第36話 押しかけ戦女



「ふぅ……ワットナーさんは……えーっと、ああ追加料金なしですね。ではお気をつけてお帰りください……またのお越しをお待ちしてます」


「あ、ああ……また2週間後くらいに世話になる。というかオーナー、大丈夫か? 顔が随分とやつれてるぞ? 」


 帝国のハンターでまともな部類のパーティのリーダーであるワットナーさんが、心配そうに受付の机に座る俺へとそう言った。


「ええ、大丈夫です。昨夜ちょっと狩りに出て無理をしましてね」


「ガハハハ! 狩ったんじゃなくて、竜人とサキュバスのハーフに狩られたんだろ? そりゃ顔もやつれるってもんだぜ! 」


 ワットナーさんのパーティの仲間の大男が、速攻で俺の嘘を見破った。


「ああ、そういうことか。あんな美人たち相手に羨ましい気持ちもあるが、俺だったら死んじまうな。エルフに知り合いがいればそっち系の薬を調達してきてやったんだが、あいにくとそんな知り合いがいなくてな。まあ精力のつく物でも食べて耐えてくれ。くれぐれもベッドで死なないようにな? オーナーがいなくなったらここを利用できなくなるからな。それじゃあまたな」


「お気をつけてお帰りください」


 俺は反応したら肯定することになると思い、静かに頭を下げてワットナーさんたちを見送った。


「あ〜さすがにキツイな……」


 彼らが門を潜った所で机に突っ伏した。


 昨夜はあれから二人に遅くまで搾り取られたからなぁ。


 レベルアップによって体力とともにあっちの方も強くなったけど、それでもあの二人を同時に相手にするのはしんどかった。もうちょっと持続力がつけば楽になるんだけど、あの名器にはなかなか勝てない……結局二人が果てるまで、いつもの倍することになった。


 ワットナーさんが言っていたように、エルフに知り合いでもいれば楽になるんだけどな。


 エルフはその繁殖力の低さから、繁殖力を高めるための様々な薬を作っているらしいんだよな。


 でもそのほとんどが、王国の軍や宮廷魔術師として雇用されていてこんなところにはやって来ない。そんな地位にいるエルフに来てもらっても困るけど、なんとか王国と関係のないエルフと知り合いになりたいもんだ。


 どっかにいねーかなぁ、野良エルフ……


 そんなことを考えているうちに昼になり、シュンランとミレイアとエレナと一緒に昼食を食べた。そして俺は再び受付の机に座り、新規客がくるのを待っていた。


 朝に比べ身体の怠さが抜け、目の前で共有部分を掃除しているシュンランとミレイアのお尻を見てムラムラもしだしてきた。昨夜あれだけしたのに、我ながら恐ろしいほどの回復力だと思う。これもレベルアップのおかげか……


「ん? 団体さんかな? 」


 二人のお尻を眺めながらムラムラしていると、横に置いていた魔物探知機に20人以上の人の塊の反応が現れた。


 もしかしてカルラたちかな? 


 王国のハンターを通して遅れるという伝言はもらっていたが、もう予定よりもう5日ほど経ってるしな。そろそろだろう。


 俺はやっとダリアが帰って来てくれたとホッとしつつ、シュンランとミレイア。そしてエレナに声を掛けて出迎えることにした。


 ♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢



「リョウスケーー! 帰って来たぞーーー! 」


「やっぱりカルラたちだったな」


 門を潜り手を振りながらいつものように叫ぶカルラを目にし、俺は苦笑しながら両隣に立つシュンランたちへそう言った。


「フフフ、相変わらず元気だな」


「あっ、ダリアさんが荷車を引いています」


「あれ? オーナー、荷車が多くないですか? それに荷物が満載です」


「確かに多いな。俺は何も買い物は頼んでないんだけどな」


 エレナの言葉にカルラの後ろに続く荷車に視線を向けると、そこには荷物を満載にした幌を被った4台の荷車を引く棘の戦女たちがいた。


 何か買い出しでも頼んだのかという意味を込め隣にいるシュンランとミレイアに視線を向けると、二人とも何も頼んでいないようで首を横に振っていた。


 カルラたちには収納のギフトもちがいるから、いつも荷車は1台しか引いて来ていない。それが4台も、しかも荷物を満載にしてやってくるなんて、何かここで商売でも始める気なのか?


