第32話 検証
「涼介、朝の稽古の時間だぞ」
「う……ん……」
俺は耳元で聞こえたシュンランの声と、額に感じた彼女の唇の感触で目を覚ました。
目を開けるとシュンランがベッドから降り、下着を身につけてようとしていた。
リビングからは朝食の支度をしている音が聞こえる。昨夜一緒に寝ていたミレイアが一足先に起きて準備をしているんだろう。
昨夜は俺とシュンランだけで寝ていたんだけど、シュンランの身体に激痛が走り俺が右往左往しているとミレイアが騒ぎを聞きつけて来てくれた。
それからミレイアと二人でシュンランの身体を氷で冷やしたりしたんだけど、その後30分ほどで彼女の身体の痛みは嘘のように消えた。俺の時と同じように……
あの時は一瞬彼女が昨日行った狩りで、レベルアップをしたんじゃないかと考えた。しかしそれなら一緒にいたミレイアがなんともないのはおかしい。それにもしシュンランだけ俺と同じ体質だというのなら、俺と出会う前にもレベルアップをしていないのはもっとおかしい。だからレベルアップによる症状じゃないと結論づけた。
それならそれで心配なんだけど……
「昨晩は騒がせてしまって悪かったな」
紐パンを履き終えたシュンランが、訓練用のズボンとシャツを手に取りながら昨晩のことを詫びてきた。
「いや、そんなのは気にしなくていいんだ。けど身体は大丈夫なのか? 」
「ああ、もう痛みはない。突然嘘のように痛みがなくなった事といい、起きてもどこも痛くない事といい、昨夜の痛みは筋肉痛によるものではなかったようだ。なんだったのだろうな」
「そうか……痛みがないならいいんだ」
「心配かけたな。フフッ、涼介の必死な表情。嬉しかったぞ」
「大切な人が苦しんでいる姿を目の当たりにして、動揺しない奴なんていないだろ」
シャツに頭を通し終えたあと、頬を緩めながら昨夜の俺の話をするシュンランに、俺は身を起こしながらそう答えた。
「フフフ、そうか……さあ、早く着替えて朝の稽古をするぞ。今日は足捌きを重点的に行う。ほら、早く着替えるのだ」
「へいへい」
急に張り切り出して早く準備をするように促すシュンランに、俺は彼女が用意してくれた下着と服を手に取り着替えるのだった。
それからシュンランとリビングに向かい、朝食の支度をしているミレイアに朝の挨拶をした。として洗面所で顔を洗い、歯を磨いて玄関へと向かおうとしたその時。シュンランが突然俺の首に両腕を回しキスをしてきた。
どうやらさっきの言葉が嬉しかったようだ。
1分ほどお互いの舌を絡めた濃厚なキスをしたあと、俺はシュンランとまだ薄暗い敷地の広場の奥で朝の稽古を行うのだった。
シュンランは俺にすり足の反復練習をするように言うと、自分は木製の双剣で型の練習を始めた。
それから10分ほどした頃。剣を振っていたシュンランが突然動きを止め、自分の腕をじーっと見ていた。
俺は急に動きを止めたシュンランが心配になり声を掛けた。
「どうしたんだ? やっぱりどこか身体が痛いのか? 」
「ん? いや……逆だ。妙に身体が軽いのだ。それに剣の振りが速くなった気がしてな」
「身体が軽く……」
これも同じだ……ここまで症状が似ているなんて……やっぱりレベルアップしてるのか?
