第8話 飛竜

 


「ん〜いい匂いだ。これは干し肉より美味しいものが作れそうだ」


 本オープンから10日ほどが経過し、12月も半ばを過ぎた頃。


 俺は入り口の外壁の上で、肉の燻製作りに精を出していた。


 燻製器は記憶を頼りに石で作った物だ。


 今まで保存食は狩ってきた魔物の肉を切り分け、塩と胡椒を掛けて冷蔵庫に入れたり、陰干しをして乾燥させたりして干し肉を作っていた。


 今度は燻製作りにチャレンジしてみようと思ったわけだ。


 一週間ほど前からクロクマバーガーと干し肉を入居者のハンターのお弁当として販売しているので、肉の燻製もそのラインナップに入れるつもりだ。


 神殿の石扉を開けっ放しな以上は狩りにはいけないからな。それに早朝と夕方に橋と門の開閉作業もあるから日中は暇なんだよ。


 1階の管理人室では、シュンランとミレイアがクロワッサンをオーブンで焼いてクロクマバーガーを作っている。一つずつ焼くのに時間が掛かるから、肉の下処理をしながらやっているみたいだ。


 クロクマバーガーの方が干し肉よりハンターたちに人気で、一日かけて作った物が翌朝みんなが狩りに行く時には速攻で売り切れてしまう。


 まあパンが美味いうえに、ハンバーグも作ったからな。みんな美味しい美味しいって言って大好評だよ。


 クロクマバーガーもあれで完成ではなく、街で買ってきてもらったタレに森で採取した材料と胡椒を加えた物をミレイアが開発中だ。


 それで本業のマンション経営だが、本オープン初日の夜は思ったより忙しくなかった。


 どうやらカルラさんとレフたちが、彼らが連れてきたハンターの対応をしてくれたみたいだ。おかげで細かな設備の使い方で、夜に呼び出されることもあんまり無かった。


 新規のお客さんたちは1Rは当然のこと、大部屋でも満足してくれている。同じ料金の街の大部屋は汚くて臭くて、本当に寝るだけの所だと言っていた。


 それに比べてここは清潔だしシャワーを毎日浴びれる。食材は自腹だけど料理も自分で作れる。ベッドだってマットレスが敷いてあるので、最高に寝心地がいいそうだ。


 本当にこんなに安く住まわしてもらっていいのかと、会う度に言われたよ。1Rなんて貴族になった気分だとも言ってた。


 良い部屋がモチベーションアップに繋がったのか、新規のDランクパーティの人たちは、全員が1Rを借りられるように早くCランクになるぞと張り切ってた。


 そうそう。レフやベラたちをこの間うちに夕食に招待した時に、もうただの顔見知りじゃなくてダチなんだから、いい加減敬語はやめろってまた怒られた。もう敬語を使って怒られるとか馬鹿馬鹿しいのでやめることにした。堅苦しいのが嫌いな獣人は特に嫌がるみたいだ。


 でもなんというか獣人て付き合いやすいよな。情に厚くて仲間想いだし、性格はサッパリしてるし。そりゃ兇賊になるような悪い奴もいるけど、それでも彼らと接しているとハーフの人間が獣人の街に行く理由がよくわかるよ。


 カルラさんたちも夕食に招待したり、逆に招待されたりもした。その時に、意外にもサラさんが料理ができないと聞いて驚いた。なんでもできる女性に見えたからな。


 普段はクールなサラさんが、カルラさんにバラされて恥ずかしそうにしてる姿はなかなかに良かった。ギャップのある女性っていいよな。シュンランも可愛い物好きだし。


 あとシュンランたちと気の合う、カルラさんのパーティの荷物持ちの女性二人。ダリアさんとエレナさんていうんだけど、シュンランとミレイアに誘われて最近よくうちに遊びに来るようになった。


 二人は大部屋住みということもありうちで一緒に夕食を食べたあと、シュンランたちと一緒にお風呂に入ったりしてる。風呂上がりには、俺が作ったゲームを炎のギフト使いのクロエちゃんも呼んで遊んだりしていた。


