第20話 撤退戦


 —— 滅びの森 オークの巣 シュンラン ——



「双龍牙! 」


 私は松明に照らされたオークキングへ向かって双剣を龍のアギトのように交錯させ、その腕を切り落とした。


《ブギィィィ! 》


「行きます! 下がってください! 『雷撃』! 」


 続いてミレイアが雷撃を放ちオークキングを焼き痙攣させ、その動きを完全に止めた。


「いいぞミレイア! オラァ! トドメだ! 」


《ブッ……》


 そして膝をつき頭が下がったオークキングの首を、ゴーエンが戦斧で撥ね飛ばしその命を絶った。


「よっしゃ! 魔石を回収しろ! お宝探しに行くぞ! 」


「「「おうっ! 」」」


「ゴーエン! 外には負傷者たちが……まったく、しょうもない男どもだ」


 私は倒したオークキングの魔石を早々に回収し、オークが貯め込んだ武器や装備を探すために洞窟の奥に走って行くゴーエンたちにため息を吐いた。


 まったく、腕っぷしはいいが強欲な男たちだ。




 東街からオーク討伐に出発して2日目の早朝。私が感じていた不安とは裏腹に、オークの巣への奇襲は成功した。


 ここに来る途中でトレントの襲撃を受けたが、それらはゴーエンと私で速やかに処理し、オークに気づかれることなく洞窟へと辿り着くことができた。


 私たちにより奇襲を受けたオークは、完全に虚をつかれ統制がとれないまま次々と倒れていった。そして洞窟の奥でゴーエン率いるシルバーランクパーティと私とミレイアにより、オークキングは呆気なく討たれた。


「しかしできたばかりの巣にしては数が多かったな。ミレイア、精神力は大丈夫そうか? 」


 私は倒れ伏すオークキングを見下ろしながら、背後にいるミレイアに声を掛けた。


 雷のギフトは強力だ。それゆえ大量の精神力を使う。そのうえ完全に使いこなせていないミレイアは、制御にも精神力を多く使うようだ。


「はぁはぁ……大丈夫です。確かに少し数が多かったですね」


「こちらと同数近くはいたな。怪我人も多く出たようだ。魔石と討伐証明部位を回収して、早々に撤退した方がいいのだが……」


 私は周囲で怪我人の治療や後方への搬送をしている者たちを横目に、再び洞窟の奥に視線を向けため息を吐いた。


 ゴーエンは……というよりは獣人はリーダーは強ければいいと思っている者が多すぎる。


「私たちも後方に下がって怪我をした方たちの治療をしましょう」


「ああ、そうすとしよ……」


 私はゴーエンのことは諦め、ミレイアを連れ洞窟の外に出ようと歩き出した。すると突然、洞窟の外から叫び声が聞こえてきた。


『ぎゃああ! 』


『オ、オーガだ! オーガが現れた! さ、30はいるぞ! 』


「なっ!? 」


 私は洞窟内に向かってそう叫んだ男の声を聞き、驚きとともにやはりという感情が湧き上がった。


《30!? 無理だ! 逃げろ! 》


《勝てるわけない! 早く逃げないと! 》


「待て! 外の者たちを呼び洞窟内で戦えば勝てる! 逃げるな! 」


 私は次々と逃げ出すハンターたちへ、道幅が限られいる洞窟内で戦えば勝てると叫んだが足を止める者はいなかった。


 そんな逃げるハンターたちを引き留めようと四苦八苦していると、奥に行っていたゴーエンたちが慌てて戻ってきた。


「シュンラン! 聞こえたぞ! オーガが現れたのか!? チッ、あの様子じゃ外はパニックだろう。ここにいたら数に潰される。俺たちも出るぞ! 」


「くっ……わかった。危険だが撤退するしかなさそうだ。ミレイア、行こう」


「は、はい! 」


 私は洞窟の奥から慌てて戻ってきたゴーエンに従い洞窟の外へと走った。


 こうなったら撤退するしかない。ここで私たちとゴーエンのパーティだけでオーガの群れを相手にするのは無理だ。

 

