第2話 『翠緑の風』騎士団



「どうしたみんな。何かあったのか? 」


 入口の守衛所に着き、森の方を見て何やら話し込んでいるカルラと守衛隊に声を掛けた。


「あっ! リョウスケ! それがよ。うちの隊員が外壁から森を見張ってたらよ、北の森に続く道から王国の騎士団がこっちに向かって来てるのが見えたみてえなんだ」


「王国の騎士団が……」


 マジか……もうここが貴族の耳に入ったのか?


 いづれ来るとは思っていたけど、思ったよりも早い。


 普段見下しているハンターから、滅びの森の中に砦や貴族の家なみの宿屋があると聞いたって信じないと思ってた。


 ましてやこんな水場もないエリアに確かめに来るなんてことも。


 貴族って暇なんだな……


「ああ、しかも装備やマントの色から、ここにやって来るのは恐らく『翠緑すいりょくの風』騎士団だ」


「翠緑の風騎士団? 」


 なんだ? 緑の風って意味だろうけど、爽やかな名前とは違ってやばい騎士団なのか? 


「あ〜悪い。知らねえのは当たり前か。アルメラ王国の第三王女の騎士団の名前だよ」


「王女って……いきなり王族かよ」


 貴族じゃなくて王族の率いる騎士団とか……


 バガンといい、なんでいきなり王族がやって来るんだよ。この世界の王族ってのは暇なのか?


「そうなんだよ。第三王女はかなりお転婆だけど国民思いでよ。民衆からかなり人気があるんだ。それにエルフが失った森を取り返そうと頑張っているらしく、エルフからも可愛がられてるって聞いた。でも翠緑の風の騎士団長が忠誠心が厚すぎる男でよ。ハンターしか入れないって断ったら無理やり突破してきそうでさ。それであたしたちの手には余ると思ってリョウスケを呼んだってわけさ」


「なるほどな」


 カルラたちは王国人だからな。いくら仕事でも、生まれ故郷の王族相手に剣を抜くわけにはいかないだろう。そんな事をしたら、王国の街や村にいる家族や親戚に迷惑が掛かるかもしれないもんな。


「わかった。なら王女の対応は俺たちでするから、カルラたちは顔を見られないよう敷地の中に入っていてくれ」


「いやいや、あたしたちはここに残るって! 守衛なんだからリョウスケたちだけを矢面に立たせねえって」


「そうです。リョウスケさんが心配してくれているのはありがたいですが、でしたらせめて国に身内がいない私とカルラとクロエだけでも残ります」


 俺とカルラのやりとりに、サラが身内がいない自分たちだけでも残ると割って入った。後ろではクロエが手から炎を出してうなずいている。


「いいから。王国人が側にいると逆にやりにくいからさ。棘の守衛隊の皆は、マンションに残ってるハンターが野次馬しに来ないように見張っててくれ。オーナー命令だ」


 帝国人と王国人では目の色が少し違う。帝国人は青く、王国人はやや緑色に近い青だ。先祖に魔人の血が入っているカルラは茶色だが、それ以外はみんな青緑って感じの目をしている。それに話す言葉のアクセントも違うしな。同じ王国人ならすぐ気付くだろう。


