第3話 シルフの忠告



 30歳くらいだろうか? 恐らくミスリル製であろう銀の全身鎧を身に付けた偉丈夫が、腰に差した剣の柄を握りながら王女の前に立ち俺を睨みつけた。


 その顔は怒りに満ちており、今にも腰の剣を抜いて俺に斬り掛かってきそうだ。


「貴様! このお方はアルメラ王国の第三王女サーシャ・アルメラ様であらせられるぞ! そのお方が泊まってやると言っているのだ! 最上の礼をもって迎い入れるのが常識であろう! それを拒絶するなど無礼にもほどかある! 半魔風情が大地のギフトで壁を作った程度で図に乗るな! 今すぐそこに跪き非礼を詫びよ! さもなくば姫様に代わり、騎士団長の俺が無礼討ちにしてくれる! 」


 騎士団長はそう言ったあと、本気であることを見せるためだろう。剣を鞘から抜こうとした。


「バンナム! 」


「やめなさい騎士団長! 」


 しかし後ろにいた王女とエルフの女性がそれを止めた。


「シュンラン、ミレイア。まだだ」


 俺は隣で双剣を抜こうとしていたシュンランと、腕に紫電を纏わせていたミレイアを止めた。


 そして剣の柄を握りしめたまま、俺を睨みつける騎士団長に向かって口を開いた。


「半魔風情ねぇ……これが王国の騎士団長のレベルか。バンナムだったな。お前何か勘違いしていないか? 俺はアルメラ王国の国民じゃない。その俺が王女が相手だからと、なぜいうことを聞かないといけないんだ? ここもアルメラ王国の土地ではなく、滅びの森の中だ。王国の権威などここでは通用しない」


「貴様! そのような屁理屈で言い逃れができるとでも思っているのか! 勘違いしているのは貴様の方だ! ここは千年以上前から王国の土地だ! 」


「そういえばそんなことを聞いたことがあったな。だが帝国も同じ主張をしているようだが? そのうえ誰も実効支配をしていない。いや、王国も帝国もできなかったと言った方が正確か。そんな森と魔物から千年経っても取り返せないこの土地を王国の土地だとよく言えるな」


「ぐっ……」


「バンナムやめて! この人の言うとおりよ。ここは今は王国の土地でも帝国の土地でもないわ。だからここでは王国の権威なんて通用しないの。私は侮辱されたとは思っていないわ。ただ、どうしてハンターしか泊まれないのか納得がいかなかっただけなの」


 お? 姫様はちゃんとわかってるようだな。ただのわがまま娘かと思ったが常識はあるようだ。


「ならば姫様。このような半魔など無視してこの砦を王国の物としましょう。この程度の砦など、エルフを擁する我々ならば制圧は可能です。中にいるであろうハンターも、王国の騎士団に歯向かう度胸のある者などおりますまい。この砦を手に入れ拠点にすれば、この辺一帯の土地を取り戻すことは容易でしょう。北の聖地の奪還も視野に入ります。そうなれば王国の民も豊かな生活をおくることができ、姫様とエルフの宿願も実現することでしょう」


 やっぱりここを手に入れようと考えたか。中に入らなくてもそう思われるとはな。ちょっと外壁を立派にし過ぎたか?


「そ、そんなこと! 確かにこれだけの規模の砦があればかなりの土地を取り返すことができるけど……聖地も取り戻せると思うけど……私の目的もエルフとの約束も果たしやすくなるけど……でも……」


 オイオイ……姫様は思いっきり心揺れてんじゃねえか! エルフの二人も考え込んでるし!


「つまりここの所有者である俺たちを殺して、力づくでここを手に入れようということか? 兇賊と同じだな」


「貴様! 栄光ある翠緑の風騎士団を兇賊扱いするか! 世界を救うという大義がある我らと兇賊を同列に扱うなど許せん! 」


 バンナムは兇賊呼ばわりされたことに激昂し、とうとう剣を抜いた。そしてそれに呼応するかのように橋の向こう側にいた騎士たちも剣を抜き、ギフト持ちらしき者たとは腕を俺たちへと向けた。


「抜いたな? 」


 剣を抜いたバンナムに対し、俺は握っていたペンを変形させペングニルの状態にした。その俺の動きを見たシュンランも隣で静かに双剣を抜いた。


 結局こうなったか。できれば殺さずに……ってのは難しいか。


 バンナムを殺したあとすぐエルフ二人を殺らないと、シュンランとミレイアが傷付くかもしれない。


 そうさせないためにはバンナムの剣をスケールカーテンで受けた後、ペングニルで首をひと突きにする。そしてそれと同時にエルフの足を鉄枷バインドで固定して、俺が精霊魔法の盾になりながら剣山で串刺しにする。そのあと後方の騎士団のギフト持ちにペングニルを投擲し封じる。そこまですれば二人が苦戦することはないだろう。


