第9話 恩返し
「マグルさんに皆さんもお久しぶりです」
俺はマンションの入口にやって来た三人のダークエルフを笑顔で迎えた。
隣りにいるダリアも笑顔だ。友人であるシュンランを歩けるようにしてくれた人たちだからな。他の男たちと対応が違うのは当然だ。
「リョウスケ殿、しばらくぶりだな。約束通りまた世話になりに来た」
マグルはいつもの無愛想な顔。まあダークエルフは皆そうなんだが、その顔を少し緩ませそう答えた。
緩んでるよな? 眼帯をしていない方の目を少し細めているから緩んでいると思う。クロエ以上にわかりにくいな……
「お待ちしていましたよ。ところでスーリオンとクロースの姿が見えないようですが……」
「二人は里にいる。今回は我らだけだ」
「え? そうなんですか? では三人だけで森に? 」
「そうだ」
「そうですか……」
三人だけで森に……彼らは強い。が、それは精霊魔法を使えるからだ。しかし精霊魔法を使うためには魔力がいる。その魔力が尽きれば、腕や足の無い彼らではオーガにすら勝てないだろう。
「心配はいらぬ。無理はしないつもりだ」
マグルも三人だけで森に入るリスクは認識しているようだ。
「はい……あの……スーリオンたちに何かあったんでしょうか? 」
スーリオンが仲間にこんな危険を冒させるようなことをするとは思えない。もしかしたら彼の身に何かあったのかも。
「……腕をな。残っていた腕も失ってしまったのだ。クロースは兄の世話のために残った」
「ええ!? もう片方の腕も!? な、なぜそんな事に? 国に帰ったんじゃなかったんですか!? まさか帰国途中で凶賊に!? 」
そんな……両腕を失っただなんて!
「いやそうではない。里でな……すまぬがこれ以上聞かないで欲しい。これは我らダークエルフの問題なのだ」
「……わかりました」
俺はマグルとその後ろにいる二人の悔しそうな表情を見て、これ以上聞くのをやめた。
気になるが、ダークエルフの問題だと言われてしまえば部外者の俺が首を突っ込むわけにはいかない。
「すまぬな。スーリオンは大丈夫だ。あれは強い男ゆえな。それよりもシュンラン殿とミレイア殿を呼んでくれぬか? クロースに着いたらすぐに歩けるようにしてやるよう言われているのでな」
「クロースがそんなことを? 」
「うむ。二人が楽しみにしているはずだとな。来れないことを申し訳なさそうにしていた」
そうか、クロースが……まったく、変態女だけどこういうところが憎めないんだよな。
「そうですか。では二人を呼んできます……おーい、シュンラン、ミレイア。ちょっと来てくれ! 」
俺は受付の後ろの管理人室のドアを開け、首だけ玄関に入れてリビングで弁当の仕込みをしている二人を呼んだ。
それから少しすると管理人室のドアが開き、エプロン姿の二人が現れた。
「どうしたのだ涼介。ん? マグル殿ではないか。久しぶりだな」
「マグルさんにみなさんもお久しぶりです。あら? スーリオンさんとクロースさんは……」
「二人は都合が悪くてこれないらしいんだ」
「え? そうなんですか? それはすごく残念です……」
「リョ、リョウスケ殿……二人はなぜノームの助け無しに立っているのだ? 」
俺がミレイアに説明していると、マグルが驚いた表情でシュンランとミレイアの足もとを見ながらそう聞いてきた。
俺はそんなマグルに笑顔で答える。
「実は二人の足は治ったんです」
「治っただと? では教会がハーフの治療を受けたと言うのか? だが以前、治療費を用意するのに数年はかかると言っていたと記憶しているが? 」
「教会で治したわけではないんです。その……ここだけの話ですが……」
俺はそこまで言ってからダリアと守衛隊の子たちに目配せをした。
彼女たちはその意味を理解してくれて、入口と地下に続く階段前で誰も聞き耳を立てれないよう見張ってくれた。
それを確認した俺は続けて口を開いた。
「実はマグルさんたちが退去した後に、治癒のギフトに似たギフトに目覚めたんです。その力を使って二人を治療しました」
「なっ!? 治癒のギフトを!? 」
俺の言葉によほど衝撃を受けたのだろう。マグルは無愛想な表情を完全に崩し、寡黙な男には珍しく大声を出して驚いていた。
「はい。治癒のギフトのようにすぐには治せませんが、俺の近くにいれば1ヶ月で治すことができます。スーリオンの腕でもマグルさんのその失った目や指でも完全に」
