第3話 神器



 俺はあまりの理不尽な仕打ちにその場に両手をついて叫んだ。


 その時ふと気付いてしまった。


「ギフトがこれならまさか三種の神器ってカバンに入っていた……」


 女神の言っていた三種の神器とは、不動産業界でいうところの三種の神器のことなのではないかということを。



 不動産業界の三種の神器。


 一般的にはお客さんを物件に案内する際に、必ず持っていくよう会社から言われている物の事を言う。


 どれを神器指定するかは時代や会社ごとによって変わってくるし、タブレットやスリッパを入れて5種の神器のところもある。ただ、俺の会社は部長が古い人間なので、ペンと巻尺と方位磁石を必ず持っていくように言われていた。


 お客を物件に案内する時にペンは必須だ。その場で申し込み書を書く場合もあるからな。俺はノック式の万年筆を愛用していた。


 巻尺はお客が持っている家具が、案内した部屋に入るかどうかその場で測るのに使う。これは絶対に忘れてはならない。


 最後に方位磁石だが、図面に書かれている方角は結構適当な物もあるので、現地で確認するために使う。スマホでわかるので俺は持っていかなかったけど。


「終わった……何が三種の神器だよ……ただの仕事道具じゃねえかよ。ペンで戦えって? 俺は新聞記者じゃねえんだよ……」


 俺は胸ポケットに差していたペンを取り出し、こんなんでどうしろというのかと項垂うなだれた。


 期待した俺が馬鹿だった。女神の目的は高級マンションを俺に作らせることだ。


 そのための道具とギフトを俺に与えたってことだろ。肝心な知識も技術もない俺に……


 最悪だ……もう死亡確定だ。俺はここで飢えて死ぬか、外で魔物に食われて死ぬしかない。


 パン一個と水筒の水じゃ一週間保てばいい方か……


「チッ、慈愛に満ちた顔をしやがって。誰のせいでこんなことになってると思ってんだ! 」


 俺はそう言って持っていたペンを目の前の女神の像へと投げつけた。


 ペンは女神の像の腰に当たり、そして足もとへと落ちていった。


 その時。


 カチッと音が聞こえたと思ったら、ペンが光り輝き一瞬でその姿を銀色の槍のような姿へと変形させた。


「は? え? 」


 俺は1メートルほどの槍を目の当たりにして固まっていた。


 ペンが槍になった……え? もしかしてトランスフォーメーション《変形》タイプのペンだったってこと? 


「なんだよなんだよ女神! ちゃんと武器を用意してくれてたんじゃないか! だったらもっとすぐにわかるようにしてくれよ! 」


 俺は立ち上がり槍を拾い上げ、女神の像に向かってそう文句を言った。


 槍は持ち手に白い革が巻かれており、先端は万年筆の先端のようなひし形をしている。


 首の皮一枚繋がった。この発見は大きい。神器っていうくらいだ、絶対なんか特殊能力があるはず! 


 俺はそう思い銀の槍を振りかぶり、思いっきり近くの部屋の入口横の壁に向かって投げてみた。


 しかし初めて投げたことから、槍は部屋の入口の方向へと向かっていってしまった。


 おわっ!? こりゃ相当練習が必要だな。


 と、そう思ったその時。


 槍は突然進路を変え最初に狙っていた壁へと当たり、軽くだが突き刺さった。そして数秒の後に消えて俺の手元に現れた。


「うおっ! グングニルか! 」


 俺は投げれば必ず当たり、手元に戻ってくる北欧神話のオーディンの持つ槍を思い出した。


「凄い……これなら俺でも使える。しかも遠距離から安全に倒せる! よしっ! お前は万年筆みたいな穂先だからマン……はちょっと危ないから『ペングニル』と名付ける。頼むぜ相棒! 」


 俺は銀の槍を目の前に掲げ、満面の笑みを浮かべ命名した。


 助かった。神は俺を見捨てていなかった。女神には飛ばされたけど! 


 でもペンがこれなら、もしかして巻尺と方位磁石も何か別の能力があるかも。


 そう思った俺はカバンから巻尺と方位磁石を取り出した。


 そして白い巻尺から同じく白のスチール製っぽい帯を出してみた。


「3メートルか……硬そうだけど普通の巻尺だよな」


 どう見ても普通の巻尺だ。ペンみたいに変形するボタンもない。取り出した帯はスチールにしては柔らかくて硬そうではあるが、幅が1センチくらいしかない。


「まあ荷物を縛るロープ代わりにはなるか……ローブの神器ってことか? 」


 伸ばした巻尺の帯を俺はなんとも微妙な表情で眺めていた。


 神器ってくらいなんだからせめてこう、自由自在に動いてくれれば便利なんだけどな。


 そんなことを考えていると、巻尺の帯が一瞬動いた気がした。 


「ん? いま動いた? もしかしてそういうの? 」


 一瞬子供の頃に見た古いアニメが脳裏をよぎり、もしかしてと思い巻尺の帯が動くように念じてみた。


 すると床に伸ばしていた巻尺の帯はムクリと起き上がり、俺の思うように動き始めた。


「聖闘士セイジのアンドロメダの鎖か! 」


 俺は鎖を自由自在に操るキャラを思い出し、帯を巻尺の中に戻しそこから勢いよく射出したり自分の足に巻きつけたりしたりしてみた。


「これは捕縛や足止めに使えそうだな。欲をいえばもっと幅と長さが欲しいんだけど、まあ腰に装備して不意打ちにも使えるしな。ペングニルほどのインパクトはないけどうん、いいんじゃないか? よし、お前は『アンドロメダスケール』と名付けよう。よろしくな相棒」


 巻尺スケールの能力がわかった俺は、名前をつけて腰のベルトに装着した。


 そして次に方位磁石を手に持った。


 ゴルフボールくらいの大きさの透明な盤面には、北を意味するNと南を意味するSの文字が書かれており、その上には先端が赤い針が浮かんでいる。


 どう見てもただの方位磁石だ。


 とりあえず俺は針をNに合わせて見ることにした。


 しかし何も起こらない。


 しばらく方位磁石をいじってみたり、地図かもしれないと思って地図表示と念じてみたりしたがダメだった。


 う〜ん……もしかして何かの地図の上に置いたら、宝の場所を教えてくれるとかか? まあ森の中を歩くには必要だし、しばらく使っているうちに何かわかるかもしれないな。


 俺は方位磁石の能力を調べるのを諦め、とりあえずスーツのジャケットのボケットにしまった。


 まあ方位磁石はともかく、ペンと巻尺は確かに神器っぽくはあるな。


 ペングニルの能力がずば抜けてるけどな。俺の腕力でどれほどのダメージを与えられるかはわからないが、当たって戻ってくるってだけでも相当有利だ。


 ん? 待てよ? 不動産の案内道具だと思っていた物が武器や捕縛道具になったってことは、ギフトも実は違う能力があるんじゃないか?


 女神は俺にマンションを作れと言った。でも女神は自分の世界は文明が遅れているとも言っていた。そんな世界にいくら俺の持つ不動産の資格を勘違いしていたとはいえ、たった一人であのハイテクな設備のマンションを作れると思うのはおかしい。 


 ならそれができる能力を俺に与えたんじゃないか?


 使ってみるか。


 俺はとにかく全部試してみようと思い、『間取り図』のギフトを発動するよう念じた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る