第25話 贈り物
クロースが家にやって来て特殊な性癖を晒してから二日後。
昨日今日とクロースはおとなしかった。恐らくあの日の夜に兄であるスーリオンに散々叱られたんだろう。
そんな彼女を見て俺は、これでもうあんな事はないなとホッとしていた。
が、彼女はそんな程度のことでへこたれるような
「帰ったぜリョウスケ! 」
「お帰りカル……ラ」
飛竜を誘き寄せるための燻製作りを門の上でしていた俺は、棘の戦女たちを引き連れ狩りから帰ってきたカルラたちを手を振って笑顔で出迎えた。
しかしよく見るとカルラの隣にクロースがいることに気付き、俺は首をかしげた。
なんでカルラとクロースが一緒に? カルラたちのすぐ後ろにスーリオンたちもいるな。途中で偶然会っただけか? でもカルラとクロースの組み合わせって……なんか嫌な予感がするな。
「なんだよ、魔国の人間と一緒にいるのに驚いてんのか? まあ普段はあまり話す機会がないんだけどよ。オーガに囲まれてちょっと危なかったとこを助力してもらったんだ。ま〜あコイツら強いのなんのってよ。クロースとも意気投合したし一緒に帰ってきたってわけさ」
「そうだったのか。無事で良かった」
んん? おかしいな……今カルラたちとスーリオンたちの狩場は結構離れていたはずなんだけどな……途中で変更したのかな?
それで狩場が重なって、カルラたちが危ないところをスーリオンたちが助けたってわけか。
「まったく、ホッとした顔しやがって。そんなにアタシが心配だったのか? リョウスケはアタシが帰ってこないとすぐ探しにくるからな。こりゃもう愛だな! そろそろ夜這いに来てもいいんだぜ? 」
「よ、夜這いだと!? 夜這い……カルラが寝ているところを合鍵を使って……そして縛って口を塞いで……なんと卑劣な……ハァハァ……」
「あはは、行かないよ。カルラのパーティのみんなが心配なんだ」
俺はカルラの横で夜這いというワードに反応して妄想をし始めたクロースを無視して、サラやクロエたちを見ながらそう言った。
「かあぁぁ! いつもアタシの胸を見ているくせに痩せ我慢しやがって。そんだけ毎晩二人に搾り取られてるってことかよ! あっ! そうそう、今夜シュンランとミレイアと宴会場を借りるぜ! クロースが人族と獣人族のことを知りたいっていうからよ。ベラたちも誘って今夜女子会をやることにしたんだ。」
「クロースさんと……か。わかった。予約を入れておくよ」
クロースの発案で女子会ねえ……
なるほどな。そう来たか……
俺はカルラの横でニヤリと笑っているクロースの表情を見て、彼女が俺からシュンランとミレイアにターゲットを変えたことを確信した。
狩場の変更も恐らくクロースがスーリオンに言って変えさせたんだろうな。カルラたち常連客は何かあった時に俺が探しに行くことを知っているから、出掛ける時に申告した狩場を変えるのは考えにくい。
となるとクロースたちが申告した狩場を変えた可能性が高い。
そう、シュンランと仲の良いカルラを通して彼女たちに近づくために……
しかし上手い手を打ってきたな。シュンランたちはカルラとベラに誘われて女子会に定期的に参加している。それを誰かから聞いて狙ってきたか。
ちなみにカルラや他のハンターたちの要望で、解体所の横に女性専用の部屋を含め全10室の宴会用の建物を建てた。飲食等は持ち込みなので使用料は格安にしてある。それもあってほぼ毎日満室となっている。
「んじゃあ夜に迎えに行くからよ! 今夜は魔国の話をたくさん聞いて盛り上がるぜ! 」
カルラはそう言ってシュンランたちのいるマンションの入口へと向かっていった。そんなカルラの隣にいるクロースの表情はとても満足そうだった。
恐らくクロースはカルラを焚きつけて、俺たちの夜のことを聞き出すつもりだろう。そうすればスーリオンの言いつけを破ったことにはならないからな。
なんという策士。己の性欲を満たすためにそこまでするか。
わかっていてもシュンランたちが毎回楽しく過ごしている女子会に行くななんて言えない。二人にクロースに注意するように言っておくくらいしかできないな。
俺は不安な気持ちを抱きながら、カルラとクロースの後ろ姿を見送るのだった。
そしてその日の深夜。
「りょうふけさ〜ん……かえりまひたよぉ〜」
「涼介帰ったぞ」
「お帰り二人とも」
俺は玄関から聞こえた二人の声にソファーから立ち上がり迎えに行った。
するとそこにはエレナにここまで椅子を押されてきたシュンランと、ダリアに背負われているミレイアがいた。
「ダリアにエレナ。いつもありがとう。あとは俺が介抱するから二人はもう休んでくれ」
俺はダリアからベロンベロンに酔っ払ったミレイアを受け取りそう言った。
「はい。ではこれで失礼します。おやすみなさいオーナー」
「ああ、おやすみ。さあ、ミレイア行こう」
「りょうふけさ〜ん……こんやさいごまで……してください……こんやこそ……だいじょうぶですから……もうビリビリしませんからぁ……こんやこ……そ……」
