第8話 無限袋と長寿の秘薬



「ねえ、リョウ。貴方勇者なんでしょ? もう白状しちゃいなさいよ」


「だから違うって言ってるだろ。しつこいぞリーゼロット」


 俺は受付の机の横に座り、身体を寄せ耳元で囁くリーゼロットにうんざりした顔でそう答えた。


 昨日二頭の飛竜を狩った時と同様に、朝からリーゼロットは俺の行く所行く所に着いてきては勇者なんじゃないかとしつこく聞いてくる。いくらエルフの美女といえ、いい加減鬱陶しくなってきた。


「だってリョウは角が無いじゃない。牙だってほら。どうみても人族にしか見えないわ」


 リーゼロットは俺の頭を撫で、口の端に人差し指を入れ横に引っ張った。


「お、おひ……ひゃめろって」


「じゃあ白状しなさいよ。ねえ、ダリアも守衛隊の皆も気になるでしょ? 」


 リーゼロットは反対側に座っているダリアと、マンションの入口を警備している守衛隊の二人を仲間に引き込もうと声を掛ける。


「ふふふ、リーゼロットさん。オーナーは確かに特殊なギフトをお持ちですが、世界を救う勇者様ではありませんよ」


 ダリアがクスリと笑いながらそう答えると、守衛隊の子たちも同じように笑みを浮かべうなずいた。


「なんか引っかかる言い方ね……まあいいわ。今日のところはこれくらいにしておいてあげる。まだあと二週間あるしね」


「仕事の邪魔をするなら契約を打ち切るぞ」


 俺は笑みを浮かべるリーゼロットに、こんな事を毎日続けるなら今朝更新した契約を打ち切るぞと警告した。


 そう、本来ならサーシャとリーゼロットは明日までの契約だった。


 しかし今朝の弁当販売中に、サーシャが二週間延長するわとハンターたちの前で宣言した。もちろんハンターたちは大喜びだ。サーシャが滞在中は毎日弁当がタダだからな。


 そんなお祭り騒ぎの状況で王国に帰れよなんて言えるわけもなく、俺はサーシャたちの契約延長を受け入れるしかなかった。


 あの姫さん、本当に策士だわ。


「あら? 私が側にいたら迷惑? こんなにリョウに興味を持っているのに? 」


「あ、いや……と、とりあえず俺は勇者なんかじゃない。だからどんなに聞かれても答えは同じだ」


 推定Aカップとはいえ無いわけではない胸を俺の腕に押し付け、太ももを撫でながら耳元で囁くリーゼロットに力なくそう答えた。


「もうっ! 強情ね。わかったわよ。嫌われたくないしこれ以上しつこくしないわ。だから……ね? 側にいてもいいでしょ? 」


「邪魔をしないなら別にいいが……」


 上目遣いに側にいたいというリーゼロットに、俺は顔を背けながらそう答えた。


「ふふっ、照れてるのね。かわいいわねリョウ」


「そ、そんなことより王国に戻らなくていいのか? 宮廷魔術師なんだろ? 」


 リーゼロットだけではなく、ダリアたちも笑っているのを見て話題を変えた。


「いいのよ。あんな退屈な王宮にいてもやることなんか無いわ。今代の王も私たちの故郷を取り返してくれる気があるんだか無いんだかわからないし。教会は言わずもがなね」


「エルフの故郷か……確か東街のずっと北にある『風精霊の森』だったか? 」


 前にリーゼロットがエルフとダークエルフは、元々は東街のずっと北にある風精霊の森と呼ばれる土地に住んでいたと言っていた。それが滅びの森によって呑み込まれ、魔物が溢れ住むことができなくなったらしい。


