第30話 カルラの涙
『ういっ! 誰だよこんな遅くに』
「俺だ。ちょっと話があって来たんだ。中に入れてもらっていいかな? 」
『リョウスケ!? い、今開ける! 』
「悪いな遅くに」
俺がそう言い終わる前にインターホンは切れ、ドア越しにカルラとサラの騒ぐ声が聞こえた。
ちなみに俺の部屋と管理人室以外は、テレビモニター付きインターホンではなく普通のインターホンだ。バージョン1990のままだからな。
それから少ししてドアが開き、胸もとの大きく開いたシャツと短パン姿のカルラが現れた。
「ま、待たせたな……って、なんだよ。シュンランとミレイアも一緒かよ」
カルラは俺の後ろにいるシュンランとミレイアの姿を見て、目に見えるほどガッカリしていた。どうやら俺一人だと思っていたみたいだ。
「プッ、悪かったなカルラ」
「ふふふ、私たちもお話があるんです」
二人が笑いながらそう言うと、カルラは唇を尖らせながら
「なんだよなんだよ。とうとう夜這いに来たかと思ったじゃんか。サラだって期待してたんだぜ? 」
後ろをチラリと見て残念そうにそう言った。
『カ、カルラ! 適当なこと言わないでください! 』
その瞬間、部屋の奥からサラの否定する声が聞こえてきた。
いつも通りの流れだな。
ダリアの腕を治してから二日後の夜。
俺たちは退去を明日に控えたカルラとサラの部屋に来ていた。
ダリアの腕を治したあの日の夜は、遅くまで彼女たちの部屋で今後のことを話し合った。
そこでダリアにはカルラたちが退去する日まで管理人室から出ないこと。そしてカルラたちの身体を治したら、早朝に一緒に街にいってもらう事を決めた。ほかのハンターたちに疑われないようにする為の偽装だ。
カルラたちの体も治すつもりだと伝えた時は、二人ともこれ以上ないってくらい喜んでいた。ただ、一度に全員は治すことはできないということは話した。
棘の戦女はダリアとエレナが抜けたあと、新たに加入した子もいるので以前と同様に17人いる。
そのうち外から見てわかる傷や欠損箇所がある女性は、カルラとクロエなどを入れて10人ほどだ。残りの7人は外からは見えないからわからない。エレナのように心の傷のみかも知れないし、服の下に深い傷があるのかも知れない。
いずれにしろその7人はすぐに治しても問題ないだろう。だがカルラとクロエたちは外から見て治ったのがわかってしまうので、数回に分けて治す必要がある。周囲のハンターたちに今まで貯めていたお金で教会で治したと思わせるためだ。
とは言っても教会の治療費は、欠損部位や古い傷痕一つにつき白金貨10枚。一千万円相当掛かる。それが10人分だ。複数の指がない子もいるから、白金貨100枚以上は確実にかかる。さすがにCランクになりたてのカルラたちが、そんな大金を本当に持っているのか疑われるだろう。だから友人の俺が利子付きで貸したという事にするつもりだ。
ダリアとエレナもそこは理解してくれて、今後ほかのハンターたちに聞かれた時にそう答えるようにすると言ってくれた。
そして翌日の朝。
朝の弁当販売に姿を見せないダリアを心配したカルラやハンターたちが、彼女のことを聞いてきた。それに対し俺やシュンランたちは、昨日夕方に退去したハンターたちと一緒に街に治療に行ったと説明した。
カルラと棘の戦女たちは、私たちが連れて行きたかったのにと言いながらもすごく喜んでたな。特にクロエなんて泣きながら喜んでた。
そして彼女たちに、治療費を用立ててくれてありがとうって何度も感謝された。自分たちも欠損があるのに、元仲間のことであそこまで喜ぶ棘の戦女たちを見て、本当に家族みたいな関係なんだなって思ったよ。
そんな彼女たちが狩りに出かけるのを見送った後。シュンランとミレイアとエレナは、ダリアの代わりにマンションの掃除や消耗品の補充。そして大部屋のマットレス干しにと忙しそうにしていた。
いないことになっているダリアはというと、管理人室でパンを焼いてもらった。最初カバンを渡した時は、無限に出てくるパンにそりゃあもう驚いていたよ。それと同時に、あんなに美味しいパンをどうやって作っているのかという謎が解けたと言っていた。ずっと気になっていたけど、シュンランが教えてくれなかったらしい。
まさかカバンから無限にクロワッサンが出てくるなんて思わないよな。しかもそれ、ビジネス用のカバンなんだぜ?