「おいおいどうしたんだミレイアは? 」
ミレイアは俺に抱きつきながら最後までして欲しいと言い、そのまま眠ってしまった。
俺はそんな彼女の姿に、リビングに向かいながらシュンランに女子会で何があったのか聞いた。
「クロースにな……最後までしていない事を色々言われて不安になったようなのだ」
「やっぱり……」
クロースのことだ。恋人同士で一緒に住んでいてまだ最後までしていない事を知ったら、色々言ってくるとは思っていた。カルラたちならミレイアの気持ちがわかるから優しい言葉を掛けてくれるだろう。だがダークエルフという強い種族で、中身が子供のクロースでは察することができないかもしれないと心配はしていた。
「ミレイアはすぐに涼介とはできなくても、毎日好きだと言ってキスをしてくれていると反論していたがな。クロースはカルラたちに総攻撃にあって平謝りしていたよ。一応それでその場は収まったが、まだ気にしているようだな」
「それでこんなになるまで飲んだのか」
ミレイアは酒に弱いから、女子会に行ってもあまり飲まないようにしているし周りも飲ませたりしなきゃ。それがこんなになるまで飲んだのは、不安な気持ちからだろう。
ミレイアとはこれまで何度か最後までしようと試みた。しかしその都度俺は電撃を浴びて失敗している。
早いとこレベルを上げなきゃな。火災保険がランクアップして落雷特約が付くという保証はないが、可能性がある以上は早く上げたい。
しかし魔国の動きがまだ読めないから、マンションを空けて狩りに行けないんだよな。飛竜も三日に一度くらいしか狩れないから、なかなかレベルが上がらない。
「まあそういうことだ。こればかりはミレイアの心の問題だからな。大丈夫だ。ミレイアは涼介の気持ちを疑っていたりなどしていないさ。君があれだけ毎日好きな気持ちを伝えているのだからな。ミレイアはその気持ちに応えてあげたいのに応えられない自分に嫌気がさしているだけだ」
「そうか……」
俺はミレイアをソファーに寝かせながら彼女の髪を撫でた。
なんとかしてあげたいが、それでも夜に家を空けて狩りに行くのは不安だ。万が一竜人族の襲撃があったら、俺以外彼女たちを守れる者はいないからな。
今できることは飛竜誘導隊の数を増やすくらいか……大規模誘導作戦をやってみるか。
「しかし一昨日の一件を聞いてはいたが、なかなかに強烈な性癖を持っている子だったな。カルラでさえ引いていたぞ? 」
「あのカルラが!? 」
下ネタ大好きなカルラを引かせるとは恐るべし。
「フフフ、まだまだ子供だ。大目に見てやるさ」
「まあ17になったばかりらしいからな。身体の成長に心が追いついていないだけなんだろうな」
シュンランも19だが10代で2年の差は大きい。
身体だけどんどん大人になっていって、それに心が追いついていかなくて色々暴走するのは思春期特有のことだ。俺も17の頃は、今以上に女性の身体のことばかり考えて毎日悶々としていたしな。
「そういう事だ。まあミレイアのことは心配する必要はない。今夜は一緒に寝てやってくれ。そうすれば朝にはニコニコしているさ」
「ああ、そうするよ」
俺はそう言ってシュンランを彼女の部屋に運んだあと、ミレイアを俺の部屋に運び服を全部脱がせた一緒に寝た。
クロースのやつは本当にロクな事しないなと考えながら。
そしてその翌朝。
起きた時に俺が隣にいたことで、ミレイアは朝から上機嫌だった。何度もキスをねだってきて、そしてそのまま元気になっている俺のペニグルを愛でて美味しそうに飲んでくれた。そんな彼女が愛おしくなって俺も彼女の身体の隅々まで愛でた。
それから朝食を食べ早朝の弁当売りの際に、クロースがミレイアに謝ってきた。それはもう申し訳なさそうにしていて、そんな彼女にミレイアは笑顔で気にしていないと返していた。
俺は謝るクロースの姿に、根は悪い子じゃないんだよななどと苦笑いをして見ていた。
それから飛竜誘導隊の増員分の募集をして北に向かわせたあと、昼にさっそくやってきた飛竜を狩った。
そして夕方になり戻ってきたスーリオンとクロースたちが、飛竜を解体している俺とハンターたちの姿を見て驚いていた。彼らの五体が満足なら狩れる魔物ではあるが、それでも長期戦になるらしい。
バガンを倒したくらいだから強いのはわかっていたが、まさかたった一人で槍だけで倒すとは思っていなかったそうだ。
俺の地上げ屋はダークエルフみたいに石槍を空に飛ばせないからな。槍投げしか方法がないんだよ。
「貴様にはがっかりさせられたが、その強さだけは認めてやろう」
「がっかりした? 何にです? 」
「身動きが取れない女がいるというのにまさか普通に
「クロース! 」
「痛っ! も、申し訳ありません兄上……」
「すまないリョウスケ殿」
「ははは、相変わらずですね」
俺はスーリオンに後頭部を殴られ、涙目になって頭を抱えているクロースを見て苦笑いをした。
懲りないなぁこの子は……
