第27話 決意
薄明かりに照らされたリビングのベッドの前で、抱いて欲しいと言ったシュンランとミレイアを前に俺はフリーズしていた。
「涼介、こんな身体の私では駄目か? 」
「い、いや駄目じゃない! で、でもなんで急に!? そ、その……こういうのは順序的な物があると思うんだけど? 」
両腕で胸を抱き不安そうな表情のシュンランに、そんなことはないと全力で否定した。だがなぜ急に二人揃って抱いてなどと言いだしたのか、その真意を知りたくて確認した。
普通こういうのは恋人同士になってからだろ。それなのになぜ急に逆夜這いみたいなことを……しかも二人揃ってだなんて……
「順序? 涼介には私と大切な友人の命を救ってもらえたうえに、衣食住の面倒まで見てもらっている。娼館に行かずとも生きていけているのだ。これほど大恩を受けておきながら、何も返さないなど竜人族の血を引く者として耐えられない。だが私には涼介に返せる物が何も無い。だからこの身体で少しでも恩を返そうと思ったのだ」
「わ、私も……涼介さんのおかげで命を救われました……娼館に行くどころかこんな素敵な家に住まわせてもらって……このまま涼介さんに甘えたままでいいのかと悩んでいたら、シュンランさんが私の分も身体で返すと言いだして……そんなの耐えられなくて私もと……ですからこのか、身体を涼介さんに……その……」
「…………そういうことか」
俺は抱かれる理由を口にした彼女たちを見て、それまで混乱していた頭が一気に冷えていくのを感じていた。
彼女たちは別に俺のことが好きとか、そういう意味で抱いてくれと言っていた訳じゃない。
これは彼女たちをオーガから助け、歩けなくても最低限の生活ができる環境を提供した俺に対する対価だったんだ。
失敗した。
何が毎日美女に笑顔で見送られて幸せだ。何が天国だ。そう考えてたのは俺だけで、彼女たちはずっと与えられているだけのこの状況に悩んでいたんだ。口にこそしないが、ある日突然俺にここを出ていくように言われるかもしれないという不安も感じていたはずだ。
だからここで過ごす対価に身体を差し出そうとしたんだ。
こうなることは少し考えればわかることだった。
彼女たちは歩けないし戦えない。そんな彼女たちを俺は滅びの森の中に連れてきた。確かに街にいるよりは快適な生活を送れるだろう。けど、それは全て俺がいてこそ成り立つ生活だ。
俺が森で狩りをし食料を持ってきているから彼女たちは生きていられるんだ。
俺の身にもしも何かあれば、彼女たちはここで飢え死にするだろう。
毎日玄関まで揃って見送りに来て、俺に向けたあの笑顔の裏にはそんな不安な気持ちがあったに違いない。
それを俺はノーテンキに天国だなんだって……
俺も経験したことがあるってのに。母親に捨てられ施設に預けられた時に、ここを追い出されたらもう生きていけないってあんなに不安を感じてたのにすっかり忘れやがって!
「涼介。こんな身体だが可愛がってもらえると嬉しい」
「わ、私も……か、可愛がってください」
俺が拳を握りしめ自己嫌悪に陥っていると、二人はそう言ってバスローブの帯を解こうとした。
「やめてくれ! そんなことを俺は望んでいない! 」
俺は半ば叫ぶように帯を解こうとする二人を止めた。
ここで彼女たちを抱けば、それはライフラインを人質にして抱いた事になる。そんなことをすれば俺は最低なゲス野郎になっちまう。
「涼介……やはり私では駄目か……中途半端な竜人族と人族のハーフで、四肢まで欠損していればな」
「わ、私のこの無駄に大きな胸。気持ち悪いですよね? 足も無いですし……」
「違うよシュンラン、ミレイア。二人はとても魅力的な女性だよ。今すぐにでも襲い掛かりたいと思えるほどに」
「ならなぜ……」
「嫌なんだ。お礼とかそういうので女性を抱くのは」
「よくわからないな。娼婦だと思えばいいだろう。なぜ我慢する必要などあるのだ? 」
「私も涼介さんの言っていることがわからないです。男の人は女性とその……エッチなことができるなら、誰とでも喜んですると聞きました。今まで見てきた男の人はみんなそうでしたし……」
誰とでもって……そりゃ間違いじゃないけどさ。俺も東街の娼館の誘惑に負けそうになったし。でもだからといってこの二人を、娼婦だと思って抱けるわけがない。
でも二人は相当男に偏見があるようだ。ずっとハンターとして生きてきてこの滅びの森の入口の街に住み、明日は死ぬかもしれない刹那の中で過ごしている男ばかりに囲まれてたら無理もないか。
そんな二人に抱けない理由をいくら説明してもわかってもらえないかもしれないな。俺がいくら違うと説明しても、女性としての魅力や足がないからだとか思われて傷付けてしまうかもしれない。
