第24話 帰路
「よっ、ほっ、ほっと」
オーガキングの群れからシュンランさんたちを救い出した翌日。
俺は彼女たちを抱き抱え、または背負いながら軽快に森を進んでいた。
「あっ、リョウスケさん。この先200メトに灰狼の群れがいます」
「なら少し南に進路を変えますね」
胸もとで魔物の位置をナビしてくれたミレイアさんに、俺はそう返事をして南へと進路を変えた。
昨日は俺が胸の谷間……じゃなくて魔物探知機を見ながら進んでたんだけど、ミレイアさんが私が見ますというので任せることにした。ちょっと残念な気持ちになったのはナイショだ。
ちなみにメトというのはこの世界の計測の単位だ。長さを聞いたら1メトと1メートルがほぼ同じだった。だから魔物探知機の探知範囲は200メトだと彼女に告げてある。
このほかにセトとキトという単位があるみたいだが、これもセンチメートルとキロメートルとほぼ同じだった。イマイチ距離感の掴めないマイルとかじゃなくて良かったよ。
「はい。南方向は大丈夫です」
「ありがとう。はい。約束の乾パン。またお願いしますね」
俺はスーツのポケットから乾パンを取り出しミレイアさんの口もとに運んだ。
これは危機を回避したらあげると約束してたものだ。
「ありがとうございます。あむっ……甘くて美味しいです……」
ミレイアさんは蜂蜜味の乾パンを口に含み、幸せそうな表情でそう言った。
ついさっき午後のおやつとして乾パンをあげたら、ミレイアさんが大ハマりしたんだよな。どうやら彼女は甘いものが大好きなようで、蜂蜜味の乾パンを気に入ったようだ。
それで一缶食べ終わり寂しそうな顔をしていた彼女に、俺もシュンランさんも自分の分をあげようとした。けど彼女は自分ばかり余分にもらえませんって遠慮するもんだから、進行方向の魔物を早期に発見できたらあげるというご褒美形式にしたというわけだ。
甘い物を食べて幸せそうな彼女の表情にほっこりしつつも、俺は小川を渡りアンドロメダスケールを操作して藪を切り分けつつ森を進んで行った。
神殿の方向は俺の感覚だけではなく、この辺で狩りをしたことのある二人に聞きながら向かっているから大丈夫だと思う。どうも二人の話を聞くと、神殿は人族の南街から北へ3日ほどの距離にあるようだ。
水場がなく滅多にハンターが行かないエリアだと言っていたから、多分間違い無いだろう。
しかしそれにしても身体が軽いな。
「リョウスケ、身体は大丈夫なのか? 」
「ええ、まだまだ全然余裕がありますよ。あっ、トイレですか? それなら小休憩しますか」
獣道のようなものを見つけ軽快に進んでいると、背負っているシュンランさんが耳元で俺の身体を心配してくれた。俺は遠回しに休憩の催促かなと思い立ち止まった。
「いや、そういう意味ではない。人間二人と途中で採取した木の実に果物。そのうえグリーンベアの肉まで大量に背負っているというのに、朝から歩きっぱなしだからな。無理をしているのではないかと心配しているのだ」
「私も心配していました。途中休憩をしている時もリョウスケさんはご飯を作ったり、私たちのその……おトイレの世話ばかりであまり休んでないので心配です」
「心配には及びませんよ。まだまだ余裕はあります。それより良い食材があったら教えてくださいね。採取していきますから」
俺は心配してくれる二人に笑顔でそう言いながら前方の藪をアンドロメダスケールで大きくかき分けて進んで行った。
レベルアップでかなり身体が軽くなったな。障害物がなければ走って進みたいほどだ。
それにしても昨夜のレベルアップは過去に類を見ないほどの苦行だった。
というのもトイレで色々とスッキリした後に、石のドームに戻って眠りについて少しした頃。シュンランさんとミレイアさんが寝ている所から、二人のすすり泣く声が聞こえたんだ。