 そんな風に疑問を感じていると、カルラたちはマンションの入口に立つ俺たちの前までやってきた。


「いやぁ、遅くなっちまった。恋しかったぜリョウスケとマンションがよぉ」


「オーナー、遅くなり申し訳ございません」


「お帰りカルラにダリア。連絡はもらっていたから気にしなくていいよ。それよりカルラ、こんな大荷物を持ってきてどうしたんだ? 」


「ああ、街にいた戦えなくなったうちのメンバーをよ、連れて来たんだ。みんな! この男がリョウスケだ! 」


 カルラが後ろの荷車にそう声を掛けると、2台の荷車の幌がめくりあがった。そこには顔に大きな火傷や両目に包帯を巻いている女性。そして腕のない女性がそれぞれ3人づつ荷台に乗っており、全員が俺へと向かって会釈をした。


 俺はなるほどと思いながら、彼女たちに軽く頭を下げて応えた。


「みんな自力で長距離を歩くのは厳しくてさ、荷台にに乗せて来たんだ。それで他にも色々あったりもして、ここにくるのが遅くなったてわけさ。んでさ……リョウスケ。あいつらの治療も頼めねえかな? 」


「ああ、もちろんだ。彼女たちも治すよ」


 俺がそう答えると、荷車の周囲にいた棘の戦女たちから歓声が湧き起こった。


「うっし! やったぜ! リョウスケ愛してるぜ! 」


「おっと、ははは。前に言ったろ? カルラとサラが連れてきた子は全員治すってさ。友達のためだ、どうってことないさ」


 俺は大喜びしながら抱きついてきたカルラを受け止め、押し付けられる胸の谷間に向かってそう言った。


「へへっ、分かってはいたけどよ。やっぱり少し不安だったんだ。マジでよかったぁ」


「ありがとうございますリョウスケさん。それでその……こちらなのですが、少ないですがどうか受け取ってください。ギルドに預けていた物全てを処分して集めて来ました」


 胸に顔を擦り付けて喜ぶカルラの頭を撫でていると、サラが大きな革袋を俺へと差し出してきた。


 しかし俺はそれを首を横に振って拒絶した。


「サラ、前に言ったろ? 俺は友達から金は取らない。だからそれは受け取れないよ」


「そうだぞサラ。涼介がそんなもの受け取らないのはわかっていたはずだ」


 俺の言葉にシュンランが腕を組みながら続いてそう言った。


「でも……いくらなんでもこれだけの数の治療をしてもらって無償というわけにはいかないわ。リョウスケさんの好意に甘えてばかりじゃ駄目だって、そうみんなで話し合って決めたの。今は白金貨20枚くらいしかないけど、これから稼いでちゃんと払っていこうって」


「それでも受け取れないし、今後も俺に払う必要はない。俺は辛い思いをしてきた棘の戦女の皆に、友人であるみんなに幸せになって欲しいだけなんだ。だからそのお金はみんなの未来のために使って欲しい。それが友人としての俺の頼みだ」


 不幸な目に遭ってきた彼女たちは、今度は幸せになる権利がある。俺はその手助けをしたいだけだ。友人である彼女たちのために。


「リョウスケさん……そう……ですか……では仕方ありませんね。ふふっ、カルラ。やっぱりBプランで行くしか無さそうね」


 サラが革袋をしまいながら、どこか嬉しそうに俺の胸に顔を埋めているカルラへとそう言った。


「ん? Bプラン? 」


 なんだ? 俺が金を受け取らないことは想定済みだったってことか?


「まっ! 予想通りだな! 金を受け取ってくれねえってんなら、身体で払うほかねえもんな。あたしたち全員の身体でよぉ? イシシシシ! 」


 カルラは俺の体から離れ、満面の笑みを浮かべながら胸元を大きく広げてそう言った。ほかの棘の戦女の子たちも恥ずかしそうに下を向いている。


 身体で払うってこの子たち全員と俺が!? 


「か、身体って! そ、そんなことを俺は求めて無いぞ! もっと自分の身体を大事にしろよ! 」


 俺は全裸のカルラたちに囲まれる自分の姿を一瞬思い浮かべたが、慌ててそれを振り払い拒絶した。


「おいおいリョウスケ? 何を勘違いしてんだ? 金を受け取ってくれねえなら、あたしたちはここで守衛や輸送係として働いて恩を返すって意味だぜ? 」


「え? 守衛……」


 あれ? 俺と寝るとかそういうんじゃなくて?


