第27話 トカゲの尻尾



「これで良しっと。次はレフとベラの部屋か」


 俺は綿の飛び出た枕と破れたソファーが元通りになっているのを確認し、次の部屋へと向かった。



 スーリオンとクロースたちが魔国の里へと帰っていってから一週間ほど経った。


 彼らがいなくなった後も、俺は夕食前にもう日課となっている退去者の部屋の原状回復を行っている。


 当たり前だがシュンランとミレイアは、再び椅子に座りながら移動する生活に戻っている。でも彼女たちは歩けなくなった事に落ち込んではいない。それどころか以前よりも笑顔が増えた気がする。


 あと2ヶ月もしないうちに、スーリオンたちがまたやって来るのがわかっているからだろう。その時のために二人とも足の筋トレを毎日朝と夕にするようになったし、次に歩けるようになったら森に行きたいと嬉しそうによく口にしている。


 俺もまた歩けるようになった二人の姿を見るのが楽しみで、二人のためにナイショで杖を作ったりしている。喜んでくれるだろうか?




「しっかし派手にやったなぁ」


 レフとベラが利用していた部屋の鍵を開け、中に入ったところで俺は部屋の惨状に改めて呆れていた。


 テーブルとソファーは真っ二つに割れ、木製のベッドもドライヤーも粉々になっている。窓ガラスは当然割れているし、壁のあちらこちらに穴も空いている。


 これらは昨夜のレフとベラの喧嘩によって起こされたものだ。


 ことの始まりは、次回からDランクの狩場からCランクの狩場に移ることをレフが言い出しそれに反対したベラと言い争いになったそうだ。それからだんだんとプライベートの話になり、レフの言葉にベラがキレて剣を抜き襲い掛かったそうだ。


 その結果がこの有様というわけだ。


 あのベラをそこまで怒らせるなんて、レフはいったい何を言ったんだ?


 結局二人の喧嘩はシュンランとカルラが間に入り、レフを謝らせて事は収まった。一夜明けた今朝には仲直りして東街へと帰って行ったよ。


 今回は派手だったけど、もともと喧嘩ばかりしてる二人だしな。獣人はさっぱりしているからいつまでも引きずらないんだろう。


 しかし……


「Eランク魔石40個か……」


 Dランク魔石だと20個。円にすると20万円……


 俺はマンカンの原状回復画面の図面に表示された原状回復費用の総額を見て、思っていたより高かったことにため息を吐いた。


 立ち合い時の見積もりが甘かったな。壁に穴を開けられたのは初めてだしな。


「まあお得意様だし色々世話になってるしな。しょうがないか」


 平謝りをしながらミリーにこっ酷く怒られていた二人の姿を思い出し、俺は苦笑いを浮かべながら魔石を投入し画面の実行ボタンを押した。


 その瞬間部屋は光に包まれ、その光が収まるとまるで何事もなかったかのように壁の穴は塞がり、新品同様の家具と家電が現れた。


 相変わらず便利なギフトだ。使えるようになってから毎日お世話になっている。これのおかげでどれだけ魔石が浮いたことか。


 ちなみに今表示されている原状回復のギフトの画面には、この部屋の家具や設備のほかに木彫りの置物や革袋。そして寝具や着替えなどレフたちの私物も表示されている。マンションの設備ではない物がだ。


 そう、レフたちの私物も原状回復の対象となっているんだ。


 入居者の私物は、ヘヤツクがバージョンアップした1ヶ月ちょっと前から原状回復の画面に映るようになった。


 マンカンにバージョンとか表示されていないことから、多分ヘヤツクとリンクしているのだろう。だからヘヤツクのバージョンが上がったと同時にマンカンもバージョンアップして、マンションの設備以外の物も対象になるという機能が増えたんだと思う。


 ああ、マンションの入居者全員の私物が対象となったわけじゃない。今のところ俺の部屋とレフとカルラたちの部屋。そしてダリアたちの部屋だけだ。


 恐らく長い間部屋にあった物を付帯設備。つまり部屋にあったもともとの設備として認識するんだと思う。レフとカルラたちはずっと同じ部屋だ。だから彼らの置きっ放しの私物も対象になったんだろう。


 これは地味に嬉しかったりする。俺の部屋にあるヘヤツクで買った家具以外の物も壊れたり破損したりしたら直せるからな。


 俺のヨレヨレになった、たった一枚しかない地球産の下着や穴だらけの靴下も新品同様になった。ベラに頼んで買って来てもらったシュンランとミレイアの高級ショーツもだ。


 俺がプレゼントして二人とも気に入っていたそのショーツをさ、ついムラムラしてお互いの体液で色々シミだらけにしてしまった所だったから助かったよ。


 ん? 待てよ? このギフトがあれば修理屋ができるんじゃないか? 折れた剣とか破損した鎧を預かって直したりしてさ。


 引越して1ヶ月と少しの俺の家の私物も設備として認識していることから、1ヶ月以上住むと設備と対象になるのかもしれない。


 もともとは今みたいなウィークリーじゃなくて、マンスリーマンションのつもりで始めたからな。女神は俺の頭の中にある知識を参照にしてギフトを作っているから、その可能性は高い。


 高額な武器防具の修理業か……弁当販売より稼げるのは間違いないな。まずはゴブリンが持っていたナイフを折って試してみるか。


「その前に今日の分の仕事をまず終わらせるかね。えっと、次は……確かコニーがエアコンの調子が悪いって言っていたな。直しといてやるか。そのあとは別館でまた便器の修理と水浸しになった部屋のクリーニングか……なんだか毎日水回り関係の修理と掃除をしてる気がするな。俺は暮らして安心クラーシアンの作業員かよ」


