第22話 勇者
オーガを全滅させた俺は、シュンランさんとミレイアさんの倒れている場所へと向かおうとした。
しかし彼女たちの状態を見て、急いで途中で放り投げた背嚢を拾いに戻った。
シュンランさんは上着が切り裂かれ片方の乳房を露出させており、ミレイアさんの上半身もほぼ何も着ていない状態だったからだ。
背嚢を拾い戻った俺は中からコートとポンチョを取り出し、倒れている二人の身体にそれぞれ掛けた。
そして彼女たちをそっと抱き起こし、近くの木にその背を寄り掛からせるように座らせた。それから縛られていた腕をほどこうとしたのだが、シュンランさんの右腕は折れておりミレイアさんは両手を砕かれているようだった。
なんて酷いことを……
「シュンランさん、ミレイアさん。大丈夫ですか? もうオーガはいませんから安心してください」
俺は慎重に腕を縛っていた縄をナイフで切り、二人の猿ぐつわを外して声を掛けた。
「うくっ……リョウ……スケ……なぜここに……」
「リョウスケ……さん……」
「たまたま近くで狩りをしていたんです。そしたらオーク討伐部隊が撤退している所に遭遇しまして……街のギルドでシュンランさんたちが参加していると聞いていたので、二人を探していたんです。それでオーガの群れを見つけて、シュンランさんたちの姿が見えて……あとは見ての通りです」
「私たちを助けるために……オーガキングの群れに……」
「ああ……ありがとう……ございます」
「俺もシュンランさんたちに危ないところを助けてもらったのでおあいこですよ。さあ、とりあえずこれを飲んでください」
俺は肩から掛けていたカバンから中級治癒水を取り出し、苦しそうにしている二人の口もとへと運んだ。
しかし
「私はいい……ミレイアに……」
「私はいいです……シュンランさんに……」
二人は首を横に振り治癒水をお互いがお互いへと譲り合った。
「え? なぜです? 2本あるので遠慮なく飲んでください。どうせ兇賊から頂いたものですし気にしなくて良いですよ」
俺は高価な中級治癒水を飲むことを遠慮しているのだと思い、笑顔で気にすることはないと二人に言った。
「リョウスケ……違う……のだ……私に飲ませても……無駄になるから……私はここに残るのだから」
「駄目です……私が残りますから……シュンランさんは飲んで……生きて……ください」
「え? どういうことですか!? なぜ残るだなんて! 大丈夫です。二人は俺が必ず街に送り届けますから。教会というところで足は治るんですよね? なら街に戻ればまた歩けるようになりますよ」
俺はここに残るとか言い出した二人に慌てて大丈夫だと、必ず街に送り届けるからと。そうすれば足も治ると説得した。
教会に行けば欠損があっても治ると聞いた。それなりの金は掛かるだろう。でも助けた以上は俺も協力するつもりだ。手巻き充電式ヘッドライトを売ったっていい。数を限定して遺跡から拾ったってことにすればなんとかなる……はず。
「無理なんだリョウスケ……」
しかし再び首を横に振ったシュンランさんが語った内容は残酷なものだった。
まず彼女が危惧していることは、二人を担いでこの森を抜けることは不可能だということだった。いくら俺が強くても歩けない人間二人を抱えて森を歩き、魔物と戦うのは自殺行為だと。
そしてたとえ運良く街に着いたとしても、教会は一部の例外を除き魔族の治療はしないそうだ。ハーフなんて教会に一番嫌われている存在なので尚更らしい。魔族に対し教会は治癒水の提供しかしない。その治癒水ですら滅びの森の拡張を止めるという、世界共通の目的のために渋々提供しているらしい。
これだけ教会が魔族を嫌うのは、魔族が遥か昔に魔界から魔物と一緒にこの世界にやってきた存在らしい。人族と魔族の大戦争も、その魔族を滅ぼすために教会が旗振り役になったそうだ。
