第20話 決闘を汚す者



「や、やった! リョウスケが勝った! あっはははは! 竜人族にリョウスケが勝ったよ! 」


 鉄槍に串刺しにされたバガンのもとへとゆっくり歩いていると、戦闘を見守っていたカルラたちが側にいるパーティメンバーと、マンションから遠目に見ていたハンターたちへ向かって勝鬨かちどきをあげた。


「りょ、涼介さんお怪我は!? 」


「無傷だよ。この程度の男に傷なんて負わないさ」


 そんなカルラたちに囲まれていたミレイアは、俺の体の心配をしてくれた。


 ミレイアの隣ではシュンランも心配したような、そしてどこかホッとしたような顔で俺を見ている。


 俺は二人に視線を合わせて心配ないと言ったあと、カルラや棘の戦女の皆。そして歓声をあげているマンションにいるハンターたちへ手を上げて応えた。


 そんな俺の耳にバガンが倒されてショックだったのか、ずっと静かだったその仲間たちのつぶやきが聞こえてきた。


《そ……そんな……バガン様が……世界最強種の竜人族が半魔ごときに……》


《うそ……あんなに強かったバガンの攻撃が全て通用しないなんて……なんなのよあの男》


《ありえねえ……アイツバガン様のブレスが直撃してもピンピンしてやがる……服に焦げ跡すらねえってどうなってんだよ》


 バガンのパーティにいる竜人も魔人も、皆が信じられないといった表情で俺を見ている。常に冷静だった将軍でさえ、その身を震わせて驚愕の表情で俺を見ている。


 将軍に関しては別の意味で驚いてるっぽいけどな……


 俺はそんな将軍とバガンの仲間たちを一瞥いちべつしつつ、バガンの前に立った。


 目の前でうつ伏せの状態で鉄槍に腹部を串刺しにされ、右腕の肘と左足の膝から先を失ったバガンは、腹部と吹き飛ばされた腕と足からくる激痛に顔を歪めていた。


「グッ……ガハッ……ハァハァ……」


「よう、いいザマだなオウジサマ」


 俺はバガンの残った左手に握られていた蓋の開いている中級治癒水をチラリと見たあと、痛みに耐えているバガンへと声を掛けた。


「テ、テメェ……なんなんだその槍……よくもオレの腕と……足を……このままで……済むと……思うなよ……」


「それはこっちのセリフだ。お前、まさかこの程度で済むと思ってんのか? 俺を殺そうとしたんだよな? なら殺されても文句は言えねえよなぁ? 」


 俺は止血したとはいえ全身血だらけで身動きが取れないのに、空気を読まないセリフを吐くバガンにうすら笑いを浮かべながらそう告げた。


「オ、オレは魔王国の……王子だぞ……殺せばお前は……一生魔王国に追われる……お前も……シュンランも……」


「そうなればここを放棄して、獣王国の北にでもまた作るさ。刺客が来るなら全員殺す。俺にはその力があると思わないか? そもそも竜人族の決闘は本来は命を賭けた決闘のはずだ。全てを賭けるというその全てには、命も含まれているんじゃなかったのか? その決闘に敗れた者の報復を、竜人族が本気でやるとは思えないんだが? 」


 力が全てという風潮のある竜人族にとって決闘は神聖なものだ。それが例え人族やハーフを相手にしたものでもだ。その結果に対して報復するということはあり得ないとシュンランが言っていた。それが本当なら報復はないはずなんだが……