 王女も殺さないと王国から報復の軍がやってくるか……


 王女も殺したあと、騎士団とエルフと共にすぐに埋めて証拠隠滅しないとまずいな。


 はぁ……この馬鹿騎士団長はともかく、エルフとお姫様を殺さないといけないのか。日本人が聞いたら完全に俺が悪役だと思われるな。


「バ、バンナム待ちなさい! え、えっとリョウスケだったかしら? 貴方もちょっと待って! 私はここを攻め取ろうなんて考えてないわ! 」


 王女はバンナムの腕を押さえながら俺に顔を向けて必死に止めようとするが、バンナムは剣を引く気配はない。この王女は自分の騎士団にいう事も聞かせられないのかよ。舐められてるんだろうな。


 俺は王女をアテにするのはやめて、バンナムの動きを注視しつつスケールカーテンをいつでも展開できるよう身構えた。


 そんな緊張感が漂うこの空間で、俺の視界の端に映る二人のエルフだけは何やら戸惑っているようだった。


「え? シルフ? どうしたの? 」


「お、おいシルフ。どうしたというのだ!? 」


 二人は斜め上を見上げ、何かと話しているようだ。


 なんだ? 精霊か? 精霊がどうかしたのか?


「姫様、止めないでください! これは王国と騎士団の名誉を守るためなのです! 王国の騎士団である我らを兇賊扱いしたこの男を許すことはできません! 」


「権威が通用しないとなったら今度は名誉のためか。だから国に関わってる奴を泊めるのは嫌なんだ。たとえ俺が素直に泊めたとしても、なんだかんだ言いがかりをつけてここを奪い取ろうとするに決まってる。まだ有無も言わさず奪い取ろうとする兇賊の方がマシだな」


「貴様ぁ! まだ言うか! 姫様御免! 」


「きゃっ! バンナムやめて! 」


 バンナムは俺の言葉に激昂し、王女を押し除け剣を振り上げた。


 それに対し俺は半身になりペングニルを引き、バンナムの剣の動きに合わせスケールカーテンを展開しようとしたその時。


『『シルフの鉄槌! 』』


「うぐっ! 」


 エルフの声と共に突然バンナムが崩れ落ちた。


 その後方では騎士団の者たちも膝をついている。


 俺はいったい何が起こったんだと思いつつ、バンナムの斜め後方にいる二人のエルフへと視線を向けると、二人のエルフは腕をこちらと後方へとそれぞれ突き出していた。


 恐らくこの二人が風の精霊魔法を発動したんだろう。鉄槌とかなんとか言っていたことから、恐らく空気の塊か何かで押し潰してるのかもしれない。


 この人数と動きを一瞬で止めるなんて、とんでもない威力だな。


 俺がエルフの精霊魔法の威力に驚いていると、こちらに腕を向けていた女性のエルフが口を開いた。


「騎士団長! いい加減になさい! 私たちエルフまで貴方の個人的な名誉や野心に巻き込まないでちょうだい! これ以上彼に手を出そうとするなら私たちが相手になるわ! 」


「我らは本気だ! この男に手出しをすることは許さん! 騎士団長も騎士団員の皆もその場に剣を置け! でなければここにいる全員の首を刎ねる! 」


 え? どういうこと? いくらバンナムを止めるためとはいえ、仲間の騎士団員たちに向かってそこまで言うか?


「リ、リーゼ? ルーミル? 」


 俺と同じことを思ったのだろう、王女が驚いた表情で二人の名を呼んだ。


「ぐっ……リ、リーゼロット……殿……ルーミル……殿……なぜ……王国を裏切る……のか」


 バンナムも少しショックを受けているような表情で、二人に裏切るのかと問いただした。


「サーシャ、騎士団長。シルフがね……絶対に彼を敵に回したら駄目だって言うのよ。もしも敵対するなら精霊契約を打ち切るって……そんなこと言われたら止めるしかないじゃない」


 リーゼロットと呼ばれた女性のエルフが困った顔でそう答える。


「シルフがここまで怒り必死になっている姿など初めて見た。そのうえ精霊契約を打ち切るなどと言われるとは……我らとしてはその男を敵に回すわけにはいかない。たとえ皆と敵対したとしてもだ」