まあその戦争は勇者により収められ、お互いに二度と戦争を起こさないことを女神に誓わされ和解させられたらしいんだけどな。
ただ、その教会も例外として魔国の貴族の治療だけは受けるらしい。これは治療をしないことで魔国の怒りを買い、また戦争を起こさないようにするためだそうだ。
どうも過去に拒絶して戦争になりかけたことがあったらしく、その際に教会の司祭や司教が魔族に虐殺されたとかなんとか。それ以降治療はするようになったが、人族を治療するよりも数倍の治療費をふっかけて来るそうだ。
そもそも人族ですら部位欠損の治療費は1部位につき白金貨10枚。つまり一千万円掛かる。両足ともなれば倍の二千万だ。それが魔族だと何倍にもなるらしい。
つまり貴族でもなく、ましてや魔族とのハーフであるシュンランさんたちは治療を受けることができない。
このままたとえ無事に街に戻っても、歩くこともできない女性は娼館で娼婦になる以外に生き残る術はないらしい。彼女たちは娼婦になるくらいなら、ここで死んだほうがマシなんだそうだ。だからあのままオーガに喰われてもいいと思っていたらしい。
でもシュンランさんもミレイアさんもお互いのことが心残りだった。
そこに俺が助けに来た。そんな俺に彼女たちは、心残りだった友人だけでも助けて欲しいとそう懇願した。命を懸けて助けに来てくれた俺になら大切な友人を託せると、一人だけなら俺が養ってくれるだろうと期待をした。
「私のことよりも……ミレイアを頼む。知っての通り彼女は……雷という強力なギフトの使い手だ。歩けなくとも……きっとリョウスケの役に立つ。だから頼む……君になら彼女を……どうか彼女を守ってやって欲しい。そしてできれば幸せにしてやって欲しい……とても優しくていい子なんだ。私には対価に何もあげれる物はないが……死ぬ前に君にこの身を捧げてもいい。だから……彼女だけでも頼む」
「い、嫌です……私よりもシュンランさんを、……私を救いずっと支えてくれた……シュンランさんをお願いします……リョウスケさんなら守ってくれると信じてます……対価に私の身体も……す、好きにしていいです……私はサキュバスのハーフなんです……きっと喜んでもらえると思います。ですから……シュンランさんだけでもお願いします」
「シュンランさん……ミレイアさん……」
なんだよこれ……なんなんだよこのクソみてえな世界は……こんな自分の身を差し出してまで他人を守ろうとする優しい女性たちが、なんで死ぬか娼婦になるかの選択肢しかねえんだよ。
ふざけんなよ! そんなことさせるわけねえだろうが!
「シュンランさん、ミレイアさん。勘違いしないでください。俺は二人を助けに来たんです。どちらかをじゃないです、二人ともです。だから二人とも何があっても助けます。安心してください、二人を絶対に娼婦なんかにしません。街ではなく、俺の家に案内します。俺の家はすごく特殊なんです。歩けなくても街よりも快適に過ごせますよ。だから俺を信じて付いて来てください」
俺は二人を安心させるよう、笑みを浮かべながらそう告げた。
二人の話を聞いた以上、東街は駄目だ。二人とも娼館に売られるんじゃないかと不安になるだろうし、もしも俺が留守の時に身動きの取れない彼女たちを狙う者が現れたら守れない。何よりあんな宿屋じゃ、歩けない二人は寝たきりになるしかない。
だったら俺の家に連れて行く。あの部屋なら歩けなくてもトイレとお風呂に自分で入ることができる。部屋をいじれる俺ならそれができるはずだ。
彼女たちを助けると言った以上、俺が二人の面倒を見る。そしてなんとか彼女たちの足を元に戻す方法を探してみせる。
「リョウスケ……」
「リョウスケさん……」
「少しでも俺の言葉を信じてくれるのなら、この治癒水を飲んでください。二人を助けたいんです。お願いします」
俺はそう言って治癒水のコルク状のキャップを開け、二人の唇の前に差し出した。
