第2話 与えられた物



「うっ……」


 俺は背中に硬いものを感じ、閉じていた目をゆっくりと開いた。


「壁が……光ってる……ここは……牢屋? 」


 どういう仕組みなのか、薄っすらと青白い光を発している壁の光を頼りに視線を左右に向けると、窓一つない石造りの壁に囲まれた広い空間だった。


 俺は身を起こし、痛む背中に顔をしかめながら周囲をよく確認した。 


「出口はある。扉すらないから牢屋ってわけじゃなさそうだ。ああ、よかった。カバンもある」


 起き上がり周囲を確認すると、出口らしきものがあったことで牢屋ではなくただ何もない部屋であることがわかった。


 そして仕事用の黒いショルダーバッグを足もとに見つけ安心した。


「なんで俺はこんなところにいるん……ああっ! 」


 俺は次第にはっきりしてきた頭で、気を失う前の事を鮮明に思い出した。


 そうだよ! あの女神に異世界に行けって言われて、全く抵抗できないまま光に包まれたんだった。


 てことはもしかしてここは……


「おいおいおい! 冗談じゃないぞ! 」


 俺は顔が青ざめていくのを感じながらもその場で勢いよく立ち上がり、羽織っていた厚手のロングコートの前ボタンを外してカバンを拾い上げ、出口らしき場所へと駆け出した。


 部屋を出るとそこは体育館が二つは入りそうなほどの広い空間で、先ほどいた部屋と同じく天井から壁まで全てが石造りで青白い光を発していた。


 広間の左右には俺がいた部屋と同じような部屋が複数あり、広間の奥の壇上には10メートルはありそうな女性の像が立っていた。


 俺はその像を見て愕然とした。その女性に見覚えがあったからだ。


「女神フローディア……」


 確か女神の神殿に送るとか最後に言っていた気がする。まさか……本当に異世界に飛ばされたのか? 


 と、とりあえず外に出て確認しないと。


 俺は全身から力が抜けていきそうになるのを堪え、女神の像があるのとは反対の方向にある大きな通路へと駆けた。


 通路を通るとそこには大人5人が並べるほどの幅の階段があり、俺はその階段を壁の光を頼りにゆっくりと上っていった。


「行き止まり? 」


 階段を上り切ると地下ほどではないが広い空間になっており、全面が壁に覆われていた。


 期待していた出口がないことに一瞬焦ったが、正面の壁をよく見ると窪みがあることに気がついた。


「どう見ても出入り口があるであろう場所に壁があるのはおかしい。だいたいゲームなんかではこういう窪みに手を入れると……」


 俺は恐る恐る窪みに手をかざした。


 すると窪みの中が一瞬光ったあと、切れ目のないように見えた壁の一部が内側へと観音開きのように広がり始めた。


 俺は外の光が入ってきた眩しさに目を細めながら、恐る恐るホールの外へと出た。


 外に出るとそこには見たこともない植物と、知っている木の5倍はありそうな太さの木が生い茂っていた。


 20メートルほど先にある木の根元辺りでは、角を生やした中型犬くらいはありそうな大さの耳の長い生き物がぴょんぴょんと跳ねながら通り過ぎていっている。


 空を見上げると、白い雲と赤と青の二つの大きな月のような物が薄っすらと見えた。


「うそだろ……本当に異世界……なのかよ……ここ……」


 本当にあの女神は俺を異世界に飛ばしやがった。


「ふ……ふざけんなよクソ女神! 誰が行きますって言った! 勝手に俺を飛ばしやがって! 帰せよ! 俺を元の世界に帰し……」


 オオォォォォン!


 グゴオォォォl


 ギーギー!


