第3章 フジワラの街
第1話 サキュバス
敷地を拡張してから十日ほどが経ち6月も半ばとなり、滅びの森も夏を迎えようとしていた。
この十日間は特殊な新規客が来たことにより、カルラたちがいてもマンションを離れることができないでいた。
それでも毎日夜に狩りに行っているので、シュンランはレベルが2つ上がって10に。ミレイアは7にレベルアップしている。Cランクの魔物を狩っているとはいえ、夜だけだからな。こんなもんだろう。
できれば日中に狩りに行きもっと二人のレベルを上げたいんだけど、しばらくは無理だろう。落ち着いてからじゃないと日中にマンションを空けるのは不安だ。
そしてその俺たちをマンションに釘付けにしている特殊な客なんだけど、今まさに俺の両腕を抱き抱えて豊満な胸を押し付けてきている。
「ねえリョウスケ〜♡ 私たちだけあの2LDKとかいう広い部屋にさ、同じ宿泊費で泊まらせてよ。そうしてくれたらイイコトしてあげるから。ね? 」
「ふふっ、私たち二人で忘れられない夜を経験させてあ・げ・る♡ 」
ヘソの位置まで大きく開いた黒のボディスーツを身につけた二人の美女が、身体から甘い匂いを漂わせながら誘惑をしてくる。
彼女たちの目は赤く光っており、気を抜くとその瞳に吸い込まれそうになる。
「お断りします。お二人だけ特別扱いはできません。それに私には可愛い恋人がいますので」
俺は吸い込まれそうになるのを精神を集中させることで耐え、平坦な声でそう答えた。
「……やっぱり駄目なのね。貴方本当に魔人のハーフなの? 竜人族でさえ私たち姉妹の魅了を弾き返すことなんてできないのに……」
「さすがに二人掛かりで通用しないなんて想定外だわ……」
「アンジェラさんにイザベラさん。一昨日私には魅了の魔法は通用しないと言ったはずですよ? それに当マンションで魔法を使うことは禁止しているはずです。まさか他のお客様にもやっているないでしょうね? もしやっていたらすぐに出て行ってもらいますから」
俺は懲りずに魅了を掛けてくるサキュバスのアンジェラとイザベラ姉妹に、少し厳しめの表情でそう言った。
この女たちは懲りずにまた……ミレイアが懐いているから出入り禁止にしたくはないが、不意打ちで仕掛けてくる魅了の魔法をレジストするのもしんどいんだよ。
しかしこの魔法は本当に強力だな……気を抜けばこの女たちの言いなりになってしまいそうだ。一昨日初めてサキュバスが来た時も、事前にシュンランからサキュバスの魔法の対処法を聞いていなかったらやばかったし。
そう、彼女たちはサキュバスだ。
ピンクの長い髪に頭頂部から伸びる二本の曲がりくねった角。背中から生える蝙蝠のような翼に尻尾。そして男を誘惑するために生まれてきたんじゃないかってくらいエロい身体。
そんなサキュバス二人が、朝からマンションの入口で俺を誘惑してきている。
「や、やっていないわ! パーティの男にだけよ。リョウスケにももうしないから、ね? 追い出すのだけは許してよ」
「こんないい宿ほかにはないもの。もうしないからお願い! 」
「まったく……今回だけですよ? 次は問答無用で追い出しますから」
「わかったわよ……あ〜あ、2LDKってのに住んでみたっかたのに、まさかここまで強いなんてね。馬鹿王子に勝ったってのはマグレじゃなかったみたいね」
「姉さん、こうなったら正攻法で落とすしかなさそうね」