 そうして私たちが外に出ると、松明と昇り始めた陽に照らされた洞窟前はすでに戦場となっていた。


 褐色の肌に二本の角と鋭い牙を生やした20体以上のオーガが、そこかしこでハンターに襲い掛かっている。


「クソッ! ずいぶんと統制が取れてやがる! 野郎ども! 逃げるぞ! 殿しんがりはシルバーランクパーティの『森の王者』が務める! いいか! 南だ! 南に一斉に走れ! 」


 》》》


 ゴーエンが叫びオーガの集団へと戦斧を振り下ろすと、ハンターたちは目の前のオーガを牽制しながら野営地のある南へと走り出した。


「ゴーエン! 私も共に戦う! 」


 私とミレイアはハンターたちを追いかけようとするオーガを牽制しながら、殿しんがりとして共に戦うと告げた。


「シュンランは逃げる者たちを追っていったオーガを頼む! ここは俺たちが抑える! 」


「しかしこの数をゴーエンたちだけで抑えるのは無理だ! 」


「そうです! 皆さんと一緒に残ります! 『雷撃』! 」


「うるせえ! この討伐部隊のリーダーの命令だ! 黙って従え! これは警戒を怠った俺たちの責任だ! 皆が逃げるまで時間を稼ぐ! パーティの名誉がかかってんだ邪魔すんな! 」


「くっ……しかし! 」


 オーガに囲まれつつある状況で、私はゴーエンたちを見捨てて逃げることを選択すことができなかった。時間を稼ぐにしても数が多すぎる。この数相手では牽制するだけで精一杯だ。


 今はミレイアの放った雷撃を警戒し、オーガは安易に飛び込んでこないでいる。しかし私たちがいなくなればゴーエンたちは……


「シュンラン、悪かった。お前のいう通りだった。てめえのケツを拭かせてくれ。お前は逃げろ、捕まんじゃねえぞ」


『ミレイアちゃん、前にサキュバスだなんて言って悪かったな。こんな俺たちを心配して残ってくれると言ってくれてありがとよ。あんたいい子だよ。必ず生き延びろよ』


『俺も初めて会った時にやらせろとか言って悪かった。でも生きて帰ったら食事くらい付き合ってくれよな』


『ばっか! ナナム! てめえ抜け駆けしてんじゃねえよ! おっとと、危ねえ。ミレイアちゃん、俺と食事しような! 』


『ミレイアちゃん! あんな狼人族と食事行ったら送り狼されちまうから俺と行こうな! だから街で待っててくれ! 』


「皆さん……」


「ほら行け! お前らがいると俺たちも逃げれねえんだ! シュンラン! また街で会おう! 」


「ゴーエン……わかった! 街で必ず! ミレイア行こう! 」


「うっ……ごめんなさい……皆さん……ご無事で! 」


 私はゴーエンたちの覚悟を前に退くことを決意し、立ち塞がるオーガの足をすれ違い様に斬りつけまだ暗い森の中を南へと走った。


 そして途中オーガに襲われていたハンターたちを助けながら南へと進み、森も明るくなり始めあと少しで野営地に辿り着こうとした時。


 後方から1体のオーガがものすごい速度で追ってくるのが見えた。そのオーガは通常のオーガより体が大きく、そして赤黒い肌をしていた。


「なっ!? そんな……なぜここに」


「ああ……」


 私がとミレイアがその姿に絶望を感じていると、オーガはさらに速度を上げ勢いよくジャンプした。


 そして私たちの頭上を飛び越え、行手を遮るように着地した。


 ああ、間違いない……


 立ち止まった私はその横顔と、額から生える通常のオーガより長く太い角を見て確信した。


 これはオーガキングだと。


 するとオーガキングは何やら手に持っていた物を私たちの足もとに放り投げ、そしてニヤリと笑った。


「!? ゴ、ゴーエン……」


「い、いやぁぁ! 」


 それは先ほど別れたばかりのゴーエンの首だった。


「ミレイア……全力で私が足止めをする。君は逃げろ! 」


 私は後方から更に追ってくる複数のオーガを確認し、ミレイアに逃げるように告げた。


 オーガキングはBランクだ。竜化もできず翼もない私では倒すことは難しいうえに、洞窟前にいた複数のオーガが迫ってきている。このままでは二人とも殺られる。ならばせめてミレイアだけでも。私をずっと支えてくれた彼女だけでも……


