第26話 別れ


「良かった。上手くいったようだ」


 歩けるようになったことを二人と抱き合って喜んでいると、後ろで見ていたクロースの声が聞こえた。


「あ……クロースさんすみません。あまりにも嬉しくて……」


「いい、気にするな。それにしても恋人のために涙を流すほど喜ぶとはな……貴様は本当に二人を愛しているのだな。羨ま……い、いやそれにしてもノームが私たち以外の人間にここまで協力するとは驚いた。兄上の言った通りだった」


「え? どういうことです? 」


 俺はクロースの後ろにいるスーリオンに視線を向けて確認した。


 精霊って契約者に言われたらなんでもやってくれるんじゃないのか?


「うむ。基本的に精霊は契約者以外にその力を貸すことはないのだ。だが不思議なことにリョウスケ殿は精霊に好かれているようだったのでな。これであれば上手くいくと思ったのだ」


「俺が精霊に好かれてる? あ〜多分大地のギフト使いだからでしょうね。土の精霊ですしね」


「それは関係がない。大地のギフトで起こる現象に精霊は関与していないゆえな。リョウスケ殿に我らと同じ血が流れているのではないかとも思ったが、あまりにも身体的な特徴が無さすぎる。だから不思議だと言ったのだ」


「そ、そうなんですか……ほんと不思議だなぁ……」


 大地のギフトと精霊が関係ないとなると、俺がこの世界を作った女神によって遣わされた存在だからだろうな。精霊にはそれがなんとなくわかるんだろう。


「確かに貴様は精霊に好かれている。まさかノームに貴様の家に偵察に行くことを断られるとは思わなかった。いったい貴様は何者なのだ? このような豪華な部屋を作れる魔導技術といい、本当に魔人と人族のハーフなのか? 」


「クロース! そんなことに精霊を使おうとしていたのか! お前はまだ懲りていないようだな! 」


「あっ! も、申し訳ありません兄上! 」


「…………」


 本当に懲りない女だな……


 俺はスーリオンに叱られているクロースの姿を見て肩をすくめた。


「フフフ、仲の良い兄妹だな」


「クスクス……羨ましいです」


「確かに仲が良いとは思うけどアレはもうコントだろう」


 自爆して怒られての繰り返しだもんな。



 ♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢



「すまないリョウスケ殿。妹にはキツく言っておいたのだが……」


「未遂ですしいいですよ。こんな素晴らしい義足も頂けましたし」


 俺は申し訳なさそうな顔で謝る苦労人のスーリオンに笑顔でそう返した。


 女性が覗こうとしたくらい、シュンランとミレイアが歩けるようになったことに比べればなんてことないさ。


「そのことなのだが……そのブーツはずっと使えるわけではないのだ。確かに精霊の協力を得ることはできたが、契約している我らが魔力を与え続けなければ精霊は力を発揮できないのだ」


「ということは……スーリオンさんたちがいる今だけしか歩けないということですか? 」


 スーリオンたちがここから離れたら、ただのブーツになるってこと? 


「いや通常ならそうなのだが、リョウスケ殿は精霊に好かれているゆえ今も多くのノームたちが協力をしてくれている。朝に私とクロースがそれぞれ魔力を与えれば夕方までは保つはずだ」


「そうですか……いえ、十分です。あの……お手数ですがここに滞在中はお願いできませんでしょうか? お部屋はパーティ用のを用意しますし、滞在費もいただきませんのでお願いします」


 俺はそう言って頭を下げた。


 ずっと歩けるわけじゃないのは残念だけど、せめてスーリオンたちがいる間はシュンランとミレイアが歩けるようにしたい。


「リョウスケ殿、頭を上げて欲しい。もとよりそのつもりだ。それと部屋は今のままで良い。当然滞在費も我々が払う」


「え? でもそれじゃあ……」


「忘れてもらっては困る。そもそもこのブーツはクロースが迷惑を掛けたことの詫びなのだ。それによって見返りを求めては詫びた事にはならないであろう」


「あ……そういえばそうでした」


「そういう事だ。我々の滞在中は毎朝魔力をそのブーツに宿した精霊に渡そう。いる間だけで申し訳ないがな」


「いえ十分です。よろしくお願いします」


 スーリオンたちは1週間の契約だからあと4日か……短いけどシュンランとミレイアの歩く姿が見れるんだ。感謝しなきゃな。


「たいした手間ではない……ああ、言い忘れていた。ここの宿だが私も仲間も気に入っている。周囲の狩場も荒らされておらず多くの魔物が狩ることができた。よって1週間ほど滞在期間を延長をお願いしたいと思っている」


「あ……はい! 延長は可能です! ありがとうございます! 」


 やった! あと4日が11日に増えた! 