「…………」


 どうやらそのようだ。


 俺は急に青ざめた顔になり黙り込んだバガンを見て、シュンランの言っていた通りだと確信した。


「まあそれでも魔王も人の親だ。例え決闘でも息子を殺した俺を良くは思わないだろう。今後の経営に差し支えがあるかもしれないからな。お前は生かしておいてやるさ」


 シュンランの獲物だしな。


 すると青ざめていたバガンは俺の言葉にニヤリと笑った。


「へへっ……なんだかんだ言ってビビってんじゃねえか……だったら早くこの鉄の杭を消せ……そしてすぐに俺の腕と足を持ってこい……」


 そして腰のポーチから銀色の見たことのない容器を取り出し、周囲に散らばるバガンの足と腕を持ってくるように俺に命令した。


「え? 嫌だけど? 」


 当然俺は即答でそう答え、バガンの左手をペングニルで刺して握っていた容器を回収した。そして腰のベルトも切断し、固定されていたポーチを取り上げた。


「ぐあっ……テメェ、なにを! ち、治癒水を返せ! 」


「もしかしてこれがあの上級治癒水か? 」


 バガンから取り上げた銀色の容器を眺めながらそう呟いた。


 これがどんな重症でも一日で完治させ、欠損した部位もすぐにくっ付ければ元に戻るという1本白金貨2枚。200万もする上級治癒水か。


 ん? ポーチの中にももう一本あるな。中級治癒水も2本ある。これは儲けたな。


「そうだって言ってんだろ! 早く……今ならくっつく……返せ」


「ああ、腕と足をくっつけたいのか。んじゃあ……『奈落』 」


 俺はバガンの未練を絶ってやるために、周囲に落ちている奴の右腕と左足の下に落とし穴を作りすぐに埋めた。


「なっ!? なにしやがる! グッ……戻せ! ハァハァ……オレの腕と足を……返せ! 」


「お前王子なんだからさ、パパに大金を払ってもらって治して貰えばいいだろ。そんなことよりまだやることがあるんだ、じっとしてろ……『バインド』 」


 そう言って俺は串刺しにされたままのバガンの上半身を石でガッチリと拘束した。そして曲がりくねった左角の根元の下に石の台を作った。


「な、なんだ!? こ、殺さねんじゃねえのかよ!? 」


「別に首を落とすわけじゃない。だが動けば手元が狂うかもな。じっとしてろよ? フンッ! 」


 俺は完全に身動きができなくなり、首を差し出す形となって盛大に狼狽えるバガンへ警告した後に、台からはみ出ている左角へ思いっきりペングニルを振り下ろした。


 その結果、ペングニルの穂先は鈍い音と共にバガンの角を叩き折った。


「ぎゃあああああ! 痛え! ぐっ……ま……まさかお前……」


「思った以上に硬かったな。さすが小とはいえ竜の角か……『奈落』」


 俺は切断され石畳の上に落ちた角をチラリと見たあと、バガンの目の前で腕と足同様に地中深くに埋めた。


「嘘だろ……オレの角が……オレの……」


「なんだ? そんなに角が折れたのがショックだったのか? そんなショックを受けることをお前はシュンランにやったのか?」


 そうあまりのショックに半ば放心状態になったバガンに言ったが、どうやら俺の言葉は耳に入っていないようだ。


 魔王は自分がやられて嫌なことは人にはするなって教えなかったのか? こいつの兄弟までこんなんだったら馬鹿親確定だな。


「右の角は残しておいてやる。シュンランが受けた痛みと屈辱を身を持って感じることだな」


 俺になぶる趣味はない。だからこんくらいで勘弁してやるさ。


 尻尾も竜人族にとっては大事なものらしいが、角ほどじゃない。角が折れるほど竜と死闘したとなれば賞賛されるらしいが、コイツにSランクの竜と戦った実績はない。となると周囲からは決闘で負けて生きながらえたか、それほど強くもない魔物に折られたと思われる。どっちも強さを尊ぶ竜人族にとっては恥だ。当然他の魔族からも笑われるだろう。


 そのうえバガンは逃げることも隠れることもできない。なんたって王子なんだからな。


 さて、翼はズタズタで飛べなさそうだし、そろそろ解放して帰ってもらうか。


 俺がそう考え、放心状態のバガンの腹部に刺さる鉄槍を抜こうとした時だった。


 背後からバガンのパーティメンバーの竜人男の叫ぶ声が聞こえてきた。


『オ、オイ! このままじゃヤベえ! 殺るぞ! 半魔に魔王国の王子が決闘で負けて角を折られたなんてことが広まったら大変なことになる! 国の威信のために今ここであの男と見物していた奴らを全員殺して無かったことにするんだよ! 』


