第12話 保険



「ん……朝か……よく寝たな……昼かもしれないな」


 俺はベッドから身を起こし、ぼーっとしながら呟いた。


 昨夜はかなり遅くに帰って来たしな。


 まさか夜の森があんなにヤバイとは思わなかった。


 そう、俺はシュンランさんたちと別れたあと、森の中を来た道を戻っていった。しかし途中で日が暮れ、森の中は真っ暗になった。


 俺はヘッドライトを点け、魔物探知機を片手に方向感覚だけは失わないよう森を進んでいった。


 しかし魔物探知機には、今まで見たことがないほどの数の魔物の反応があっちこっちに現れていた。


 俺は目ん玉飛び出るくらい驚いた。朝や昼じゃ考えられないほどの数の魔物が夜の森にはいたんだから。


 いつもは日が暮れても神殿から1キロ以内のところには戻っていたからな。まさかチュートリアル領域の外の夜が、あれほど魔物の楽園になっていたとは思わなかった。


 それで俺は魔物の反応を避けながら歩いていたんだけど、途中でどうしても避けられない場所があってやむなく戦闘をすることにした。反応は3つあったけど動いていなかったから、不意打ちして楽勝だろうと思ったのもある。


 それでその反応の近くまで行ったんだが、そこには何もいなかったんだ。おかしいと思って魔物探知機を見ると、確かに目の前に間違いなくDランク相当の魔物の反応が3つあった。


 俺が頭を悩ませていると、突然側面から木の枝が飛んできて吹き飛ばされた。スーツで痛みは感じなかったけど、突然のことに半ばパニックになっていた。そしてそんな俺に追い討ちをかけるが如く、まるで鞭のように次々と枝が降り注いだ。


 俺は頭を守りながらその攻撃に耐え、下がりながら攻撃主を探した。すると3メートルほどの木の幹に、目と口のようなのが付いている木が枝を振り回しながら近づいて来ているのが見えた。


 トレントってやつかと思った俺は、ペングニルを正面の木に投げ土槍でも突き刺した。


 するとおどろおどろしい声をあげて正面のトレントは倒れた。


 なんとなく顔が弱点のように感じた俺は、トレントの攻撃範囲に入らないよう距離を取り他の2体の顔にペングニルを突き刺した。


 それにより割と呆気なく倒すことができたが、不意打ちを喰らった俺はその場に座り込みもう勘弁してくれよとうな垂れてた。


 その後はトレントの顔の奥に魔石があるのを運良く見つけ、回収してからその場を離れた。


 それからも頭が二つある大蛇や、でっかいみたいなのや蜘蛛を見かけたが、毒とか持ってそうなので避けながら前に進んだ。


 それで途中道に迷いそうになったりしつつも、なんとか深夜に神殿に辿り着いた。


 帰ってからは倒れるようにベッドにダイブした。それから疲れた身体に鞭を打ちながら風呂に入って寝たわけだ。


 もう二度と夜の森を歩くのはやめよう。夜行性の魔物が多すぎるし視界が悪すぎる。


 魔物っていうくらいだ。夜の方が活性化するんだろう。ちょっと考えればわかることなのにな。


 レベルアップして夜目が効くようになったけど、遠くまで見えるわけじゃない。魔物探知機があったからなんとかなったが、リスクを冒すべきではない。


 昨日は精神的にいっぱいいっぱいで、どうしても早く帰りたくて強行したが、今後は土壁で囲んで野営するべきだな。練習しないと。




 本当に昨日はとんでもない一日だった。


 初めて現地人と遭遇したと思ったら襲われて、なんとか半分に減らしたが川に追い込まれた。


 10人相手に苦手な接近戦を挑もうと覚悟を決めたところで、シュンランさんたちが現れ兇賊を撃退することができた。


 うっ……思い出したらまた気分が悪くなってきた。


 思考を切り替えよう、あの二人の美女のことを思い出そう。


 二人とも綺麗だったな。


 シュンランさんは凛としていて、胸もほどよくあってモデルのような体型の黒髪のカッコいい女性だった。側頭部から後ろに真っ直ぐ伸びる白い角が、彼女をより幻想的に魅せていてとても魅力的だった。正直めちゃくちゃタイプだ。


 ミレイアさんは高校生くらいの歳に見えるけど、優しい感じの女の子だったな。厚着過ぎてあんまりスタイルはわからなかったけど、多分胸がかなり大きいと思う。なによりあの頭の上にある虎がらの小さな二つの角と、控えめに笑う表情が可愛かった。


 あれ? もしかして俺って角フェチ?