 対応中にもしもカルラたちが王国人だとバレたら、彼女たちを脅して俺にいうことを聞かせようとするかもしれないからな。そうなると色々とやりにくくなる。


「で、でもよぅ」


「リョウスケさん……カルラ、行きましょう。リョウスケさんのいう通り、私たちがいたら迷惑をかけることになるかもしれません」


「それは……わかったよ。でもあたしは外壁の上にいる。何かあったらすぐ駆けつけるからな」


「何もないさ。王女が民衆に好かれているのが本当ならね。さあ、みんなここを離れてくれ」


 俺がそういうと、守衛隊の皆は傍目に見てもわかるほど渋々とこの場を離れていった。


 ここには王国のハンターもたくさんいる。王女が民衆に好かれる性格だというなら、そんなとこで無茶はしないだろう。


 俺はそう思いながらペングニルをペンの状態に戻してスーツの胸ポケットに差し、シュンランたちと門の外で王女一行が森から出て来るのを待つのだった。


 それからしばらくして森から茶色い馬に乗った二人の女性が現れ、それに続くように50人ほどの全身鎧に身を包んだ集団が現れた。


 馬といっても普通の馬じゃない。馬体は普通の馬の倍ほどはあり、まるで世紀末の覇王が乗る馬みたいに全身が筋肉で覆われている。そして額からは黒い角が一本生えていた。


 魔国の南の山岳地帯に生息する、Dランクの鬼馬キバという魔物だ。そんな鬼馬が十頭はいる。


 恐らく騎士団の中にテイムのギフト持ちが複数いるんだろう。


 そんな鬼馬に乗る先頭の女性たちと銀色の全身鎧姿の騎士たちは、森から出るなり驚いたように立ち止まった。その視線はすぐ横から続く外壁を見ている。


 そしてしばらく何ごとか話したあと、門のあるこっちに向かってゆっくりと歩み始めた。


 彼らの姿が近づくにつれ、先頭の二人の女性の容姿がはっきりと見えてきた。


 一人は濃い金髪の髪を後ろでまとめ、あちらこちらに金の装飾が散りばめられている銀色のハーフプレイトアーマーを身につけている人族の女性だ。顔は整っていて美人だが、目がキツめで気が強そうな印象を受ける。恐らく彼女が第三王女なのだろう。


 そしてもう一人の女性は革鎧を身につけており、透き通るような白い肌に金糸のような長い髪を風に靡かせている。彼女の顔は整いすぎと思えるほど整っており、下ろした髪の隙間からは長い耳が覗き見える。


「あれは……エルフか? 」


 俺はその特徴ある耳を見て、隣にいるシュンランへと確認した。


「ああ、あの耳はエルフだな。さすがに王女の騎士団には同行しているか」


「ということは宮廷魔術師クラスのエルフの可能性が高いですね」


「そうか、あれがエルフか……」


 長い耳に白い肌。細い身体に起伏のない胸。まさにイメージ通りだな。


「ん? 後ろにもう一人男のエルフがいるな。エルフが二人か……涼介。もしも戦闘になったら先にエルフを殺るぞ。手加減などするなよ? 宮廷魔術師クラスのエルフが二人もいるなら、Aランクパーティの実力はあると見ていい」


「エルフは空高く飛びながら、強力な風の精霊魔法を使うそうです。攻撃が当たらなくなる高さに飛ばれる前に倒さないと、外壁の上にいるカルラさんたちにも被害が出る可能性があります」


「わ、わかったけどそうならないよう努力をしよう。な? 」


 俺はいきなり物騒なことを言い出した二人に、まずは落ち着こうと答えた。


 しかしAランクか。シュンランとミレイアがこんなに警戒するくらいだ。相当強いんだろう。


 けど風の精霊魔法以外はダークエルフより身体能力は低そうだな……うん、火災保険の対象だし余裕だな。


 そんな事をシュンランたちと話していると、堀の向こう側に王女一行がたどり着いた。


 堀に架かる橋の前には鬼馬に乗った王女とエルフの女性。そして後ろには整列した50人ほどの騎士と、その先頭に鬼馬にまたがったエルフの男性と鋭い目をした騎士の男性がいる。


「あら? 魔人? のハーフかしら? それに竜人のハーフに……もしかしてサキュバスのハーフ? これは珍しいわね。三人はここの門番さんかしら? ちょっとこの砦の主人に取り次いでもらえる? 」