そんなパン焼き職人になったダリアをよそに、俺はマットレス干しを手伝いつつ一人で受付を担当した。
飛竜狩りは当分お休みだ。人手がいないんだから仕方ない。よく誘引役をしてくれるハンターたちは、ダリアがいないんじゃなと納得しつつも残念がっていた。普通に狩りに行くより実入りがいいからな。安定して狩れないのが欠点ではあるけど。
そしてさらに翌日の今日も同じように日中の業務をこなし夕食を食べ終えた所で、明日の朝に退去する予定のカルラの傷を治すために部屋へとやって来たというわけだ。
俺は奥から聞こえてくるサラの声にクスリと笑いながら口を開いた。
「夜遅くに女性の部屋に一人で来たりしないよ。それよりいいかな? 」
「ああ、話があるんだっけ? いいぜ、入ってくれ。シュンランとミレイアは玄関で靴を拭いてくれれば土足のままでいいからよ。いま雑巾持ってくっから」
カルラはブーツを履いているシュンランとミレイアに、そのままでいいと言ってから背を向け雑巾を取りに行こうとした。
「フフフ、その必要はない」
そう答えたシュンランを見て俺は横にずれ、彼女を玄関の中に入れた。
するとシュンランはブーツを脱ぎ、その白くて綺麗な足をカルラに見せた。
「あん? どういうことだ…………なっ!? あ……足……足が……なんで……? 」
カルラはシュンランの言葉に首を傾げながら振り向いたあと、ブーツから現れた彼女の足を見て驚愕の表情を浮かべた。
「フフッ、涼介のギフトで私とミレイアの足を治してもらったのだ」
「リョ、リョウスケのギフトだって!? でも治癒のギフトなんて……」
カルラがシュンランの足に視線を釘付けにして固まっていると、部屋に繋がるドアが開きサラが顔を出した。
「どうしたのですかカルラ? 早くリョウスケさんたちを中に……シュ、シュンラン!? その足は!? 」
そしてカルラと同じように目を見開き驚いていた。
「あ〜カルラにサラ。シュンランとミレイアの足を治した話もするから、とりあえず中で」
「あ、ああ……入ってくれ……」
カルラはうなずきながらそう言って廊下の端に寄った。そんな驚くカルラたちの反応を見てクスリと笑っているシュンランとミレイアの背を押し、俺は奥の部屋へと向かった。
ドッキリ大成功ってとこかな?
部屋の中に入ると俺たちは二つあるベッドの一つに座るように促され、カルラたちは向かいのベッドに腰掛けた。
この部屋にはソファーがないからな。1Rは8帖ほどしかないかので、ベッドを追加で設置した時にソファーは撤去してあるんだ。
そうしてベッドにシュンランとミレイアと共に腰掛けた俺は、色々と聞きたそうな顔をしている二人に向けて口を開いた。
「突然のことで驚いていると思うけど、ギフトの話の前にまずは俺が何者なのか話させてくれ」
「んん? リョウスケが何者かだって? どういうことだ? 」
「!? き、聞かせてください」
「ああ、実は……」
俺は頭にはてなマークを浮かべているような表情のカルラと、それとは対照的に身を乗り出し食い入るような目で聞きたいと言ったサラへ、俺がこの世界の人間ではなく女神によって遣わされた人間であることを話した。
♢♢♢
「マジか……リョウスケが勇者だったなんて……じゃあやっぱりあの竜人族の将軍ってのが言ってたことは本当だったってことかよ」
「やっぱり……リョウスケさんは勇者様だったのですね。そしてあの槍と変幻自在なロープはやはり神器……」
「あ〜誤解しないで欲しいんだが、俺は女神に勇者ロン・ウーのようにこの世界を救うようには言われていない。俺は女神が住む家をこの世界に作るように言われて来たんだ。三つの神器とこのマンションを作るギフトを授けられてね」
俺は世界を救う勇者だと思われないようそう説明した。
「女神の家を作るのが使命だって!? ってか、このマンションってギフトで作ったのか!? 」
「なんてこと……フローディア様の家を作る事が使命だなんて」
「そうだ。実は女神が俺がいた世界の家を気に入っていてね。迷惑なことに同じ物を作れというんだ。そのために俺のいた世界に存在するマンションが作れるギフトをもらったというわけさ。間違っても滅びの森の魔物を殲滅するとか、そういう役目じゃない。でも俺が女神から遣わされた存在であることが人族の国や教会に知られたら、無理やりそういう存在に祭り上げられるかもしれない。だからこの事は棘の戦女だけの秘密にしていて欲しいんだ」