「フッ、礼を言われることではない。我々の益になることだ。では明日の出発時に手続きを頼む。今日のところはこれで」


「はい。ありがとうございました」


 俺はクロースと仲間たちを連れて階段を降りていくスーリオンたちに、そう言って頭を下げた。


 隣ではシュンランとミレイアも俺の腕を掴みながら頭を下げていた。


 そしてスーリオンたちの姿が見えなくなった時。


《シュンラン、ミレイアちゃん! 良かったな! 》


《精霊って凄えな! 二人が歩けるようになるなんてよ! 》 


《おめでとうシュンラン、ミレイア。良かったわね》


 周囲で見守っていたハンターたちが一斉に集まってきて二人を祝福してくれた。


 皆が我が事のように喜んでくれている。


 そんな時にレフやカルラたちも森から戻ってきて、マンションの入口はお祭り騒ぎになった。


 そしてそのまま飛竜の肉の焼き肉パーティを開催する事になった。


 俺は肉の用意や会場のセッティングをハンターたちに任せ、シュンランとミレイアの歩行訓練をしていた。


 半年ぶりに歩くことと、精霊との意思の疎通の問題で二人は最初はうまく歩くことができなかった。けど1時間も練習するとロボットみたいにぎこちなくではあるが、なんとか歩けるようになった。


 俺がそんな二人に腕を組まれながら焼き肉パーティの会場に向かうと、宿泊客のハンターたちが拍手で出迎えてくれた。


 基本立食パーティなんだけど、上座にハンターたちが用意したテーブルと椅子に、スーリオンとクロース。そしてそのパーティのダークエルフの人たちが居心地悪そうに座っていた。


 恐らくハンターの皆からさんざん感謝されたんだろう。シュンランは女性に、ミレイアは男性ハンターから大人気だからな。


 それからはいつものパーティが始まった。ただ一つだけ違うのは、いつも座っていたシュンランとミレイアがお盆を持ってハンターたちに肉を配っていた事かな。


 何度も転びそうになったりしたけど、その都度ハンターたちが手助けしてくれた。シュンランもミレイアも楽しそうだったよ。


 そんな楽しいパーティが落ち着いた頃。俺はシュンランたちを連れて部屋へと戻った。そして全ての部屋の床にカーペットを敷いて土足で入れるようにした。


 二人は歩いて部屋を移動できることが嬉しそうだった。さすがにお風呂に入る時は脱いだけど、それ以外はずっとブーツを履いて部屋の中を移動していた。


 スーリオンとクロースには本当に感謝だな。


 クロースが変態なおかげで、シュンランとミレイアがこうして歩けるようになった。そう思うと彼女との一件も起こって良かったとさえ思える。


 まさかあのクロースが俺たちにとっての幸運の女神になるなんてな。人生何があるかわからないよな。


 そんなことを思いながら俺はベッドで二人に挟まれて眠りについた。



 翌朝起きてリビングに行くと、二人はいつも通り椅子に座って朝食の用意をしていた。精霊の力が切れたんだろう。


 そして朝の弁当販売時に、スーリオンとクロースによって再びブーツに精霊を宿してもらいまた二人は歩けるようになった。


 歩けるようになった二人はダリアとエレナと一緒に、空室や廊下や階段など共有部分の清掃と消耗品の補充にと忙しそうだった。歩く速度は遅いし必要以上に体力を使うにも関わらず、それでも二人は一日中動き回っていた。おかげで俺一人受付にポツンと座っていたよ。