 男として警戒されなくなった俺も、ゲームに参加して彼女たちとよく話したりしてるよ。


 ダリアさんは20歳で身長は160センチくらいのスラっとした体型の子で、長い金髪を一まとめにして肩から前に垂らしている。彼女は礼儀正しくておおらかな性格で、とても聞き上手でシュンランとよく楽しそうに話している。


 エレナさんは18歳で背が低くて小柄で、金髪の髪を三つ編みにしているおとなしい性格の子だ。甘い物が大好きらしく、ミレイアと人族の街にある美味しいお店の話ばかりしてるよ。あとは一緒にクッキーを焼いたりもしてた。ほとんど二人が自分のために焼いたものだけど。


 ダリアさんもエレナさんも同じ村の出身らしいんだけど、3年前に村は兇賊により滅ぼされたそうだ。その際に二人はほかの女性たちと一緒に生かされたと言っていた。まあその辺は若い女性なので、そういう理由でだ。


 その後、村を拠点にしていた兇賊は早い段階で王国騎士団に討たれたそうだ。そして彼女たちと捕らえられていた女性たちは救出された。でも両親を殺され家を焼かれ行き場を失ったダリアさんとエレナさんは、ほかの村への移住を勧められたけど断り、二人で考えた末にハンターの荷物持ちになることにしたそうだ。


 それで南街に着いてハンターギルドに登録した彼女たちだけど、やっぱり男とパーティを組むのが怖かったそうだ。そんな彼女たちに受付嬢が声を掛け、ギルドの紹介でカルラさんのパーティに入ることになったそうだ。


 二人とも決して美人ってわけじゃ無いけど、すごく素朴な子たちで一緒にいてとても落ち着くんだよね。 


 うちに来る度に、いつもすいませんすいませんって俺に言ってさ。なんというか守ってあげたくなる子たちなんだ。


 荷物持ちなんて大変なのに、あの華奢な身体でよくやってるなと感心するよ。


 そんな彼女たちのいるカルラさんのパーティの狩りは、怪我は多いけど概ね順調らしい。まだほかのCランクパーティほどの数は狩れないが、それでもマンションを半額で借りれてるおかげもあって収入が倍以上になったと言っていた。


 二人は足を失い街で待っている仲間や、クロエちゃんの目を治す時期を早めることができるって喜んでた。というか街にもまだいるのか。そりゃ余裕が無いよな。


 ちなみに一般的なハンターは基本的に移動を含め十日ごとに街に帰り、依頼の達成報告と素材の精算をして7日休むそうだ。休みの間に怪我をした者は怪我を治し、装備の補修をしてアイテムや食料を買い揃えてまた十日間狩りに出るの繰り返すらしい。


 Dランクのパーティで1日に5匹魔物を狩れればいい方らしく、狩場への移動を差し引くと月に15日狩りができるそうだ。その収入から街での宿代や遠征中の食料費に、治癒水や解毒水などのアイテム費用に装備の補修代を差し引き、さらにパーティの積立金を引いて荷物持ちに遠征中の日当を払って残ったお金を等分するらしい。


 そうなるとDランクのパーティで一人頭、月に金貨1枚とちょっとくらいしか稼げないそうだ。Eランクだとその半分以下らしい。いくら物価が安いとはいえ、命をかけて戦ってこの収入は少なすぎる。


 ところがベラいわく、うちのマンションを拠点にすると1日10匹は狩れるそうだ。そのうえ野営時の見張りが必要なく、毎日部屋で風呂に入って安全な場所でぐっすり眠れるので、毎日元気いっぱいに戦えると言っていた。


 コンディションが良い状態で狩りができることから、戦闘時の怪我や装備の破損が激減し、高価な治癒水の消費も抑えられ出費が減ったらしい。そんな環境なので、14日連続で狩りに出ても全く問題ないそうだ。