「い、嫌です! 私が囮になりますからシュンランさんが逃げてください! 」


 ミレイアはそう言ってローブを脱ぎ、腕を捲り上げ胸もとのボタンを外し肌をあらわにした。


 これは自然の力。ミレイアの雷のギフトの力を最大限に発揮するための行為だ。


 自然現象系のギフトを持つ者は、肌の露出が多いほど自然の力を取り込みやすくなり強力な力を発揮できる。


 彼女は本気だ。ここで全ての力を使い戦うつもりだ。


 わかっていた。ミレイアが私を置いて逃げることなどできるはずがないのを。


 ならば……ならば二人で戦うしかあるまい。このオーガキングとその配下の者たちと。


「わかった。ならば共に戦おう! 」


「はい! 」


 そうお互いに頷き合った後。私は剣を構え、ミレイアは腕に紫電を纏わせオーガキングへと挑むのだった。




 ♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢




「もう少し先だな」


 俺は陽が昇り明るくなった森の中を西へと進みながら、東街に向かう時に見かけた岩や倒れた木の配置。そしてハンターたちの野営跡などを見て、ギルドと途中で知り合ったハンターから聞いたオークの巣の場所がまだ先であることがわかった。


 確か討伐部隊の野営地の近くの道の木には、白い布が縛ってあると言っていた。そこから森に分け入り、北に向かって数時間ほど行った場所にある洞窟にオークの巣があるとも。ここまで来るのにそれは見かけなかったから、もう少し先だと思う。うーん、GPSがないと不便すぎる。


 結局一晩中森の中を歩くことになってしまった。途中休憩しようかと思ったけど、一度不安に感じてから胸騒ぎがずっと収まらなくてひたすら魔物を避けながら進んだ。


 というかこの身体やばいな。森といっても起伏の激しい場所もかなりある。そこをヘッドライト一つで夜通し歩いたというのに、まだ全然歩ける余力がある。


 さすがに疲れてはいる。途中でっかい蜘蛛の巣が行手を阻んでいて、うっかり触れた瞬間ものすごい勢いでやって来た蜘蛛とも戦闘になったりしたしな。あの麻痺する糸を吐いてくる奴だ。まあペングニルで一撃だったけど。


 でも一度戦闘をすると周囲の魔物がわんさか寄ってくるんだよ。夜も絶賛活動中の灰狼やら、二つ頭の蛇やらトレントやらから逃げるのが大変だった。


 やっぱ夜の森は難易度が高い。


 まあそれでもなんとか2日掛かる距離を1日で進むことができた。もうすぐオーク討伐部隊に追いつくかもしれない。


 俺はそんなことを考えながら、人が踏み固めた道をさらに小一時間ほど西へと進んだ。すると魔物探知機の端に複数の青い点が現れた。方角は俺が進む道の先からであり、それは徐々に数を増やしていった。


「この数は……まさか討伐部隊か? こっちに向かって来てるってことは、もう終わったのか? いや、それにしては……」


 最初は6つだった点がどんどん増えて行き最終的に30ほどになったことから、俺は討伐部隊が戻って来たのだと思った。しかしその歩みがあまりにも遅いことが気になった。


 もしかして討伐に失敗して逃げ帰ってきた? 怪我人を抱えているから歩みが遅いのか? まさかシュンランさんたちが怪我を!?


 そう思った俺は急ぎ青い点のある場所まで走った。


 そして100メートルほど進むと、前方に人や荷物を背負ったハンターと荷物持ちの獣人の姿が目に映った。さらに近づくと、集団の先頭に見知った顔の者たちがいるのが確認できた。


「レフさんにベラさん! 」


 俺は疲れ切った顔のハンターたちの先頭で警戒をしていた虎人族のレフさんと、豹人族のベラへさんの名前を呼びながら駆け寄った。


「リョウスケ!? お前東街に行ったんじゃなかったのか? 」


「リョウスケ! 助かったわ。ちょっと手伝って! 」


「レフさん、これは……」


 俺はお互いに肩を貸し合いフラつきながら歩むハンターたちを見て、レフさんに状況の説明を求めた。


「オーク討伐部隊の奴らだ。どうやら早朝にオークの巣もオークキングも倒すことに成功したらしいんだが、その時にオーガの群れの襲撃を受けたらしい。俺たちは近くで野営していてよ、さっき逃げてくるハンターたちを見かけて街まで護衛をしてるってわけだ」


