異世界でタワーマンションをつくろう!〜女神がくれた三種の神器が『ペン』と『巻尺』と『方位磁石』!?これでどうやって魔物と戦えってんだよ!〜

黒江 ロフスキー

第1章 勇者の役目はタワーマンション建設

第1話 不法入居者は女神



「お疲れ様でした。それじゃあお願いします」


 俺は部屋の前で受け渡しの書類にサインをし、引越し業者さんに渡してから

 部屋へと戻った。


「もう22時かよ……まあしょうがねえか。橋本さん、私物は遺族にちゃんと送っておくから安心してあの世に行ってくれ」



 12月に入り仕事が忙しくなってきた頃。


 俺は六本木の駅から少し離れた場所にある、高級マンションの最上階の部屋に来ていた。


 先日交通事故で亡くなった、入居していたお客さんの遺品の回収作業に立ち会うためだ。


 この25階建てのタワーマンションは、今から3年ほど前に不景気で売れ残っていた所をうちの会社が格安で買い取ったものだ。


 当初は高級賃貸マンションにしようと思っていたらしいが、その立地の良さから最高級の家具や家電を設置して一ヶ月単位で貸すマンスリーマンションにしたと聞いた。理由はわかる。こっちの方が稼げるからだ。


 マンスリーマンションは賃貸マンションと違い、敷金だの礼金だのがなく連帯保証人もいらない。そして入居審査も簡易だ。一ヶ月分の利用料と保証金と、マイナンバーカードまたはパスポートだけあれば借りれる。まあその代わり賃貸マンションよりも1ヶ月の利用料は高いけどな。


 それでもホテルよりは安いし、一ヶ月単位で気軽に借りれて家具に家電。そして寝具や食器に消耗品まで付いてることから、ビジネスマンが多く利用している。


 特にこのマンションは立地が良く富裕層をターゲットにしている作りであることから、ビジネスマンのほかに夜の仕事をしている女性や、お金持ちの外国人の利用者が多い。


 まあ土地柄ともいうべきか、トラブルやら警察沙汰なんて日常茶飯事だ。その度に担当である俺は呼ばれ、朝まで事後処理をしてそのまま出社してまた仕事の日々だ。こんなトラブルだらけの物件は、うちの会社では誰も担当したがらない。だから課長に嫌われている俺に回ってきた。


 おかげで月の残業時間は余裕で100時間を超え、まともな休みをとった記憶はもうここ3年ない。


 こんな会社毎日辞めたいと思っているが、2025年から始まった世界大不況のおかげで再就職なんて不可能に近い。7年前に高校を卒業した時はここまで酷くなかったんだけどな。景気が上向くまで鋼の精神力で耐えるしかないか。


「さて、ラーメンでも食って帰るか」


 俺は元々設置してあった家具や家電の状態を確認した後、部屋を出てマスターカードキーと網膜認証で施錠した。そしてふかふかの絨毯が敷かれている内廊下を歩き出し、エレベーターホールへと向かった。