 そして夕方になってスーリオンたちが戻ってきた時に魔力を補充してもらい、立ちながら夕ご飯を作る二人を俺はソファーに座り後ろから眺めていた。


 普通の生活だ。けど、その普通が今までできなかった。俺もシュンランもミレイアも毎日が幸せだった。


 クロースとシュンランたちも仲良くなり、俺も寡黙だけど真面目で義理堅いスーリオンと気が合いよく話すようになった。何度も家に夕食の招待もしたし、クロースもお風呂によく入りに来るようになった。この間なんて泊まりに来たりもした。


 ただ朝になり部屋へ戻るクロースに、『貴様には心底ガッカリした』とか理不尽なことを言われた。横で笑っているシュンランとミレイアにどういうことか聞いたら、どうやら俺がシュンランとミレイアとエッチなことをするのを期待していたらしい。また覗こうとしてたのかもな。


 こうして普通にとは言わないまでも歩けるようになった二人とは、一緒に散歩したりもした。神殿の裏の岩山に3人で登り、そこで俺たちだけの別荘の部屋を作って星空を眺めながら一緒に大きなお風呂に入って過ごしたりもした。本当に楽しかった。


 しかしそんな幸せな日々も、スーリオンたちが退去することで終わりを迎える事になった。



 友人となったスーリオンとクロースたちが退去する当日の朝。俺とシュンランたちはスーリオンたちを見送った。


「リョウスケ、世話になった。おかげで多くの魔物を狩ることができた」


「それはこっちのセリフだ。スーリオンとクロースが贈ってくれた義足のおかげで幸せな日々を送れたよ。皆さんもありがとうございました」


 マンションの入口のすぐ外でシュンランとミレイアと共に、大量の荷物を背負った土牛を連れ別れを告げるスーリオンたちに礼を言った。


 二人以外のダークエルフたちも、魔力を分けてくれたりして本当に世話になった。


「もう少しここで狩りをしたいところなのだが、さすがに荷物がこれ以上増えるとな。それに里に一度戻らねばならん。必ずまたここへ来る。それまでの別れだ」


「色々大変みたいだしな。次は2ヶ月後だったか? 楽しみにして待っているよ。クロースもまたな」


 ダークエルフの一族はデーモン族から土地を借りているらしく、痩せた土地なのに税が高いらしい。その税を払うのに若い者はハンターとなり、年寄りは軍で荷運びをしているそうだ。聞けば聞くほど搾取されていると思った。スーリオンもその自覚はあるらしい。同じように魔国に亡命した竜人族は魔王の一族になったというのに差が激しいよな。


 人族とエルフに迫害され、魔国に逃れた時に受け入れてくれたデーモン族の魔王への義理を果たすために勇者と敵対しただけなのにな。その結果、魔王亡き後のデーモン族に搾取されている。なんというか不器用な種族だなと思った。


 でも俺はそんな義理堅く不器用なダークエルフを気に入っている。


「フンッ、ついでのように言うな。私の身体を舐めるように見ていたくせに、一度も口説こうとはしないなど……この軟弱者め! ああ、勘違いするなよ? いくら見た目がそこそこ良く、強くて勇敢なうえに優しくて恋人想いの貴様だろうが兄上には及ばん。私は兄上を超える男以外には興味がないからな」


「あ、ああ……それは残念だ」


 俺はまったく残念じゃない気持ちを抑え、社交辞令で残念だと答えた。


 クロースはいい女だ。スタイルもいいし明るくて話も面白い。意外なことに普段は思いやりがあって優しい女性だというのもわかった。


 だがエロい話になると自制心が効かなくなり、思いやりなんて気持ちは一切なくなる。何より変態だ。


 残念だが彼女が言ったような関係は俺には築けそうもない。うん、非常に残念だ。


「フッ、私を三人目の女にしたいならもっと逞しい男になるのだな。夜這いをして抵抗する私を力でねじ伏せれるくらいにな。まあそのためには立ち塞がる兄上を倒さねばならぬがな。貴様にできるかな? 」


「あ〜それは難しいな。スーリオンは強いからな。うん、残念だ」


 なんで俺がレ○プなんかしなきゃなんないんだよ。やっぱこの女の頭はおかしいわ。


「軟弱な! 飛竜を一撃で倒せる貴様なら兄上相手でも健闘はできるだろう! それすらもしないとは見損なったぞ! 」


「え〜なんでそうなるんだよ……」


 なんなんだよこの女……何言ってるかわかってんのか? 夜這いして欲しいように聞こえるぞ?