 また、貸し倉庫のおかげで毎日素材を大量に持って帰れることで、今まで諦めていた素材も持って帰れるようになり、部屋を借りても収入が倍以上になったそうだ。


 Cランクパーティだとさらに収入が跳ね上がる。魔石や素材に依頼の報酬も高くなるからな。


 レフの連れてきたCランクパーティは、これまで月に一人頭金貨5枚の収入だったのが、1Rを借りても金貨12枚くらいになりそうだと言っていた。


 彼らが身につけている飛竜の革鎧とか、黒鉄という硬い金属を使った剣や槍など高価な装備の補修などしてもそれだけ残るらしい。12枚って120万だ。武器防具に治癒水以外は物価の安いこの世界で、月にこれだけ稼げるなら命をかけた甲斐があるというものだ。


 結果としてカルラさんやレフの紹介で来たハンターたちは、これだけ稼げるならと一週間延長してくれた。1Rも追加で借りてくれたよ。


 狩りで得た素材は、カルラさんやレフのパーティとレイドを組んで帰ることで持ち帰るらしい。カルラさんとレフはこうなることを読んでいて、だから最初から二週間の滞在にしたらしい。二人とも計画通りと言っていた。


 新規のお客さんである彼らには、延長の手続きの時に素行の良いハンターを連れてきてくれたら次回1週間分半額にしますと伝えた。連れてきたハンターも1Rを1部屋無料にするとも。そしたら必ず連れてくるといってくれた。


 肝心のマンション経営の収益だけど、二週間でDランク魔石換算で175個手に入った。新規のお客さんは現金払いが多かったからな。その現金払いで得たお金も、レフに中級治癒水や酒や調味料を頼むつもりなので残らない。


 部屋を増やしても今後何組かに紹介キャンペーンを続けるから、最初は月にDランク魔石500個分。500万円稼げればいいかな。固定客ができれば地下の1Rと大部屋だけで800個は稼げるようになるだろう。


 とりあえず地下に作れるだけ部屋を作ったあとは、1階に俺とシュンランとミレイアの新居を作ろうと思う。その後に部屋が足らなくなりそうなら、魔石を貯めつつ少しずつ1階や屋外にも賃貸部屋を作ろうと思う。


 何はともあれ出だしは好調だ。



「ん? また飛竜か」


 目の前の燻製器に木のチップを投げ込みながら今後のことを考えていると、3キロほど北の森の上を飛竜が飛んでいるのが視界に映った。


 飛竜は低空飛行でゆっくり西に向かっている。恐らく獲物を探しているんだろう。


 飛竜はこの辺を頻繁に飛んでいる。しかしここへは滅多に近づいてこない。恐らく強い魔物にだけ有効な、神殿の見えない結界みたいな物で近寄り難いんだと思う。


 そんな風に思ったのがフラグになったのか、北から西に飛んでいた飛竜が突然進路を変えこちらへと向かってきた。


「え? 何でなんでいきなりこっちに……あっ! これかっ! 」


 俺は燻製器から出る煙が西へと流れているのを見て、中の火熊の肉が原因であることに気づいた。


 しまった! 確か火熊は飛竜の好物だった。しかも俺がじっくりと塩と胡椒を馴染ませた肉を燻製にしているところだ。そんな匂いを腹が減っている飛竜が嗅いだら、近寄り難くなる程度の精神的な結界じゃ効果は無いのかも。


 俺は急いで椅子から立ち上がり、ペングニルを拾い上げて逃げようとした。


 しかしお腹が減っている飛竜の速度は速く、このままだと外壁から降りる前に神殿の上空までやってきそうだ。


 ここまで近づかれたら逃げる余裕はもう無いか……まあ一度戦ってみたかったし、良い機会だな。シュンランから聞いた感じでは、俺とは相性が良さそうだし多分大丈夫だろう。


 もうDランクの魔物を追いかけていたあの頃とは違う。レベルが上がった俺の身体能力と、ペングニルがあれば倒せるはずだ。

 