 ルーミルと呼ばれた男は、できればこの滅びの森で命を預け合い一緒に戦った仲間を傷付けたくはないのだろう。苦しそうな表情を浮かべながら答えた。


 俺は二人の言葉を聞き、その行動に納得がいった。


 そういうことか。精霊もフローディアが創造した存在だろうから、俺が何者かわかっているんだろう。その俺と敵対するわけにはいかないと、エルフを使って仲裁させたってわけか。


 確かエルフは精霊と精霊契約をすることにより、精霊魔法が使えるようになるとスーリオンが前に言っていたな。その契約を打ち切られたら精霊魔法が使えなくなるわけだから、そりゃリーゼロットもルーミルも必死に止めようとするか。


「精霊が!? なんでこの男を……」


 王女が信じられないという表情で俺を見つめる。


「わからないわよ。でも精霊と共に生きるエルフとしては、精霊の意思に反したことはできないわ。リョウスケだったわね。貴方いったい何者なの? 」


 リーゼロットは王女に答えたあと、俺へ真剣な顔でそう問いかけた。


「ただの宿屋の店主だが? 」


「……そう。ふふっ、貴方本当に面白いわね」


「そんなことより自分の騎士団すら制御できない姫さん。どうするんだ? 」


 真剣な表情から一転。楽しそうに笑い出したリーゼロットから、俺はバンナムの後ろにいる王女へ視線を向けた。そして少し嫌味を込め、早くこの場を収めるよう促した。


「うっ……バンナム! 剣を納めて下がりなさい! これ以上の命令違反は許さないわ! 騎士団の皆も剣を納めなさい! 全員反逆罪で縛り首にするわよ!」  


「くっ……しょ、承知いたしました」


 王女の八つ当たり気味の怒りのこもった号令に、バンナムは悔しそうに剣から手を離した。それと同時に橋の向こう側にいる騎士団も皆が武器をその場に置いた。


 起き上がれないのはまだエルフの精霊魔法が発動しているからだろう。


「ごめんなさいリョウスケ。うちの騎士団長が迷惑を掛けたわ」


「詫びはいらないから早く消えてくれ」


 俺は謝る王女にそう言って突き放した。


「ええ……王国に帰るわ……リーゼ、ルーミル。私も騎士団もこの人と敵対する気はないから、一緒に帰りましょう」


「そうね。敵対しないなら問題ないわ。シルフ、もう大丈夫よ」


「そうだな。シルフ、解いてやってくれ」


 エルフの二人がそう言うと、それまで何かに耐えていたバンナムと騎士団の者たちの顔から力が抜けた。


 そして起き上がったバンナムは一瞬俺を睨みつけたあと、剣を鞘に収め背を向け橋を渡っていった。


 それに王女とルーミルが続き、リーゼロットも橋を渡っていった。


「精霊には涼介が勇者と同じ存在だというのが分かったのだろうな」


「エルフが味方につくなんて予想外でした」


 鬼馬に乗り南街の方向へと去っていく王女一行の背を見ながら、シュンランとミレイアがそう呟く。


「多分ね。王女たちが国に戻ったら間違いなくここのことを話すだろうが、まああの感じなら王国はエルフが止めてくれるかな? あの二人の地位にもよるけど、なんか偉そうな感じだったし大丈夫かもな」


 王女にタメ口聞いていたし、騎士団長にも上から目線で言っていたし多分それなりの地位なんだろう。確かエルフは王国に従属しているわけじゃなくて、あくまでも対等な立場だとかなんとか聞いたことがある。そのエルフが止めるならここを力づくで奪おうとはしないだろう。


 いや、さすがに楽観的過ぎるか。エルフの進言を無視する可能性も無くはないな。エルフも王国に住んでいる以上、王や貴族がやると言ったら止めきれない可能性もある。


 その時にエルフは敵にはならないだろうが、静観する可能性は十分にある。敵対さえしなければいいわけだしな。精霊が俺たちを助けるようにいうとも思えないし。


 その時に備えなければ……南街に続く道の近くに拠点をいくつか作っておくか。王国軍の動きはハンターたちが教えてくれるだろう。そしたらそこで待ち構え、やって来る軍に誘導してきた魔物をぶつけて少しづつ削るか。ここに辿り着くまでに撤退さることができれば勝ちだ。


 入居者やカルラたちを避難させる場所も近くに作っておかないとな。万が一の時のためにシュンランとミレイアのレベル上げも急がないと。


 俺はいずれ起こるであろう王国との戦いのために、できる限り準備をしておこうと決意するのだった。


 俺たちのマンションを守るために。




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