第21話 憤怒




 レフさんたちと別れて西へ30分ほど走ると、道の途中で白い布が巻かれた木を見つけた。


 そこから森の中へと入って行くと拓けた場所があり、そこには話に聞いていた通り討伐部隊が野営した跡があった。


 そして魔物探知機を見つつ、木々の合間を縫いながら北にあるオークの巣となっている洞窟へと急いで向かった。


 洞窟に向かう途中、ハンターやオーガらしき遺体を漁る灰狼や緑熊や魔猿を見かけた。俺は遠目にその遺体を確認し、不謹慎ながらもシュンランさんたちでないことにホッとしつつ先を急いだ。


 そして1時間ほど森の中を北へと進むと、魔物探知機でかなりの数の魔物が一箇所に固まっているのがわかった。


 反応はDランクの魔物で方角は北。恐らくオーガの襲撃を受けたオークの巣の洞窟の前で、ハンターやオークの屍肉を漁っている灰狼や緑熊だろう。


 そして200メートルほど進んだ所にあった洞窟の前で、案の定30匹ほどの灰狼が屍肉を漁っている光景が目に映った。


 それは今まで相手をしたことのない数の灰狼だった。しかしもしもシュンランさんたちの亡骸があの中にあったらと考えが浮かび、自然とペングニルを手に灰狼がいる場所へと突撃していた。


「失せろ犬っころ! 『千本槍』! 『千本槍』! 『千本槍』! 」


 そしてペングニルを放ちながら、灰狼を倒せる程度の強度の千本槍を広範囲に50本ずつ3度発動した。


 いつもは人の気配に敏感な灰狼は、大量の肉を前に興奮していたのか俺が近づいてもギリギリまで気付かなかった。その結果、俺が現れても軽く横へ飛び跳ねる程度の反応しかできず、次々と千本槍によって串刺しにされていった。


『ペングニル』! 『千本槍』! 『千本槍』! 」


 俺は一瞬で半分ほどになり動揺する灰狼に、間髪入れずにペングニルと千本槍を放った。


 今度は数体が土の槍を避け襲い掛かってきたが、それらは直前で土壁を発動し防ぎペングニルを突き刺し殺した。


 その結果さらに半分に減った灰狼は、屍肉と俺と仲間の亡骸を見比べた後に悔しそうな唸り声を上げて森の中へと撤退していった。


 俺は足を串刺しにされ動けない灰狼や、まだ息のある灰狼にトドメを刺しながら洞窟前に転がる遺体を確認していった。


 洞窟前には四肢を切り取られた大量のオークの遺体と、オーガが4体ほど。そして15人ほどのハンターの遺体が転がっていた。中には首のないハンターの遺体もあった。


 幸いここにもシュンランさんとミレイアさんの遺体はなかった。


 その後、洞窟内にいた緑熊も処理し中を確認したが、そこにもオークの遺体しかなかった。


「よかった……でもそれなら彼女たちはいったいどこへ? 」


 ここに来る間に青い点の反応はなかった。南ではなく東に逃げた? いや、殿を勤めたのならハンターの後を追いながら逃げるのが普通だ。でもここに来る間にシュンランさんらしき遺体は見当たらなかった。ならいったいどこへ……あっ!


 シュンランさんの行方を考察していた俺の脳裏に、宿にいたハンターの言葉が浮かび上がった。


《オーガは攫った女の足首を切断して、逃げれないようにして生かしておくんだ。そして食いたいと思った時に殺して食う。まあ家畜みたいなもんだな》


 まさか……攫われた? 


 シュンランさんとミレイアさんが家畜に? 食われるためにオーガの巣に連れて行かれた?


「そんな……あ、後を追わないと。でもいったいどこに……」


 俺は動揺する気持ちを抑えつつ、洞窟の前の茂みを見て回った。すると北の方向にかなりの数の人間の足跡を見つけた。


「オークのか? いやこの足の形は違う……オーガのだ」


 俺は近くで倒れているオーガの足の形と足跡を見比べ、オーガのものであることを確信した。


 空を見上げると陽はだいぶ高くなっている。感覚的には9時か10時くらいか? シュンランさんを最後に見たという女性は、陽が登り始めた頃だったと言っていた。ということは恐らく5時頃だろう。


 だとしたら4時間か5時間前に攫われた可能性がある。


 それならまだ追いつけるはず。オーガは恐らく大量の肉を持って帰っているはずだから、歩みは遅いはずだ。


 俺はまだ間に合うと考え、藪をかき分けながらオーガの足跡が続く北へと全力で向かった。



 そして途中小さな川の前で見失いそうになったりもしたが、川を渡った所で再び見つけひたすら足跡を追い続けて2時間ほど経った頃。


 魔物探知機に北へと向かっている今まで見たことのないほど大きな赤い点と、20ほどのオーガのものらしき赤い点が映し出された。そしてその中心に2つの青い点も確認できた。


 青い点が2つ! 追いついた! 


