第28話 約束



 神殿の地下にあるコニーの部屋を出た俺は、そのまま階段を駆け上がりシュンランとミレイアの待つ家の玄関ドアを開けた。


 そして靴を急いで脱いで早足でリビングに繋がるドアを開けると、そこにはテーブルに夕食を並べているシュンランとミレイアがいた。


「涼介? どうしたのだそんなに慌てて」


「涼介さん、何かあったんですか? 」


「二人ともちょっとソファーのところまで来てくれ」


 俺は料理を並べている二人の椅子に手を掛け、奥のソファーへと押していった。


「りょ、涼介! 突然どうしたというのだ!? 」


「あっ、お料理がまだ……」


 有無も言わさず椅子を押された二人は困惑した表情を向けたが、俺の頭の中は原状回復のギフトのことでいっぱいで答える余裕がなかった。


 ソファーの前に着くと俺は彼女たちを抱き抱え、それぞれソファーへと座らせた。そして間取り図のギフトをその場で開き、ヘヤツクのアイコンをクリックした。


 ヘヤツクの画面が開くとすぐに金庫代わりの作成途中の図面を開いた。画面の右上には今まで貯めたCからEランクの魔石数が表示されている。この半年間で貯めた魔石は全部で1万個近くある。


 次にその貯蓄用の間取り図の作成をキャンセルした。その瞬間、貯めていた魔石が全て金色のパソコンの前に払い戻され、魔石が山積みとなって現れた。


「これは貯めていた魔石? 」


「いつの間にかこんなに貯まっていたんですね」


 突然現れた魔石の山に驚く彼女たちをよそに、俺は急いで画面を終了しマンカンの画面を開いた。それから原状回復のタブをクリックして開くと、今いる部屋の間取り図が表示された。


 家の間取り図には目の前のソファーとその上にいる二人の姿が映し出されており、二人の両足とシュンランの股間と失った左角が赤く光っていた。


 その光景を見た俺の心臓は、早鐘を打ったように鳴り響いた。


 認識されている……設備として、原状回復の対象として二人が……二人の足と角が……


 シュンランの股間だけ光っているのは非処女だからだろう。それを怪我として認識するのもどうかとは思うが、原状回復とは元ある状態に戻すものだ。そういった意味でならおかしくはない。


 俺は震える手でマウスを動かし、まずは赤く光るシュンランの右足をクリックした。


 すると画面右上の必要魔石数が『D×100』となった。


 Dランク魔石100個……白金貨1枚。一部位100万円でいいのか?


 俺は教会で人族が治療する際に掛かる費用の10分の1で済むことに驚いていた。また初回サービス的な物かもしれないと疑った俺は、右足もクリックをしてみたが『D×200』と表示された。


 一部位白金貨1枚なのは間違いないようだ。


 ここにはDランク魔石だけでも5千個以上ある。足りる……余裕で足りる! 二人の足も角も治せる!


 そう思った俺はシュンランの角とミレイアの両足もクリックした。


「シュンラン……ミレイア……目を……目をつぶってくれないか? 」


 俺は画面右上の『D×500』と表示された数字を見ながら、震える声でそう二人に頼んだ。


 恐らく治るとは思うがまだ二人には話せない。本当に人間の欠損部位まで治るのか確実ではない。今まで一度も人間に試したことがないのだから。


 もしも期待させてしまってダメだったら二人が傷ついてしまう。


「目を? いったい……いや、わかった」


「……わかりました」


「ありがとう……すぐ終わるから」


 俺は何も聞かず目をつぶってくれた二人にそう言ったあと、原状回復の画面の決定ボタンをクリックした。そして目の前に山積みになっている魔石を無造作に放り込み、必要魔石数に達したところで実行ボタンを押した。