二人はしばらく俺の顔を見つめたあと目をつぶり、ゆっくりと口を開け治癒水を受け入れてくれた。
「ありがとうございます。それじゃあとりあえず傷口の消毒をしますから、じっとしててくださいね? 一応麻痺はさせますので」
治癒水を飲み終えた二人にそう言って俺は背嚢からタッパを取り出し、麻痺蜘蛛の糸を棒ですくい上げながら切断された足首へと塗っていった。
正直グロかったけど、俺は全力で心を無にして表情に出さないように心掛けた。彼女たちが傷付くかもしれないから。
そして水筒の水で汚れを流したあと、救急セットに入っていた消毒液を掛けてから包帯を巻いていった。
次にシュンランさんの折れた腕にも麻痺の糸を塗り、適当な枝を見つけて添え木にして固定した。同じようにミレイアさんの砕かれた両手にも麻痺の糸を塗ったあと、その場で木を削って作った板で挟み固定した。
治癒水はあくまでも止血と治癒力を向上させるものらしいからな。こういった処置は必要なはずだ。
「はい、次は鎮痛剤を飲んでください。大丈夫です、変な薬じゃないですから、ほら」
俺は鎮痛剤を取り出し二人の前で飲んで見せた後、二人の口にそれぞれ放り込んでからコップに水を入れて飲ませた。
「ん……リョウスケ……本当に私たちを……なぜそこまでして歩けない私たちを助けようなどと……」
本気で俺が二人を助けるつもりであることが伝わったのだろう。シュンランさんが不思議そうな表情でそう訪ねてきた。ミレイアさんも隣で似たような顔をして俺を見ている。
「言ったじゃないですか。この間助けてもらった恩返しですよ。俺の国じゃ恩を受けたら百倍返ししろって決まりがあるんです。だから歩けなくても心配しなくていいです。俺が全部面倒見ますから」
まあそんな決まりはないんだけどな。でも日本の男どもならみんな美女への恩返しは過剰にしようとするはずだ。
「……魔国にそんな決まりがあるとは聞いたことがないのだが」
「あはは、俺も聞いたことないです。シュンランさん、すみません。実は俺はハーフではなく人族なんです。でも人族の国の出身ではありません。いや、それどころかこの世界でもありません。信じてもらえないかもしれませんが、俺は女神によってこことは違う世界から飛ばされて来た人間なんです」
俺はいい加減知りもしない国の出身だと偽るのも限界が来ていたので、本当のことを二人に話した。
別に信じてもらえなくてもいい。あの部屋を見たら信じざるを得なくなるだろうし。
「なっ!? で、ではリョウスケは勇者だというのか!? 」
「う、うそ……」
あれ? 信じそうな勢い? てか、やっぱ勇者ってのは女神に飛ばされてきたのか。まあそれなら話は早いな。
「幸いなことに勇者ではないですね。別に女神にこの世界を救うように言われてませんし……ちょっと女神に個人的な頼みをされたんですよ。それを実現するのが使命というかなんというか。まあそんな感じです」
まあ目的はボカすしかないよな。タワーマンションを作るのが使命っていっても通用しないだろうし。そんな勇者いるか? いるわけない。
「リョウスケが女神に遣わされた人族……信じられん。が、黒目黒髪なのに見れば見るほど魔人の特徴がまったくないその姿。何よりもあの異常な強さ。言い伝えにある勇者そっくりなのは間違いない……な、ならば。もしもリョウスケが女神より遣わされたというのであれば、神器を持っているはずなのだが……」
「ええ、女神から三つもらいました。一つはこの槍。これは狙った相手に必ず当たる槍なんです。そしてこの通り形も変えられます」
俺はそういって槍の底にある部分を押し、ペングニルを変形させて普通のペンに戻した。
「なっ!? 」
「あとこれは魔物の場所がわかる物で、こっちは巻尺っていって自由自在に動いて盾にしたり敵を拘束したりするものですね」
俺は方位磁石を見せた後、巻尺から帯を出して自由自在に動かしてみせた。