「昨夜もミレイア殿を傷つけてしまったようで申し訳ない」
「それは本人から何度も謝罪されてミレイアも気にしていないのでいいですよ」
恥ずかしそうに謝るスーリオンに、笑みを浮かべ気にしないように伝えた。
こんなエロ方面の妄想力が強くて思い込みの激しい妹じゃ、恥を知るスーリオンは大変だよな。
「いや、さすがに先日のこともある。詫びの品をミレイア殿に贈りたいのだが、少し時間をいただけないだろうか? 」
「そんな、気にしなくていいですって」
「それでは私の気が収まらない。どうか渡させて欲しい」
「……そこまで言うのなら」
俺は引きそうもないと思い、スーリオンの気持ちを受け入れることにした。
ほんと律儀というか……スーリオンを見ていると日本人に見えてくるんだよな。
「ありがとう。ではリョウスケ殿もついて来て欲しい」
「俺もですか? 」
「ああ、少々特殊なものでな。リョウスケ殿がいた方がうまく行きそうなのだ」
「特殊? 俺がいた方がって……」
俺はスーリオンの言っている意味が分からず聞き返したが、スーリオンは見ていればわかると言うだけだった。
そしてクロースとパーティの男たちを連れ、マンションの入り口にいるミレイアとシュンランの元へと歩いていった。
「なんだってんだ? 」
俺はそうボヤきながらも解体用具をその場に置いて彼らの後を付いていった。
そしてクロースが受付に座るミレイアの前に立ち、背負っていた背嚢から二組の革のブーツを取り出し机の上に置いた。
その際にゴトリという音がして、やたら重そうに感じた。
なんだ? 足のない二人の前にブーツを置くなんてどういうつもりだ?
「ミレイア、昨夜は済まなかった。女がハンターをやっていれば色々とあるということを失念していた。これは詫びの品だ。ミレイアだけではなんだから、シュンランにも用意した。ああ嫌味ではない。これはこう見えて義足なんだ」
「「「義足? 」」」
俺たちは義足と呼ばれたブーツを見て、これのどこが義足なんだと首を傾げた。
よく見るとブーツの中は、足を入れる所以外は土のような物が詰まっているように見える。
これでどうやって固定するんだ?
「ああそうだ。ノームに頼んでこのブーツに宿ってもらってる。言葉で言ってもわからないだろう、とにかく履いてみてくれ」
「せ、精霊がこのブーツに……」
俺はテーブルに置かれたブーツを手に取りそう呟きつつ、スーリオンのパーティにいる義足の男たちに視線を向けた。そしてもしかしたらと思い、テーブルの向こう側に移動しミレイアの足に履かせてみる事にした。
「ここに足を入れるだけでいいのか? えっ!? 固定された!? 」
ミレイアの足をブーツに差し入れると、周囲の土が彼女の足にピッタリとくっつき足を固定した。
「すごいです……しっかり固定されてます」
「これは……」
もしかしたらと思った俺は、もう片方の足にもブーツも履かせそのままシュンランの足にも同じようにブーツを履かせた。
「履けたようだな。立たせてみろ。長いこと歩いていなかったみたいだから、リョウスケは二人を支えてやれ」
「あ、ああ……ミレイア、シュンラン。立ってみよう。大丈夫、俺が支えるから」
俺はクロースの言葉に高鳴る胸の鼓動を抑えながら頷き、二人の手を取りそう言った。
二人は緊張した表情で頷いたあと、俺の手を支えに椅子からゆっくりと立ち上がった。
「た、立てました! 」
「立てた……」
「あ、ああ……シュンラン……ミレイア……」
俺は目の前でフラつくことなく自然に立ち上がった恋人の姿を目の当たりにして、胸が一気に熱くなった。
「ふふっ、ゆっくり歩いてみろ。大丈夫だ、ノームが補助してくれる」
そんな俺たちにクロースは優しい声で歩くように言った。
「わ、わかりました……あ……歩けます………私が歩いて……涼介さん……歩けて……ううっ」
「歩ける……真っ直ぐとはいかないがちゃんと……涼介……歩けるぞ……私は歩いているぞ……」
「ああ、歩いてる……二人とも歩けて……るよ……ぐっ……シュンラン……ミレイア……」
俺は初めて会った時のように立っている二人に姿を見て、たまらず二人を抱き締めた。
「涼介さん……」
「涼介……馬鹿……泣くな……君が泣いたら私も……」
「でも……二人が立っている姿をこんなに早く見れるなんて……」
二人の足を治すためにリスク覚悟でマンション経営を始めた。毎日森を駆け巡って魔石を集め、それで部屋を作ってみんなで頑張って利益が出るようになった。そしてやっとあと2年で治せる見込みがついた。
まだ先だと思っていたんだ。
でも今目の前で俺の愛する二人の恋人が立っている。こんな姿を見せられて平常心でいられるわけがない。
俺は周囲のハンターたちの目を気にすることなく、俺と同じように涙を流しているシュンランとミレイアと抱き合うのだった。
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