「私からも頼む。この事はカルラたちだけの秘密にしていて欲しい」
「涼介さんが女神様の使命を果たせるようにお願いします」
俺が驚く二人に真剣な表情で他言しないように頼むと、両隣で話を聞いていたシュンランとミレイアも続いた。
「そ、そりゃ確かにそうなるよな。特に教会は聖地を取り戻すことを公言してるからな。本当にやる気があるようには見えねえけどよ。でもそこに勇者と同じ存在が現れたら……」
「間違いなく利用されますね……わかりました。リョウスケさんが勇……使徒様であることは決して公言は致しません。ですがなぜ私たちにそのような決して広まってはいけないような事をお話になったのです? 」
「それはカルラたちの身体も治してあげたいからだよ」
「あ、あたしたちの身体を!? 」
「で、では本当にシュンランとミレイアの足を治したのはリョウスケさんが……治癒のギフトを持っていたのですか? 」
「いや、俺は治癒のギフトは持っていない。実はこの部屋を作るギフトなんだけど、部屋にある壊れた家具も直せるんだ。その能力が最近派生というか進化してね……」
俺は原状回復のギフトが長く住んだ人間も対象になる事を説明した。
「えっと、つまり同じ部屋に長く住んでいたあたしたちも、家具みてえになってるってことか? 」
「ああ、恐らくだけどね。今確認するからちょっと見ていてくれ」
首を傾げながら聞いてきたカルラへそう言ったあと、俺は立ち上がりベットから離れた位置で間取り図のギフトを発動した。
「うおっ! なんだこれ!? 」
「金色の光……なんて神々しい……」
「サラ、これはただのギフトだ。そんなことしなくていい」
俺は金色の光を発するパソコンを見て
するとそこにはベッドの上に座る二人の姿が図面に描かれていた。
よしっ! やっぱり二人も認識されている。こっちがカルラでこっちがサラだな。
図面上に映し出されたカルラの身体は、顔や股間だけではなく背中も光っており、サラは股間と両胸の部分が光っていた。
今まで知らなかったけど、どうやらサラも胸に消えない傷があるみたいだ。
「どうやらちゃんと認識されているみたいだ」
「ということはカルラの傷が治るんですか? 」
「ああ、サラのもね」
「わ、わかるんですか!? 」
サラは俺の言葉に両胸を押さえ、驚愕した表情でそう言った。
「身体のどこかに傷があるということだけな」
俺はそんな彼女にどこに傷があるかはわからないと答えた。
嘘なんたが、彼女は俺に対してはそういう素振りを見せなくなったとはいえ、他の男には露骨に嫌悪した態度を取っている。そんな子がいくら友人の俺にとはいえ、身体を透視できるような事を言われて平気なはずがない。だから嘘をついた。彼女に嫌われたくないからな。
「そう……ですか」
「というわけで、今からカルラとサラの身体を治すから」
「ええっ!? あ、あたしはいいって! あたしよりクロエや皆のを頼む! 」
「わ、私も遠慮いたします。私などよりも他の子たちを……それにまだ1人分しかお金は貯まっていませんので」
「いいや。カルラとサラから治す。そう決めてきたんだ。それに友人から金なんか取るわけないだろ。全員無償で治すに決まっている」
この二人は本当に……女性として残したくない場所に傷が治るというのに、それでも仲間を優先して……ったく、そんなんじゃ一生傷なんか治せるわけないだろ。
だから俺が無理やり治してやる。人の痛みのわかるこんな優しい二人が傷付いたままでいいはずがない。
「で、でもリョウスケ……」
「そんな……無償だなんて……いくらなんでもそこまで甘えるわけには……」
「二人とも。涼介は世界を救うために女神に遣わされた勇者ではないが、身近にいる者を救ってくれる勇者なのだ。700年前に世界を救った勇者が何か見返りを求めたか? 求めていないだろう? 同じだ。涼介は救いたいと思った者を救うことに見返りなど求めない」
「シュンランさんの言うとおりです。涼介さんは私やシュンランさん。そしてカルラさんやサラさんたちの勇者様なんです。ですから諦めて治されてください」