まあ本来の用途は違うんだけどな。
「あ……お、驚いた。いや、その槍とまきじゃく? というものはオーガとの戦闘で不思議な力があるとは思っていた。しかしまさか神器だったとは……ではやはりリョウスケは勇者……」
「リョウスケさんが伝説の勇者様……」
「いやいや、確かに神器は貰いましたけど勇者じゃないです。戦争を収めたり、魔物を殲滅したりとかそんな使命は与えられてませんよ」
俺は妙に目がキラキラしだした二人に、誤解をしないようにそう言って釘を刺した。
ウッカリ教会に知られて祭り上げられて、滅びの森の魔物を殲滅しろとか言われたらたまったもんじゃない。俺にそこまでの力はない。俺は女神の超個人的なわがままを叶えるのために、無理やりこの世界に飛ばされた一般人だ。
「ではいったいどのような使命を……いや、女神より与えられた使命を私などが詮索する事ではないか……しかしまさか勇者に出会えるとは……」
「ああ……勇者様……」
「ちょっ、ホントやめてください。勇者じゃないですから。世界を救う気なんてまったくないですからね? あ〜、でも二人を救いたいのは本当です。もしも俺がその勇者なのだとしたら、それは二人を救いにきた勇者ってことになりますね」
俺は勇者でもないし世界を救うためにここに来たわけじゃない。
でも俺は二人を救いたい。俺を助けてくれて、優しくしてくれたこの二人を。だから世界を救うのではなく、二人を救う勇者にならなってもいい。
「私たちの勇者……」
「私たちを救いに来てくれた勇者様……」
「そう、だから俺を信じて付いて来てください。勇者の使命を果たさせてください」
俺は二人の目を真っ直ぐ見つめそう言った。
「あ……わ、わかった。君を信じて付いていこう」
「はい……勇者様」
「いや、参ったな。自分で言っておいてなんですけど、勇者と呼ばれるのは恥ずかしいです。リョウスケでお願いします。さ、さて! 灰狼が湧いてくる前に移動しましょう。少し待っていてくださいね? 二人の装備や魔石を回収してきますから」
我ながらキザなことを言ってしまったことに気付いた俺は、恥ずかしい気持ちを誤魔化すように二人にそう言って立ち上がった。そして彼女たちを石のドームで囲み、急いで倒したオーガの魔石とシュンランさんの双剣を回収した。
回収を終えた後は彼女たちのもとに戻り、シュンランさんを背負いミレイアさんを横抱きにするようにしてロープや布で身体を固定した。
シュンランさんもミレイアさんも、素直に俺のいう通りに従ってくれたので全てがスムーズに行えた。
「リョウスケ、本当に二人も抱えて大丈夫なのか? 」
「ええ、まったく問題ないですね。こう見えて力持ちなんですよ。それに神器があれば魔物を避けて移動できますし、たとえ襲い掛かられても神器があるので大丈夫です。あ、ミレイアさんはこの魔物探知機を見ててくださいね? 」
「は、はい! 」
魔物探知機を胸に置いたミレイアさんは、俺の視線を感じると顔を真っ赤にしてうわずった声で返事をした。
別に彼女が俺に惚れてるとかそういうんじゃない。
魔物探知機が置かれている場所は、彼女の胸というかコートの隙間から飛び出している巨大な胸の谷間の上だからだ。いや、わざとじゃない。位置的にここに置くしか無かったんだ。そう、仕方なかったんだ。安全のために頻繁に見るのも仕方ないことなんだ。
「そうか。リョウスケ、すまない」
「二人には色々とこの世界のことを教えてもらいたいたいんです。それは俺にとっても益があることなので気にしないでください。それじゃあ出発しましょう! 」
俺はシュンランさんにそう答えたあと、神殿のある西へと歩き出した。
歩く度に背中に押しつけられるシュンランさんの胸を感じながら。
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