 王女と思われる女性が俺たちを珍しそうに見渡したあと、よく通る綺麗な声で砦の主人を呼ぶように言った。


「砦ではありませんよ。ここはハンター専用の森の宿屋です。そしてここのオーナーは俺です」


「ええ!? ハーフのあなたがここの所有者なの!? てっきりただの門番かと……」


「あらあら、面白い人ね貴方……」


 本気で驚いている様子の王女らしき女性の隣で、エルフの女性が俺を興味深そうに見つめている。


 しかし近くで見ると二人とも相当な美人だな。特にエルフはやばい。


「はい、涼介と申します。ところで皆さんはアルメラ王国の第三王女様が率いる、翠緑の風騎士団でしょうか? 」


 俺はエルフの完璧とも言える造形に見惚れそうになるのをグッと堪え、まずは身分の確認をした。


「あら? ハーフなのに詳しいのね? ええそうよ。私、サーシャ・アルメラの騎士団よ。それよりよ! こんな所にいつの間に砦なんか作ったのよ! いくら誰も来ない場所だとしても、王国が気付く前にこれほどの外壁を作るなんて……相当な大地のギフトの使い手がいったい何人いればこんな砦を……」


「いえ、これは俺一人で作りました。大地のギフトと父から受け継いだ魔導技術には少々自信がありまして」


「ええっ!? 貴方一人で!? 嘘でしょ? こんなの王国一の大地のギフト使いでも1年以上は掛かるわよ!? それをたった一人でなんて嘘に決まってるわ! 」


 王国一の使い手でも一年も掛かるのかよ。それを二週間で作ったとか、地上げ屋とレベルアップの恩恵は凄まじいな。


 しかしこの王女声がデカイな……よく通る声なだけに頭の中がキンキンする。


「信じる信じないはお任せします。それより王女様はどのような御用件でここへ? 」


「……すごい自信ね。まあいいわ、外壁のことはまた後でゆっくり聞くわ。それにしても用件て……ここに宿があると聞いたから泊まりに来たに決まってるじゃない。ほかに何をしにこんな所まで来るというのよ」


 王女は鬼馬の上で肩をすくめ、呆れた顔でそう言った。


「申し訳ございません。ここはハンター専用の宿となりますので、ハンター以外の方のご利用はお断りしております。お引き取りください」


「はあ!? なんでよ! なんで私が泊まったらいけないのよ! 」


 予想外の答えが返ってきたからか、王女は鬼馬から降りて橋を渡りながら顔を真っ赤にして俺に文句を言ってきた。


「すごい度胸ね貴方……シルフも楽しそうだわ」


 その王女に続きエルフも鬼馬から降り、笑いながら近づいてくる。


 後ろにいたエルフと騎士の男も二人を追って橋を渡った。


 騎士の顔が怖い。王女より怒ってそうだ。


 ほかの騎士たちの先頭にいたし鎧も豪華だし、あの男が騎士団長ぽいな。


 カルラが言ってた通りの男なら揉めるな。でもだからってここで折れるわけにはいかないんだよ。


「生きるために日夜命を削り魔物と戦っているハンターのために作った宿です。貴族や王族の方がいては皆気が休まりません。どうかお引き取りください」


 俺が橋を渡り終えた王女に頭を下げながらそう答えると、隣にいたシュンランとミレイアも続いて頭を下げてくれた。


 まあ怒るのもわかる。王女だもんな。宿に泊まるのを断られるなんて初めてだろうしな。


 でもこんな団体を中に入れたら、そして部屋に泊めたらハンターたちが恐縮するだけじゃ済まない。それ以上にもっと大変なことになる。


 そのまま居座られて王国から軍を呼ばれ、あっという間に占領されるだろうな。そんなことさせてたまるか。


「そんなの納得いかないわ! 私たちだって命を削って毎日戦っているのよ! ハンターと何が違うっていうのよ! 」


 頭を下げる俺に王女は納得がいかないと、さらに距離をつめて俺に言い寄ろうとした。


 するとそんな王女の前を後ろにいた騎士が遮り、腰に差した剣に手を掛けながら怒りに満ちた顔を俺に向けた。


 あ〜やっぱ来たよ。


 これは穏便には済みそうもないか?


 ギフト持ちが多数いるだろう人族の騎士が50人にエルフ二人か……まあなんとかなるだろう。ギフトもエルフの精霊魔法も俺には通用しないしな。できればこんな美人と戦いたくはないが……


 俺は王女が騎士を抑えられなかった場合は最悪戦闘になることを覚悟し、そっと胸からペンを取り出し握りしめた。そして半身になりながら目の前に現れた騎士の男へと顔を向けるのだった。


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