 でも数が多すぎる……それになんだこのデカイ赤い点は!? 他のは以前見たオーガの反応そっくりだから間違いないはず。でもなぜ一体だけ強い反応が……まさかオーガキングか?


 巣から滅多に出ないんじゃなかったのかよ! でも明らかにオーガより強い反応で、オーガと行動を共にしている。ならそうなのだろう……くそっ! フラグ全回収かよ!


 どうする? いや、どうするもこうするもねえ! この2つの青い点はシュンランさんとミレイアさんかもしれないんだ。やるしかねえじゃねえか!


 必ず助け出す。最初に一番やばいオーガキングを仕留める。あとは遠距離から少しづつ削ってやる。


 俺はオーガキングが率いているであろう群れと戦う覚悟を決め、距離を保ちながら赤い点がある側面へ向かって駆け出した。


 そして群れの側面へ着き視認できる距離まで近づくと、オーガの群れの全体が視界に映った。


 俺はすぐに群れの中央へと視線を移し、青い点の存在を確認した。


 そして俺はその光景に絶句した。


 視線の先にはボロボロになったチャイナドレスのような服を身につけ、白く長い角を生やした女性と、ピンクの髪の半裸状態の女性が2体のオーガにそれぞれ抱えられていた。


 二人は両腕を後ろ手に縛られ、猿ぐつわを嵌められながら苦痛に顔を歪めている。そしてよく見ると二人は靴を履いておらず……いやそこにあるべき足が無かった。


「あ……ああ……シュンランさん……ミレイアさん……よくも二人を……よくも……」


 俺は二人の変わり果てた姿を前にして、心の底から怒りが湧き上がってくるのを感じた。


 その時、ふとオーガの群れの先頭にいる赤黒い肌をした巨体のオーガ。恐らくオーガキングなのだろう。そのオーガキングが何かを食っている姿が視界の端に映った。俺はどうしてかソレが気になり、オーガの手元へと視線を向けた。


 オーガキングが喰っていた物。それは明らかに人間の足だった。そう、恐らくシュンランさんたちの……


 俺はそれを見た瞬間。俺の中を先ほどまで感じていた怒り以上の物。まさに憤怒とも言える感情が一瞬で支配した。


「う……うああぁぁぁ!! 何食ってんだテメエ! 」


 俺はあまりに怒りに叫び、オーガキングに向かって真っ直ぐ走り出した。


 あの二人が……この世界で初めて優しくしてくれた二人が。


 オーガなんかに……オーガなんかに喰われて……オーガなんかに!!


「クソが! 殺してやる! お前だけは絶対に殺してやる! 」


 俺はそう叫びながらオーガキングに向けてペングニルを全力で放った。


 しかし俺の声に反応したオーガキングは迫る槍を横に飛ぶことで軽々と避け、俺を指差しながら手下の者たちに何かを指示をした。


 するとオーガキングに命令されたのだろう。10体ほどのオーガが剣を手に向かってきた。


 しかし俺の視界にはオーガキングしか映っていない。


 俺はそんなオーガたちなど完全に無視し、真っ直ぐオーガキングのもとへと走った。


 目の前に先頭を走っていた3体のオーガが立ちはだかり、俺へと剣を振り下ろす。


 ガキンッ!


「どけぇ! 」


 しかし地保険によりその斬撃は弾かれ、動きの止まったオーガを俺は邪魔だとばかりに一匹二匹と殴り飛ばした。


 次に5体のオーガが俺を半包囲し、剣で一斉に斬りかかってきた。


 俺はそれすらも無視し、それどこか一歩踏み込み攻撃を全て地保険で受け止めた。そして超近距離から千本槍を発動し5体全てを串刺しにした。


 最後にその後ろで仲間が串刺しにされるのを見て怯んでいた、残り2体のオーガを飛び蹴りで吹き飛ばし前へと進んだ。そしてオーガキングへとあと10メートルの距離まで迫った。


 オーガキングは向かってくる俺を見て、その牙の生えた口もとを歪ませた。そしてシュンランさんの持っていた青龍刀のような双剣を構えたその時。オーガキングの背後から、先ほどオーガキングにより避けられ後方に流れていたペングニルが心臓めがけて襲い掛かった。


 だが野生の勘ともいうべきか、オーガキングは突然背後を振り向き咄嗟に身をよじった。それによりペングニルは心臓ではなく、オーガキングの右肩へと突き刺さった。


《グガアァッ! 》


「チッ! 『千本槍』! 」


 俺は初見殺しが失敗したことに舌打ちしつつも、肩を押さえているオーガキングを串刺しにするべく千本槍を発動した。


 しかしこれも咄嗟に横に転がられて避けられてしまった。


 ならばと俺は戻ってきたペングニルを構え、転がるオーガキングに向けて突き出した。


 だが所詮は素人の突き。腕の力だけで突き出した槍は、オーガキングが立ち上がりながら振り回した双剣であっさりと弾き飛ばされた。そしてそのまま俺の頭へ両手に持つ双剣を振り下ろした。


 これでいい。


 俺は襲い掛かるオーガキングの双剣を無視し、本命のギフトを発動した。


 ガキンッ!