そして小さな声で大丈夫、大丈夫とシュンランさんが涙声でミレイアさんを慰める声が聞こえてきて俺は胸が苦しくなった。
それはそうだろう。二人が討伐部隊と共にオークの巣を襲撃して、まだたった1日だ。そのたった1日でオーガに捕まり片腕と手を砕かれ足を切断され、巣に連れて行かれて食われる所だったんだ。怖くなかったはずがない。
足を切断され未来を絶たれ、不安にならないわけがない。初対面に近い俺がいくら大丈夫だと言っても、それを全て信じられるわけがないんだ。
現に俺は二人の足を元に戻す方法を知らないのだから。
だから俺は二人をそっとしておこうと思った。家に戻りさえすれば、少しは希望を持ってもらえると思ったから。
しかし俺の身体はそうはしてくれなかった。
そう、レベルアップによる激痛が身体を襲い始めたんだ。
俺はこのタイミングでかよ! と思ったが、泣いている二人に俺が起きていることを気付かれないよう必死で我慢した。しかしいつもより長い時間続く激痛につい堪えきれなくて『うくっ』とか『うっ』とか声が漏れてしまった。痛みに耐えるために小刻みに身体を揺らしながらだ。
俺は二人が泣いている横で変な事をしてると思われてないか、ものすごく不安になり口を押さえ激痛が治るまでひたすら耐えていた。いやぁ苦行だった。
身体の痛む時間がいつもより長かったことから、多分一気にレベルが数段階くらい上がったんじゃないかと思う。まあオーガキングにオーガ20体も倒せばな。
残念ながら神器は進化していなかったが、身体能力がまた一段と上がったのは嬉しい。
ただ翌朝。目を腫らした彼女たちを見て見ぬふりをしつつ、トイレへと連れて行った時に事件が起こった。
今朝はミレイアさんからトイレの補助をしたんだけど、一気に身体能力が上がったせいか力を上手く制御できなくて、便座の上に座るミレイアさんのズボンを勢いよく下ろしてしまったんだ。
その結果。彼女の股間を隠していたバスタオルも一緒に下ろしまい、ピンクの薄い茂みが目の前に現れ俺はしばらくフリーズした。
すると頭上からミレイアさんの泣き声が聞こえてきて、速攻で目をつぶってタオルを元に戻して土下座して彼女に謝ったよ。ミレイアさんは目に涙を浮かべながらも、わざとじゃないのはわかってますって言ってくれてなんとか許してくれた。ほんと申し訳ないことをしてしまった。
それから昼すぎまであまり口を聞いてくれなかったけど、シュンランさんが笑いながら俺の耳元で『大丈夫だ、君はあんなことじゃ嫌われないから。恥ずかしがっているだけだ』とか、『女がハンターをしていればパーティ仲間に身体を拭いてるところを見られる事もある。それと同じさ』と言ってずっと俺を慰めてくれていた。
まあそんなことがあり、お昼ご飯を食べた後の二人の長めのトイレ。と言ったらデリカシーがないか。まあそれは慎重にやって問題なく補助することができた。そしておやつの乾パンをあげたのがキッカケで、ミレイアさんが普通に話してくれるようになったんだ。
「無理をしていないのならいいが……さすがは女神より遣わされた勇者といったところか。君に背負われていると不思議と安心感が湧く。これが男に守られるという感覚なのだな」
「私も苦手な男の人に一日中抱き抱えられているのに、リョウスケさんだとなぜか安心します」
「ははっ、美女二人にそんなこと言われると、嬉しくて力が湧いてきちゃいますね。よーし、少し速度をあげますからしっかり捕まっていてくださいね? 」
俺は二人の言葉に嬉しくなり、進む足に力を入れて駆け出した。
「わっ! ちょっ、リョウスケ! 速すぎだぞ! 」
「リョ、リョウスケさん! きゃああああ! 」
「あはははは、振り落とされないようにしっかり掴まっていてくださいね! 」