「ウシシシ! まさかあたしたちがリョウスケと寝ることで対価を払おうとしてたとか思ってねえよな? まあリョウスケが求めるなら、あたしとサラはいつでもオッケーだぜ? 」


「ちょ、カルラ! また私を巻き込んで! 」


「あ、いや……つまり守衛や街とここの輸送要員として働くと? そういうことか? 」


 身体で払うって治療の対価にここで働くってことかよ! じゃあなんで胸もとを開いたんだよ! 絶対わざとエロい方向に俺が受け取るようにしただろ!


「ああ、そうだぜ。もう森で稼ぐ理由が無くなっちまったからな。治療費もどうせ受け取ってくれねーだろうし、だったらみんなでここで働いてリョウスケに恩返しをしようって事になってよ。リョウスケもその方が女神の家を作るって使命を果たしやすいだろ? だからここで守衛や街との輸送をすることにしたんだ。大部屋だけ用意してくれりゃあ給料なんていらねえからよ。受け取ってもらえなかった金もあるしな。嫌だって言っても居座るからな? もう街に置いてあったみんなの私物を全部持ってきてんだ」


 カルラはそう言って先ほどの女性たちが乗っていない方の荷車を指さした。


 あの大荷物はみんなの私物だったってわけか。


 参ったなこりゃ……


 シュンランとミレイアがレベルアップをするとわかった以上は、できるだけ魔物を狩ってレベルを上げさせたい。二人が強くなれば今後何があっても安心だしな。


 そのためには俺たちの代わりにマンションを見ていてくれる人手が、正直喉から手が出るほど欲しい。それがよく知り信用できるカルラたちなら申し分がない。


 でもなぁ。せっかく体が治ったんだから、彼女たちにはできればハンターを辞めて幸せを探して欲しいんだよな。


「ククク、そういうことか。涼介、いいのではないか? 使命を果たすためにも、今後マンションの増築しなければならないしな。私はカルラたちがここで働いてくれるのは大歓迎だぞ」


「そうです。女神様の家を作るためには、お部屋を増やして入居者の方に満足していただかないといけないんですよね? でしたら人手は多い方がいいと思います。何よりカルラさんたちなら安心ですし」


 シュンランとミレイアは、俺が女神の使命を果たすために人手が必要だと乗り気だ。


 二人にはあくまで推測だが、より多くの部屋を作り入居者に満足してもらうことにより間取り図のギフトがバージョンアップすると話してある。そしてその先にタワーマンションがあることも。


 その時に女神に遅いと怒られギフトを奪われない程度に、ゆっくりタワーマンションを作っていくつもりだと話したら二人に怒られたんだよな。


 そんな適当な気持ちでいて、もしも突然女神によってギフトだけではなく、俺だけが元に世界に戻されたらどうするのだってさ。そんな事は無いとは思うが、絶対ないとも言えず言い返せなかった。


 その事もあり、今では俺よりタワーマンションを建てることに積極的だ。その理由が俺から離れたくないっていうものだから、俺もやる気があるところを見せないといけない。


 うーん……ならとりあえずカルラたちが気が済むまで手伝ってもらうか。ここなら色んなハンターの男たちと接する機会があるしな。


 今まではカルラたち棘の戦女たちは街ではみんなで固まり、森では野営をして男性のハンターとの接点はほとんどなかった。ここを利用してからも、男のハンターたちを完全に無視してる。


 そんな彼女たちだが守衛をやるとなれば、今までのように無視をするわけにはいかない。門を開けるときや閉める時に、最低限挨拶くらいはするはずだ。そういった事の積み重ねにより、少しずつ男性と話せるようになるかもしれない。そしていずれは仲良くなれる男性に出会えるかもしれない。


 ならここで働くとは彼女たちのリハビリにもなるか。


「わかった。正直カルラたちがここで働いてくれるのは助かる。俺もシュンランたちも最近は狩りに行くようになったしな。是非棘の戦女たちにはここで働いて欲しい」


「よっしゃ! やったぜ! みんな! 今日からフジワラマンションイバラの守衛隊としてここを守るのが仕事だよ! そしてここがあたしたちの新しい家だ! 毎日シャワーを浴びれるぜ! 」


