第26話 治療費



「それじゃあシュンラン、ミレイア。行ってくるよ」


 拡張した玄関で靴を履き終えた俺は、椅子に座って見送る二人へそう言った。


 もうだいぶ二人の名前を呼び捨てにするのも慣れてきたな。


 最初は恩人でもあり美女と美少女の彼女たちを呼び捨てにするのには抵抗があった。けど今から二週間ほど前に、年上の俺がいつまでも敬語で話すのはおかしいと。居候している身の私たちが恐縮してしまうからと言われ、俺が敬語で話すのを禁止されてしまった。


 今でこそ自然に話せるようになったが、最初はついつい敬語で話してしまいその度に二人に怒られていたものだ。


 でも敬語を使わなくなってから、お互いの距離がグッと縮んだ気がする。


「いってらっしゃい涼介。ん? マフラーが解けているぞ? 」


 シュンランは俺に微笑みながら、胸もとで結んでいたマフラーが解けていることを教えてくれた。


 このマフラーは毛布から二人が作ってくれた物だ。三人ともお揃いだったりする。


 もうさ、毎日作ってくれる美味しい食事もそうだけど、彼女たちが俺の名前を正しい発音で言えるよう練習してくれたり、マフラーを作ってくれたりさ。俺の胃袋とハートは二人に鷲掴みにされてるよ。


「あっ! 私が直します! ……はい、涼介さんこれで大丈夫です。寒くなってくる時期ですので風邪を引かないように気をつけてくださいね」


 シュンランが手すりに掴まり俺のもとに来ようとすると、隣にいたミレイアがそれより早く俺に近付いてきてマフラーを結んでくれた。


「ふふっ、ミレイアに先を越されてしまったな。涼介。魔物たちもこれからの季節は餌不足で凶暴になってくる。夜は特に気をつけるんだぞ? 」


「わかったよ。シュンランの言うとおり慢心せず気をつける。でも今のうちにカキルの実をたくさん採取しておかないと」


 シュンランには森のことをたくさん教わった。亡き竜人族の父親から手解きを受けたという、槍の扱い方も教えてもらっている。ただひたすら基本の突きを反復しているだけだけど。でも突く速度だけはシュンラン以上だと褒められてる。


「まだ採ってくるつもりなのか? もう冷蔵庫がいっぱいだぞ? 」


「ならもう一台買うよ。俺とミレイアの好物だしね」


 俺がシュンランにそう答えながらミレイアを見ると、甘い物好きな彼女は恥ずかしそうにうなずいていた。


 カキルの実は甘い柿のような味で、俺とミレイアの大好物だ。これはいくらあっても食べ切れる自信がある。絞ってジュースにもできるし。


「冷蔵庫をもう一台とか。まったく、涼介と一緒にいると感覚が狂うな」


「魔石で買えるからね。それじゃあ行ってくる」


「ああ、気を付けてな」


「いってらっしゃい涼介さん」


 俺は笑顔で見送る二人に手を上げて応えてから玄関のドアを閉めた。そして階段を上り神殿の外へと向かった。


 毎日こうして美女と美少女に笑顔で見送られて、仕事(狩り)に行くのもいいんもんだな。


 初めて女神にこの神殿に飛ばされた時は孤独な日々だったもんな。それが今じゃ彼女たち天使のおかげで天国にいる気分だ。


 お風呂上がりの彼女たちのラッキースケベなんてほぼ毎日だしな。洗濯機が気に入ったのか彼女たちは毎日自分の服と下着を洗濯するもんだから、2日に一回は一日中バスローブ姿で部屋をうろついてたりするんだ。そのおかげで毎日チラチラと目のやり場に困らない。ここが天国じゃなくてどこだっていうんだ?


