンターがいるわけじゃないから目立つよな。そりゃあどういうことだと原因を探ろうとするのも当然か。


 高ランクのライオットが来てくれたおかげで、ギルドと商人に話を通しやすくなったわけだし結果オーライかな。


 さて、それじゃあギルド用の建物と宿泊施設に商人用のデパートでも作るとするか。ああ、あと東街に繋がる道も完成させないとな。


 また忙しくなるな。


 俺は東街へ繋がる道を全力で駆けていくライオットたちを眺めながら、今後の予定を立てるのだった。



 ♢♢♢♢♢♢♢



「リョウスケ! なんだあれは!? 正門の隣りのあの2つの大きな建物! 昨日まで無かったぞあんなもの! 」


 ライオットたちが東街に戻り一週間ほどした早朝。


 受付に座って狩りに出かけるハンターたちを見送っていると、クロースが興奮した様子で新しくできた建物を指差しながらやってきた。


「クロースおはよう。ああ、あれは昨夜に建てたんだよ」


 東街へ繋がる道作りも一段落着いたから、昨夜一気に大型の倉庫を二棟建てた。


 常連のハンターは驚きつつも、聞いても俺が答えないのを知ってるから引きつった笑みを浮かべるくらいだったけど、初めて見た人間はクロースみたいな反応の人ばかりだったな。


 守衛所を建てた時なんてアンジェラとイザベラがうるさかったのなんの。


「一晩であれを建てたのか!? 」


「ああ、どうやって建てたのかは今は秘密だ。そのうちクロースたちにだけ特別に教えてあげるよ」


「わ、私だけに特別……う、うむ。まあそういうことならいいだろう」


「あれ? 」


 なんでクロースだけに教えることになってるんだ? 相変わらず脳内変換が激しい子だな……


 俺は頬を染めモジモジし始めたクロースの言葉に首を傾げながらも、どうせ訂正してもまた変な方向に変換されるだろうしと考え聞かなかったことにした。


「しかしなんのためにあんな物を建てたのだ? 部屋を増やすのか? 」


「いや? そのうちわかるよ。まあ皆が喜んでくれる物だよ」


 ギルドの従業員がいつ来るかわからないから皆には言ってないんだよな。カルラにも来るまで言わないようにと伝えてある。ギルドが来ると思って、持って帰れないほどの素材を溜められても困るしな。


 それにギルドの人が来たとしても、すぐに営業開始できないと思うし。下手なこと言ってクレームをもらうのはゴメンだ。


「皆が喜ぶもの……わかったぞ! あの建物は娼館だな! まったく、男という生き物は欲望にまみれているな」


「違う! 皆って言ったろ!? 聞いてたか!? 欲望にまみれているのはクロースの頭だからな? 」


 女性のハンターもいるのになんで娼館を誘致すると思ったんだ? 


「なっ!? 私のどこが欲望にまみれているというのだ! 言いがかりにもほどがあるぞ! だいたい昼食の時間の度に、シュンランとミレイアと部屋でまぐわっているリョウスケにだけは言われたくない! 」


「おいっ! 俺が毎日昼にヤってるような言い方はやめろ! 」


 くっ……どこからそんな情報を……今は暑いから食後に一緒にシャワーを浴びてついそのまま襲っちゃうだけで、一年を通したら毎日じゃない。春は倉庫とかでたまにコッソリしていただけだし!


「私が知らないとでも? これでも匂いには敏感なのだ。毎昼食後に二人の股から漂うあの匂い……あ、あれは間違いなく男のせ、精……」


「だあぁぁぁ! 黙れ! シュンラン! クロースを早く連れて行ってくれ! 」


 俺は顔を火照らせ足をモジモジさせながら話すクロースに机越しに飛びかかり、彼女の口をふさぎながらシュンランを呼んだ。


 すると地下からシュンランがやって来て、またかと呆れた顔をしながらクロースを引き取っていった。


 まったく、最近元気になってきたと思ったらこれだ。


 昨日もダリアが倉庫の素材を整理するというので、手伝うために一緒に倉庫に入って作業をして倉庫から出てきたら『何をしていたんだ? 私に言えないことをしていたんだろ!? シュンランに秘密にしておくから私だけに教えろ! 』って興奮した顔で問い詰めてきたしな。騒ぎを聞きつけたシュンランにゲンコツ食らって引きづられていったけど。


 つい数日前まではあんなに暗かったのに、だんだんいつものクロースに戻ってきたよな。


 里じゃスーリオンとずっと二人っきりだったみたいだしな。ここに来てスーリオンが治る可能性を知り、シュンランやミレイア。それにカルラたちと一緒に仕事をすることにより気が紛れたんだろう。


 ここに来た時のあんな焦燥した顔のクロースよりはいいけど、元気になったらなったでこれじゃな。


 見た目はいい女なのに、中身が耳年増の変態女だもんな。はぁ……


 まあ、またスーリオンと話すネタが増えたと思うことにしよう。帰ったら怒られるがいい。


 そうそう。そのスーリオンだけど、なぜ腕を失ったのかを話そうとしないんだよな。里で何かがあったのは間違い無さそうなんだけど、マグル同様ダークエルフの問題だと言って口を開こうとしない。


 だから俺は客の魔人やサキュバスに、スーリオンたちが住む里の土地の所有者であるデーモン族のことを聞いて回った。その結果、あのスーリオンの腕の傷は、デーモン族の闇魔法によってつけられたものでほぼ間違いないことがわかった。


 デーモン族の種族魔法である闇魔法は強力で、その魔法によって傷つけられると治りが遅くなるらしい。呪いみたいな物のようだ。


 スーリオンの傷の治りも異常に遅いから間違いないと思う。


 確か最初ここに来て帰る時に、税金を収める時期だから里に戻るといっていた。なら納税の時にデーモン族の徴税官と揉めたのかも知れない。それなら確かにダークエルフの問題ではある。


 気にはなるが、今はいつでも困った時は力になると言うことしかできないな。せめて相談してくれればな。


 治療をした時にまた聞いてみるか。


 俺はそんな事を考えながら、クロースがいなくなり静かになったエントランスでお客が来るのを待つのだった。



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