第14話 東へ



「『ペングニル』! 」


《ギャンッ! 》


 万年筆の穂先をした銀の槍は、木々の間を縫いながら背を向ける灰色の狼の胴体を貫通し内臓を撒き散らさせた。


 それに気付いた残り5匹の灰狼が一斉に俺の方へと振り向き、一斉に俺へと向かってきた。


 俺はそれに構わずペングニルを再び投擲し、向かってくる5匹のうち1匹を仕留めた。


 その間に4匹が左右にステップを踏みながら距離を詰めてくる。


「『千本槍』! 』


 その動きを冷静に見定め、灰狼が射程に入ったその瞬間。俺は土の中にある石を集め固めた20本の槍を10本づつ、2段構えで地面から飛び出させた。


 


 それは3匹の灰狼の胴と下半身を串刺しにしたが、1匹はタイミングが外れ避けられてしまった。


 避けた灰狼はリーダークラスなのか、仲間が全滅しても臆することなくその鋭い牙で噛み砕こうと飛びかかってきた。


 ペングニルは戻ってきているが投擲するには距離が近過ぎる。土壁を出すのも微妙なタインミングだ。


「『スケールカーテン』! 」


 ならばと俺は腰に装着したアンドロメダスケールから帯を射出し、目の前にカーテン状に波立たせた。


《ギャンッ! 》


 そしてそれは問題なく灰狼の攻撃を受け止め、灰狼は力なく地面へと落下していった。


 俺はそのチャンスを逃すことなく、灰狼の胴にペングニルを突き刺しその命を絶った。


「ふぅ、接近を許しちゃったな。場所によって千本槍の発動に時間差があるのはな……まだまだ練習が必要だな」


 石製の千本槍は土の槍と違い、土中の石を集めて固める作業があるからな。要練習だ。


 土の槍ならもっと多くの数を作れるし早く出せる。灰狼はそれでも十分倒せるんだけど、それじゃあこの先通用しなくなるかもしれない。ゴブリンやオークでEやDランク魔石なんだ。間違いなくその上のCやBランクのもっと強力な魔物がいる。


 だから今は速度はいい。硬度を上げてもっと強い魔物に対応できるようにしないと。


「この一週間で確実に強くはなってる。少しづつ少しづつだな」




 1LDKの部屋を作り白飯を量産して、大満足の夜を送ってから一週間が経とうとしている頃。


 俺は滅びの森と呼ばれているこの森で、野営の訓練とレベル上げを行なっていた。


 部屋を作った翌日は学生の頃にしたキャンプを思い出し、野営道具の準備をして過ごした。


 まず遠出用に防災避難セットが入っていた大きめのリュックを2つ上下に繋げ、大型のリュックを作った。


 リュックの中には、コートと無限水筒と寝袋とエアマットに毛布2枚。そして鍋とプラスチック製の食器類に、白飯と缶パンに干し肉など十分な食料を詰め込んである。


 治癒水と救急セットは肩からかけているカバンに入れ、すぐに取り出せるようにしてある。そうそう、どうもこのカバンも普通のカバンではなく、防汚・防水・自動修復機能があるようだ。


 そして準備を終えたその晩から、近場でレベル上げと野営の訓練を行なった。


 野営の際に苦労したのは寝ている間の安全確保だ。一人で魔物が増える夜の森の中で寝るわけだから、ここは絶対に妥協できない。


 それで最初は土壁で周囲を覆ってみたんだけど、頭上が気になって眠れないと思いドーム状の家を作ることにした。


 壁しか作ってなかったから空洞を作るのに苦労したけど、なんとか土のドームを作ることができるようになった。最初はトレントの夜襲で削られたりしけど、今では石製のドームが作れるようになりビクともしなくなった。


 料理はかまどを作り、その上に調理器具の網を乗せて肉を焼いたり鍋でお湯を沸かしたりしている。


 訓練はだいたい森の中で一泊して神殿に戻り、お風呂に入ってからまた森で一泊しての繰り返しだ。


 風呂だけは外じゃ入れないからな。


 まあそんな日々を繰り返していくうちに結構レベルアップしたと思う。身体は格闘マンガの主人公みたいにムキムキになり、もともと着ていた下着のシャツはもう着れなくなった。トランクスだけはなんとか耐えてくれてる。でもどういうわけかスーツとワイシャツと靴はきつく感じない。多分身体に合わせて大きくなってるんだと思う。パンツもそうして欲しかった。


それでどれくらい力が強くなったのか確かめるため、倒した緑熊を持ち上げてみたら余裕だった。白熊よりデカイから多分400キロはあったと思う。人間卒業したなこりゃ。俺でこれなんだから、この世界の人間ヤバすぎだろ。


 そうそう。この一週間の狩りで、神器が二度目の進化をした。


 ペングニルは1.2メートルから1.5メートルになり、なんか投げると銀色の柄や穂先から微妙に青白い光を放つようになった。そのせいかどうかわかんないけど、貫通力が上がった気がする。これは俺の腕力も上がったから確実ではないんだけどな。


 アンドロメダスケールも本体が拳くらいの大きさになり、帯の長さが5メートルから一気に10メートルまで増えた。帯の幅も2センチから3センチになり太くなったよ。おかげで盾としても使えるようになった。それとこれも射出すると、白い本体と帯が金色の光を薄っすらと発するようになった。


 方位磁石もアンドロメダスケールと同じくらいの大きさになり、探知範囲も200メートルに拡大した。予想通りこれも針を北に合わせると、白い本体が薄っすらと金色の光を発する。夜とか目立つからやめて欲しいんだけどな。


 ギフトは地上げ屋のみ成長を感じている。レベルが上がれば上がるほど繊細な操作ができるようになったし精神も疲れにくい。


 間取り図のギフトのヘヤツクのバージョンは相変わらず1990のままだ。火災保険も進化した様子はない。進化しようがないとも思うけど。


 火災保険はともかく、間取り図はレベルとは関係ないんじゃないかなと思えてきた。恐らくたくさん部屋を作ることで進化するんじゃないかと思う。熟練度というか、そういうものを上げると進化する的な?