「涼介、少し打ち合いを頼む。全力で行くから受け止めてくれ」
俺が考え込んでいると、シュンランは木槍をこちらに放り投げ双剣を構えた。
「ええっ!? 」
「いくぞ! 」
木槍を受け止めたはいいが突然の展開についていけないでいる俺に対し、シュンランは容赦無く間合いを詰めて剣を振るってきた。
「わっ! ちょっ! くっ……速い! 」
俺は慌てながらもシュンランの初手を槍で払ったが、すかさず繰り出してくる連撃に耐えきれず大きく距離をとった。
速い……前に打ち合った時より一段速くなっている。
「フフッ、今日は身体のキレが良いみたいだ。涼介、まだまだだ。行くぞ! 」
シュンランはそう言っては楽しそうな笑みを浮かべ、左右に身を振りながら距離を詰めてきた。そのスピードは先ほどより一段速く、あっという間に距離を詰め剣を振るってきた。
「くっ……」
「さすが涼介だ。だがこれは受け切れるか? 『竜双乱舞』! 」
身体能力にモノを言わせなんとかシュンランの剣の攻撃を受け切った俺だが、彼女はさらに左右に大きくステップを踏み踊るように双剣を繰り出してきた。
その姿はとても美しく……そして痛かった。
♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢
「大丈夫か涼介? すまない。思った以上に身体が動くようになったことが嬉しくて、つい力が入ってしまった」
「だ、だいじょうぶ……」
脇腹を押さえしゃがんでいる俺の身体の横で、申し訳なさそうにしているシュンランに痛みを堪えながらそう返した。今度から稽古の時もスーツを着る必要があるなと思いながら……
あれからミレイアが呼びに来るまで、20分ほど休みなくシュンランと打ち合っていた。
その結果、いつもより多くの打撃を受けたうえに、最後には強烈なのを脇腹に食らってしまった。
ただ、打ち合って確信した。
間違いなくシュンランの身体能力は、数日前に打ち合った時よりも上がっていると。
俺と狩りに行った翌日に急に……
昨夜のことといい、これはもう間違いないだろう。やはりシュンランはレベルアップしている。
でもなぜシュンランだけ?
考えられるのはシュンランに勇者の血が流れている可能性なんだが、そんな話は今まで聞いたことがない。そもそも勇者はこの世界に子を残していないと聞いた。三人も奥さんがいていないとも思えないから、もしかしたら地球に連れて行ったのかもしれない。いずれにしろこの世界に勇者の子孫を名乗る者がいないのは確かだ。
となると勇者の血統という可能性はなくなる。
これでミレイアもレベルアップしていたなら、一つだけもしかしたらそうじゃないかと思える事に心当たりがあった。しかしレベルアップしたのがシュンランだけだとそれも当てはまらないんだよな。
その心当たりとは、勇者の妻たち全員が戦姫と呼ばれるほど強かったという事だ。
どれほどの強さかはわからないが、竜人とエルフの妻はともかく人族の妻は王国で聖女と呼ばれていたほどのお淑やかなお姫様だったらしい。そんなお姫様が戦姫と呼ばれるほど強かったというのは少し疑問だ。
そのことから勇者と一緒に戦った者は、レベルアップの能力を得るのかもしれないと思ったんだ。
王道小説にもそういうパーティ設定みたいなものがあるしな。勇者が得た経験値の一部をパーティに分け与える的な、そんな隠れた能力が俺にあるのかもしれない。俺が国とかに狙われても大丈夫なように、フローディアが気を利かせて与えてくれてたのかもしれない。
しかしレベルアップしたのがシュンランだけなら、その可能性も否定されることになる。
だけどこれくらいしかシュンランがレベルアップした理由が思いつかないんだよな。
もしかしたらミレイアの経験値が足りないだけかもしれないな。昨日はシュンランより倒した魔物の数は少なかったのは確かだ。
そうは言っても二人ともレベル0スタートなら、そんなに経験値は必要ないはずなんだけどな。俺なんてEランクのゴブリンを倒しただけでレベルアップしたし。
しかしパーティ仲間にはあまり経験値が入らないって設定の可能性もあるか……
うーん……これはもう一度試してみる必要があるな。