 そう覚悟を決めた俺は、ペングニルを手に持ち足を前後に大きく開いた。そして飛竜を見据え、射程範囲に入るのを待ち構えた。


 視界に映る飛竜の体長は10メートルほどはありそうで、太陽に照らされたこげ茶の身体が鈍く光っている。


 顔はいかにも獰猛なトカゲといった感じで、蠍の尾にそっくりな長い尻尾をユラユラと揺らしていた。


 そして飛竜が敷地の上空にたどり着こうとした時。飛竜は翼を大きくはためかせてその場で滞空し、その焦茶色の首を大きく後ろへと引いた。


 確かあれは火球を撃つ動作だったはず。なら今がチャンスだな。


 俺は口から火球を放とうとする飛竜を無視し、全力でペングニル放った。


 俺の手を離れたペングニルはゴオッと風を切る音と共に、穂先と柄から青白い光を放ちながら飛竜へと真っ直ぐ向かっていった。


 それとほぼ同時に、飛竜の口からも直径2メートルほどの火球が俺に向かって放たれた。


 火球は空中でペングニルとすれ違ったが、先にペングニルが火球を放った直後で動けない飛竜の喉もとに突き刺さりそのまま貫通した。


 そしてそれとほぼ同時に、飛竜の放った火球が俺へと直撃した。


 が、それは火災保険により問題なく防がれた。


 火災保険の見えないバリアにより視界を覆っていた火球が消え、俺は飛竜へと再び視線を向けた。


 そこには喉もとに風穴を開けられた飛竜が、ぐらりとバランスを崩しゆっくりと敷地内へと落ちていく姿があった。


 うん、やっぱり余裕だった。むしろ火球を放つ時に動きを止めてくれる分、ペングニルで追尾する必要もなく確実に当たる。


 シュンランから飛竜はまず火球を放つと聞いていたからな。それなら勝てると思っていた。だって俺に火球は通用しないんだし。


 いやぁ、ペングニルと飛竜の相性良いな。まさかこんな簡単にBランクの飛竜が狩れるとはな。魔石なんかよりも素材が相当高く売れるみたいだし、肉も相当うまいらしいしな。


 こりゃ俺にとってはカモだな。それに森に行かなくても狩れるのは楽だ。これがホントのリモートワークってやつか? 違うか。


 俺は石畳に激突し潰れた飛竜を眺めながら、燻製作りは続けようと心に決めたのだった。


 そのあと飛竜が敷地に落ちる音にびっくりしたのか、シュンランとミレイアが管理人室から出てきた。


 そして二人は敷地に落ちた飛竜の亡骸と、外壁の上でペングニルを手に飛竜を見下ろす俺の姿を交互に見たあと、ミレイアは目を見開きながら両手を口に当て驚き、シュンランは手を額に当てため息を吐いていた。


 その仕草はまるで、また涼介かと言わんばかりだった。


 一瞬俺はペングニルを掲げて『獲ったどーーー!』って言いそうになったが、オーガの巣に単身で乗り込んだ時のように怒られるのが怖いのでやめた。


 今回は襲われてやむなく応戦したわけだしな。怒られてまた部屋着が厚着になったらたまらない。



 そしてその日の夕方。


 敷地内で飛竜を吊るし血抜きをしているとカルラさんとレフのパーティが立て続けに戻ってきて、飛竜の亡骸を見てメチャクチャ驚いていた。


 それからほかのハンターたちが帰って来たのを見計らい、飛竜の肉を報酬にみんなに解体を手伝ってもらった。


 その後は神殿の外に石の大型ドームを作り、天井に排気口用の穴を開けて飛竜の肉で焼肉パーティを開催した。


 パーティは飛竜を狩った話で大いに盛り上がり、女の子たちからも凄い凄いと言われて楽しかった。カルラさんなんて酔っていたこともあり、『飛竜を一人で狩ったのかよすげー!』って興奮して俺に抱きついて胸を押し付けながらキスの嵐を降らしてきたほどだ。


 もちろん俺は困っているフリをしつつ、彼女の好きにさせていた。まあすぐに怒ったシュンランとミレイアに引き剥がされたけど。


 しかしまさか飛竜の素材が1頭あたり白金貨2枚もするとはな。魔石が金貨1枚なのにな。一頭210万か。やっぱりオイシイな。


 これはもっと大型の燻製器を作らないとな。つがいで飛んでる時もあるし、狙わない手はないな。


 俺はシュンランとミレイアに怒られているカルラさんを見ながら、そんなことを考えていたのだった。










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