 その時、何となくだが視線の先にあるエレベーターホールの向こう側が気になった。


 そこにはこのマンションで一番広い3LDKの部屋がある。当然利用料も月80万と高額だ。


 ここ数ヶ月利用する人がいなくて困っていた部屋でもある。


 俺はついでに空気の入れ替えでもしておくかとエレベーターホールを通り過ぎ、奥の部屋へと向かった。


「ん? なんだ? なんか嫌な感じだな……」


 俺は部屋に近づくにつれ、何となく行ってはいけないような感覚を覚えた。


「あの部屋で自殺者はいなかったはずなんだけどな……」


 この感覚は自殺した人の部屋に入った時の感覚に近い。いや、それよりもかなり強い感じだ。


 まあ幽霊がいようが関係ない。そんなのは幼い頃から見慣れてるし。


 俺は徐々に強くなっていく拒絶するような感覚を社畜生活で培った気力で跳ね返し、とうとうその部屋へと辿り着いた。


「ふう、気分悪っ……あれ? 明かり? おかしいな。二ヶ月前に来た時はちゃんとブレーカーを落としたはずなんだけどな……記憶違いか? 」


 部屋の前に他辿り着くと、ドアスコープから明かりが漏れ出ていることに気付いた。


 俺は前回空気の入れ替えに来た時に、ブレーカーを落とし忘れたのかもしれないと思いドアを解錠して中へと入っていった。


 そして靴を脱ぎ廊下を進むと、リビングから何やら人の声が聞こえてきた。


 俺はまさかと思い廊下を駆け、勢いよくリビングのドアを開けた。


 するとそこには


「そらっ! もう少しで倒せるのじゃ! 皆の者押し込めぇぇ! 」


 プレスル5のコントローラーを握りしめ、大画面のテレビモニターに向かって叫んでいる若い女性がいた。


 俺はその光景を見て頭を抱えた。


 まさか本当に不法入居者がいたとは……よりにもよってこの部屋に。


「あの……」


「よしっ! いいぞ! 我がトドメを刺すゆえ下がれ! 」


「もしもし? 聞こえてますか? 」


 声を掛けたが無視をされた俺は、ヘッドセットを装着していて聞こえないのだろうと思い女性の肩を後ろから軽く叩いた。


「そらっ! これでどうだ! わっはははは! やったぞ! 深淵の森のボスを倒し……何じゃ! 今いいところなんじゃから邪魔す……のわあぁぁ! だ、誰じゃお主! ありえぬ! 我の結界をどうやって解いてこの部屋に入ってきたのじゃ! 」


 女性はやっと俺に気づいたと思ったら突然飛び上がり、コントロールを投げ捨て俺から距離をとった。そして結界だのなんだのと訳のわからないことを口走っていた。


 コスプレなのか彼女はギリシャ神話に出てくる女神が着ているような、胸もとが大きく開いた白いドレスのような物を身にまとっている。


 長い金髪の合間から覗くその顔はとても美しく、俺は思わず見惚れそうになるのをグッと堪え、厳しい表情を浮かべるように努めながら口を開いた。


「結界? 何のことか分かりかねます。私はこのマンションの所有者である六菱不動産のマンスリーマンション事業部の者です。これが社員証です……それでどうやってこの部屋に入ったのかお聞きしても? 」


 俺は社員証を見せ、警察に通報する前にどうやってここに侵入したのか聞いた。警察が調べてくれるが、黙秘権を行使されると時間が掛かるからな。


「む? 藤原 涼介ふじわら りょうすけ? 家主の使いということか。ふむ、我は神じゃからな。入るのは簡単じゃ。我はこの建物と部屋が気に入った。しばらく住むゆえ気にせず職務に励むがよい」


「……そういうわけにはいきません。警察に通報します。追って原状回復費用を請求しますのでお支払いください」


 彼女のあまりにイカれた答えに話にならないと思い、携帯を取り出し110番をするため画面をタップした。


「けいさつ? ああ、衛兵のことか。大ごとになるのは困るの。『動くな、呼ぶでない』」


「ぐっ……な、なんだこれ……」


 女性が言葉を発した途端、俺の身体が突然金縛りにあったかのように動かなくなった。


「先ほど言ったであろう。我は神。女神フローディアじゃ。まあこことは違う世界の神じゃがな。よいか? 警告じゃ、神の言葉に逆らうでない。魂が消滅するぞ? 」


 女神を名乗る女性がそう言うと、今度は彼女の全身から金色の光が溢れ出た。その光を前にした俺は、そのあまりの神々しさに立っていられなくなりその場に膝をついた。


「ほう……頭をあげていられるか。大した精神力じゃ。ふむ、面白い。少し見てみるか…………ほうほう年は25か、若いのう。兄弟はいないと。む、幼い頃に両親が離別し、母に捨てられ施設に預けられたと。そうか、辛かったのう。そして16から少しずつ働き、施設の子どもたちにおもちゃやゲームを買ってあげたりしておるのか。涼介だったか? お主は優しい子じゃの。おや? せっかくそこそこ整った顔をしておるのに、おなごとここ3年ほど縁がないとはの。なになに? 好きなタイプは優しくて背が高くて黒髪が似合うモデルのような体型? それでいて芯の強い美人ならなおよしと……スケベで大きな胸や尻を持つおなごも好みだと……涼介よ、高望みし過ぎではないか? そんなのだから恋人ができんのじゃ」


「な、なぜ……」


 俺は初対面のはずなのに俺の過去や女性の好みを知るこの女性に、羞恥心と例えようのない恐ろしさを感じていた。


 ま、まさか本当に神なのか? 