 おかげで俺の自家発電の回数もかなり増えた。というか精力やばい。身体能力が上がれば上がるほど精力も上がっていって正直かなりキツイ。


 夜にベッドの上だけじゃなく、朝と昼もトイレに駆け込んで処理しないと追いつかない勢いだ。このままレベルが上がっていったら、彼女たちを無意識に襲いそうで怖い。最近彼女たちも以前にも増して無防備で、俺との距離も近く結構危ない時がある。でもこれって信頼の表れなんだよな。ここはなんとか耐えないと。


 そんなことを考えながら神殿の外に出ると、以前より弱くなった日差しと冷たい風が俺の頬を通り過ぎて行った。


 もうすぐ冬か……


 この1ヶ月。彼女たちと共同生活をしているうちに、この世界の知識はかなり得ることができた。


 それによると今は秋の終わり頃らしい。


 この世界には四季があり、1ヶ月は27日で13ヶ月で1年だそうだ。そして今は11の月の半ば頃らしい。俺がこの世界に来たのは9の月の半ばということになるな。


 神殿のあるこの付近は、夏も冬も極端に気温が上がったり下がったりはないらしい。それでも冬はときおり雪が降るみたいだし、気温が下がる夜の森での野営は夏のそれより遥かに過酷になるそうだ。


 ちなみに1日は部屋にある電子レンジの時計を見る限り、23か24時間だと思う。一般庶民には時間の感覚はあまりなく、街で朝昼夕方にそれぞれ鳴る鐘を目安に生活している。これは宿で泊まるときに俺も受付の人に言われたから知っていた。


 それとこの滅びの森のことや、森の外の国々のことなども聞いた。


 人族の国が王国・帝国・商業連合国と3つあることや、この大陸の大体の形。教会が人族の国にしかないことや、過去の勇者のこと。それに一般市民の生活様式などだ。


 それによるとこの大陸は、地球でいうところのオーストラリアみたいな形をしているようだ。その北側の半分以上が森に覆われていて、残りの南側に人間が住んでいるらしい。この大陸以外に大きな大陸は発見されていなくて、周囲には大小の島が数多くあるらしい。まあその島々も森が増殖し呑み込まれ、魔物だらけのところがほとんどみたいだけど。


 そうそう、勇者はおよそ700年前にこの大陸が滅びの森に覆われそうになった時に突然現れたそうだ。そして当時戦争していた人族と魔族との戦争を収め、人族の奴隷だった獣人を解放して建国させたそうだ。なので獣人からしたら勇者は神のような存在らしく、その勇者を遣わした女神フローディアよりも勇者の方が人気があるらしい。ギルドの受付の男性の反応に納得がいったよ。


 その勇者なんだけど、多分古代の中国人だと思う。名前がロン・ウーとかだったし、竜人族が仲が良かったらしく勇者の祖国の文化を気に入って取り込んだそうなんだ。まあそれがあの青龍刀見たいな武器であり、シュンランさんが着ていたチャイナドレスのような形の武道着というわけだ。


 勇者は当時の魔国の魔王を倒したらしく、その時に人族に迫害され魔族に味方していた竜人族を竜王として魔国の王に据えた。以降、ずっと竜人族が魔国を統治しているそうだ。まあそれが気に入らない純粋な魔族は多いらしいが、竜人族の圧倒的な力を前におとなしくしているらしい。


 そして勇者は役目を終えたからか、伴侶であり仲間であった竜人族とエルフと人族の妻を連れて元の世界に帰って行ったそうだ。


 勇者がいなくなったあとも、人類は大きな戦争をする事なく今日まで森の侵食を止めるために協力してきたようだ。戦争なんてしてたらまた森に土地を侵食されるからな。



「さて、今日こそいてくれるといいんだけどな」


 神殿の扉が閉まるのを確認した俺は、ここ数日通っている目的地に向けて森の中を猛スピードで駆けていった。


 そしてそれから4時間後。


 何度も踏み慣らし作った道を進み、途中出会った魔物を全て無視または振り切り休まず駆け続けた俺は目的地付近にたどり着いた。


「あっ! いたっ! レフさーん! ベラさーん! 」


 すると川辺でくつろいでいる見覚えのあるパーティを見つけ、大声で呼びかけながら駆け寄った。


 そう。ここは以前兇賊に襲われ、シュンランとミレイアと出会った滝のある川辺だ。


 今から二十日ほど前にレフさんたちと連絡を取りたくて、神殿から近くてハンターに出会いやすいこの滝に再び俺はやってきた。最初はまた兇賊が現れるんじゃないかとドキドキしてたんだけど、この川で水を補給していたハンターに兇賊はギルドによって討伐されたことを聞いて安心した。