「あたしたちの勇者……世界じゃなくてあたしたちの……」
「世界ではなく私たちを救ってくれる勇者様……」
「まあなんだ。そういうことだ。さあ、それじゃあ身体を治すから。強い光が出るから目をつぶって。でないと今度は目が見えなくなるぞ? 」
俺がそう言うと二人は慌てて目を瞑った。
その様子を確認した俺は、図面に映る赤く光る部分を全てクリックした。
今回も勝手に股間の部分は治させてもらう。本来ならば本人に了承を取るべきなんだが、彼女たちの過去を知る以上は勝手にやらせてもらう。さっきサラに傷の場所がわからないって言っちゃったしな。それに友人の女性に聞きにくいってのもある。処女に戻ったことは、しばらくしたらシュンランからそれとなく伝えてもらおう。彼女ならうまく伝えてくれるはずだ。
シュンランに丸投げすることを決めた俺は、ミレイアからあらかじめ用意していた魔石の入った大きめの革袋を受け取った。そして画面右上に表示されている数の分の魔石を画面に投入した。
二人でDランク魔石540個か。多めに用意しておいてよかった。思った以上にカルラが傷だらけだったからな。それでも教会じゃ顔の傷ですら治せない金額だ。たったこれだけの魔石で彼女たちの身体を全部綺麗にできる。女性として再スタートを切るきっかけを与えられる。
そして魔石を投入し終えた俺は、シュンランとミレイアにアイコンタクトをしたあと実行ボタンを押して目を腕で覆い隠した。
その瞬間、カルラとサラの身体が光り、数十秒ほどした後にその光は収まっていった。
そこには額から顎にかけてあった顔の傷が、綺麗に消えているカルラの姿があった。
やっぱりカルラは美人だな。健康的な美女って感じだ。
「もう大丈夫だ。カルラ、サラ。目を開けてごらん」
俺は固く目を瞑っている二人にそう告げた。
すると二人はゆっくりと目を開いた。
「き、消えている……カルラの顔の傷が……」
サラが隣にいるカルラの顔を見て、目を見開きながらそうつぶやいた。
「え? マジ? あ……本当に……背中の傷も……」
カルラはサラの言葉に自分の顔を触り、そして背中に腕を回して傷が消えていることを確認した。
「す、少し失礼します! 」
そんなカルラを見て固まっていたサラが、慌てた様子で洗面所へと駆けていった。胸の傷を確認しにいったのだろう。
そして少しして
『う……うわぁぁぁぁん! 』
サラの泣き叫ぶ声が聞こえてきた。
「ミレイア」
「はい」
俺がミレイアにサラの事を頼むと、彼女は立ち上がり洗面所へと歩いていった。
「ハハ……本当に傷が……綺麗に無くなっちまってら……あたしなんか別に最後でもよかったのによ」
「カルラ、これは今までずっと他人のために自分を犠牲にしてきた二人への女神からの贈り物だ。だから一番最初に受けとる権利があった。そう思ってくれ」
「あ、あたしはそんなんじゃねえって……ただあたしと同じ辛い思いをしていたアイツらをほっとけなかっただけなんだ。それだけなんだよ」
「そのために自分の治療を後回しにして、命を削って戦い続けたカルラとサラを俺は尊敬している。カルラ、今までよく頑張ったな。今後もしもカルラを頼ってきた女性がいて、その女性に目に見える傷があったら俺が全部治してやる。だからもう頑張らなくていいんだ。もう何も背負わなくていいんだ。これからは自分のために生きていいんだよ。その為なら俺もシュンランもミレイアも協力を惜しまない。だって俺たちは友達なんだから」
「そうだぞカルラ。私たちは友人だ。困った時は頼っていいのだ。だからもう必要以上に命を削ることはないのだ。休んでいいんだ」
「リョウスケ……シュンラン……あたしは……あたし……うっ……ばっか……泣かせ……んじゃねえ……よ……泣かせ……ううっ……うあぁぁぁぁぁ! 」
俺とシュンランの言葉に、大粒の涙を流しながら胸に飛び込んできた。
今まで泣くこともできず、どんなに辛くても無理して明るく振る舞ってずっと耐えてきたんだろう。
俺はそんなカルラを受け止め、彼女の栗色の髪と背中をシュンランと二人で優しく撫でるのだった。
今まで本当によく頑張ったね、お疲れ様という思いを込めて。
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