俺は首に腕を回してしがみつく二人にそう言いながらさらに速度を上げた。
俺の胸と背中に押しつけられる推定FとCの胸を感じながら。
それから西へと進路を戻して森を進み、辺りが暗くなってきた頃。
以前に俺が目印としてつけた傷のある木をみつけた。それにより神殿まであと少しで着くことがわかった。
しかし俺はその日は無理をせず野営することにした。無理をすれば夜のうちに神殿に着くことも可能だったが、やはり夜の森を二人を抱えて進むのはリスクがあるので朝まで待つことにした。
少し拓けた場所を見つけてドームとトイレを作り、周囲を石の壁で囲んだ後。食事を終えた俺たちは、三人で焚き火を囲んでいっぱい話をした。俺のこと、彼女たちのこと。この世界のこと。色々とだ。
でもお互いに出生のことには触れなかった。俺も聞かれるのは嫌だし、彼女達も嫌だろうと思ったからだ。二人を助けた時に彼女たちが放ったあの言葉。あれだけで俺たちは似たもの同士なんだということがわかった。それだけで十分だ。
そうそう、俺の年齢を聞かれて25だと答えたらかなり驚かれた。どうも同じ歳くらいだと思っていたみたいだ。俺は年相応だと思ってたけど、日本人が幼く見られやすいのはこの世界でも同じらしい。
ちなみに彼女たちはミレイアさんが18でシュンランさんが19だそうだ。この世界では15で成人するらしく、彼女たちはまだ10代なのにハンター歴3年と4年と長い。森の食材も詳しかったし、もっと色々と教えてもらおうと思う。
焚き火を囲んで話していると夜も更けてきたので、みんなで石のドームの中に入って俺が作ったゲームをやって遊んだ。
まあ異世界の定番のオセロなんだけどな。これは木を削って板と駒を作り盤面に線を引き、駒の片面をペンで塗りつぶして作っためちゃくちゃ簡易な物だ。初めて巻尺を本来の用途で使ったよ。
ゲームは両手が使えないミレイアさんの隣で、俺が彼女の代わりに指すことでシュンランさんと対戦した。
二人とも初めてやるゲームに、面白い面白いって言ってくれて結構盛り上がった。あんなに楽しんでくれるのなら、今度ちゃんとしたのを作ろうと思う。
そして夜遅くまで遊びすぎて少し寝坊気味になった翌日の朝。
二人のトイレを済ませたあと、クロワッサンを三人で分け合い食べてから出発した。
それからトイレ休憩を挟み、ゴブリンの反応を見かけるようになった昼ごろ。
「リョウスケさん! 南西に白い反応が現れました! 」
「やっとたどり着きましたね。それが俺の家のある神殿です」
「驚いた。リョウスケが言っていたとおり、ゴブリンや緑狼ばかりしか周りにいないのだな。だが本当にこんな所に家があるのか? この辺りはまともな水場がないうえに、飛竜がよく現れることからハンターたちも寄り付かないエリアだったはずだ。ましてや神殿があるなど聞いたこともない」
「え? そうだったんですか? でも間違いなくありますよ。家に着けばもう二人にこれまでのような不自由な思いはさせませんから。お風呂だってありますし」
確かに飛竜はよく飛んでいたな。魔物探知機で接近してくるのはわかるし、拓けた場所に出なければそれほど脅威でもないから気にしていなかったけど。
「すごいです! お風呂があるなんて貴族のお屋敷みたいです」
「そんな物まであるのか!? それが本当なら是非入ってみたいな」
「本当ですよ。帰ったらお風呂の用意をしますので、楽しみにしていてください。さて、それじゃあ急ぎましょう。二人が見たこともない部屋をお見せしますよ」
俺はお風呂と聞いて嬉しそうにする二人へそう声を掛け、南西にある我が家へと駆け出した。
やっと帰ってきた。
二人が驚く姿を見るのが楽しみだ。
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