 それでそのハンターに銀貨1枚を渡してレフさんたちに宛に、ギルドへ手紙を届けてもらえるように頼んだんだ。それから2パーティほどのハンターにも同じように依頼した。森は何があるかわからないし、お金だけもらって届けてくれない人もいるだろうしな。


 レフさんたちが東街から遠く離れたこの場所にいるという事は、ちゃんと手紙が届いたということなんだろう。よかった〜。


「おう! リョウスケ! 久しぶりだな。あの時は助かったぜ! 」


「リョウスケ! 久しぶりニャ! この前はありがとうニャ! 」


「リョウスケ、無事で良かったわ。シュンランたちが生きてるって本当なの? 」


「皆さんお久しぶりです。ベラさん、二人とも元気ですよ。ただ、手紙にも書いたように二人とも事情があってここには来れないんです」


 笑顔で出迎えてくれた虎人族のレフさんや猫人族のミリーさん。そして豹人族のベラさんたちに挨拶をした後、シュンランたちのことを心配しているベラさんに事情があってここには来れないことを伝えた。


「そう……やっぱりオーガに……いえ、生きていてくれただけでもいいわ。私で力になれる事はない? 二人の世話とか手伝うわよ? 」


「大丈夫です。二人とも日常生活には困ってませんから。二人と会うのはまだもう少し時間をください」


 ベラさんがそういうとレフさんや、ほかのパーティメンバーの人たちは苦い顔をした。まあベラさんには別件で調べごとをしてもらってるしな。シュンランたちの怪我のことに気付いて当然か。


 それでも、もう夜にミレイアの泣き声は聞こえなくなったが、知り合いにあの姿はまだ見られたくないはずだ。もう少し、もう少し彼女たちが今の自分の身体を受け入れられるまで。治るという希望を持てるまではそっとしておいてあげたい。


「そう……そうだよね。ええ、わかったわ。あ、ちょっと待っててね…………はい、頼まれていた物よ。結構な量だけど大丈夫? 」


「ありがとうございます。これは購入費用と依頼料です」


 俺はベラさんから渡された大きな麻袋を受け取り、用意していた代金を支払った。


 この麻袋の中には調味料と俺とシュンランたちの着替えや下着。それと女の子の必需品が結構な量入っているはずだ。これは手紙でベラさんとミリーさんに揃えてもらえるようお願いしていた物なんだ。


 もう日替わりバスローブ姿をもう見れなくなるのは寂しいけど、彼女たちには必要な物だしな。


「いいのよこれくらい……え? ちょっと! 金貨3枚なんて多すぎよ! こんなにもらえないわ! 」


「ニャ! リョウスケ! いくらうちがレフのせいで金欠でもこれは多すぎニャ! シュンランたちのために取っておくニャ! 」


「ちょっ! ミリー! 俺のせいって……まあそうだけどよ」


「いえいえ、手紙一つで立て替えて購入してきてもらったうえに、東街から3日は掛かるこんな所まで来てくれたんです。それくらいは受け取ってください。それにまたお願いしたいこともあるので」


 俺は金貨3枚。日本円で30万円くらいかな? それを受け取って返そうとするベラさんに、両手を突き出しながらそう答えた。


 顔見知り程度の俺の手紙に応えてくれたうえに、お金まで立て替えてくれたんだ。これくらい色をつけて当たり前だ。


「そんなの無料でやるわよ。リョウスケには借りがたくさんあるんだし」


「ありがとうございます。でも受け取ってください。そうしてくれた方が今後も色々お願いしやすいので」


「……わかったわ。リョウスケがその方が安心するなら、今回はありがたく受け取っておくわ」


「ありがとうございます。それで頼んでおいた事なんですが……何かわかりました? 」


 俺は衣服の購入以外に手紙で頼んでいた案件を確認した。


「ええ、過去に魔国の貴族でなくても、教会で治療を受けることができた魔族はいたわ。その魔族は高ランクでね。大金を積んで四肢の欠損を治してもらったらしいわ」


「やっぱり! そ、それで治療費は? 」


 俺は魔国の貴族以外の魔族も治療した例があることに嬉しくなり、興奮気味にベラさんへとその魔族の治療に掛かった費用を聞いた。


「それが白金貨100枚は支払ったみたいなのよね。その高ランクハンターは右腕だけだったからそれで済んだけど……」


「白金貨100枚……そう……ですか」


 思っていたよりも高い……白金貨1枚が100万円くらいだとして、一部位につき1億円必要ってことか。シュンランとミレイアの両脚を治すのに白金貨400枚。4億円か……いや、彼女たちはハーフだからもっと吹っかけられる可能性もある。この1.5倍。白金貨600枚は用意しないと駄目だろう。