『『『きゃー! やったぁぁぁ♪ 』』』


「ただしだ! 条件がある。その条件が呑めないなら雇うことはできない」


 俺は飛び跳ねて喜ぶカルラや棘の戦女たちへ、条件を呑めないなら雇うことはできないと大声で告げた。


「条件? あたしとサラの身体ならいつでも差し出すぜ? 」


「カ、カルラ!! 」


「そんな卑劣なことを俺がいう訳ないだろ。ったく、条件とは棘の戦女はうちと正規の雇用契約をしてもらう。雇用条件は、週休1日で半年ごとに長期休暇を与える。報酬は毎月棘の戦女に危険手当含めて金貨100枚を支給する。その中からカルラが皆に給与を配分してくれ。当然住む部屋はこちらで用意するし、食材は倉庫にある冷蔵庫から好きなだけ使ってくれていい。ああ、装備も全部支給する」


 うちの今の月当たりの総収入は白金貨25枚。金貨でいうと250枚だ。人件費で半分近くかかることになるが、彼女たちがいれば今の倍は余裕で部屋を増やすことができるので、結果として収入は増える。そのうえ俺もシュンランもミレイアも楽になる。だからこれくらいどうってことない。


「なっ!? ば、ばっかじゃねえのか!? 」


「そ、そうです! 私たちが1ヶ月必死になって狩りをしてもその半分くらいしか稼げません! そこから経費を引いたらさらに半分です。それなのにそんなに頂けるはずがありません。しかも食費や装備まで……住む場所さえあれば無給で結構です! 」


「いいや、うちで働いてもらう以上はダリアたちと同じようにちゃんと報酬を受け取ってもらう。それがここのルールだ」


 血相を変えて反論する二人に、俺は淡々とした口調で言った。


「で、でもそれじゃあ全然治療費を返したことにもならねえし、何より恩返しにもなってねえ。受け取ってもらえなかった金もあるしさ、あたしたちは無給でいいんだよ。それで十分生活できる。だから給料なんていらねえんだ」


「カルラたちが働いてくれるだけで、十分恩は返してもらったことになる。多いというなら貯めておけばいい。そしていつか棘の戦女の皆が幸せを見つけた時に使えばいいさ。ここを出る時には必要なはずだろ? 」


 いつか彼女たちを心から好きになってくれる男が現れ、ここを去る時に餞別として渡せばいい。


「!? あ……リョウスケ……」


「リョウスケさん……そこまで私たちのことを……」


「フフフ、そういうことだ。涼介がこういう男なのはわかっていたはずだ。カルラたちは雇われの身になるのだ。雇い主のいうことは聞くものだぞ? 」


「うふふっ、皆さん諦めてください。涼介さんは一度決めたら曲げませんから」


「ああ、これはうちで働く以上は絶対条件だ」


「なんだよ……恩返しどころかまた恩を受けちまったじゃんか。途中までは計画通りだったのによ。ハァ〜、こうなったらあたしがこの身体で恩を返すしかねえな。サラ、今夜リョウスケの部屋に一緒に行こうぜ」


「ええ!? な、なぜ私もなのよ! 私は恩返しでとかそういうのは……お互いの気持ちを……その……」


「ははは、カルラはすごく魅力的な女性だけど、恩返しとかで身体を差し出されるのはお断りだな」


「ば、ばっか! あたしが魅力的とか! か、からかうんじゃねえよ! 」


「からかってないさ。それより承諾したってことでいいな? ならとりあえずいつもの部屋に入ってくれ。シュンラン、街から来た子たちは人目がつかないよう、1階の奥の2LDKにとりあえず入ってもらってくれ」


「わかった。ほらカルラ、鍵を渡すからこっちに来てくれ」


「まったく……リョウスケには敵わねえぜ。みんな、リョウスケがあたしたちの未来のために給料をくれるってよ。そんなこと言われたら断れねえ。だったら給料以上の働きをして恩返しをするしかねえよな。もう男相手に逃げることはできねえからな! 気合入れてけよ! 」


『『『ハイッ! 』』』


 カルラの号令に棘の戦女たちは大きな声で応えた。そしてテーブルで鍵を用意するシュンランのもとに向かうカルラの後に続いた。


 しかしいきなり20人。いや、街から来た子の治療が終われば26人か。それだけの従業員を雇うことになるとはな。


 治療のこともあるし、今夜従業員専用の建物でも建てるかな。そこに移動してもらって……カルラたちが住んでいた部屋はしばらくそのままにしておいた方がいいか。


 恐らく新しい部屋に1ヶ月も住めば原状回復の対象になるとは思うが、まだ確実じゃないからな。確実になってから彼女たちが住んでいた部屋は開放するべきだろう。


 俺はそんなことを考えながら、テーブルでシュンランから鍵を受け取るカルラたちを眺めていたのだった。






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