 あ〜そう来たか。最悪の予想が当たったな。


 俺は最悪こうなるかもと予想していたことが、現実になりそうなことに舌打ちをした。


 そしてバガンに背を向けて、周囲の竜人と魔人を扇動している赤髪のオールバックの男へと身体を向けた。


『チョ、チョウギ……でもこれは決闘よ? 』


『そんなの知ったこっちゃねえ! いいか? 国の威信もそうだが、さんざん馬鹿にしていたぶってきた半魔に負けたなんてことが広まれば、俺たち滅竜は二度と街を歩けねえ! 西街だけじゃねえ、国に帰ってもだ! 一生笑い物にされんだぞ! 俺はそんなのはゴメンだ! あの男がいくら強くても竜化した俺たち3人なら勝てる! 男を殺したら全員で見ていた奴らを殺るんだよ! あの魔槍を投げられる前に行くぞ! 魔王国と俺たちのために! 『竜化』 !」


『うっ……わ、わかった! 『竜化! 』


『お、俺もやる! あの半魔さえ殺せば、数はいてもしょせんはCランク程度の人族に獣人だ。俺たちなら! 『竜化』! 』


「チッ、三人か……カルラ! シュンランたちを頼む! 」


 俺は念のためカルラにシュンランたちのことを頼んだあと、竜化し空から戟を構えて向かってくる3人の竜人へとペングニルを構えた。


『愚か者が! 』


  


 しかしチョウギと呼ばれていた男の後をついてきた男女の二人の後ろから、将軍が現れ手に持った戟で思いっきり殴りつけ地上へと叩き落とした。


『しょ、将軍!? 』


「お前は駄目だ」


 俺は将軍の動きに驚きつつも、空中で後方を見て驚いているチョウギへの腹部へとペングニルを全力で投擲した。


 コイツだけは殴り落とされるだけじゃ済まさせない。


『なっ!? くっ! 』


 視線を外していた俺から投擲されたペングニルに、一瞬チョウギの動きは固まった。しかしすぐに戟を構え、向かってくるペングニルを叩き落とそうと振りかぶった。


「バガンのブレスで見えなかったみたいだな。『ダブル! 』 」


 どうやらチョウギにはバガンのブレスの中を切り裂いていったペングニルの動きは見えなかったようで、俺はラッキーと思いながらチョウギが戟を振り下ろすタイミングでペングニルを分裂させた。


『なっ!? ガハッ! 』


 その結果、一本のペンニグルは叩き落とされたが、もう一本のペングニルがチョウギの鱗に包まれた胸に命中した。そしてランクアップによって貫通力を増したペングニルは、竜の鱗を切り裂き胸へ深々と刺さった。


 分裂させるのがギリギリ過ぎたか。ペングニルが腹部へ軌道を変えるのが間に合わず、そのまま突き刺さってしまったようだ。


 俺は胸に深く突き刺さる槍を信じられないという顔で見たあと、力なく地上へと落ちていくチョウギを目で追いながら軽く反省した。


  


 チョウギの胸に深々と刺さる槍を見た二人の竜人は、将軍に叩き落とされ地面に倒れながらも仲間の名前を叫んでいた。


 そんな彼らの目の前で地上に無防備で落ちたチョウギはピクリとも動かず、その目は見開いたまま閉じることはなかった。


 即死か……


 殺す気はなかったが……まあ自業自得だな。


 コイツは決闘の結果を受け入れられないどころか、俺だけじゃなくシュンランとミレイア。そしてカルラやお客さんたちを殺そうと扇動した。


 しかも魔王国のためとかなんとか言っておっきながら、結局は自分の保身のためにだ。


 殺す気はなかったが自業自得だろう。


 俺は恋人を殺そうとした男に罪悪感の欠片も感じることなく、ペングニルを地に伏す竜人の男女へと向けた。


「ま、待たれよ! 決闘に水を差したことは詫びる! どうか槍を納めてくれ! 我々は、いやシャオロン魔王国は貴殿に敵対する気はない! この者たちが許せないのであれば、私がたった今この手で殺そう! だからどうか! どうか槍を納めてくだされ! 」


  


 自分たちを殺してでも場を収めようとするリキョウと呼ばれた将軍の言葉に、残されたバガンのパーティの竜人の男女は驚きの表情と共に彼の名を叫んだ。


 あ〜こりゃやっぱりバレてるな。


 俺は将軍が古代の中国式の礼のように両腕を前で重ね、深々と頭を下げている姿を見てそう確信した。


 さて、どうやって切り抜けるかな……

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