こんなタイミングで言うつもりはなかったが、正直に俺の気持ちを伝えるしかなさそうだ。
俺はベッドの上で背筋を伸ばし、男に対して偏見を持っている彼女たちの目を見つめながら口を開いた。
「二人は娼婦なんかじゃない。俺は二人とエッチなことができればそれでいいなんて思っていない。俺さ……実はあの兇賊との戦いの時にシュンランに一目惚れしたんだ」
あの時の強くて美しく、そして凛々しいシュンランに俺は一瞬で心を奪われた。
「え!? わ、私に? 」
シュンランは俺の突然の告白に目を見開き驚いている。
「そうだよ。そしてこの家で一緒に生活しているうちに、献身的で優しいミレイアも好きになった」
ミレイアは天使のような笑顔を毎日俺に向けてくれる。その笑顔と彼女の作る美味しい料理にどれだけ癒されていることか。そのうえ風呂に入っている間に毎回着替えを用意してくれるなど、身の回りの世話も全てしてくれている。清楚で笑顔が可愛くてよく尽くしてくれて、それでいてスタイルも抜群な女の子を好きにならない男がいるわけがない。
「え? わ、私もですか!? わ、私のことを……涼介さんが……」
ミレイアも俺の突然の告白に顔を真っ赤にして、バスローブの裾を押さえながらうつむいた。
正直女の子二人に同時に告白するとか死亡フラグしか立たないが、彼女たちを受け入れられない理由を理解してもらうには正直に言うしかない。
権力者や武力がある者は、多夫多妻が認められている世界なのがせめてもの救いだな。
「そうだよ。俺は二人が好きなんだ。だから好きな子にお礼だからと、ほかに返せるものがないからって身体を差し出されても受け入れられない。俺はそれを望んでいないんだ」
「涼介が私たちをそんな風に思っていたなんて……私は……」
「涼介さん……」
「シュンラン、ミレイア。不安にさせてごめん。俺は二人が好きだから勝手に色々してるだけなんだよ。そこに見返りは求めていない。と言っても信じられないと思う。二人はいい子だから、ただ与えられる生活は耐えられないんだと思う。だから俺は二人の足を治すよ。二人が自力で生きていけるようにする。そうして初めて俺を一人の男として見てもらえると思うから」
今のままじゃどうしても俺が上の立場になってしまう。そんな俺を心から好きになってもらえるはずがないし、たとえ今後二人に好きだと言われても俺は信じることができない。
なら二人の足を治すしかない。そうして初めて対等に、俺を一人の男として見てもらえる。そして彼女たちの言葉を俺は信じることができる。
「涼介……正直すごく嬉しい。しかし私たちは教会が一番嫌う魔族と人族のハーフだ。この足は治ることはないのだ。だから無理はしなくていい、今のままでも私は……」
「私もすごく嬉しいです。でも足のことはもういいんです。歩けなくても涼介さんがいてくれさえすれば……」
「治るよ。過去に貴族じゃない魔族が、四肢の欠損を教会に治してもらった事例をベラさんに調べてもらったんだ。白金貨600枚もあれば二人の足を治せる」
教会の評判は悪い。教皇にしても司教にしても金と女に溺れているというのは有名な話らしい。
しかし逆にいえば金さえ積めばなんとかなるということだ。だったら白金貨でその欲にまみれたツラを叩いてやればいい。
「白金貨600枚!? そんなの無理だ! 」
「そうです! 無理をして涼介さんが死んでしまったら私……ううっ……やめてください……私はこのままでいいですから……」
「大丈夫。別に魔物を倒して稼ぐのだけが金儲けじゃないよ。方法があるんだ。だから俺を信じて欲しい」
俺は泣き出したミレイアの涙を拭い、自信あり気に二人へそう伝えた。
そう、俺には白金貨600枚を稼ぐアテがある。
そのアテとは、俺の間取り図のギフトで作った部屋をハンターたちに貸し、マンション経営をすることだ。
これは今日ベラさんから治療費のことを聞いた帰りに思いついた。けどそのリスクの高さに二の足を踏んでもいた。
これほどこの世界にある家とはかけ離れた設備がある部屋だ。奪おうとする者が必ず現れるだろう。それが個人なら対応できるが、組織や国とかに狙われたら厄介だ。
滅びの森の中ということもあり、簡単には軍を派遣はできないと思う。でも高ランクの精鋭部隊を送り込まれる可能性もある。
だから最初はなるべくひっそりとやるつもりだ。そしてクチコミで徐々に利用者を増やしていく。その間に俺はなるべくレベルアップしていき、奪おうとする者たちに対抗できる力をつける。
シュンラン曰くこの神殿のある場所は、滅びの森の入口にある魔国の管理する西街と、人族の国々が共同で管理する南街。そして獣王国の管理する東街とどの街からも4日以内で来れる場所だそうだ。