 そして生きるために南に逃れ、当時まだ存在していた人族の国に身を寄せた。その後も森と戦い続けてはその国が滅びを繰り返し、最後にアルメラ王国にたどり着いたそうだ。


 ダークエルフのことは話しに出なかったが、その辺はスーリオンとクロースから聞いているから俺も聞かなかった。お互いまだ確執が残っているみたいだしな。


 もう二千年以上も前のことなのにな。長寿の種族ってのは色々大変だよな。


「ええ、私たちの故郷よ。精霊で溢れた森なの。その森を取り戻すために私たちはアルメラ王国と教会に協力しているわ」


「でも700年前に現れた勇者の伴侶はエルフだったんだろ? なぜ勇者に取り返してもらわなかったんだ? 」


 SSランクの竜でさえ倒せた勇者だ。エルフの森を取り返すのなんて余裕だったはずだ。


「700年前はリョウが思っている以上に、この大陸は滅びの森に侵食されていたのよ。それなのに人魔戦争もしていた。確かに勇者が現れてから大陸の半分は取り戻せたわ。でも人間も今の十分の一以下の数しかいなかった。当然エルフの数も今より少なかったわ。これ以上、土地を取り戻しても維持できないと考えた勇者は、取り返した土地の維持を優先したの」


「そういうことか……」


 なぜ勇者は滅びの森から、半分しか土地を取り戻さなかったのか不思議に思っていた。でもそこに住む人がいないんじゃあ取り返してもまた再び森に呑み込まれる。だったら取り返した土地を維持することを優先するよな。


「150年は人口が増えるのを待っていてくれたみたいなんだけどね。エルフも頑張って数を増やしたんだけど、間に合わなかった。人族も現状に満足してしまって、森に呑み込まれた土地を取り返そうという気持が薄らいでいた。その結果、勇者は生まれた世界に帰ってしまったわ」


「150年!? 勇者は人族なんだろ? そんなに長く生きていたのか? 」


 この世界の人族の寿命は60年くらいだと聞いた。その倍以上生きるなんて……もしかしてレベルアップをすると寿命も伸びるのか? だとしたら俺も?


「ええ、妻であるエルフのために、滅びの森の最奥にいるSSランクの竜を倒して長生きできる秘薬を作ったと聞いているわ。その話はエルフの里で歌として受け継がれているの。愛する妻を自分が死んだあとに一人ぼっちにしないために、最強の竜に戦いを挑むなんて素敵よね」


「秘薬……そんな物が」


 レベルアップは関係なかったか。


 しかしSSランクの竜がどれほどの強さかはわからないけど、もしも倒すことができれば俺もシュンランととミレイアを残して死ぬことは無くなる。もっと強くなってSSランクの竜を倒せば……あっ、でも秘薬というくらいだからレシピがないと作れないか。


「ふふふ、気になる? シュンランもミレイアもリョウより長生きするものね。竜人族は300年。サキュバス族は150年。ハーフとはいえ、二人とも百年以上生きるのは間違いないわ……それでね? リョウ? エルフにも魔国や王国と同じように、勇者が残していった『無限袋』という神器があるの。その中に長寿の秘薬を作るためのレシピが入っているらしいんだけどね? 勇者以外はその袋から物を取り出すことができないのよ」


「無限袋の中にレシピが!? 」


 エルフが魔国や王国と同じように、勇者が持っていた三種の神器を受け継いでいるのは知っていた。でもまさかその中に秘薬のレシピがあるとは……しかも勇者しか取り出せないなんて。


「ええ、入っているわ。勇者が今後もしも自分と同じように、女神によってこの世界に召喚された者が現れたら渡して欲しいと言って残していったの。中には希少鉱石や、当時最高のドワーフの鍛治士によって造られたな武器や防具。それに滅びの森の奥地でしか手に入らない素材が大量に入っているらしいわ。どう? 欲しくない? リョウが勇者だと認めたら、王国にある里に連れて行ってあげてもいいわよ? 」


 リーゼロットがさらに身体を寄せて、俺の耳元でそう囁く。


「……残念ながら俺は勇者じゃないからな。秘薬は諦めるしか無さそうだ」


 欲しい。喉から手が出るほど欲しい。


 しかし勇者しか取り出すことができない無限袋から俺が物を取り出せたら、問答無用でエルフに勇者だと認定される。そうなれば王国も教会も気付かないわけがない。その結果一気に勇者に祭り上げられ、気がつけば大軍を率いて滅びの森奪還作戦の最前線に立たされているだろう。