「!? 」


 俺が大声を出したからか、森の向こう側から複数の獣のような鳴き声が聞こえてきた。


 その鳴き声を聞いた俺はゆっくりと後ろに下がり、地下神殿の中に入り窪みに再び手を入れた。


 すると開いた時と同じように石扉が反応し、閉まっていった。


「ふぅ……」


 ビビった……魔物がいるって言ってたのを失念していた。


 あの角の生えた強そうなウサギみたいなのを見たときに気づくべきだった。

 

 マジか……本当に異世界に飛ばされちまった。


 確か魔物に乗っ取られかかっているとか言ってたな。そんな世界にサバイバル知識もなく、剣道も格闘技もやったことのない俺が放り込まれるなんて……


 死ぬ……確実に死んでしまう。


 俺は壁にもたれ掛かれその場に座り込み、しばらくうなだれていた。


「落ち込んでいても仕方ないか……とにかく生き残る手段を考えないと」


 しばらく魂が抜けたように呆然していた俺は、どうやってここで生き残るかを考え始めた。


 この神殿は安全っぽいが、ずっとここにいるわけにはいかないだろう。水と食料を確保するために外に出ないと三日も保たずに死ぬ。


 でも外に出るなら最低でも身を守る武器が必要だ。


 そういえば女神が俺に合った神器とか、ギフトってのをくれるって言ってたな。それがあればそうそう死にはしないとも。


 神器は武器か道具のことか?

 ギフトって確か贈り物とか特別な才能とかって意味だったと思う。ラノベやマンガなんかじゃ強力な魔法を使えたりしてた。


 あれ? もしかしてチートってやつか? 聖剣とか大魔法とか最初から持っていて、魔物くらい余裕で倒せるとか?


 でも神器っぽい物なんてどこにもなかったような……もしかしてこのカバンが神器に変わっていて、見た目より多くの物が入るマジックバッグとかになってるとか? そしてこの中に他の神器も入っているとかか?


 俺はこれまで読んできたネット小説や漫画などの知識から、もしかしたらとカバンの中を確認した。


 しかし


「え? パン? に水筒……それにペンと巻尺と方位磁石? あれ? これだけ? 」


 カバンの中にはもともと入っていたタブレットや書類などは何も無く、大きなクロワッサンが一つと、500ミリリットルほどの長細い水筒が入っていた。さらに別の収納箇所を探してみると、銀色のペンと百均にありそうな安っぽい白い巻尺。そしてこれまた百均にありそうな、小さく盤面が透明な方位磁石が出てきた。


 俺はまさかこれだけしか入ってないのかと、カバンの中に手を突っ込み他に何かないか探したが何も入っていなかった。もちろん異空間にも繋がっていなかった。


 どういうことだ? タブレットや私物が消えて入れた覚えのないパンと水筒と文房具が入ってる? 女神は三種の神器をくれるとか言ってなかったか? もしかして違う場所に置いてあるとか?


 そう思った俺は階段を降りて広間に戻り、10ほどある部屋から女神の像の裏まで確認した。


 しかしどこにも聖剣や聖盾と言ったようなものは無かった。


 無い……まさか忘れたのか?


 おい女神! 神器はどこだよ! というか帰してくれよ!


 俺は女神の像に手を合わせ祈った。憎しみを込めて。


 しかし予想通り反応はなかった。


 くっ……まだだ、俺にはギフトがある。そっちがチートなら神器がなくても何とかなるだろう。


 でもどうやってギフトがなんなのか調べるんだ?


「ステータス! 能力表示! 鑑定! ギフト表示! あっ……」


 俺が知っている限り能力を調べるワードを唱えると、ギフト表示と言ったところで頭の中に三つの文字列が浮かんだ。


 ギフト:『間取り図』『地上げ屋』『火災保険(地保険付き)』


「…………は? 」


 俺は混乱した。神のギフトというくらいだから、漫画で見たような強力な魔法とかだと思っていた。しかし俺の頭の中に現れた文字列は、強力な魔法どころかただの不動産の用語だったからだ。


 え? なにこれ? ギフト……だよな? でも間取り図って部屋の形や設備などの配置が書かれているものだし、地上げ屋はマンションやビルを建てるための土地を買収する人だろ? 火災保険は建物や部屋で火災が起きた時の保険だ。地保険てのは地震保険の間違いだろう。急いでいて脱字したか?


 間取り図を作って土地の所得をして保険を掛ける。


 これが俺に合った神のギフト? 


 土地を所得して部屋の間取りを書く能力が?


「こ、こんなんでどうやって魔物と戦えってんだよおお!! 」


 俺はあまりの理不尽な仕打ちに、床に手をついて叫ぶのだった。


 

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