第11話 別れと再会
7月初旬の晴れた日の昼頃。
俺はシュンランとミレイアと共に、正門までサーシャとリーゼロットを見送りに来ていた。
「リョウスケ、部屋は取っておいてよね。その代わり職人にかき氷を作る機械を作らせたら持ってくるから」
「それは助かる。あの部屋は高くて誰も借りないだろうから取っておくよ」
前にサーシャがかき氷を王宮の調理人でも簡単に作れるようにしたいというので、簡単な設計図を書いて渡してあった。
設計図を受け取った時のサーシャは、リーゼロットがいなくても好きな時に食べれるってニマニマしていたよ。食べ過ぎで何度もお腹を壊してるのに懲りない子だ。
まあお腹を壊すほど食べたのは暑いからというよりも、サーシャはミレイアやエレナ同様甘い物好きな事。そして色々なシロップを作っては氷にかけて味見してを繰り返していたのが原因だと思う。
ミレイアは良い子だから俺の言ったとおり食べすぎないようにしてたようだが、エレナとサーシャはいつもお腹を押さえていたな。
果実を煮込んで濃縮した果汁に砂糖を混ぜ、それを凍らせたアイスも作ろうとしたけど、そんな二人を見て思い留まったよ。サーシャがいなくなったら作ろうと思う。
「私が利用した部屋だからって、ベッドで変なことしないでよね」
「しねえよ! 」
なにいってんだこの女!
「あはは! 冗談よ。でもここの生活はすごく楽しかったわ。毎日色々な音楽も聞けるし退屈することなく過ごせたわ。あの音楽が聞ける魔道具だけでも持って帰りたかったけど、あんなの持って帰ったらお兄様やお父様に問い詰められてしまうもんね。はぁ……残念だけど諦めるわ」
「ここの物は持ち出せないようになってるから心配するだけ無駄だ。まあ、なんだかんだと弁当作りを毎日手伝ってくれて色々助かった。ありがとうな」
「そう思うなら私の新作を採用しなさいよね。全部却下されたのはショックだったわ」
「万人受けしないからな」
サーシャは料理は作れるが、それは教わったとおりに作ることができるだけで創作料理は壊滅的だ。
先にも言ったとおり甘党な彼女は、激甘ドラゴンフルーツバーガーとか甘塩ポテトなど胸焼けがするものばかり作る。ミレイアやエレナですらドン引きしていたくらいだ。当然そんな物を商品化するわけにはいかないで毎回却下していたが、その度に彼女は唇を尖らせて不満を言っている。
「みんな味覚がおかしいのよ。いいわ、王都で調味料をいっぱい買ってくるから。みんなの頬がとろけ落ちるようなものを作ってみせるわ」
「王宮でやれよ……」
「ククク、サーシャは涼介に褒められたいのだよ」
懲りないサーシャに呆れていると、隣りにいたシュンランが笑いながらそう言った。
「そ、そんな事ないわよ! いつも私の考えた料理を馬鹿にするリョウスケをギャフンと言わせたいだけよ! 」
「ギャフンとねえ……一体何と戦ってんだよ。それよりかき氷を食いすぎるなよ? 温かい飲み物も飲んで、お腹も冷やさないようにな」
「わかってるわよ! もうあんな痛いのは嫌だもの。新作のシロップはお父様とお母様に味見してもらうわ」
「そうか」
王も王妃も腹痛を起こしそうだな。毒を盛ったとか言われてサーシャが疑われなきゃ良いけどな。
「ふふふ、サーシャったら本当に楽しそうね」
俺とサーシャのやり取りを彼女の隣で見守っていたリーゼロットが、笑いながらサーシャに言った。
「リーゼほどじゃないわよ。ここに来てからずっと楽しそうじゃない。あんなに笑っているリーゼを初めて見たわ」
「そう? う〜ん……そうかもね。だってリョウといると飽きなくて楽しいんだもの。次に来る時が楽しみだわ」
リーゼロットは俺に微笑みながらそう口にした。
そんな彼女の視線に、俺は人差し指でこめかみを掻きなが無言で応えた。
相変わらず思ったことをストレートに言う子だ。
あの夜。病院を建てた夜に俺が突き放した言い方をしたにも関わらず、彼女は翌日も変わらず俺のところに来て日中の間ずっと一緒にいた。