「イザベラ? 正攻法ってどうやるのよ。男を落とす方法なんて魅了以外知らないわよ」
「それは私も知らないけど……夜這いとか? 」
「私たちにくっ付かれて眉ひとつ動かさない男に? もういいわ。その話は後でゆっくりしましょ。とりあえず狩りに行くわよ」
「そうね。このマンションを手に入れるために、じっくり計画を練る必要がありそうね」
アンジェラとイザベラは俺の目の前でそう話し合ったあと、門の前で待っているインキュバスたちの元へと向かっていった。
「まったく、俺の目の前でハニートラップ宣言をするとはな」
俺は二人の後ろ姿を見送りながら、ため息を吐きながらそう呟いた。
馬鹿なのか舐められてるのか……前者だろうな。
受付で退去手続きをしているシュンランとミレイアたちも、アンジェラ姉妹の会話が聞こえたんだろう。二人ともクスクスと笑っている。
それにしてもとうとう魔族たちも来るようになったか。
一週間前くらい前から、魔人を筆頭に魔国のハンターが来るようになった。どうやらバガンとの一件が西街にも広がり、狩りのついでに興味本位で来たようだ。
そのおかげで日中はなかなかマンションを留守にできなくなっているというわけだ。
今のところここへやって来るのは、魔人のパーティが2組と、アンジェラたちサキュバスとインキュバスのパーティが一組だけだ。竜人族やデーモン族やダークエルフは来ていない。Bランク以上の彼らの狩場はずっと北西の方だしな。よほど暇か、明確な目的がない限りはここには来ないと思う。
そういうわけでここには魔国の中でも比較的弱い種族である、魔人やサキュバスあたりが来ているんだと思う。
ああ、弱いといってもそれは魔国の中でだ。彼らはその身体能力と種族魔法により、種族としての力は人族や獣人よりも強いらしい。
サキュバスとインキュバスは翼があるから空も飛べるし、手から強力な魔力の塊みたいなのも出せるらしい。魔人は魔法と呼ばれるものは使えないが、虎や獅子獣人に匹敵する身体能力があるようだ。
そんな魔国のハンターたちだが、今のところは入居中に特に問題を起こしていない。最初はバガンのパーティにいたこともあり、魔人に対して良い印象を持っていなかった。サキュバスやインキュバスに対しても、人族や獣人のハンターを魅了しないか警戒していた。しかしそれは今のところ
アンジェラとイザベラはミレイアがハーフなのを知り珍しいって可愛がってくれているし、魔人も人族や獣人と普通に会話をしている。そんな姿を見て、魔族といっても普通の人間と変わらないんだなと思った。
教会は彼らが悪意に満ちており、邪悪な存在だと教えているらしいけどな。俺もそういうイメージがあった。でもそれは地球の宗教を元にした創作物の影響を受けていたからだろう。
しかしこうして直に接してみると、魔人もサキュバスも普通の人間だ。国同士は過去の戦争を未だに尾を引いていて仲が悪いようだが、ここに来る魔族はそんなことは気にしていないように見える。まあ人族のハンターが西街の娼館に行っているくらいだし、少なくともハンターの間ではいがみあったりとかはしていないのだろう。
しかしアンジェラ姉妹のパーティは、女2人に男が4人か……
あの二人も発情期になると、夜な夜なパーティの男たちとヤリまくってんのかなぁ。あんなグラマーな美女たちが四人の男たちを次から次へと……けしからん! なんてけしからん子たちだ!