俺は痛む脇腹を押さえながら、本当に俺の影響でシュンランとミレイアがレベルアップをするのか検証することを決めた。
その後、朝の稽古を終えた俺はシュンランと一緒に家に戻り、一緒にシャワーを浴びてそのまま少し運動してから朝食をとった。
足が治ってからは朝の稽古があるので朝食はミレイアが、昼食はシュンランが作り夕食は二人で作るらしい。
朝食を食べ終わった後は毎日恒例の朝の弁当販売を行い、門を開けてハンターたちを見送った。それからはマンションの清掃に受付と忙しく過ごした。さすがに二日連続でマンションを空けるわけには行かないから、検証は閉門してから行う予定だ。
そして夕方になり、無事狩りに出ていった入居者が戻ったことを確認した俺は門を閉めミレイアを狩りに誘った。
シュンランも同行したがったが、夜のデートも兼ねてだから明日はシュンランを誘うと言って納得してもらった。そして喜ぶミレイアと一緒に森へと向かった。
夜の森ということで少し緊張しているミレイアと一緒に奥の方に向かい、麻痺蜘蛛やトレントを見つけては狩っていった。夜の森は魔物がそこら中にいるので結構な数を狩ることができた。
数時間ほど狩りをした後、遅くなったのでミレイアを背負って全力で走って帰りその夜はミレイアと一緒にベッドに入った。そして彼女とお互いの大事なところを愛し合ってから、ミレイアの身体に異変が起こった時にすぐ気づくように彼女を抱きしめながら眠りについた。
しかしその夜。ミレイアの身体に異変はなかった。
うーん、もうわからん。お手上げだ。
間違いなく一昨日シュンランが倒した魔物より多くの魔物をミレイアは倒した。しかもDランクの魔物だ。それなのにレベルアップしないなんて、やっぱり俺にパーティ能力みたいなのは無いってことか? ということはシュンランのレベルアップはたまたまで勘違いなのか? いや、でもあの身体能力は明らかに……
俺はミレイアにレベルアップの症状が現れなかったことで、仮説が崩れさらに頭を悩ませたのだった。
そして翌日の夜。
今度はシュンランを誘い二人で夜の森の狩りに向かった。
やはりシュンランの動きは以前より速くなっており、暗い森と夜の魔物相手でも昼と変わらない動きを見せていた。彼女も以前より夜目が効くようになったと言っていた。
身体能力だけではなく視力まで上がるなんて、ますます俺と同じだ。
そして数時間ほど魔物狩りをして家に戻り、その日はシュンランと愛し合ってから一緒に眠りについた。
すると深夜にまたシュンランのうめき声が聞こえた。彼女は一昨日の夜と同じように、身体に激痛が走っていると言っていた。
やっぱり間違いない。
シュンランだけレベルアップしている。
俺が原因なのも間違い無いだろう。
ならなぜミレイアだけレベルアップしないんだ?
もしかしたら種族的な問題か? いや、二人ともハーフだ。その可能性はあまり高く無いだろう。
ほかにシュンランとミレイアの違いはなんだ?
わからない。
とりあえずレベルアップする条件がわかるまで、二人に話すのはやめておこう。
ただでさえ俺と最後までできなくて疎外感を感じているミレイアが、シュンランだけレベルアップしたなんて知ったらもっと落ち込むだろうし。
ん? シュンランとミレイアの違い……いやまさかそんなエロゲみたいな理由のはずが……しかしもしも勇者の妻たちが強かった原因が、勇者の妻であったからだというなら……いやいくらなんでもそんな……でもあの女神のことだ、家族特約的なものを設定している可能性も……
俺は苦しむシュンランの手を握り、身体を氷で冷やしながら思い浮かんだ新たな可能性にまさかと思いつつも、もしかしたらと考えていた。
そして翌日の夜。俺は二人に確かめたいことがあると言って、一人で森へと向かった。そしてCランク魔物がいる領域まで全力で向かい、ひたすら魔物を狩り始めた。
推定レベル38を40にするために。
火災保険のランクアップにより、ミレイアと深く愛し合えるようになるため。そしてパーティ能力の発動条件の検証のために。
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