第7話 不器用エルフ



「あら? どこに行ったのかと思ったら、こんなところでお弁当用の燻製作り? 」


 もうすぐ昼になろうとしている頃。


 北の外壁の上でベンチ型の椅子に座りながら燻製作りをしていると、リーゼロットが突然背後から話し掛けてきた。


 恐らく飛んで来たんだろう。


 彼女は腕を組みながら、外壁の上に作った壁にもたれかかっている。


「ん? ああそうだけど、リーゼロットは姫さんを見ていなくていいのか? 」


「サーシャはシュンランとミレイアと一緒に、管理室でお弁当の仕込みをしているわ」


「そうか」


 リーゼロットの指に貼られている絆創膏を見ながらそう短く返事をした。


「なによ? ああいう細かく切るのは苦手なのよ。魔物の首ならシルフを使って綺麗に切れるわ」


 俺の視線に気付いたのか、絆創膏だらけの手を後ろに隠しながらそう弁解した。


「そうだな」


 なるほど。包丁を使ったことが無いんだなこの子。もしかして王女に料理を作らせているのか?


「私と違ってサーシャはああいった細かい作業が得意だから、得意な人がやればいいのよ。適材適所ってやつね」


 どうやらそうみたいだ。王女に飯を作らせるって、宮廷魔術師って偉いんだな。


「それで暇だからここに来たってわけか」


「ええ、ライオットから聞いたわよ? ここで燻製を作りながら飛竜をおびき寄せてるんでしょ? 」


「まあな。でも来たらラッキー程度だな。今日は燻製を作るのがメインだ」


 ここのところ忙しくて作っていなかったから在庫がやばい。一番人気のドラゴンバーガーを切らすわけにはいかない。今日は飛竜は二の次だ。


「ふ〜ん。でも今日は南風が強いから飛竜が釣れるかもね」


 リーゼロットは俺の正面に移動し、壁の上に腰掛け足をブラブラさせながらそう言った。


 彼女の顔をチラリと見ると、笑みを浮かべていてなんだか楽しそうだ。


「釣れたら釣れたでいいさ。また燻製用の肉が増えるだけだ」


 俺は椅子に座りながら腰を曲げ、燻製器に木のチップを入れながら上目遣いにそう答えた。


 俺の視界には彼女の顔と同時に、緑のチュニックから覗く彼女の白い太ももと白いショーツが見える。


 スリムな子もいいな。太ももの肉が邪魔しないからよく見える。


「あら? すごい自信ね? でもうっかり二頭とか釣れたらどうするの? 飛竜はつがいで飛んでいることも多いのよ? 」


「知ってるよ。何度かここに来たしな」


 あの時はボーナスタイムだったな。夜の焼肉パーティも大盤振る舞いして盛り上がった。


「……とんでもないわね。私だって二頭だと苦戦するのに」


「そうなのか? 風の精霊を使えるなら余裕なんじゃないのか? 遠くから風の刃で首を落とすとか、騎士団を押し潰したあの……なんだっけ? ああ、鉄槌とかいう精霊魔法。あれで地上に叩き落とせばいいんじゃないか? 」


「飛竜は風の動きに敏感だからシルフで攻撃しても避けられちゃうわ。シルフの鉄槌だってあの巨体相手には厳しいわ。無理すればできなくもないけど、魔力が無くなってそのあと戦えなくなってしまう。せいぜい飛びにくくさせて地上戦に持ち込ませるくらいね」


「へえ……万能ってわけじゃないんだな」


 まあ飛竜は10メートルはあるしな。さすがにキツイか。


「魔力次第だけどね。戦妃と呼ばれていたエルフは余裕だったらしいけど、私には無理ね。これでもエルフの中では魔力が多いほうなんだけどね」


「戦妃ねえ……」


 まあそりゃそうだろうな。レベルアップしてるんだろうし。


「ええ、勇者の伴侶であり戦妃と呼ばれた風精霊の森のエレンミア。聞いたことない? 」


「知らないな。勇者の伴侶のエルフってそういう名前だったんだな」


 初めて聞いた。そんな名前だったんだな。


「ふ〜ん、そう……まあいいわ。ねえ、私にも燻製作り教えてちょうだい。これならできると思うのよね」


「ん? ああ、まあいいけど……」


 腰掛けていた壁から飛び降り俺の座る小さなベンチ型の椅子の隣に腰掛けようとするリーゼロットに、パンチラが見えなくなった残念な気持ちを隠しながら横にずれて彼女を座らせた。