 でも一人しかいないのに、そんなに部屋を作ってもな。でもやらなきゃ日本に帰れないんだよな。


 確か女神はあの時間に戻してくれる上に、なんでも願いを一つ叶えてくれるとか言ってたな。ならここで歳を取ってもあの時の状態に戻してくれるってことか? そうだったら願い事は現金で100億くらいくれって言おうかな。そしたら一生悠々自適な生活ができる。なんでもって言ったんだ。それくらいくれるだろう。


 今はそれを心の支えにして、コツコツと部屋を増やしていくしかないか。


 でもなぁ。もう一人でいるのは限界だ。これまで生き残るのに必死だったから寂しさを感じる余裕はあまりなかった。でもこの世界の人と、しかも優しい女性たち出会ってからは無性に寂しさを感じる。


「もう街を目指しても大丈夫じゃないか? 」


 野営も完璧にできるし、兇賊と戦った時より強くなった。今ならそこそこの強度でいいなら土壁を二枚同時に作れるし、土槍なら50本は出せる。火災保険の能力もわかったし、兇賊とオークの持っていた剣を見る限りじゃ魔物の素材で作った物は無い。次は余裕で戦えると思う。


 シュンランさんたちも、もう街に戻ってきてる頃かな。


 やっぱ駄目だ。あの日からずっと彼女のことを考えてる。


 一目惚れしたか? まあ俺の理想の女性そのまんまだもんな。無理もないか。


「よし、惚れたなら仕方ない。シュンランさんに会うために明日出発するか」


 灰狼の魔石を回収した俺は東街へ向かうことを決め神殿へと戻った。



 そして翌日の朝。


 俺は大量の食料と野営道具でパンパンになったリュックを背負い、東へと真っ直ぐ森を進んだ。


 東街の場所はわからない。人が通ってできた道のある南に行こうかと最初は思ったが、また兇賊に出会ったら嫌だから東に向かうことにした。あの時逃げた奴らが近くにいるかもしれないし。


 シュンランさんは東で狩りをしてると言ってたから、このまま真っ直ぐ東に行けばその狩り場に着いて偶然会えるかもなんて勝手に期待してる。


 まあさすがにこの広い森でまた出会える確率は低いが、途中誰かしら人間と会えるだろうからその時に街の場所を尋ねようと思う。一応5日進んで誰とも出会えなかったら一旦戻る予定だ。でも流石に誰かとは出会えるはず。まずは人が通ってできた道を見つけないと。


 東街にたどり着くことができたら、シュンランさんたちを探そう。会えたならあの時のお礼だと言って食事に誘おう。金は兇賊の荷物にあった金貨や銀貨が使えるはず。そして彼女たちと是非仲良くなりたい。


 上手くいったらそのまま一緒にパーティ組もうと誘っちゃうか? どうも毎回野良パーティを組んで森に入ってるっぽいしな。あんな美女と美少女と一緒に戦いながら野営できるなら最高だろ。


 いい感じだ。こんなデンジャラスな世界に飛ばされたけど、美女とお近づきになれるなら悪くない。3年も女性に縁がなかったのは、このためだったのかもしれない。


 俺はそんなことを考えながらも、オークを見つけては狩ってを繰り返しながら東へと進んだ。


 野営は何度もやったので完璧だった。ドームに外を見れるようにいくつか小さな穴を空けてあるから、灰狼の群れの夜襲を受けた時もそこから千本槍を発動して撃退できた。


 野営をして感じたのは、夜の森は虫系が多いと言うことだ。あとは木の魔物のトレントとか。虫もトレントも強さは大したことはないけど、暗闇の中での奇襲に特化していて厄介だ。魔物探知機のない普通の人間にはもっと脅威だろう。


 中でも起きた時にドームの外を蜘蛛の糸で張り巡らされていた時は焦った。魔物探知機でドームの上にいるのはわかっていたので、出てすぐにペングニルで仕留めたんだけど、その時に蜘蛛の糸に顔が触れたんだ。そしたらしばらく感覚がなくなった。恐らく糸に麻痺毒みたいなのが塗られていたんだと思う。


 俺はこんなのと正面から接近戦で戦うのは勘弁だなと思いつつも、その糸を棒で慎重に集めてタッパに入れた。怪我した時に使えると思ったからだ。


 そして2日目の朝。相変わらずオークや灰狼にホワイトコングばかりだなと思いながら進んでいたら、魔物探知機の端に赤い点が一つ映し出された。


「これは神殿の北の……」


 そう、その反応は神殿の北のチュートリアル域を抜けた場所で見た点の大きさと、強い光の点だった。


「一匹か……恐らくCランクの魔物なんだろう。これは経験しておいた方がいいな」


 大丈夫だ。Dランクのオークや灰狼を複数体相手でも倒せている。


 それより強い魔物でも一匹なら余裕のはず。


 俺は今まで戦ったことのない魔物と戦い経験を積むために、その大きな赤い点がある場所へと慎重に進んでいった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る