ちなみにアンジェラたちに限らず、サキュバスがいるパーティのリーダーはサキュバスがなるのが常識らしい。というのもインキュバスはサキュバスより魔力が低い上に数が少ないことから、彼らの種族は女尊男卑の社会だからだ。
これはインキュバスに聞いたんだけど、彼らは種馬としか見られていないそうだ。そのうえ魔人や人族とパーティを組むことは禁止されているらしい。
まあサキュバスはインキュバスとしか子を作れないからな。種族を滅亡させないためには仕方ない部分もあると思う。でもそれに耐えられなくて魔国から逃げ出すインキュバスもいるそうだ。そういったインキュバスによってミレイアのようなハーフが生まれてくるのだろう。
そんな哀れなインキュバスだが、魅了を使えることもありカルラたちはかなり警戒している。
俺も倉庫に彼らを連れて行き、大量の飛竜の素材を前にこのマンションで魅了を使ったらこうなると脅しておいた。震えながら首を縦に振っていたから大丈夫だとは思う。
サキュバスやインキュバスにとって空を飛ぶ飛竜は天敵だからな。その飛竜を大量に狩る俺を敵には回さないだろう。それでも万が一カルラたちに魅了を使えば、躊躇なく四肢を切り落とすつもりだ。
「ガハハハ! よくサキュバス二人がかりの魅了を弾き返せたもんだ。さすが俺が見込んだ男だ」
アンジェラ姉妹の後ろ姿を眺めながらここ十日間で起こったことを考えていると、後ろから野太い声が聞こえてきた。
「ライオットさんにキリルさん。結構ギリギリでしたよ」
俺は地下へ続く階段の前で腕を組んでいる獅子人族と、その斜め後ろの黒豹人族の男性に肩をすくめてそう答えた。
獅子人族の男は茶色い髪を逆立たせており、その身体は熊人族と見間違えるほどの巨漢だ。それに反してベラと同じ種族である黒豹人族の男はスラリとした体躯で片眼鏡を掛けており、インテリチックな印象を受ける。
二人とも鎧などは身に付けておらず、まるで街を出歩くかのようなラフな服装だ。とはいってもさすがBランクの金持ちだけあり、かなり良い素材の服を身に付けている。
ここにいる二人の他にも虎や熊などの屈強な男たちが5人ほどおり、ライオットと同じく地下の1Rに滞在している。
そんなBランクパーティの彼ら『百獣の牙』は5日前に突然やってきた。本人たちが言うには狩りの帰りらしく、東街で噂になっていたこの宿屋にちょっと寄ってみただけらしい。
最初は他のハンター同様に外壁や部屋の設備のことに驚き俺に質問攻めをしていたが、その後は森に入るわけでもなくずっとこの敷地をうろうろしている。
それはいいんだけど、三日前に俺がマンションに来た飛竜を狩った辺りからかな? 妙に彼らの視線を感じるんだよな。なんだか観察されているような、そんな視線だ。
それに彼らのことを知っているハンターがいないのも気になる。レフもシュンランもパーティの名前は聞いたことがあるが、見たのは初めてだと言っていた。何年もギルドと森を行き来してるのに、一度もギルドで見たことがないとかあり得るか?
「謙遜すんなって。相当な精神力がなきゃサキュバス二人の魅了なんて弾き返せねえよ。さすが飛竜を瞬殺する男だぜ」
「俺の武器と相性が良いだけですよ」
「相性ねえ……あの青白く光る槍。確か父親の形見だったか? 」
ライオットは探るような目でそう聞いてきた。
「ええ、そうです。ですので俺には作れません」
「ここに来ると聞こえる歌や音楽を記録するっていう魔道具や、あんなとんでもねえ部屋を作れるのにか? 」
「はい。あの槍は滅びの森の奥地にある希少な鉱石や素材を使うので」
疑うライオットに対し、俺は他のハンターへしたのと同じ説明をした。
「そうか……それじゃあ仕方ねえな。さて、んじゃあ今日も風呂入ってのんびりするか。また飛竜が来た時は呼んでくれ。解体を手伝うからよ。焼肉パーティで肉をたくさん食うためにな」
俺の説明にライオットはそれまで向けていた探るような目から一転ニカっと笑い、片手を上げヒラヒラ振りながら階段を降りていった。
「面倒な客に目を付けられたな」
あの探るような目。まさか神器のことを知っている?
だが高ランクとはいえ、ただのハンターが神器を知っているとも思えない。
なら単純に好奇心か……それだけならいいんだけどな。
俺は階段を降りていくライオットの後ろ姿を見ながら、読めない男だななどと考えていた。
その後退去手続きを終えたハンターたちを見送り、シュンランたちと昼ご飯を一緒に食べ少しリビングでゆっくりしてからダリアたちと受付を代わった。
そしてエントランスに流れる曲をシュンランとミレイアに聞かれ、なんだったかなと思い出そうと頭を悩ませていると、外壁の門の上で警戒していた棘の守備隊の子がこっちに向かって槍を振っている姿が目に映った。
「む? 涼介」
「涼介さん! 」
「ああ、何かあったようだ。急ごう」
俺はシュンランとミレイアにそう答え、立て掛けていたペングニルを持ち二人を連れて門へと向かった。
カルラたちが処理できないほどの来訪者か。
こりゃ面倒ごとなのは間違いないな。
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