 確かに二人の角は全然気にならなかったな。むしろカッコいいとさえ思えた。そういえば半魔とか言ってたな。兇賊も竜人族とか言ってた気がする。つまり二人は竜人族と人族のハーフということか? なんとなくミレイアさんは違う種の感じがするけど、まあ美人ならそんなのどうでもいいか。


 なんだか終始俺も同類だと思われてたな。角は無いんだけど、そういう半魔もいるってことか。角……欲しいな。


 彼女は東街からここまで出張って来たって言っていた。俺が襲撃されたあそこは、この滅びの森とかいう森の西の場所だったんだろう。彼女はその東街を拠点に、あそこより東の場所で魔物を狩っているとも言っていたな。ということはこの神殿から南東あたりってことかな? 北東だったら勘弁して欲しいな。ちょっと俺一人じゃ難易度高すぎる。


 最悪な日だったけど二人のおかげで本当に救われた。


 初めて人から殺意を向けられ、そして初めて人を殺したことで精神的に限界だった。けどシュンランさんと初めて会話した時は、お礼を言わなきゃと色々と耐えていた。


 でもそれも限界がきて川で吐いた。正直いうと泣いてもいた。


 そんな時に二人が心配そうな顔で優しく俺の背中をさすってくれた。その優しさと気づかいになんだか救われた気がしたんだ。


 彼女たちはパーティをなかなか組めないって言ってた。言葉のニュアンスや表情的に、恐らくハーフなのが原因なのかもしれない。


 無理して二人で奥地に行ってないかな? いや、俺なんかより遥かにこの森のことを知っている彼女たちだ。大丈夫だろう。二人とも強かったし。


 また会いたいな。でも今のままじゃこの森を一人で何日も歩いて、場所もわかわない東街にたどり着けるか自信が無い。野営の訓練をして、もっとレベルを上げてからだな。


 でもその前に確認しなくちゃならない事がある。


「矢と槍とナイフを弾いた、あのバリアみたいなのはいったいなんだったのか」


 あの時。当たると思っていた矢と投げられた槍だけではなく、至近距離からのナイフまで弾いたあのバリア。


 俺の持つギフトにバリアなんてものはない。でも確実に矢と槍にナイフを弾くのをこの目で見た。


 魔物の牙や棍棒で攻撃を受けた時は現れなかった。トレントの枝もだ。それなのに矢と槍などの攻撃の時は現れた。その違いがわからない。


 検証してみるか。


 俺はベッドから降りソファーの横に置いてある装備の中から、ゴブリンから得たナイフを手に取った。


 そして寝巻きがわりのバスローブの左腕をまくり、刃先を腕にあてた。


「別に弾かないな……」


 しかしあの透明なバリアみたいな物は現れなかった。


「もしかして一定の勢いがないとダメとか? 身体に傷がつこうとすると発動する自動展開スキル的な? いやしかし……」


 自分の腕を刺すとか嫌すぎる。


 でもあれがどうやったら発動するのか、わからないままでいるわけにはいかない。


「よしっ! 大丈夫だ。救急箱もあるし、あの治癒水だったか? あれもある。シュンランさんが手に入れて喜んでいたくらいだし、相当な効果があるんだろう。そもそもこの身体は傷の治りが早いしな」


 俺は自分にそう言い聞かせながらテーブルに腕を置き、深呼吸をしたあと目を瞑り左手のひらに向かって勢いよく振り下ろした。


 ガキンッ!


「うおっ! 弾いた! 」


 手に持っていたナイフが何か固い物に当たり、俺は驚いてナイフを取り落とした。


 マジか……本当にバリアが発動した。


 俺は床に落ちたナイフを拾い上げ、もう一度。今度はちゃんと目を開けながら手のひらにナイフを振り下ろした。


 ガキンッ! 