 その瞬間。二人の身体が光に包まれた。


 俺は目をつぶり腕で覆いながらも光が収まるのを待った。それは時間にして数秒のはずだが、俺にはとても長く感じた。


 やがて光が収まっていくのを感じ、腕を退け目をゆっくりと開いた。


 目を開けるとまず最初に俺の目に飛び込んできたのは、シュンランの白く美しい二本の角だった。それから下へと視線を向けると、そこには失ったはずの足首から先が存在していた。


「成功……した……」


 本当に二人の足が……角が元通りに……


 ああ……これで二人は……


「成功? 涼介? おい……なぜ泣いているのだ? 」


「ど、どうしたんですか涼介さん? 」


「シュンラン……ミレイア…………あ、足を見てくれ」


 俺はまだ気付いていない二人へと震える声でそう告げた。


「足を? それがどうしたという……!? あ……ああ……」


「ええ!? あ、足が……どうして? 足……私の……」


「治ったんだ……もう歩けるんだ……二人の足もシュンランの大切な左角も全部元通りになったんだよ」


 俺は視線を足に向けたまま固まっている二人に近付き、抱きしめながらそう答えた。


「つ、角? あ……ある……もう元には戻らないと思っていた角が……私の足と角が……うっ……うくっ……りょう……すけ……うっ……うあああああああ! 」


 シュンランは俺の言葉に失ったはずの左角に手をやり、その存在を確認した。そして俺の胸に顔を埋め、堰を切ったように泣き出した。


 あのいつも冷静なシュンランがまるで子供のように泣いている。きっと足が治ったこともそうだが、一生折れたままだと思っていた角が元に戻ったからだろう。


「ううっ……涼介さん」


 ミレイアは俺の胸に顔を埋めながら両足に手を伸ばし、その存在を確かめて静かに泣いている。


「もう歩けるんだ……精霊の力を借りなくても歩けるんだよ。椅子に座って移動する必要はないんだ」


 俺は号泣するシュンランと、静かに泣いているミレイアの耳元でそう言いながら二人の頭を優しく撫でた。


 シュンラン、ミレイア。今までよく頑張ったね。


 シュンランたちをオーガらの群れから助け出して半年。二人は歩けないことで今までできたことができなくなったこと、そして戦えなくなったことで落ち込み後ろ向きになることが何度もあった。


 それでも最後は俺の言葉を信じて前を向き、不自由な身体で一生懸命生きていた。


 オーガキングとの戦いのあと、俺は二人だけの勇者だから必ず生きていてよかったと思えるようにすると。そしてあの夜。俺に身を捧げようとした二人に、必ずその足を治すと言った言葉を信じて。


 そして今、俺は二人との約束を果たせた。


 まさかこんなに早く果たせるとは思っていなかった。それもこのギフトと、その能力に間接的に気付かせてくれたコニーのおかげだ。


 フローディア……色々思うことはあるが、今は感謝してる。俺にこんな素晴らしいギフトを授けてくれて……大切な人を救える力を与えてくれたことに。



 それから数十分ほど俺は泣き続ける二人と抱き合っていた。


 そして二人が少し落ち着いた所で二人の向かいに座り、原状回復のギフトのことを説明した。



「では私たちが設備としてギフトに認識され、その結果家具と同じように間取り図の派生ギフトである原状回復で足と角が修復されたということか」


 話を聞き終えたシュンランは、再生した左角をなでながらそう口にした。


「そういうことになるかな。物として認識されるのは面白くはないと思うけどね」


「そんな事はないです。物でもなんでもこうして足が元に戻ったのですから」


「ミレイアのいう通りだ。足と角が元に戻ったのだから不満などあるはずもない。しかし治癒のギフトでも元通りにできない角まで治すとは……とんでもないギフトだな」


「元の姿に戻すのが原状回復だからね。多分病気も治せるかもしれない」


 理屈で考えるなら、病気によって傷ついた器官や臓器だって元通りにできるはずだ。血液や神経の病気とかだとわからないけど、大部分の病気は治せるはずだ。


「病気もですか!? 」


「多分ね。なにしろ人の身体を治せるの事にさっき気付いたばかりだから、これから色々試してみないことにはね」


「そうでした。足を治せることも今さっき気付いたんでしたね」


「ああ、気付くのが遅くなってごめん。どうやらヘヤツクがバージョンアップした時に、原状回復のギフトも進化したみたいなんだ。その時に気付いていれば1ヶ月は早く治せたのに……」