 そんなの冗談じゃない。


 残念だが今は諦めるしか無い。もっと力をつけて、どんな圧力も跳ね返せるようになってからじゃないと危険だ。


「これでも駄目なのね。ほんと強情よね」


「勇者じゃないからな」


 俺は腕に絡みつく彼女を振りほどき、壁の入口に視線を向けながらそう答えた。


「いいわ。絶対にそのうち認めさせてあげるわ」


「どこからそんな自信が出てくるんだよ。勇者である根拠は俺がハーフっぽくないことと、俺の持つ武器が神器かもってだけだろ? 」


 俺は自信満々のリーゼロットに、机に肘を付き横目で呆れたようにそう言った。


「それだけじゃないわよ。精霊がリョウの周りにたくさん集まっているの。それもエルフ以上にね。そしてみんな楽しそうに貴方の周りを飛び交っているのよ。勇者もそうだったって聞いているの。ここまで条件が揃えば勇者だと思うのは当然でしょ」


 そんな俺に対し、リーゼロットは両腕を広げながらそう答えた。


「そんなこと言われても俺には見えないからな」


「いるわよほら、シルフ。リョウにその存在を教えてあげて」


 リーゼロットがそういうと、突然机の上に置いてあった台帳が舞い上がった。


「お、おいっ! やめろって! 台帳がバラバラになったじゃないか! 揃えるの大変なんだぞ! 」


 俺は空中に飛び散る台帳を拾い上げながらリーゼロットにそう文句を言った。


「リョウが精霊の存在を知りたいって言うから見せてあげただけよ」


「わかったから! いるのは認めるから早くやめさせてくれ! 」


 俺は空中で取ろうとすると、絶妙なタイミングでヒラヒラと逃げる台帳を追いかけながらリーゼロットに叫んだ。


「そう、ならいいわ。シルフ、リョウに存在を知らせることはできたからもうやめてあげて」


 リーゼロットがそういうと、それまでヒラヒラと舞い上がっていた台帳が地面へとゆっくり落ちていった。


「ったく、仕事の邪魔をするなって言ったばかりだろ」


 俺はブツブツ言いながら、ダリアたちと散らばった台帳を拾い上げた。


「私は邪魔をしていないわ。精霊がしたことよ。それよりシルフがお客さんが来たって言っているわ。私も手伝うから早く拾いなさいな」


「誰のせいでこんなになってると思ってんだまったく! 」


「ふふふ、リョウの怒った顔も可愛いね」


「おまっ……茶化すなよ」


 正面で片膝を突きながら台帳を拾うリーゼロットに怒ろうと思ったが、正面に見えるパンチラに視線を奪われ声に力が入らなかった。


 王都には青い下着もあるのか……


 そうして散らばった台帳を拾い終え机に座ると、見知った顔のハンターが門を潜りこちらへとやって来るのが見えた。


「お? あれはマグルさんじゃないか? 」


 間違いない。あの隻眼のダークエルフはマグルだ。


 そうか。もうあれから二ヶ月も経つのか。


 ん? スーリオンとクロースの姿がないな。どこか寄り道しているのかな?


 俺はこちらに向かってくるダークエルフが3人しかおらず、その中にスーリオン兄妹の姿がないことに首を傾げた。


「あら? ダークエルフもここに来るの? 」


「ん? ああ、彼らは四肢を欠損しているからこの辺を狩場にしているんだ」


「そう、なら私はいないほうがいいわね。部屋にいるわ」


 リーゼロットはそう言って席を立ち、奥の部屋へと歩いていった。


 昔のこととはいえ、エルフとダークエルにの間には未だに確執がある。前にクロースにエルフのことを聞いた時も、一気に機嫌が悪くなった。リーゼロットはそうでもなかったが、彼女は自分がいるとトラブルになると思ったんだろう。


 俺はそんな彼女に悪いなと一言いったあと、牛のような土人形を引き連れやってくるマグルたちへと視線を戻した。


 みんなシュンランとミレイアの足を見たら驚くだろうな。


 これでやっと恩返しができるな。




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