 それでも椅子が小さいことから、リーゼロットは俺に身体を押し付けるように寄せてきている。


 俺は頬が触れるくらい近い位置にあるリーゼロットの横顔に少しドキッとしつつも、燻製の作り方を教えていった。



 そして30分後。



「おいっ! 何度言ったらわかるんだよ! そんなにチップをいっぱい入れたら燃えるって言っただろ! 肉を煙で炙るんだよ! 焼いてどうすんだよ! 」


 俺は目の前でもうもうと燃え、大量の煙を発している燻製器にさらに木のチップを放り込もうとしているリーゼロットの手を掴みそう叫んだ。


 駄目だこのエルフ。大雑把すぎる。こりゃ管理室を追い出されたのは、包丁が使えないだけじゃないな。


「なによ! ちゃんと煙が出てるんだからいいじゃない! だいたいこんなチマチマと入れるのは性に合わないのよ! 一気に煙であぶればすぐできるでしょ! 」


「燻製ってのは低温でじっくり作るもんなんだ! 煙まみれにすればできるものじゃないて説明しただろ! 」


「そんなんじゃ数を作れないじゃない。いいわ。もう焼き肉にしましょう。焼き肉ドラゴンバーガー。うん、売れるわね」


「売れるわねじゃない! 勝手に商品を変えるな! 」


「売れればいいのよ売れれば。どうせサーシャが買い占めるんだし、タダでもらえる物に文句なんて言う人はいないわよ。それどころかこっちの方がいいって言うかもしれないじゃない」


「それじゃあ燻製器の意味がないだろ。なんで燻製器で焼き肉を作る必要があるんだよ。俺は燻製を作りた……ん? あれは……おっ!? 来たっ! 」


 リーゼロットと言い合っていると、彼女の背後。北の森の上空に二つの黒い点が俺の視界に映った。それは少しづつ大きくなってきており、俺はすぐさま箸で燻製器の中から肉を取り出した。


「え? なに? あ、飛竜!? 」


「リーゼロット! サーシャの所に行ってろ! 」


 飛竜がやって来ることに驚いているリーゼロットへ、サーシャのところへ行くように言った。


「で、でも二頭よ!? 一人じゃ無理だわ! 私も戦うわ! 」


「気持は嬉しいが手助けはいらない。一瞬で終わるからマンション内に入っていてくれ」


 助太刀を申し出るリーゼロットにそう言ったあと、俺は椅子の横に置いていた街で買ってきてもらった鐘を鳴らした。これは片手で鳴らすことのできる大型のベルのような物で、飛竜がやって来ることを知らせるために用意したものだ。


 すると鐘の音を耳にした入口にいた守衛隊が、俺の持つ鐘と同じ物を鳴らしながら敷地内中を駆け巡った。


 その音を耳にした敷地の広場でくつろいでいたハンターや、解体所にいたハンターが神殿の中に全力で走っていった。


 そんな彼らとは対象的に、管理室からはシュンランとミレイアが武器を手に外に出てきた。その後ろにはエプロン姿で包丁を手に持ったままのサーシャの姿もある。


 サーシャの姿を見たリーゼロットは、俺に本当に大丈夫なのねと。危なくなったら加勢するからといって彼女のところへと飛んでいった。


 そんな彼女に手をあげて応えたあと、俺は壁から飛び降り敷地内の広場の中央付近に陣取った。そして燻製肉を北側の壁に向かってに放り投げ、ペングニルを手に飛竜がやって来るのを待ち構えた。


 しばらくすると二頭の飛竜は真っ直ぐ俺がいる場所に向かってきた。そして敷地の北側の壁の真上に差し掛かった所で滞空し、肉をチラリと見たあと二頭同時に俺に向かって首を大きく後ろへと引いた。


 そんな飛竜の行動に相変わらずワンパターンだなと思いながら、俺はペングニルを後ろへと引いた。


 その瞬間。飛竜は口から火球を吐き出した。


 背後からはサーシャとハンターたちの悲鳴が聞こえる。


 そんな中。俺は向かってくる火球を無視し、二頭の飛竜の翼の根本を狙いペングニルを投擲した。


 そして火球とすれ違うタイミングで


『ダブル』!  