「ククク、ずいぶんとクロースに気に入られたようだな。妹がここまで言う男は見たことがない。私ではリョウスケに勝てる気がしないのでな。遠慮なくもらってやってくれ」


「あ、兄上! 私はこんな意気地のない男を気に入ってなど! 」


「クロースは魅力的な女性だけど、俺にはシュンランとミレイアがいるから遠慮しておくよ」


 俺はただ断ってもめんどくさくなるので、クロースを傷つけないよう言葉を選んでそう言った。


 スーリオンめ、妹を俺に押し付けようとしやがって。お前の苦労をなんで俺が肩代わりしなきゃなんないんだよ。


「わ、私が魅力的!? そ、そうだろう。貴様はいつもジロジロと私を見ていたからな。フフフ、なら次に会う時までにもっと男らしくなっておくのだな。必ずまた来るからな」


「あ、ああ……」


 俺はなぜか褒められたと思っているクロースに、引き攣った笑みを浮かべた。


 世辞が通用しねえ……


「ククク、また来る。それまで達者でな」


「ああ、シュンランとミレイアと一緒に楽しみに待っているよ」


 去ろうとするスーリオンに手をあげて見送った。


「スーリオンにクロース。ありがとう。おかげで楽しい日々を過ごせた」


「皆さん本当にありがとうございました。歩けたことで今までできなかったことができてスッキリしました。また来てくださいね」


 シュンランとミレイアもそれぞれが礼を言って彼らを見送った。それに対しスーリオンは背を向けながら手をあげて応えた。


「二人とも礼には及ばない。私たちはその……と、友達だからな」


 一人残ったクロースが顔を赤くしながらシュンランたちに言った。


「ああ、クロースは私の友人だ。また会おう」


「はい。クロースさんはお友達です。また会える日を楽しみにしています」


「あ……そ、そうか。私もまた会える時が楽しみだ。すぐ来るから! そしたらまた二人を歩けるようにしてやろう。それではなシュンラン、ミレイア。リョウスケも二人を頼んだぞ。あと私を手に入れたいならもっと理性を捨てるのだな。貴様はダークエルフの男と同じで理性的過ぎる。そんなことでは私の心を射止めることはでき……」


『クロース、置いて行くぞ! 』


「は、はい兄上! で、では達者でな! 」


 クロースはスーリオンに怒られ慌てて後を追っていった。


 俺たちはそんな彼らたちが門を潜るまで、笑顔で見送るのだった。


「行っちゃったな……」


「ああ、楽しい時間だった。面白い子だったし、久しぶりに立って鍛錬もできたしな」


「ふふふ、面白い女性でした。スーリオンさんたちも皆良い人ばかりでしたし寂しいです」


「2ヶ月後にまた会えるさ。そしてまた歩けるようになる」


「ああ、そうだな。フフッ、そうなったらまた涼介に襲われるな」


「お外でするのは恥ずかしかったです……」


「あ、いや……あははは」


 俺は裏の岩場に登る際に二人を襲ったことを指摘され笑ってごまかした。


「フフフ、ああいうのも開放的で悪くはなかった。また歩けるようになったらな」


「りょ、涼介さんが求めるなら私も……恥ずかしいですけど」


「あはは、ありがとう」


 2ヶ月後か……待ち遠しいな。今度は森でしてみたいな。


 それもこれもスーリオンたちのおかげだ。彼らは間違いなく俺たちにとって幸運の使者だった。


 俺はそんなことを思いながらシュンランとミレイアの椅子を押し、受付のテーブルへと向かった。



 だがスーリオンたちから始まった幸運はこれで終わりではなかった。


 彼らと再会する前に、俺たちは更なる幸運を迎えることになるのだった。


 俺のギフトの進化という形で……




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る