「オーガの襲撃……シュ、シュンランさんとミレイアさんは!? どうなったか知りませんか!? 」


「いや、今のところ見掛けてねえ……」


「そんな……討伐部隊の皆さん! 一緒に討伐に行ったシュンランさんとミレイアさんを見かけませんでしたか!? 」


 俺はレフさんの説明に嫌な予感が的中してしまったことにショックを受けつつも、傷付いたハンターたちに向けてシュンランさんたちの安否を確認した。


 するとレフさんの後ろで仲間に支えられていた、頭や胸に巻いた布から血を滲ませている狼人族の女性が口を開いた。


「うくっ……シュンランは……シルバーランクパーティの森の王者と一緒に殿しんがりとして残ったよ……おかげで全滅は免れたんだ……アタシもオーガにやられるところを彼女に助けられた……森が明るくなり始めてきた時のことだ……その後は知らない……あの数相手だ……いくらあの人たちでも……」


「オーガの群れ相手に殿を……」


 ああ、やりそうだあの二人なら。他人を助けるために残りそうだ。


 クソッ! フラグ回収かよ!


 俺は女性の話を聞き、いてもたってもいられずレフたちの横をすり抜け西へと駆け出そうとした。


「リョウスケ待って! こんなに出血し血を匂わせている者たちを、私たちだけじゃ守りきれないのよ。さっきも灰狼の襲撃を受けたの。シュンランたちが心配なのはわかるわ。私も同じ気持ちだけど、このままじゃここにいる人たちが魔物の格好の獲物になってしまう。例の石のドームを作ってくれない? 彼らを休ませてやりたいし、治療もしてやりたいのよ」


「くっ……わかりました。すぐに用意します」


 俺は焦る気持ちを抑えベラさんにそう返事をし、急ぎ道沿いの木があまり密集していない場所を探した。そしてそこにペングニルを全力で放ち、木を次々と薙ぎ倒していった。


 次に地上げ屋のギフトで土を隆起させ、木の根を持ち上げ脇に避けていった。


 そうしてできた家が建ちそうなほどのスペースに、10人は入れる石のドームを3つ作っていった。魔物の侵入を防ぐため、入口はしゃがまないと入れない高さにしてある。


 それらを5分も掛からず作り終え振り向くと、一度見ているにも関わらずレフたちのパーティメンバーは口をあんぐりと開けていた。


 その後ろにいたハンターたちは全員が目を見開き、何が起こったのか理解できない表情をしている。


「す、すげぇ! 槍であの硬い木を粉砕して、あっという間に地面を慣らし石の家を作りやがった……相変わらずリョウスケの槍の腕と大地のギフトは規格外だな」


「は、ははは……ほんとにとんでもない男だよ……でもリョウスケ、助かったよ」


「すごいニャ! リョウスケは救世主ニャ! 」


「それは大袈裟だよ。ベラさん、怪我人にこれを使ってください。じゃあ悪いですけど俺はシュンランさんたちを探しに行来ます」


 俺は猫耳のミリーの言葉を軽く流し、ベラさんに下級治癒水を3本渡した。


 ごめんな。本当は回復するまでみんなを守ってやりたいけど、シュンランさんとミレイアさんが心配なんだ。


「助かるよリョウスケ。足らなくて困っていたんだ。これで何人かは明日には戦闘ができるまで回復できるよ。シュンランとミレイアもこの森のどこかで逃げている最中かもしれない。彼女たちをお願い」


「ええ、必ず見つけ出して助けます。俺の恩人ですから。それじゃあ俺はこれで」


 俺はベラさんにそう返した後、感謝の言葉を次々と投げかけてくるハンターたちにオークの巣の詳しい場所を聞き西へと全力で走っていった。


 シュンランさん、ミレイアさん。どうか無事でいてくれ!




 ※※※※※※※※※※



 中途半端なので明日も投稿します。



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