 ペングニルを分裂させた。


 次の瞬間。


 ペングニルは火球を吐き終え硬直していた飛竜の片翼をそれぞれ貫いた。


 それと同時に俺にも火球が直撃し激しい炎に包まれた。


 が、当然無傷だ。


 片翼の根本を貫かれた二頭の飛竜は、螺旋を描きながら敷地内へと墜落していく。


 そしてドーンという音とともに、石畳に飛竜は叩きつけられた。


 いつも通り落下の衝撃で飛竜は瀕死だ。鱗は硬いが落下の衝撃まで吸収できないからな。口から血や色々なものを垂れ流して今にも死にそうだ。


 でもまだ生きている。


 俺は、後ろを振り向きマンションの入口にいるシュンランとミレイアに声を掛けた。


「二人とも来てトドメを刺してくれ! 」


「わかった! 」


「はいっ! 」


 俺の呼び声に二人は全力で駆け出し、二頭の飛竜の元へと向かっていった。


 そんな彼女たちの背後では、口を開け目を見開き驚いているサーシャとリーゼロット。そしていつの間にかいたライオットとキリルの姿があった。


 俺はそんな彼女らから視線を戻しシュンランとミレイアへ視線を向けた。視線の先ではシュンランは飛竜の喉もと深くに双剣を突き入れており、飛竜の命を絶ち終えていた。


 ミレイアもレベルアップにより精神力が上がったことで、最近使えるようになった二本の雷の矢をもう一頭の飛竜の両目に突き刺していた。


 雷の矢を両目に突き刺された飛竜は、一瞬痙攣した後に目から煙を出しながら力尽きた。


 よし、これで二人に経験値が入るはずだ。


 経験値はゲームみたいに数値化などされないから目に見えない。けど、フローディアがやっていたゲームの設定なら、一撃でも入れれば経験値がパーティ全体に入るはずだ。


 だから俺は最近は二人に飛竜のトドメを差させることにしていた。Bランクの飛竜二頭分の経験値だ。今夜二人がレベルアップするのは間違いないだろう。


 そんな事を考えながら俺は二人の元に行き声を掛けた。


「お疲れ様シュンラン、ミレイア。これで今夜レベルアップするのは間違いないな」


「ああ、いつも涼介ばかり矢面に立たせてすまないな」


「飛んでる魔物は仕方ないさ」


 俺は申し訳無さそうにしながら剣をしまうシュンランの髪を撫でながらそう答えた。


「私ももっと練習して飛んでいる飛竜に雷矢を当てれるようにします」


「レベルアップすればたくさん矢を作れるから、数撃ちゃ当たるでいけるよ」


 十本も作って放てばどれか当たるだろうし。


「さて、午後は解体で忙しくなるな。またアルバイトを雇うか」


 俺はそう二人に言いながら、血抜きのためにアンドロメダスケールを飛竜の首に巻き付け一気に切断した。



「リョ、リョウスケ! 」


「リョウ! 」


 飛竜の首から流れる血を溜める穴を作っていると、サーシャとリーゼロットが俺の名を呼びながらこちらへと走りながら向かってきていた。


 そしてサーシャが青ざめた表情で、上級治癒水を片手に俺の腕を掴んだ。


「リョウスケ! や、火傷は……え? 無傷? な、なんで……だって飛竜の火球が直撃して……」


「ハハッ、そういうギフト持ちなんだよ」


 俺は上級の治癒水を躊躇うことなく差し出したサーシャに、笑いながら彼女の頭を軽くポンッと叩いた。


「うそ……飛竜の火球を防ぐギフトなんて『結界』のギフトしか……やっぱりリョウスケは……」


 ん? 結界のギフト? そんなものがあるのか? まあ俺の火災保険も似たようなもんではあるけど、できればそっちのほうが良かったな。効果的にも名称的にも。


