第19話 サキュバス



 —— 滅びの森 ハンターギルドオーク討伐部隊 野営所  シュンラン ——





「んじゃあ夜明け前に奇襲するってことでいいな? 」


「待ってくれゴーエン」


 私は今回の討伐部隊のリーダーである、猿人族のゴーエンに向かってそう声を掛けた。


 その瞬間、焚き火を囲む各パーティのリーダーたちが一斉に私の方へ顔を向けた。


「なんだシュンラン。何か言いたいことでもあるのか? 」


「ああ。私たちはまだここに着いたばかりだ。もう少し周囲の偵察をしてからの方がいいのではないか? ここに来る前にオーガを見たという者がいたのが気になる」


 そう、この森の道沿いにある野営地に到着する少し前に、オーガらしき人影を見たという者がいた。こんな森の浅い場所にオーガがいるとは思えないが、万が一いたとしたらオーガもオークの巣を見つけている可能性もある。もしもそうだとしたら、私たちと同じように狙っているはずだ。


 今回のオークキングがいる群れの規模は小さい。せいぜい40体程度だと発見した者が言っていた。だから増える前に潰そうと特別依頼が出されたのだが、オーガにとっても狩りやすい数であることは間違いない。できたばかりのお手頃な巣をオーガが見逃すとは思えない。


 そこに私たちが獲物を横取りするような素振りを見せれば、怒り狂って攻撃してくる可能性もある。


 私はそう獣人の各パーティリーダーたちに向け説明した。


「シュンランの心配することはわかるけどよ。そのオーガは本当にいたのか? 報告があったあと探したけどいなかったじゃねえか。見間違いなんじゃねえか? 」


「オレのパーティが確認に行ったがいなかった。お前はそれを疑うのか? 」


「そういうわけではない。私は万が一のことを考えもっと慎重になった方がいいと提案しているのだ。もしもオーガの群れがこの野営地を襲撃して来たり、オークの巣を襲撃中に乱入してきた時は多くの犠牲が出る。そうなってからでは遅いと言いたいだけだ」


 確かに虎人族の男のパーティが確認に行ったが、オーガは見つけられなかった。しかし念には念を入れるべきだ。相手はオーガの群れになる可能性があるのだから。


「今も周囲の警戒に人を出している。だがオーガの目撃報告はねえ。いるかどうかも分からねえのにそれにビビって動けなきゃその間にオークに見つかり、逆に奇襲されるかもしれねえ。それこそ余計な被害を受けるだろ。慎重なのはハンターとして褒められるべきことだが、慎重すぎるのも問題だぜ? 俺の判断は明日の早朝、まだ日が昇る前に巣を奇襲しとっとと終わらせて帰る。皆の意見はどうだ? 」


「俺もゴーエンの判断に賛成だ」


「オレもだ」


「アタイも賛成だよ。さっさと終わらせて帰りたいんだよ」


「……わかった。リーダーの判断に従おう」


 私はゴーエンの判断に従う各パーティのリーダーたちを見て、これ以上何か言えば不和を招くと思い引き下がった。ミレイアと二人で行動している私は、もともとこの会議に参加する資格はないからな。


 シルバーランクということで呼ばれたが、今回の討伐部隊のリーダーのゴーエンが決め、それにほかの者たちが賛同したならこれ以上何を言っても無駄だろう。


 その後は奇襲をかける段取りと役割を話し合い解散となった。そしてそれぞれが自分のパーティの元へと戻っていった。


 私もミレイアの待つ二人用の簡易テントのある場所に帰ろうと、少し離れた場所に張ったテントへと向かった。そしてテントが見えた頃。テント前にある焚き火の前で、ミレイアが獣人の男たちに囲まれている姿が目に映った。


 またか……


「なあいいじゃねえかよ。今夜俺たちの相手をしろよ」


「サキュバスのハーフなんだってな。俺たち5人の相手なら余裕だろ? 安心しろって、満足させてやるからよ」


「ウキキキ! 明日戦う気力まで奪われねえか心配だけど、オラワクワクすっぞ! 」


「ほらほら、そのローブの下の巨乳ちゃんを見せてくれよ」


「かぁ〜たまんねえ! ぜってぇいい身体してんぜこのサキュバス」


「や、やめてください。私はサキュバスとは違います。男の人とそういうことをしたりしません」


「そんなエロい身体していて真面目ぶってんなよ。俺たちは西街の娼館でサキュバスの女を抱いたことあんだよ。そりゃもうエロかったぜ? あのサキュバスのハーフがエロくねえはずねえだろ」