 すると手のひらにナイフが到達するより少し前で、硬い何かにより阻まれるのが見えた。それはまさしく透明なバリアのようだった。


 足にも刺してみたが同じように弾かれた。服の上からなども試したが、服に到達する直前で弾かれた。


 やはり一定の威力がある攻撃に対しバリアが発動するみたいだ。


 しかしだ。棍棒は防げなかった。


「なぜだ? 」


 俺は部屋を出て、物置にしている隣の石の部屋に向かいゴブリンから回収した棍棒を手に取った。


 そして自分の足に向かって振り下ろした。


「いてっ! 」


 棍棒はバリアに阻まれることなく俺の太ももを叩いた。


 失敗した。耐衝撃機能付きのスーツのズボンを履いてからやるべきだった。


 俺は足を撫でながら部屋へと戻り、テーブルに棍棒とナイフを置いてしばらく思考に暮れた。


 ナイフは弾いて棍棒や魔物の牙は弾かない。あと体当たりとかもだな。


 その違いはなんだ? 


 殺傷力の違い? いや、普通に棍棒で頭割られたんだけど。


 なら成分的な物の違いか? 


 ナイフは……鉄だよなこれ? 鉄だけ弾くとかか?


 そう思った俺はペングニルを取り出し、またドキドキしながら手のひらに刺した。


 ガキッ!


 やはりペングニルも問題なく弾かれた。


 確か兇賊のボスみたいなのが、ペングニルをミスリルかなんかとか言ってたな。ミスリルって小説なんかだと、聖銀とか呼ばれてる架空の金属だったはず。鉄ではないことは確かだ。


 うーん……同じ武器で殺傷力のある木と鉄。木は森に生えていて鉄は鉱物。鉱物は山とかから取れるんだよな。ああ、土の中にも砂鉄みたいなのがあったな。


 森に生えている木と山と土……木は植物で土は大地……ん? 大地? 


 俺はもしかしてと思い、ソファーから立ち上がりキッチンへと向かった。


 そしてガスコンロを点火し左腕を突っ込んだ。


「熱っ……くない……マジか……そういうことだったのか! 」


 ナイフや槍を弾き、火で直接腕を炙っても熱くないどころか火傷すらしていない。


 俺は全てを理解した。


 このバリアは、ギフト『火災保険(地保険付き)』の能力なのだと。 


 火災はそのまま火に対して、地は大地で作られた鉱物に対しての保険。


 地震保険の間違いなんかじゃ、脱字なんかじゃなかった。


 このギフトはある一定の殺傷威力のある火と、大地の成分により作られた物の攻撃を自動で防ぐ常時発動型のギフトだったんだ。だから魔物の牙や木製の棍棒からダメージを受けたわけか。


 でも保険って病気になったり災害や事故にあったりした時に、金銭的な補償をするものだろ? なんで保険の対象となる出来事が起こる前に発動するんだ?


 ……真面目に考えるだけ無駄か。地上げ屋をそのまんま地面を上げる能力にするような女神だ。保険の本当の意味なんか考えているとも思えない。下手したら保険に入っていれば安心とか、そういう思考でこのギフトを作った可能性がある。


 火災保険と地保険に入っていれば、火や鉱物などからの攻撃を受けても安心ってな。


 それでいいのか? いや、いいに決まってる! 実際このギフトのおかげで命を拾ったんだ。刀剣類を弾くバリアとか、これがあれば選択肢が広がる。


 逆に魔物には通じないけどな。魔物には是非人間から奪った刀剣類を使いこなして欲しい。


「これは対人では強力な武器になる。でも過信は禁物だな。こんな魔物がいる世界だ。ゲームのモンスターハントみたいに、魔物の素材でできた武器があるかもしれない」


 そうなればこのバリアは発動しないだろう。そういった武器がなくても素手や棍棒で殴り殺される可能性だってある。


 その時は結局命懸けの戦いをまたしなくちゃならない。


 覚悟を決めなきゃいけないのは同じだ。


 その時に余裕を持って戦えるよう、俺のレベルを上げる必要がある。


 このギフトは保険だ。過信はしない。


 ああ、なるほどな。確かに保険のギフトだな。


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