 火災保険は拳や魔物の素材で殴られたら防げないしな。まあその分精神力とか消費はしないんだけど。


 そんなことを考えていると、今度はリーゼロットが話し掛けてきた。


「リ、リョウ……それは……」


「ん? 槍がどうかしたか? それよりさっき言ったとおり一瞬で終わったろ? 」


 俺は真剣な表情でペンニグルを指差すリーゼロットに得意気にそう答えた。


「え、ええ……二頭もいた飛竜が信じられないほど呆気なく……ってそうじゃないわよ! その蒼き閃光を放つ槍と黄金に輝くロープ。それ神銀と神金の光よね? それ神器でしょ? やっぱり貴方は勇者だったのね」


「なんのことだ? これは俺の親父が作った武器と道具だ。神器なんかじゃないし、俺は勇者でもない。ただの魔人のハーフだ。大勢の見ている所でやめてくれ。変な誤解を受けるだろ」


 チッ、リーゼロットも知っていたか。あ〜そういえば五百年生きるんだったか。てことは七百年前だと曽祖父辺りが生きていた時代か。なら祖父あたりからリアルな勇者の姿を聞いていて当たり前か。


 というか目立ち過ぎなんだよなこの武器。 


「それじゃあ勇者しか使えなかった結界のギフトまで持っているのはなぜ? 今まで勇者以外にそのギフトを持っていた人族はいないわ」


「俺のギフトは結界じゃない。別のものだ。リーゼロット、これ以上勇者とかいうのはやめてくれ。ハンターたちが信じて教会にでも知られたら大変なことになる。勇者だと祭り上げられてやりたくもない事をやらされたりな。俺はここで宿屋をしていてたいんだよ」


「そう……わかったわ。変なことを言ってごめんなさいね」


 納得いかない顔を浮かべつつも、リーゼロットは引き下がってくれた。


 しかしサーシャには通用しなかった。


「え? リーゼ!? あれはどう見ても結界のギフトよ? それに二頭の飛竜を瞬殺するなんて、やっぱり獣王様が言っていたとお……」


「ガハハハハ! やっぱりすげえなリョウはよ! なあ姫さん! 」


 サーシャが言葉を続けようとした所で、彼女の背後からライオットが現れ彼女の肩を叩きながらそう言った。


 なんだ? 獣王? 獣王が何の関係があるんだ?


「痛っ! あっ! え、ええ……本当に凄いわリョウスケ」


「一撃だもんな! それじゃあ解体しようぜ! 手伝ったら肉をくれんだよな? 」


「ええ、今夜焼肉パーティもしますよ」


「よっしゃ! んじゃあキリル! 皆とマンションに居るハンター共を呼んでこい! 早く終わらせて早く食おうぜ! リーゼロットもシルフでサクサク頼むわ! 」


 ライオットが俺がやろうとしていたことを次々と指示してくれた。


「承知しました」


「ええ任せて。大物の解体は得意なの」


 リーゼロットは無い胸を張り得意気だ。確かに四肢や翼を切るのは得意そうだ。的がデカイからな。


「んじゃあ始めっか! リョウ、石柱を建ててくれ。吊るして血抜きをするからよ」


「わかりました」


 俺はライオットにそう返事をして、シュンランたちに弁当の仕込みに戻るように言ったあと石柱を建てた。


 そしてライオットとリーゼロットやマンションにいたハンターたちと解体をし、夜は焼肉パーティを行うのだった。



 んー、獣王とか気になるけど、サーシャに聞いたらまた勇者だなんだの話になるしな。


 気にはなるが触れないでおこう。


 さすがに人族には俺のことは知られたくないからな。教会は相当めんどくさそうだし。

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