そんな場所に最先端の設備のマンションができれば、きっと多くのハンターが利用してくれるはずだ。滅びの森の中で毎日風呂に入れて、暖かい部屋でフカフカで清潔なベッドに寝れるんだ。長期滞在しながらここを拠点に狩りをするハンターが多く集まるはずだ。
元手は魔石だけで部屋を創造できるんだ。間違いなく稼げる。手巻き充電式ヘッドライトを売るよりも多くのお金を得ることができるはずだ。あれは物だから権力者の手元に届きやすい。そうなったらすぐに国に目をつけられる。
でもマンションなら人づてにここの設備を聞いたとしても、しばらくはちょっと良い宿屋くらいに思ってもらえるはずだ。そもそもハンター以外は興味を持たないだろうしな。
なによりマンションの経営なら彼女たちもできる。俺一人で稼ぐのではなく、彼女たちも一緒にやれることじゃないと、足が治った時にまた恩返しだなんだという話になるからな。
部屋の創造と管理は俺がやり、入居者の受付を彼女たちにしてもらい一緒に経営していく。
ハンターには賃料を魔石で支払ってもらう。そしてそれを元手に部屋を増やしていけば、魔物を倒さなくても魔石と金を稼げるという寸法だ。
リスクは高い。だが、これしか彼女たちと離れず安全に大金を稼ぐ方法が思いつかない。なによりタワーマンションを建てる事にも繋がるし一石二鳥だ。
だったらやるしかない。
リスクがなんだってんだ。惚れた女が身を捧げるほどにまで追い詰められているんだ。ここでやらなきゃ男じゃないだろ。
俺はそう決意をし自信ありげに彼女たちを見ていると、シュンランが不思議そうな表情で口を開いた。
「魔物を倒さずにお金を稼ぐ方法? 」
「ああ、あるよ。だから信じてくれ。必ず二人の足を治してみせるから。男は好きな子のためならなんだってできるんだ。奇跡だって起こせるんだよ」
「涼介……私たちのためにそこまで……わかった。君を信じる。でも無理はしないで欲しい。こんな足などより涼介の方が大切なのだ」
「ぐすっ……私も涼介さんを信じます。ですが本当に危険なことはしないでください。涼介さんがいなくなったら私……」
「大丈夫。二人にも協力してもらうから。いや、二人に協力してもらわないとできないことなんだ」
俺一人で宿泊客の応対に部屋の管理なんか無理だからな。二人の協力が必要だ。
「私でも涼介の役に立つことができるのか? だとすればどのようなことでもしよう」
「わ、私もなんでもします! 涼介さんのお役に立ちたいです! 」
「ありがとう。じゃあ明日からさっそく取り掛かるから、今日はもう二人とも休んで欲しい」
俺は役に立てることがあると知り、嬉しそうにするミレイアの頭を撫でながら二人にそう言った。
色々準備しないといけないからな。まだ二人には何をやるかは内緒だ。魔石が足らなかったらカッコつかないし。
「わかった。ミレイア、寝室に戻ろう。寝ていたところを邪魔してすまなかったな涼介。おやすみ」
「はい。涼介さんおやすみなさい」
「いいさ。おやすみ」
俺はそう答え、膝を擦りながら寝室に戻っていく二人を見送った。
するとシュンランが突然歩みを止め、顔をこちらに向け口を開いた。
「涼介」
「ん? どうした? 足が痛いのか? 抱き抱えて寝室に連れて行こうか? 」
「いや、そうじゃない。一つ誤解をしているようだったからな。それを解いておこうと思ったのだ」
「誤解? 」
「ああ、涼介に助けられた時。私もミレイアも娼館で男の慰み物になるくらいなら死ぬと言ったのを覚えているか? 」
「ああ、言っていたな。それがどうしたんだ? 」
なんだ? なんで今そんな話をするんだ?
「それは好きでもない男に抱かれるくらいなら、死んだ方がマシという意味だ。その気持ちは今でも変わらない」
「そうか。え? でも……」
たった今俺に抱かれようと……え? まさか誤解って……
「ふふふ、私たちはそんなに安い女じゃないということだ。おやすみ涼介」
「おや……すみ」
シュンランは一瞬妖艶な笑みを向けたあと、隣で頬を顔を赤く染めているミレイアを連れ寝室へと入っていった。
俺は二人のその姿を呆然と見つめていた。
まさか二人は俺のことを?
もしかして俺の考え過ぎだった? 二人はお礼と俺を好きな気持ちの両方を持って逆夜這いに来ていた?
それを俺は勘違いして告白までして、抱かずに二人を帰してしまった?
な、なんてことだ……俺はなんてことを……
「うっ……うおぉぉぉぉ! 」
俺はあまりのショックに力なくベッドに倒れ、枕に顔を埋めむせび泣いた。
逃したチャンスの大きさを悔やみながら。
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