「神じゃからな。その方の頭の中身を読むのは簡単じゃ。涼介には悪いが我はこの部屋が気に入ったゆえ出ていく気がない。外の眺めも最高じゃしの。我の世界はちょっと目を話した隙に、森と魔物に乗っ取られかかっておっての。そのせいで文明がこの世界ほど進んでないのじゃ。神界では管理する世界の文明を反映した家に住むことになるのじゃが、この部屋を体験したらもう戻れないのじゃ。この世界の神はどこかに出掛けておるようだし、しばらくここに居座ることにしたのじゃ」


「ぐっ……」


 勝手なことを……


 待て、この未知の力といい気を抜けば平伏してしまいそうな圧力といい、本当に女神なのかもしれない。これ以上何か言った消される。


「心外じゃな。お主は善人のようじゃからな。消滅させたりなどせん」


 ゲッ! そうだった! 頭の中を読まれてる最中だった!


「しかし困ったの。我のことを口外されたくはないの。さすがに大勢の人間に干渉するのはまずいしのぅ。かといって涼介の記憶を消してもまた来そうじゃしの。さて、どうしたものか…………ん? たくちたてもの? いんてりあこーでぃねーたー? おお! お主はこのような建物や、この部屋にある便利な道具を作る技能を持っておるのか! 」


「は? いえ……」


 確かに会社に言われて宅地建物取扱主任者と、インテリアコーディネーターの資格は持っている。しかし前者は土地や建物に関する法律の知識の資格で、後者は会社が新規物件を取得した時に部屋に合った家具の選択や配置の提案をする程度のものだ。決してこの高級マンションを建てたり、ここにある最先端の設備や家具に家電を作れる訳じゃない。


 本当にこの女神は俺の頭の中を読んでいるのか? そうだとしたら理解度が低すぎないか? 


「すごいのぅ! 逸材じゃのう! おお! そうじゃ! いいことを思いついた! 涼介よ、我にここを出ていって欲しかったら、我の世界にこの建物と部屋を作るのじゃ! ついでに魔物も減らしてもらおうかの! そうすればお互い丸く収まるのじゃ。なに、必要な力は与えてやるゆえ安心せい」


「ちょ! え? 女神様の世界? このマンションを作る? は? 」


 何言ってんだこの女神!? まさか俺を異世界に行かせ、そこでこれと同じマンションを作れって言ってんのか? そんなの無理に決まってんだろ! 文明が遅れてるところで、しかも魔物に乗っ取られかかってるとかいう世界でそんなの作れるわけがねえだろうが! そもそも俺の土木知識じゃマンションどころか、いいとこ丸太小屋しかできねえよ! というか死ぬ! そんなデンジャラスな世界に行っただけで現代っ子の俺は死んでしまう!


「心配するでない。その精神の強さがあれば生き残れよう。久方ぶりじゃぞ、これほど強い精神力を持った人間に出会うのは。ふむ、そうじゃな、ちょっと身体をいじるか……涼介に合った三種の神器と、神の力の一部のギフトもやるかの。これならばそう簡単には死にはせんじゃろ。送る場所も我の神殿にするゆえ安心せい。この建物と部屋と同じ物ができたら神殿で我を呼ぶのじゃ。我が気に入ったら、この部屋のこの時間に戻してやろう。では行ってまいれ」


 女神はそういうと両手を頭上に向け目をつぶった。


「お、おい! なに勝手に! 俺は行くなんて一言も! ちょっと待ってく……うっ! 」


 俺は動かない身体を無理やり動かし逃げようとした。しかし一歩も動けないまま、部屋の天井から降り注ぐ光に飲み込まれた。


 そして浮遊感を覚えるとそのまま天井の光に飲み込まれ意識を失ったのだった。


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