「『バインド《拘束》』! 」


 それは地保険がオーガキングの剣戟を弾き、双剣を跳ね上がらせたところで発動した。


 その結果地面から隆起した石の足枷が、オーガキングの足首からふくらはぎまでを覆った。


「死ね! 『千本槍』! 」


 そして続けて千本槍を発動し、足を固定され逃げられなくなったオーガキングの身体を石の槍で串刺しにした。


《グッ……ガァァ……》


 石の槍はオーガキングの下半身と腹部。そして胸を貫いた。が、オーガキングは双剣を取り落とし、口から大量の血を吐きながらも憤怒の表情で俺に向けて拳を振り下ろしてきた。


「『スケールカーテン』! 」


 避けきれないと判断した俺は、スケールカーテンを展開してそのその拳を受け止めた。


 それが最後の抵抗だったのだろう。オーガキングは両腕をだらりと垂れ下げ、やがてその赤い目から光を失わせていった。


 俺は目の前のオーガキングの目から光が失われるのを確認したあと、すぐに反転しシュンランさんを抱き抱えているオーガへと殴りかかった。


「いつまでその薄汚い手で彼女に触れてんだクソ野郎! 」


 シュンランさんを抱えていたオーガは、オーガキングが倒されたことにショックを受けたのか、無防備に俺の拳を顔面に受け吹き飛んだ。その際に俺はオーガの手を離れたシュンランさんの身体へ、アンドロメダスケールを巻き付け彼女を奪い返した。


 そして彼女を地面にそっと置き、次にミレイアさんを抱えているオーガへと視線を移した。


 ミレイアさんを抱えていたオーガはハッとした表情を浮かべた後、彼女を放り投げ周囲にいた6体のオーガと共に襲い掛かってきた。


 側面からはオーガキングを倒す前に殴り、蹴り飛ばした5体のオーガも向かってきている。


 俺はペングニルをミレイアさんを抱えていた先頭のオーガに向けて投げたあと、シュンランさんを巻き込まないよう斜め前に駆け出しながら千本槍で迎え撃った。


 しかし何度も見せた技は簡単には当たらず、ペングニルにより1体を仕留めた以外は2体の足を貫くに留まった。


 ならばと俺は剣を振り上げ高くジャンプして襲い掛かって来たオーガへ一歩踏み込み、地保険で剣を弾いたあとカウンターで殴り飛ばそうとした。


 ガキンッ!


「オラァ! なっ!? ガハッ!? 」


 が、側面から来たオーガの飛び蹴りにより顔面を蹴られ、大きく吹き飛ばされてしまった。


 吹き飛ばされ転がる俺に千本槍を逃れた3体のオーガと、側面からやってきた5体のオーガが次々と剣で突き刺そうと襲い掛かってくる。


 しかしその攻撃は再び地保険により全て弾かれ、俺に突き刺さることはなかった。


「ぐっ……まとめて死ね! 『千本槍』! 『千本槍』! 」


 


 いい具合に密集し剣を何度も弾かれ戸惑うオーガに対し、俺は石製の千本槍を近距離で連続発動し6体を串刺しにすることに成功した。


 そして千本槍から逃れた2体のオーガへもう一度放とうと視線を向けた時。オーガは突然背を向け走り去った。


 俺は逃すかと立ち上がり、ペングニルをオーガの背に向けて放ち2体を仕留めていった。


 その後は千本槍によって足を貫かれ、動けなくなっているオーガにもペングニルを投げトドメを差したのだった。



「ハァハァハァ……これで全部……か……痛てぇ……いいのもらっちまった」


 俺は魔物探知機で周囲に魔物がいないか確認しつつ、口から流れる血をスーツの袖で拭った。


 失敗した……何が遠距離から一体づつ倒すだ……普通に超近接戦の殴り合いしてるじゃねえか。


 完全に頭に血が上っていた。でもだからってオーガに肉弾戦挑むとか無謀過ぎだろ。思ったより通用してたけど。


 いや、よく勝てたな俺……地保険なかったら間違いなく死んでたな。


 うっ……頭がボーッとしてきた。さすがにギフトを使い過ぎた。


 そうだ。シュンランさんとミレイアさんを治療しないと……


 俺はギフトの使い過ぎによりボーッとしだした頭を振り、顔を上げこちらを見ている二人の元へと向かった。




※※※※※※※※※※


作者より。


何とか救出まで書けました。

以上で毎日投稿は終わります。

今後は毎週火曜日と金曜日の19時に更新していこうと思います。

これからの主人公とヒロインたちの関係にご期待ください。

あ、ちゃんとマンションは建てますw



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