「マグル殿。涼介の言ったことは本当のことだ。入口にいた守衛隊の女性たちに見覚えがあるだろう? 彼女たちも涼介が治したのだ」
「た、確かにあのカルラという女性の顔の傷が無くなっていた。片目だった少女の目も……あれも教会ではなくリョウスケ殿が……」
シュンランの言葉に入口にいたカルラとクロエのことを思い出したのだろう。マグルは信じられないと言った表情でそう口ずさんだ。
「ええ、全員俺が治しました。ですのでスーリオンをここに連れてきてください。彼の腕も俺が治します。もちろんマグルさんたちの目も足も」
「我らを治療してくれるというのか!? 魔族として扱われ教会で治療を受けれぬ我らを……なぜそこまで我らに……」
「俺の大切な恋人であるシュンランとミレイアを歩けるようにしてくれた恩返しですよ。あの時。ずっと先だと思っていた二人が立って歩く姿を見れて、二人が心から笑っている姿を見ることができてすごく嬉しかったんです。これはそのお礼です」
あの時既に原状回復のギフトは使えていたから、気付いてさえいれば俺でも二人を歩けるようにできたのかもしれない。
でもそんなのは関係ない。あの時、スーリオンはシュンランたちに強く生きよと声を掛けてくれて、その後あのブーツをプレゼントしてくれた。
あの言葉が、あのブーツがどれほど二人の心を癒やしてくれたか……俺の大切な恋人たちを、そこまで気にかけてくれたこの人たちを治療しないなんてあるわけがない。
「その程度のことで……リョウスケ殿。貴殿はなんと義理堅い男なのだ」
「それは700年も恩を感じているダークエルフには言われたくない言葉ですね」
前魔王に拾われその恩人が亡くなった後も、700年もの間その種族全員に恩を感じているダークエルフほど義理堅い種族はいないだろう。俺だったらそこまではできない。
「フッ、そうだな……」
ん? なんだ? マグルたちの表情がなんだか自虐的に見える。里のある土地の所有者であるデーモン族となにかあったのか?
どうやらスーリオンのことと関係がありそうだな。
気になるがまずは治療が先だ。里で起こったことはその後で聞けばいいだろう。
「そういうわけなのでスーリオンを連れてきてもらえますか? 部屋を用意して待っていますので。ああ、治療費はいりませんから」
「し、しかしそういうわけには! 」
「これは恩返しなんです。ですから気にしないでください」
「リョウスケ殿……すまぬ。この恩はいずれ必ず」
「ははは、恩返しに恩を感じたらキリがないですよ。さあ、今日はお疲れでしょうからここで休んで、明日スーリオンを呼んできてください。ミレイア、部屋を用意してあげてくれ」
「はい。マグルさん、地下のお部屋が空いていますので鍵をお渡ししますね」
「いや、それには及ばぬ。我らはすぐに里に戻ることにする。二週間以内にスーリオンを連れてまたここに来よう」
「え? 今すぐまた戻るんですか!? 一晩くらい休んでからでもいいのでは? 」
俺はミレイアが用意した鍵を拒否し、背を向けようとするマグルたちにそう言って引き留めた。
「フッ、リョウスケ殿と同じだ。我らも大切な仲間が元の姿になり、喜ぶ姿を早く見たいのだ」
マグルは口もとに笑みを浮かべ、シュンランたちが立った時に俺が感じた気持と同じだと言う。
「……ハハッ、それなら仕方ないですね。では二週間後にまた」
そんなマグルの気持ちが痛いほどわかる俺は、彼を気持ちよく見送ることにした。
俺の言葉にマグルはうなずき、再び背を向け門へと向かっていった。
「フフフ、やっとあの時のお礼ができるな」
「クロースさんの喜ぶ顔がみたいです」
シュンランとミレイアがそれぞれ俺の腕を抱きながら嬉しそうに言う。
「ああ、治してあげないとな」
正直言ってリスクはかなり高い。スーリオンたちはダークエルフであり平民だ。そんな教会で治療を受けることができない彼らの腕や足が治れば相当目立つ。
せめて俺の手によって治ったと思われないようにしないと、教会に知られた時が面倒だ。
これは隔離病院を作るしかないな。
他の入居者に見られないように、そこに1ヶ月住んでもらうかな。
マグルたちの背を見送りながら、俺は病院を作ることを決めたのだった。
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