もう来ないと思っていたんだけどそれは杞憂で、彼女は私の立場的に信頼されるのには時間が掛かるだろうから、なるべく俺と多くの時間を過ごすことにすると言っていた。
なぜそこまで俺から信頼を得ようとするんだと。俺のことを勇者かどうか確認したいからかと聞くと、最初はそうだったけど今はそうではないという答えが返ってきた。
もちろん勇者かどうかは気になるらしいが、それよりも飛竜を瞬殺する俺の強さや、あんな特殊な魔道具を作り出す技術。そして長く生きてきたエルフですら知らない事を知っている、そんな不思議な存在である俺をもっと知りたいと思ったそうだ。
男性に対してこんな気持ちになったのは初めてだと。そんな事を少し恥ずかしそうに言うリーゼロットを俺は可愛いと思ってしまった。
それからは毎日色んな話をして楽しく過ごした。そんな彼女が王国に帰るのは少し寂しくもあるが、さすがにもう戻らないと不味いらしい。
「リョウ、それじゃあ一旦帰るわね。次の遠征は長めに計画して、帰りにここに寄るわ。その時はまた色々な話を聞かせてね」
「ああ、気をつけてな」
「リョウスケ、約束は守るから。ここの事はお父様には話さないから安心して。貴族の動きも見張っておくから」
「そうしてもらえると助かる」
まあ備えはしてあるけどな。
この十日間で夜の狩りのついでに、南街とここを繋ぐ道の途中にかなりの広さの野営地を複数作った。そしてそこに石の大型ドームも複数設置し、石製のトイレも置いた。
普段はハンターが利用するだろうが、戦時には軍が野営場所として使うはずだ。俺はそこに魔物を誘引して奇襲して数を減らすつもりだ。
だからいざという時の備えはできている。あとはシュンランとミレイアのレベルをもっと上げる事くらいだな。ヘヤツクがバージョンアップすればより完璧になるんだけど、こればかりはどうしようもないからな。
「任せて。こっちも戦争なんて嫌だし、必ず貴族は抑えてみせるわ」
「戦争? 」
なんのことだ?
「あっ、リョウスケとの戦争って意味よ。貴方と戦いたくなんてないもの」
「そうか。俺もできれば戦いたくはないな」
なんだ俺と戦争するってことか。
「もうサーシャったら……フフッ、それじゃあリョウにシュンランにミレイア。もう行くわね」
リーゼロットが若干呆れた顔でサーシャを見たあと背を向けた。
「みんなまたね! 」
サーシャもそれに続き、手を振りながら架け橋を渡っていった。
「ああ、またな」
「二人ともまた泊まりに来るのを待っているぞ」
「お二人ともまた来てくださいね」
俺とシュンランとミレイアは、橋を渡るサーシャたちに手を振りながら笑顔で見送った。
しかし不思議なものだな。最初あの二人が来た時は厄介者以外、何者でもなかったのにな。
それがいまじゃ再会の時が楽しみになっている。
俺はそんな事を考えながら、二人の姿が見えなくなるまでその背を見送るのだった。
♢♢♢♢♢
サーシャとリーゼロットが王国に帰った翌日の夕方。
受付でシュンランとミレイアと三人で今夜行く狩場をどこにしようか事を話していると、守衛所にいたカルラが慌てた様子で走って来た。
「リョウスケ! マグルたちが来たぞ! 」
「!? 来たか! 西門に誘導してくれ! 」
カルラの言葉に俺は勢いよく立ち上がり、マグルたちを正門ではなく病院の外壁に作った西門に誘導するように指示をした。
それから清掃中のダリアとエレナに声を掛け受付を任せ、俺はシュンランとミレイアを連れて敷地内の入口から病院へと向かった。
それから数十分後。
病院の前で待っていると、北側の外壁を大きく迂回したマグルたちがカルラに連れられて西門に現れた。
先頭にマグル。そしてクロースが土牛に乗るスーリオンに付き添っており、その後ろに他のパーティメンバーと荷物を運ぶ土牛が続いた。
マグルもクロースも、以前は無かった入口に困惑しているようだ。
俺はというと、土牛の上に乗るスーリオンの顔色の悪さに眉をしかめていた。
どういう事だ? 治癒水で傷はふさがったはずなのに、義腕を精霊魔法で生成していない? それに具合が悪そうだ。まさか傷口からなにかの感染症に罹ったのか?