 便器は耐久性などこの世界の人間に合っていないから仕方ないが、獅子や虎や熊人族など力が強い種族は慣れるまでしょっちゅう蛇口を壊す。その度に彼らを部屋から出して原状回復のギフトで直しているが、水浸しになった部屋はそのままだ。いくらなんでも一瞬で掃除まで終わらせたら不自然だしな。


「もうすぐ夕食の時間だしとっとと終わらせるか」


 俺は夕食を作っている恋人たちを思い浮かべ、早いとこ原状回復の作業を終わらせようとコニーの部屋へと向かうのだった。



 ♢♢♢



「うわっ! 汚ねえ! 」


 コニーの部屋に入った途端。その汚さに思わず叫んでしまった。


 廊下は埃だらけだし部屋はゴミが山積みになっている。キッチンには汚れた食器が積まれ、トイレや風呂は怖くて見たくない。


「アイツ……なにが掃除は自分でやるだ。全くやってねえじゃねえか」


 コニーが自分がいない間は部屋に入って欲しくないというから、掃除を普段からちゃんとやる事を条件に受け入れてダリアに清掃をしなくていいと伝えていた。女性に部屋を見られたくないのはわかる。年頃の男の子だしな。


 だがその結果がこれだ。


「もうアイツの言うことは信じない。次からコニーだけ清掃費用を請求しよう」


 パーティの出費を増やしたって愛しのミリーに嫌われればいいさ。


 そう思って部屋に足を踏み入れた時だった。何か柔らかいものを踏んだ感触があり、足元を見てみるとそこには体長20センチほどのトカゲがいた。


「ゲッ! デカイ! 」


 トカゲは尻尾を俺に踏まれ、そのまま尻尾を切り離してクローゼットの中へと逃げていった。


 このマンションは森の中にあり、お客も森で狩りをしてから戻ってくるので装備や衣服について入ってくる虫など森の生き物を結構見かける。さっきのトカゲもちょくちょく見かけるが、大きくてもあの半分くらいの大きさだった。


「この部屋は餌が豊富だからかな。結構前から住んでるのかもな」


 俺は追いかけようかと思ったけど、どうせいつも原状回復のギフトを発動したらどこかにいなくなっているからいいかと思い間取り図のギフトを発動した。


 そしてマンカンのアイコンをクリックして原状回復のタブを開いた。すると部屋の家具や家電。そしてコニーの私物が描かれた図面が表示された。


「えーっと、エアコンだけじゃなくて電子レンジも壊れてるな。ついでに直しておくか」


 破損や故障している物はその部分が赤く光る。


 いつもは赤く光っている場所をクリックして、最後に部屋全体を選択してルームクリーニングのタブをクリックして魔石を入れて実行して終わりとなる。今回もそうなるはずだった。


「ん? なんだこのコニーの荷物の横の赤い点は……って動いた!? 」


 しかしクローゼットのマークの中に大量にあったコニーの荷物の一部が小さく光った。荷物が破れたりしているのかと思ったら、なんとそれが動いたので俺はビックリして画面を拡大した。


 するとそこには尻尾のないトカゲの姿が映っていた。


「マジか! 生き物まで設備判定されたのかよ! ガバガバ過ぎだろ! 」


 長く住んだら設備判定されるとか! ダメだろ! 生き物を設備にしちゃダメだろ!


 あれ? でも先週シュンランが気に入っているグラスを二人がいない時に割っちゃって、バレないうちにと原状回復のギフトで直した時は俺が表示されることはなかったな。俺の私物は表示されていたのに、俺は図面に描かれていなかった。


 この違いはなんだ? あの人を人とも思ってないような自己中女神が、トカゲと人間で分けるとも思えないんだけどな。


「ということはルームクリーニングをしてもあのトカゲは残るってことか? めんどくさいなぁ……ってそうじゃない! 設備として認識されて赤く光っていたってことはまさか!? 」


 俺はとんでもないことに気づき、慌ててトカゲの赤くなっているお尻の部分。さっき俺が踏みつけて、切断された尻尾の部分にマウスを誘導してクリックした。


 すると画面右上の必要魔石数が表示される場所に、『D×5』と表示された。


「やっぱり……原状回復の対象に……」


 トカゲの尻尾が……生き物の欠損した部分が原状回復の対象になっている。


 俺は震える手で腰にぶら下げている財布がわりの革袋から魔石を取り出し、画面に向かって投入した。そして実行ボタンを押した。


 その瞬間クローゼットが光り、その光が収まると図面からトカゲの姿が消えた。


 俺はどういうことだと思いながらクローゼットへと駆け寄り、トカゲがいたはずの場所にあった荷物をどけた。


 するとそこには尻尾のあるトカゲがいた。


「尻尾が生えてる……銀貨5枚。5万円で尻尾が……」


 原状回復のギフトで生き物の欠損した部位が生えた。


 こんなことって……ならシュンランとミレイアの足も……


 そう思い至った俺は即座に部屋の外へと駆け出した。そして神殿の階段を登りシュンランとミレイアの待つ俺たちの家へと向かった。


 トカゲは怪我が治ったら画面から消えた。


 これはつまり生物は怪我をしていないと、原状回復の対象にならないのかもしれない。だから先週家で使った時に俺が図面に表示されなかった可能性がある。


 でもシュンランとミレイアなら。


 長く居住していて、怪我をしているのが設備としての条件だと仮定するなら彼女たちも!


 俺は高鳴る胸を押さえながら、愛する二人が待つ家のドアを勢いよく開けるのだった。




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