「そうそう。あんときゃヤバかった! お前もサキュバスの血が入ってんだ。おんなじだろ? 俺たちも死にたくねえからよ。だから5人で相手してやるって言っ……ガッ! 」


「なっ!? いきなり吹っ飛んでどうし……ぐはっ! 」


「「「ぎゃっ! 」」」


「シュンランさん! 」


「遅くなったなミレイア。男どもと離れた場所に移動してもあまり意味はなかったか」


 私は剣の鞘で次々と馬鹿な男どもを殴りつけ、ミレイアの側から引き剥がした。そして地面にうずくまる獣人の男たちを見下ろしながらミレイアへと声を掛けた。


 この男たちは昨夜もミレイアのことをジロジロと見ていたな。私が彼女から離れるのを待っていたか。


「ぐっ……誰……ゲッ! 半竜女! 」


「チッ、戻ってきやがった」


「フンッ! 明日の夜明け前に襲撃が決まった。その前に怪我をして死ぬ確率を上げたくなければさっさと消えろ」


 私はそう言って双剣を鞘から抜き、地面に尻をついている5人の獣人たちへと向けた。


「ヒッ!? じょ、冗談だよ。俺たちはその子と仲良くなりたかっただけだって。さ、さあそろそろ戻るかな」


「あ、ああ。ピンク髪ちゃんまたな」


 男たちはよろよろと立ち上がり、気持ちの悪い愛想笑いをして去っていった。


 まったく、ミレイアのことを思って離れた場所にテントを張ったのが裏目に出たな。


「ありがとうございますシュンランさん」


「あんなブロンズランクになりたての者たちなど、少しギフトの力を見せてやればすぐに逃げていっただろうに」


 私は剣を鞘に収め、ホッとした表情のミレイアの隣に腰掛けながら彼女へそう言った。


 ミレイアが持つ雷のギフトは強力だ。少し焼いてやればあんな男たちなどすぐに逃げ出すはずだ。


「暗闇の中でこの明るいギフトを使うと、襲撃予定のオークに見つかってしまうかもしれません。そうなると皆さんに迷惑が掛かってしまうので……いいんです。ああいったことには慣れてますから」


「そんなこと気にする必要などないというのに……まったく、ミレイアをサキュバスと一緒にするなど腹の立つ男どもだ」


 気に入った人族の男性の精を死ぬまで搾り取るようなサキュバスと、私の友人であるミレイアを一緒にするなど本当に腹が立つ。


 ミレイアは女性であることからサキュバスのハーフと呼ばれてはいるが、彼女はサキュバス族の男性体であるインキュバスと人族の女性の間にできた子だ。


 サキュバスはインキュバスとの間でしか子を孕むことはないが、インキュバスと関係を持った人族の女性はまれに身籠ることがある。そうして生まれたのがミレイアだ。


 インキュバスとのハーフは珍しい。人族との間に子ができにくいというのもあるが、生まれた子のほとんどは捨てられその生を全うすることはできない。インキュバスとの子を身籠ることは、人族の社会では恥とされているからだ。


 それでもミレイアの母親はまだ良心があったのか、獣王国の孤児院に大金と共にミレイアを預けた。そのおかげで彼女は命を繋いだ。


 それから色々あって2年前に私と彼女は出会い、二人でこの森に入るようになった。


 ミレイアはとても優しく素直でいい子だ。そんな彼女を私は妹のように思っている。年も彼女は18で、私は19と一つ違いなことからなおさらそう思えた。


 そんな彼女だが、過去の痛ましい出来事と胸が大きいこと。そしてサキュバスと同じピンクの髪により、男のハンターたちから執拗にいやらしい目を向けられ男性が苦手になってしまった。


 彼女はサキュバスとは違う。あんな年中発情していないしその素振りすらない。もちろん男性の経験もない。まあそれは私も同じなのだが。


 ミレイアはきっと人族の血が濃いのだろう。だからギフトを授かったのだろうな。しかしそれを知らない者たちから常にいやらしい目で見られ、その度にミレイアは悲しい顔をする。