スーリオンの容態を心配していると、クロースが俺たちがいることに気がつき駆け寄ってきた。
「シュンラン……ミレイア……立って……で、ではマグルの言っていたことは本当に……リョ、リョウスケが二人を? 」
クロースは俺たちの前で立ち止まり、シュンランとミレイアの足を見ながら恐る恐るそう俺に確認してきた。
その顔は弱々しく、以前のような覇気は全くといっていいほど感じられなかった。
まるで別人だな……
「ああ、俺の新しく覚えたギフトで治した。スーリオンの怪我も、マグルたちの腕や足も俺が治す。だからもう安心していい」
そんな彼女に俺はうなずき、安心させるように笑顔でそう答えた。
「ほ、本当に兄上を……仲間を……元の身体に? し、信じていいのか? 」
「1ヶ月くれ。それでスーリオンの両腕を復活させてみせる」
弱々しい表情で再度確認するクロースに、俺は自信ありげに答えた。
「クロース。リョウスケを信じろ。私たちの足がその証拠だ」
「クロースさん。見てください私の足。ちゃんと元に戻ってますよね? ですからスーリオンさんの腕も元に戻ります。涼介さんを信じてください」
そしてシュンランが足を上げ、ミレイアがブーツを脱いで素足を見せクロースに安心するように言った。
「あ……ああ……本当に足が……兄上の腕も……リョウスケ……頼む……お、お願いします……どうか兄上の腕を……ううっ……どうか……」
「おっと、そういうのは無しだ。スーリオンは俺の友人だ。治すのは当たり前だろ? クロース、君も俺たちの友人だ。だからそんなことはやめてくれ」
俺は目に涙を浮かべながらその場に膝をつこうとしたクロース抱き止め、そんなことはしなくていいと彼女の耳元で言った。
「そうだぞクロース。私たちは友人だ。困った友人を助けるのは当然のことだ」
「みんな……ありがとう……」
クロースはシュンランたちに顔を向け感謝の言葉を口にした後、照れたように俺の胸に顔を埋めた。
するとクロースの背後で俺たちのやり取りを見守っていたスーリオンが口を開いた。
「リョウスケ……まさか本当にシュンラン殿たちの足を治せるようになっていたとは」
「スーリオンたちが帰って1ヶ月くらいした頃かな? 突然治癒のギフトに似た物を覚えたんだよ。少し時間が掛かるが両腕があった頃のように戻せるから。俺に全部任せて欲しい」
「大地のギフトとはまったく種類の異なる新しいギフトを? 派生ギフトというのは聞いたことがあるが、そんなことがあるものなのか? 」
「実際にあったんだからしょうがない。ほら、横にいるカルラの顔の傷も消えて前より綺麗になっているだろ? 」
理解できないと言った感じのスーリオンに、ここまで連れてきてくれたカルラを指差しながらそう答えた。
「た、確かに……」
「ばっか! 前より綺麗とかよせよ。照れるじゃねえか」
カルラは俺とスーリオンの視線を受け、恥ずかしいのか指で鼻をこすりながら顔を背けた。
「フフフ、それより長旅で疲れたろう? ここが病院といってスーリオンたちが療養する建物だ。中に個室の部屋があるからそれぞれゆっくり療養するといい」
「ここにはスーリオンさんたちだけしか住みませんので、どうぞ安心してください」
「さあ、クロース。スーリオンたちと部屋に行ってまずは旅の疲れを癒やしてくれ。急いできたんだろ? 」
俺は胸に顔を埋めていたクロースに、スーリオンたちと部屋に行くように促した。
「あ、ああ。リョウスケ……まさか私たちだけのために新しい建物を? 」
「魔国の人間の欠損部位が治ったら目立つからね。教会で治してもらったという言い訳ができないと、皆が俺が治癒のギフト持ちだと思うだろう? そうなったら治療を受けたい人が大勢やってくるようになるだろうし、その結果教会に睨まれることになるかもしれない。そうならないようにするために隔離した場所に病院を作ったというわけだ。スーリオンたちのためというよりは、俺の保身のためだから気にする必要はない」
魔族が大量にやってこられても困るし、教会の前に俺を攫おうとする上位の魔族も出てくるかもしれない。知られないに越したことはない。
「それでも私たちが来なければ作る必要はなかったはずだ。なのにリスクを冒してまでこのような物を作ってくれた。私たちのために……」
「友人のためだ。これくらいリスクでもなんでもないさ。ほら、もうそんなことはいいから早く部屋に入ってくれ。シュンラン、ミレイア。部屋の鍵を渡してくれ。カルラは悪いがマグルたちに部屋の使い方を教えるのを手伝ってくれ。クロース以外は個室は初めてだからな」
俺は潤んだ目を向けるクロースに恥ずかしくなり、彼女の背を押してスーリオンのところへと向かわせた。そしてシュンランたちに鍵の用意と、カルラに部屋の使用方法を教えるように頼んだ。
そんな俺にクロースは振り向きながら頭を軽く下げ、スーリオンを土牛から降ろし背負った。
それからは荷物を降ろしたマグルたちを部屋へと案内し、カルラと共に部屋の使い方をそれぞれ教えて回った。
取り敢えずスーリオンたちの受け入れは終わった。
1ヶ月後に皆が笑顔になるのが楽しみだな。
※※※※※※※※
作者より。
すみません。漫画原作用の作品を新たに書きたいため、しばらく「タワーマンションを作ろう」の更新は毎週金曜日のみとさせてください。
漫画原作用の作品はカクヨムにも投稿いたしますので、それでどうかお許しを。自作品のコミカライズ化は夢なんですぅ(´;ω;`)
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