 人族と獣人なら一部位につき白金貨10枚で済むのにその10倍以上か……


 俺が無理なく狩れるCランクの魔物で魔石が銀貨5枚。素材がおいしい魔物を選んで狩ったとしてプラス金貨1枚。全部で15万円にしかならないってのに、こんなの無理だろ……


「魔族の四肢の欠損はね……魔族の間でも相当教会に不満があるみたいだけど、魔国もまた戦争をするわけにもいかないしね。貴族は治してもらえるから、なかなか教会に本気で文句を言えないみたいなのよね」


「そうですよね……わかりました。調べていただいてありがとうございます。あとこれ、シュンランとミレイアの着ていた服なんですけど、直してもらえるお店を探してもらえますか? それにもし同じ物があれば購入しておいてください。これは先払い金です」


 俺はそう言って背嚢からシュンランとミレイアが出会った時に着ていた、オーガによってボロボロにされた服を取り出しベラさんに渡した。


 そして金貨1枚も一緒に渡した。なんか高そうな服だしな。


「わかったわ。一軒魔国から出店してる店があるからそこに持っていってみるわ。あとこんなにお金使って大丈夫なの? 魔石で支払ってもいいのよ? 」


「ありがとうございます。次からはそうします」


 さすがに懐が寂しくなってきたしな。魔石で払えるなら助かる。


 それから小一時間ほどレフさんたちと話したあと、あまり遅くなるとシュンランたちが心配するからとまた二週間後に来てもらえるよう頼んでから別れた。


 そして日が暮れる頃に家に着くと、シュンランとミレイアがご飯の支度をしていた。


 そんな彼女たちにベラさんに買ってきてもらった服や下着などが入った麻袋を渡すと、二人は凄く喜んでくれた。


 その後は機嫌の良い二人と楽しく夕食を食べ、リビングでジャンガというゲームをして遊んだ。


 これは俺が木を削り小さな積み木を大量に作り、組んだ積み木を引き抜いて崩さないようにして遊ぶゲームだ。最近はオセロよりこっちをやることの方が多い。俺がいない時に二人でやっているらしく、もう全然勝てなくなったけどな。二人の笑顔を見れればそれでいいさ。


 遊び終えた後は彼女たちがお風呂に入り、出てきた彼女たちにおやすみを言ってから俺もお風呂に入ってリビングにあるベッドに入った。


 それから少しした頃。シュンランとミレイアの部屋の引き戸が開く音が聞こえた。


 俺は水を飲みにきたのかなと思いそのまま横になっていると、いつまで経っても彼女たちが移動に使っている椅子の音が聞こえてこなかった。


 俺が不思議に思っているとベッドの横に人の気配を感じ、薄目を開けて気配のする方向を確認した。


 するとそこには、膝立ちになりバスローブ姿で俺を見下ろしているシュンランとミレイアがいた。


「シュンラン? ミレイア? 二人揃ってどうしたんだ? 」


 俺はなぜか緊張した様子のシュンランと、顔を真っ赤にしてうつむいているミレイアに何かあったのかと思いそう声を掛けた。


 するとシュンランは何か決意をしたかのように俺を真っ直ぐ見つめ、そして少し震えた声でこう言った。


「りょ、涼介……わ、私を抱いてくれないか? 」


「りょ、涼介さん……わ、私も……だ、抱いて……ください」


「え? ええーー!? 」


 だ、抱いてくれって……ま、まさか逆夜這い!?


 二人の思いもよらない言葉に俺はベッドから飛び起き、なぜ彼女たちがそんな事をと、ただただ混乱するのだった。



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