 ジャグジーバスが設置できると浮かれて、マンカンのバージョンが上がった事に考えが及ばなかった。もっと色々と可能性を模索するべきだったんだ。そうすればもっと早く気付くことができたかもしれない。


「なにを言っているのだ涼介。こうして足を治してくれたじゃないか。ずっと先だと思っていたのだ。それがこんなに早く治って私は嬉しいのだぞ」


「そうです! ついさっきまでクロースさんと精霊さんがまたやって来るのを心待ちにしていたんです。それなのに精霊さんの力を借りなくても歩けるようになるなんて……本当に……涼介さん、ありがとうございます」


「約束したからな。二人の足を治すって」


 二人の足を治すと約束した。俺はそれを守っただけだ。


「はい……約束を守ってくれました」


「そうだったな。君はあの夜の約束を守ってくれた。それもこんなにも早くな。やはり君は女神が遣わした勇者なのだな」


「それもオーガとの戦いの後に言っただろ? 俺はこの世界を救いに来た勇者なんかじゃないって。それでも俺を勇者だというなら、それは二人を守るために遣わされた勇者なんだって」


 俺は世界を救う勇者なんかじゃない。タワーマンションを建てるために送り込まれた存在だ。


 けど、もしも俺を勇者だというのなら。それはシュンランとミレイアだけの勇者だ。


「フフッ、そうだったな。まったく……君はどこまで私の心を鷲掴みにするのだ? 既に涼介に全てを捧げるほど惚れているというのに、これ以上まだ惚れさせるとは」


「ああ……涼介さん……私の勇者様」


「あはは、ちょっと臭かったかな。それよりほら、立って見せてくれよ」


 俺はシュンランの言葉と潤んだ目で見つめるミレイアの視線に恥ずかしくなり、ソファーから立ち上がって二人の手を取ってそう言った。


 二人は俺の手を取りフラつくことなく立ち上がり、その後一歩、また一歩と歩き出した。


「力が入る……再生したばかりだというのに不思議だ」


「ちゃんと歩けます。走ることだってできそうです」


「ああ……よかった……本当に……」


 俺は精霊の力を借りている時よりもスムーズに歩く二人の姿を見て、胸がまた熱くなった。


 彼女たちの足にはブーツは無い。素足のまま歩いているんだ。ずっと歩くことができるんだ。


 スーリオンとクロースのおかげで、シュンランたちが歩けるようになっても誰も疑問に思う者はいない。あのブーツに似たブーツがあるから、それを外で履いていればいい。


 スーリオンたちがいなくても、精霊が力を貸してくれたとかなんとか言っておけば誤魔化せるはずだ。誰も精霊のことなんて知らないし、そういうこともあるんだろうと思ってくれるはず。


 スーリオンたちには本当に感謝だな。


 でもこれで金を稼ぐ理由がなくなっちゃったな。


 今後は万が一の時のためにタワーマンションを作ることに集中するか。稼いだ魔石を全てヘヤツクに投資して、良い部屋を作りお客様満足度を上げていくかな。


 なんだかんだフローディアの思惑通りになっている気がするが、それでもいいさ。最後まで踊ってやるよ。


 俺の大切な女性たちをこんなにも笑顔にしてくれたんだしな。


 フローディアには、タワーアンションを建ててドヤ顔してやることで見返してやる。


 俺はそんなことを考えながら、二人で手を繋ぎ笑顔で家中を歩き回る恋人たちを見ていたのだった。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る