 私はそんな彼女を見ているが辛い。いっそ何人か見せしめに股間のモノを斬ってやろうかと思ったが、そんなことをすればミレイアは私のせいでとなおさら悲しむだろう。


 この子は自分さえ我慢すればという自己犠牲の精神が強すぎる。このままではいつまでたってもああいう輩に絡まれ続けてしまう。



「仕方ないです。私には確かにサキュバス族の血が入ってますから。でもああいう人ばかりじゃないです。若い男性でも私を普通の女の子として見てくれた方もいます」


「フッ、そうだったな。強く、そして変わった男だったがな」


 確かにまともな男がいた。


「はい。とても強くて少し変わっていて、でも思いやりのある優しい男性でした」


「確かにミレイアのことを話したら、必死に目を背けるような思いやりのある男だった。家名をノリで名乗ってるというのは驚いたがな」


 私が言うまではミレイアを見ていたのに、必死に目を背けて可愛い男だったな。そしてお遊びで家名を名乗り、貴族のフリをしている面白い男だった。


「ふふふ、はい。とても面白かったです」


「リョウスケだったな。恐らく魔人と人族のハーフなのだろうが、かなり人族に近い容姿だった。しかし魔人の身体能力を濃く受け継いでいるのだろう。恐ろしく強い」


 私たちが滝に着いた時には既に10人以上が倒されており、リョウスケが川に追い詰められていた。そこに更に弓を持った男たちが森から現れリョウスケを狙っていたので、私たちは反射的に飛び出した。


 結果的に私の容姿とミレイアのギフトに臆した兇賊は撤退し、リョウスケに感謝されることになったが、恐らく私たちがいなくともリョウスケが全滅させていたと思う。あの倒れていた兇賊のボスらしき熊人族の男は、シルバーランクのギルド証を首からぶら下げていたからな。

 

 20人以上に囲まれたうえで、シルバーランクの者を仕留めたのだ。私たちの助けなど必要無かっただろう。


 あの手に持っていた変わった形のミスリルの槍。彼はそれの相当な使い手なのだろう。だというのに一切のおごりもなく、常に腰が低かった。あれこそが本当に強い男の姿というものだ。


 フフッ、私に流れる竜族の血のせいか、強い男を見ると気になって仕方がないな。


「はい。強く、そして無欲でした」


「そうだな。おかげで良い宿に泊まることができた」


 リョウスケに譲ってもらった兇賊の装備と所持金のおかげで、かなり懐に余裕ができた。そして生まれて初めていつもの安宿ではなく、一泊一人小銀貨5枚もする宿に泊まることができた。


「お食事がとてもおいしかったです。ベッドも綺麗でおトイレも木の椅子に腰掛けてするなんて感動しました」


「あれはビックリしたな。この依頼が終わったらまた泊まりたいものだな」


 懐に余裕があったが今回のこの依頼は真っ先に申し込んだ。固定のパーティを組んでいない私たちにとって、誰でも参加できてかつ報酬の良いギルドの特別依頼は見逃すことはできないからだ。運良く受けることができて、私もミレイアも喜んだものだ。


「泊まりたい……ですけど、次にいつまたパーティが組めるのかわからないので不安です」


「まあな。なかなか難しいな」


 獣人たちは人族や魔族と違いハーフを差別はしない。しないが、やはり過去に大陸を征服しようとした魔族の血が入っている私たちを、心から信頼はできないのだろう。命を預け合う魔物狩りのパーティに入れてくれる所は少ない。私たちと同じハーフのパーティもあるが、残念なことにそこは男ばかりだ。


 こちらも女性がいるパーティ限定と、選り好みしているのも悪いのだがな。アイアンランクまで下げれば見つかるが、そうなると今まで以上に収入が減る。色々と厳しいものだ。


 男だけのパーティでも、リョウスケのような者たちなら安心してパーティを組めるのだが……獣人で、しかもハンターになるような血気盛んで若い男ばかりだ。リョウスケのような理性がある男はなかなかいないだろうな。


「リョウスケさんは今頃どうしているでしょうか? 恐らく魔国から来られたとは思うのですが、お仲間の方ともう国に帰られたでしょうか? 」


「そうだな。人族の仲間は考え難いから魔国だろうな。もう帰ったのだろう」


 人族のハーフに対しての差別は激しいからな。まだ侮蔑されるだけの魔国の方がマシいうものだろう。


「そうですよね。もしかしたら東街にいるかもとは思いましたがいませんでしたし。それにしてもあれほど強いのに、ハンターとは思えない方でした。私と同じように孤児院から出たばかりなのかもしれません」


「なるほど。孤児院の仲間と森に来たというわけか。私たちと同じくらいの歳には見えたが、意外ともっと若いのかもしれないな。確かにそれならあの知識の無さも頷ける」


 魔国の相当な田舎出身なのだろう。確かにそれなら治癒水を知らなくとも不思議ではない。魔国には教会がないからな。


「また会えるといいですね」


「会えるさ、ハンターをやっていればいつかはな。さて、もう寝よう。明日は早いからな」


「はい」


 そして私たちはテントに入り、襲撃の時間まで眠りにつくのだった。


 リョウスケか。私はともかくとして、男が苦手なミレイアがこれほど気にするとは不思議な男だ。


 また会った時は色々と話をしてみたいものだな。


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